幽霊,第四症
昔の記憶、真冬の小さな学び舎の端っこで、暖房の低い歌声を聴きながらその少し手より大きな鉛筆を握っていた。
上着すらいらないような空間で先生が暖かい声で言っていた。
『人形とは非常識への対応策、義務化された暴力の名称で。その姿形はキリが無いほどで、ただの剣や銃もあるし、中には信じられないものを使う者たちもいます。どんな技術なのかは先生で大人な私でも未だに分かりません。簡単に言ってしまえば人形とは国から支給された子供達の為の護身武器と思ってください。』
後ろの子が元気よく手を挙げた。いつもやんちゃでよく隣の律子ちゃんをからかっている子。
人形って危ないものですか。と大きな声で言っていた。
『その通り。護身など言われていますがあんなのは殺人のための武器でしかないと思います。先生の主観ですけどね、下手に振り回せば何人かは抵抗もできず死ぬ。大人の私なんか一呼吸要らずに肉塊です。』
それでは、僕達や先生のような人形を持たない人はただなぶられるだけなのでは?遠くの席の子が手を挙げ制した。
眼鏡をかけた真面目な子。その質問には知性が含まれている。わかっているか後ろ。
『いえ、ありません。…と言いたいところですが、知られていないだけで人形には基本安全装置が取り付けられています。人形を持たない無力な相手に人形を向けた瞬間、働く安全装置が。でも私達は本当に弱い流れ弾だけでも死んでしまう。だからあんまり知られてないんですよね。』
それほどまで、非常識に生きる常識の内の人間の弱さ。それがわかった授業だった。
『若者は皆、下を向いて歩いていく。自信が無いのかそれとも怖いのか、前を向いてだなんてこんな世界でポジティブな言葉を君達にかけることは大人にはできないんですよね。』
それは怯えきった目で、とても情けない
その数日後、自分の身で僕達に教えを解くように彼女は通り魔の流れ弾によりすぐ死んだ。
――なんでそれが今思い浮かんだのかは分からない。
-(*)
春上がりの時期のせいか、港の近くなのか冷たい気流が倉庫の中を駆け巡っていく、足と足の間をすり抜け、空へ登っていく、ホコリが光に照らされキラキラと光っている。風に揺られ小さく小窓は軋む。
今日はすごく晴れてる雲ひとつない晴天とは今日のことを言うのだろう。
ああ、今日が何もないというのなら散歩に行きたい。そう思えざるおえないような暖かい日差しと背中を押すような涼しい風が僕を包み込んでいた。
――瞬間、大きな発砲音と共に狼煙は上がる。
午後のゆっくりとしたチャイムがなり僕の頬をその弾丸が掠めた。痛くは無い。
「死に晒せェ!!」
「よくも騙しやがって!兄貴ィ!手ェ貸すぜェ!!」
「ころぉす…ころして良いんすかァ!!」
「いいぞ!食え!」
相手は4人、子分口調の男、殺すと嘆く男、眼鏡をかけた男、そしてリーダーの男。もれなく全員大事そうに人形を持っている。
「あ、一応だけど彼らの名前は右から須藤、工藤、遠藤、極藤ね。まぁ潜入捜査した助手に教えることじゃないと思うけど」
「……ありがとうございます」
「え嘘でしょ?」
「何ヒソヒソ話してんだよぉ!!」
須藤は機関銃のような黒塗りされた中経型の銃をこちらに向けてくる。銃口の奥からはゾッとするギラつきが滲み出ている。
その土に塗れた指がトリガーを引く時、僕の脇腹に衝撃が走る。
「がぁっ!」
「君は人形を取りに行け!!無防備な君はどうせ死なないだろう!?」
「出来れば手加減して欲しかったな!!」
自慢の白いワイシャツにはっきりと靴跡が残る。服の上から感じるひんやりとした足跡に手を添えながら、銃弾の橋の下を駆けていく。
そこに残るのは白い閃光のようなもの、バチバチと音を鳴らしながら筆で殴り書いたような一本が走っていく。
「あちぃっ……!」
「電撃……!?」
「ほお、探偵の方は喰らうのか。なら人形隠し持っているのだな。…なら、この仕事貰いました。」
須藤の乱射、それをカバーするように工藤の針の穴に通すかのような正確な弓での狙撃。ここだけでもナイスコンビネーションだ。
そこに映るは、姿勢を低く探偵に突進していく一人の人影、猪のように止まることを頭の隅にも置いていない走り方。
「全員私狙いか、いいだろう。赤子を抱くマリアの如く慈悲の心で受け止めてやる。」
「殺してやる……っ。」
短調的な突進。探偵の頭を掴もうと差し出す手、食らいつこうと顎が外れそうなほど開ける真ん丸な口。
だが次の刹那、探偵はその差し出された細く腐ったようにボロい腕を掴み自分の方へと引っ張る、ガチッと空を噛む音が響く、その音を追うように次に顎が砕かれる音が再び響いた。
「ガァァァァ……!!!」
裂けた顎の皮膚からボタボタと血が滴る。遠藤の曖昧な手はその戻ることのない顎を抑え目には涙が浮かんでいる。
(不味いな、今は食佳君がいる。……"アレ"は使えない)
探偵は食佳の目を見る。改めて見ると彼は正確の割に綺麗な目をしている、生意気な三白眼と穢れを知らない真っ赤なアレクサンドラの瞳。
キィ、キィと頭の中で何かが動く音がする。その左目の感覚はもうない。
-(*)
「?、なんであの人急に止まって……?」
「死に晒せェ!!」
「うわ危ねぇ!!」
極藤の精密な弾丸が音をも置き去りにして飛んでくる。
「よけんなやゴラァ!!」
「アホか避けるわぁ!!」
探偵が三人を引き受けているお陰で僕の前にはボスキャラ一人、人形を置いてきた僕には荷が重すぎる。
狙いは後ろ、極藤の真後ろにビールケースが積まれた山がそびえ立つ、そこに立て掛ける僕の人形、その大剣だ。
大人の半身程の大きさの剣であり、両刃のギラつき、鍔もなく盾とも読み取れる程の大剣。今は色を失っておりまるで閉じた貝だ。
「……っ、どけよデカブツ」
「おいおい、化けの皮が剥がれた瞬間語気が強くなったじゃねぇか。本当に舐めてたってことか?それとも強がりか?」
怖い?そう問われたら答え合わせする間もいらないだろう。足が震え目が細まる。息を吸うと喉の奥で何かが引っかかり北風がその恐怖心を煽る。
安全装置という補助輪があるといえどいつ…どう転ぶか分からない。相手がいつ安全装置に気づくかも分からない、そもそも自分の人形を握った瞬間、何が起こるかも分からない。分からないことだらけだ。――分からないが1番怖い。
「だから……強がるんだ。分かることだけで、どう生きて行こうと考えてただ怯えて"分かる"ことだけを矛にして、盾にして頑張って行くしかないんだよ。」
「だから足元をすくわれて死んでいく。」
「ああ、だから僕達は下を向いて歩くのかもね。」
「どうせ世迷言だ。」
土を蹴る。その土埃は大きな波のように弧を描き、その力強さを証明する。
あそこで眠っている人形を取りに行く。正面突破だ、作戦は無い。あれば使っている。
先程言った通り今の武器は"分かる"ことだけ、ただ
――進まなきゃ何も始まらないこと。
奇声にも近い、雄叫びをあげる、その足はまだ渦巻いて動いてる。
「これだから一般上がりの舐め舐め野郎が!!」
四発、耳の奥を突き刺すような重砲が鳴る。痛みは無い、が、ズズ…と何かがズレる音が鼓膜の奥でへばりつく。
「舐めやがって!!俺が未だに安全装置に気づかない訳がないだろうが!!!」
天井だ。アクリル板の天井補強材の四方に銃弾を打ち込み下に落としたのだ。このままだと僕の頭上の激突する。
流れ弾には安全装置の効果が発揮されない。あいにくそのアクリル板は鋭く尖っている、数秒後の自分の姿など考えるまでもない。
だからだ。何故だろう、そこに居たのは、醜くも諦めきれず思春期等と若者の特権を言い訳として使い、もがき手を差し伸べられる訳でもなく自分の方からてを差し出している傲慢な存在証明がいた。いや、気がしただけかもしれない。
「……届いた。」
雄叫びの導火線を断ち切るように、その悲鳴は深い深呼吸に変わっていく。ただ排気口から鳴る小さな空気の音や稲妻を滾らせバチバチとなる反発の音、そして一本の天に昇るほどの光がその場を制した。
「お前ェ、反則じゃないのか」
「........生憎、長く続きすぎたんだ。」
そこには先が割れ、光を放つ大剣を持ち上げる、二兎食佳の姿があった。
「あと一話で終わりにしよう。」
スチューデント秘話
二兎食佳
第一学び舎、普通科所属高等部2年生。
人形:龍帝萬雷
人半身程のサイズの大剣、両刃で真ん中が綺麗に割いており、そこからビームのようなものを放つことができる。
好きな物:金木犀、柚、よくあるライトノベル
嫌いな物:人の視線、にんにく
最近起きた奇妙な事:昨日10万程下ろしたはずなのに、1週間後には消えていた、ただ自室には驚く程似合わない可愛い子の限定フィギュアが鎮座していた




