駱駝,第四幕
目の前にいるのは怪物、駱駝
変な汗が出る、季節は冬近くの春の実は歌を歌う。ブーツの中にはジメッとした何かが溜まっていく感じがする。
うなじに溜まる汗と視線。そして、血の匂い。
「芯…九郎?」
細める瞳、それは小さく見覚えのある……病院の奥、珍しく泣き馴染む父親と汗を浮かべる母親の前でスヤスヤと眠っている。
水色の綺麗な瞳だ、水晶の結晶が私にこれが弟だと認識する、それがたまらなく嬉しかったんだ。
――今は濁っている。
「芯"っ…!九郎ッ!!」
素詩郎の身体は逆立っているような気がする、産毛のような唸っている?
確信と化したのはその爪が明確に伸びている時だ。彼は獣のような姿形に身体を変えていく。
「武っ殺してや゙る゙!!」
まるで狼の姿、唸り声をあげる姿に鳥肌が脇立つ。
それに対する駱駝が成した行動は、抱きつくような腕の動き、砂のカーテンから取り出したのはただ一辺倒の炎。
【……燈。】
フロントのフローリングを真っ赤に染めるような熱い炎が飛び出して行く。
ごうごうと揺らいだ炎はその獣の鼻からその先を貫く。
再びぐちゃっと鳴った、素詩郎の顔がフローリングを汚した音だ。
【設楽悠】
次にその砂からうねり風を切る音と共に飛び出したのは骨を繋ぎ合わせた尻尾のようなもの、先は鋭い。
「→←ッッ!!!」
そこに飛んできたのは2本の矢印、キーボードから打って出たような2本の矢印が生き物のように空を泳いで飛んでいく。
宙を舞うツインテールをたなびかせ少女は空を飛ぶ、これは楽園の人形か。
「念力の類ではないな、不可視の何かを操っているような……ベクトル操作の類だな」
楽園の回る瞳孔、矢印に模した瞳孔は矢印の矛先を示しているのか、力の入る方向と合致する。
2本の矢印は交差するように駱駝の身体を巻き締め、進んでいく、このまま引きちぎるつもりなのか。
「あの兄弟と同じ……人形を、肉体を弄ったのか、残念だ。」
また、肉体が潰れる音が鳴った。
バチンッとフローリングが砕け散る、先程の骨の尾、鋭く尖った先には赤が写る。
「かひゅっ↓」
「俺には、使えないからな。」
矢印が取り逃した鋭い尾は楽園の喉を見事に貫いていた。
喉には綺麗なトンネルが開通している、奥には見事に駱駝の顔が見える程。
皆が喉の奥の怪物を見てるそば、私の横に一つ穴が空いていることに気づいた。人一人入れる大きな穴、それは何かが掘り進めたのか奥が見えない。
雄叫びが鳴る。
床が隆起し瓦礫の拍手を身にまといそのゴーグルの眼光は光っている、彼は墓掘りだ。
ドリルのような巨大な人形を使い床を貫き地面を通し駱駝の上まで掘り進めたのか。
【澪ぃ、な……っ!?」
瞳孔が細まる、その駱駝の腕はピッタリと閉じ、服には左右に捻れた不自然なシワが出来ている。
次の瞬間鮮血の弧が私達の視界に写る、彼女の顔は目の位置すら分からないほど真っ赤に染まっていた。
その目や鼻、穴という穴から赤が漏れている。
「動ッ゙…がぜぇね゙ぇッ……よ゙ッ⤴︎!!」
矢印を灯す少女の息はまだ止まらない。
次の刹那、下に構える墓掘りのドリルの金切り音が1段階上がる。
「死ネよッ!!怪ブツ!!」
【狂楽のクロッカスッ!!】
【333年ノ土弄リッ!】
矢印が駱駝を止めそのドリルの先端が喉元にかかる時、その刹那だった。
奇跡を鼻で笑うようにまたその砂のカーテンが駱駝の顔を塞ぐ。
【月島】
その瞬間、風を切る音がその場を制する。
私の頬を掠め飛んできたその刃は三日月のような形をしていた。
三日月の刃は駱駝を中心として四方八方、まばらに飛んでくる。
質量と化した殺意はその瞬間楽園の首を飛ばし、墓掘りを三枚におろす。
また血が扇子のように広がり人が死んだ。
「――――。」
5名の死をいたわる間もなく、手は差し伸べられる。
何も見ない、何も聞かない、何もかがない、何も言わずに顔を縫い合わせた修道女は十字架を捧げる。
【ネフィリムの御手。】
突如そこに現れたのは始まりの巨人の手。
文字通りその手は空間事駱駝を押さえつける、ピリピリと揺れる空気の中巨人は地面をえぐり駱駝の足は沈む。
「む…っ!」
彼女は手を重ね、折り返しその左を軸として右を引く、これは弓を引くような構え。
パキッと肌が割れる音、その綺麗な肌色の上には霜が立っている、その手の上には氷柱の矢が廻り構えている。
「祈り雑教ツギハギ…だったな。その十字架の首飾りが人形なら信じるモノの具現化…先程はギリシャの巨人ネフィリムで今度は北欧か、まさに雑教だな。」
押しつぶされそうなこの状況下でも、その眼光は鋭く揺るがなく首飾りの十字架を見つめている、まるで恋をしているみたいだ。
あの男は人形というものに恋をしているように見える、その頬は赤いのかそれとも我々の薄汚い返り血か。
先程の俺には使えないの発言や、私達の使う人形に詳しい点、その道の研究者にも聞こえる。
それに人の名前のような扱う複数の人形、人形狩りの異名にもしかしたらという疑問が頭にこびりつく。
【スカジの通り矢】
無慈悲にも御手に抑えられている駱駝に氷柱の矢が飛んでいく。
それは喉元に、楽園よ園よ林檎を差し出す蛇のよう彼女の開ききった喉を見返すように、それともスカジの狩りの仕草か致命傷へと飛んでいく。
それに相対するは駱駝の腰元に砂の塊が漂う、まるで抜刀の構えだ。
【須子女】
その手は鋭く一本の線を書くように振り開かれる。
振り抜いた先には残像が残る、その拳には一振の刀が添えられてあった。
「――――!!」
バチッと火花が散る。
先程のまばらの斬撃とは違い今度は鋭く冷たい飛ぶ斬撃、その物干し竿如き一撃は氷柱を砕きツギハギの胴へと飛んでいく。
「惜しい…、実に惜しいのだ。その才能、本物を当てる運、人形使いとしてまさに一級品ッ!……だがまだ研ぎ終わっていなかったんだ、そこが限界だと研ぐ腕を止めてしまった。」
上から大きな壁のような物が落ちてくる。
床を砕き、空から降ってきた大きな盾はその斬撃からツギハギの身体を隠す。
不落胎盤、人の数倍ある丸い盾を使う名ある賞金稼ぎだ。
「全く!訳の分からないこと言うんじゃないネ!!」
「まったく…残念だと叫んでいる!!」
風を切る音が胸を貫く。
それと同時だった、びしゃりっとバケツを投げかけたような鮮血が不落胎盤の頭を覆った。
「……ヘ?」
素っ頓狂な声を上げ目を丸くする、自分の輪郭が歪んでみえる。
斬撃が不落胎盤の頬を掠めたと思っていたら後ろから肉が裂けるような音がした、その瞬間、不落胎盤の顔は真っ赤に染まっていた。
ぐしゃりと潰れる音やぶくぶくと血管が塞がり泡となって吹き出す赤。
振り返ってはいない、ただ耳がそれを見てしまった時、おぞましい恐怖が不落胎盤を強く抱きしめる。
「な、なんっ…で?」
「……須子女は少し気が短い女性だった。私が目の前で人を一人二人殺しただけで彼女は身内でも殺されたのか私を鬼を見るような目で得物を抜いた。」
「須子女って、人の……名前?」
「私も最初はくらってしまったな、彼女の一撃……絶対初見殺しの御業。」
【見ズ神刀ヲ上座に立つ】
存在しない一撃、当たるまで全てを何も無かったように通り抜けてその面を切り捨てる一撃。
なんとも贅沢な感情、羨ましむだなんて目の前の死体を睨んでも湧き上がり沸騰したお湯のようにやがて感情の器の鍋蓋から溢れ出していく。
「そうだった、人形を愛し続けて5年……彼女も須子女も気の強い女だった。強情で優しくて、とても正義感のある。」
「まっ…、て!待って!」
足の裾からサラサラと海の音が鳴る、やがて侵食するように広がる砂の海は地面へと消えていく。
【……澪奈。】
「まだ死にたくナ゙ッ……!!」
腹に響くような轟音、地鳴りのような炸裂音のような瞳孔が開き肌から逃げろと促す程の衝撃。
ワニのような恐竜のような牙を持つ爬虫類を象ったプレス機が不落胎盤を瞬きの間に潰してしまった。
「……さて、みんな死んでしまった。お前らは?見るだけか?」
「観客は?」
「いらないな、片っ端から壇上に上がれ。」
「そのステージは元々貴方のものではないでしょう?」
「ああ、そうだな。だがもうすぐでスポットライトは俺しか照らさなくなる。」
「いいね、シェイクスピアは悲愴的な物語を好んだからさ。」
無口な顔して意外とよく喋る。
あれだ、得意分野を語るオタクの口、聞いてもいないのにベラベラと。それに面倒も臭い
その剛腕や巨人とも言える背丈まさに噂通りの弁慶坊、人形狩りの異名を欲しいままに人を殺す。
その異名通りに人を殺すのならば、彼は他人の人形を使うと言うのか。
「いいよ、私が今の時代の牛若丸になってあげる。」
「さぁ!お前の人形も見せてみろ!!」




