第7話 おひとりさまビーフシチュー
ゆるやかでほっこりした日常系の話を書いてます。
1話あたり2~3分で読める短いショートショート形式で、基本的にどの話からでも楽しめるようにしていく予定です。
楽しんで読んでもらえると嬉しいです。
今日は珍しく、空さんと美羽ちゃんの2人だけでのお出かけだ。
朝から「空お兄ちゃんとデートなの!」と張り切る美羽ちゃんを見送ってからというもの、家の中が嘘みたいに静まり返った。
こんなに静かな家、いったいどれくらいぶりだろう。
いつもは小さな足音や笑い声が絶えないリビングも、今日は時計の秒針だけがコツコツと響いている。
最初のうちは静けさが少し新鮮で、ソファに寝転んで読書をしたり、丁寧に紅茶を淹れたりして、思いきり羽を伸ばしていた。
けれど、午後を過ぎたころ、ふと気づく。
……静かすぎる。
笑い声が聞こえないだけで、こんなにも部屋が広く、空気が冷たく感じるなんて。
本のページはいつのまにか止まり、私は窓の外をぼんやり眺めていた。
「よし。今日の晩ご飯は、ちょっと手のかかる料理にしよう。」
そうつぶやいて、エプロンを手に取る。
2人が帰ってきたときにおかえりって言えるように。
温かくて、ちょっと特別な料理を作ろう。
選んだのはビーフシチュー。
時間はかかるけれど、そのぶん愛情がゆっくりと染み込む料理。
厚めに切った牛肉に軽く塩こしょうをして、フライパンでじっくりと焼き色をつける。
香ばしい茶色に変わる瞬間、バターの香りがふわりと広がり、キッチンが一気にあたたかくなる。
玉ねぎ、人参、じゃがいもを切る手元に、自然と鼻歌がこぼれた。
赤ワインを注ぐと、湯気とともに立ちのぼる甘い香り。
コトコトと鍋が鳴る音が、まるで心の鼓動みたいに心地いい。
たまにかき混ぜては、やわらかくなっていく肉を見つめながら、時間の流れを味わう。
ゆっくり煮込んだあと、ルウを加えてとろみをつける。
艶やかな濃い茶色のシチューに思わず小さく微笑んだそのとき、 玄関の方からドアの開く音と元気な声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、空さん、美羽ちゃん。」
エプロン姿のまま顔を出すと、美羽ちゃんがぱっと駆け寄ってくる。
「ねえねえ、見て! お兄ちゃんに買ってもらったの!」
小さな手の中には、ふわふわのぬいぐるみ。
空さんも少し疲れた顔をしていたけれど、その目はやわらかく笑っていた。
「おお、いい匂いだな。」
「ビーフシチューですよ。じっくり煮込みました。」
「それは楽しみだな。」
3人で食卓につき、湯気の立つシチューを口に運ぶ。
とろけるような肉のやわらかさと、深く染みたコク。
空さんが「これは……すごいな」とつぶやき、美羽ちゃんが「おいしいー!」と満面の笑みを浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、心の中に静かに広がる温もり。
やっぱり、こうして3人で囲む食卓が、いちばん好きだ。




