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ありふれたひと時に、微笑みを  作者: 白熊 猫


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3/20

第3話 ごめんねカレー

ゆるやかでほっこりした日常系の話を書いてます。

1話あたり2~3分で読める短いショートショート形式で、基本的にどの話からでも楽しめるようにしていく予定です。

楽しんで読んでもらえると嬉しいです。

しまった――。

机の上に置いてあった黒い万年筆を、私はうっかり床に落としてしまった。

「ぱきっ」と、乾いた音。

その一瞬で、胸の奥がひゅっと冷たくなる。

慌てて拾い上げると、ペン先がほんの少し欠けていた。

「うそ……空お兄ちゃんの大事なペンなのに……。」

目の奥がじんわり熱くなって、視界がにじむ。

あのペン、空お兄ちゃんがいつも仕事で使っていたやつだ。

「これは会社を始めたとき、葵にもらったんだ。」

そう嬉しそうに笑って、ペンを撫でていた空お兄ちゃんの顔が浮かぶ。

どうしよう……。

怒られたくない。

でも、嘘もつきたくない。

私は小さく深呼吸して、勇気を振り絞った。

そしてキッチンに立つ葵お姉ちゃんのところへ歩いていく。

「葵お姉ちゃん……あのね……ペン、壊しちゃったの。」

震える声でそう言って、しょんぼりと両手で差し出す。

葵お姉ちゃんは一瞬目を見開いて、それからふわりと笑った。

「そうだったのね。ちゃんと言ってくれてありがとう、美羽ちゃん。」

その優しい声に、胸の奥がほんの少し温かくなる。

けど、胸の奥のチクリとした痛みは、まだ消えない。

「空お兄ちゃん、怒るかな……?」

「大丈夫。美羽ちゃんが正直に謝れば、空さんは笑って許してくれるよ。」

葵お姉ちゃんは冷蔵庫から野菜を取り出しながら、軽やかに言った。

「そうだ。今日の晩御飯は空さんの大好物のカレーにしよう。」

私はこくん、と頷いた。

キッチンはすぐにスパイスのいい匂いでいっぱいになった。

玉ねぎを炒める甘い匂い、鍋の中でぐつぐつ煮える音。

罪悪感と一緒に不思議な安心感が胸の中に混ざっていく。

早く謝りたい。

でも、ちょっと怖い。

そんな気持ちをかき混ぜるように、カレーの香りが広がっていった。

――――――――――――――――――――


玄関のドアが開く音がして、空お兄ちゃんが帰ってきた。

「ただいま。いい匂いだな……これは、カレーか?」

「おかえりなさい」

葵お姉ちゃんが笑顔で迎える。

でも私は下を向いたまま、スリッパの先を見つめていた。

いつもなら、真っ先に抱きつくのに。

今日は、足が動かない。

葵お姉ちゃんがそっと背中を押す。

「大丈夫。行っておいで。」

私はおそるおそる前に出て、両手で万年筆を差し出した。

「ごめんなさい……ペン、落としちゃって、壊しちゃったの……」

心臓の音が耳の奥でどくどく鳴る。

空お兄ちゃんは少し驚いた顔をして、それから、優しく笑った。

「そうだったのか。大事にしていたけど、壊れたのは仕方ないよ。正直に言ってくれて、ありがとう、美羽。」

その声が、胸の奥にすとんと落ちた。

ほっとした瞬間、涙がぽろりと零れた。

「……怒ってないの?」

「怒ってないよ。確かに壊れたのは悲しいけど、美羽がちゃんと話してくれたことのほうが嬉しい。」

その言葉に、さらに涙が溢れてきた。

葵お姉ちゃんが「もう泣かないの」と笑って、私の頭を撫でてくれる。

「さ、カレーができたよ。みんなで食べましょう。」

テーブルに並んだカレーは、少し甘くて、少しスパイシー。

スプーンを口に運ぶたび、胸の奥がじんわり温かくなる。

空お兄ちゃんが「美味しい」と笑うのを見て、私の胸の奥はさらに温かくなっていく。

――私が大人になったら、空お兄ちゃんのお嫁さんになって、こんなカレーを作りたいな。

投稿を始めるにあたり、いくつかストックを用意しました。

ストックがある間は、複数話を同時に投稿していく予定です。

投稿は毎週土曜日の昼前を予定しています。

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