第2話 君がくれたお弁当
ゆるやかでほっこりした日常系の話を書いてます。
1話あたり2~3分で読める短いショートショート形式で、基本的にどの話からでも楽しめるようにしていく予定です。
楽しんで読んでもらえると嬉しいです。
「……しまった。こんな初歩的なミスを――」
机に広げた書類を前に、思わず頭を抱えた。
取引先への納品スケジュールを完全に勘違いしていた。
ついさきほど、相手先からクレームの電話が入ったばかりだ。
小さなスタートアップにとって、この失点は致命的になりかねない。
信頼を失えば、取引は途絶える。
資金繰りも、一気に苦しくなる。
原因は、他でもない自分の確認不足――社長として、情けない限りだった。
「空さん、大丈夫ですか?」
柔らかな声が、胸に染みた。
顔を上げると、秘書の葵が立っていた。
いつもと変わらない落ち着いた笑み。
けれど、その瞳の奥に、わずかな心配の色が宿っている。
「俺のミスだ。取引先にも迷惑をかけた。完全に……社長失格だな。」
自嘲気味に口にすると、葵はそっと首を振った。
「“失格”なんて言葉、空さんには似合いません。もう謝罪も対応も済ませたじゃないですか。」
「でも――」
「“でも”は禁止です。」
その言葉と同時に、彼女が一歩、俺のデスクに近づいた。
いつの間にか、距離が近い。
葵は迷いのない手つきで、デスクに包みを置いた。
「お昼、まだですよね? お弁当、一緒に食べましょう?」
包みをほどくと、二段重ねの弁当が現れた。
白いご飯の上に、ふんわり甘い卵焼き、照りのあるチキン、鮮やかな緑のブロッコリー胡麻和え――彩りも香りも、葵そのもののように丁寧で優しい。
「……すごいな。見ただけで元気が出てくる。」
「味も、ちゃんと保証しますよ? ほら、どうぞ。」
差し出された箸を受け取り、一口。
ふわりと甘じょっぱい香りが広がり、じんわりと力が戻ってくる気がした。
どんな栄養ドリンクより効く。
心の奥の冷えが、すっと溶けていく。
「……美味しい。ありがとう、葵。」
「よかった。空さん、顔が少し柔らかくなりましたね。」
その言葉に、思わず視線を上げる。
穏やかな笑顔が、まっすぐこちらに向けられていた。
その笑顔は、どんな叱責よりも深く、俺の心に響いた。
「ありがとう、葵。もう落ち込むのはやめるよ。午後から立て直す。」
「そうこなくっちゃ。私は、どんなときも空さんの味方ですから。」
昼休みが終わるころ、窓の外の光が少し明るくなっていた。
書類の山も、もう怖くない。
葵が傍にいる――それだけで、どんな失敗も乗り越えられる気がする。
「よし、もうひと仕事、頑張るか。」
立ち上がると、葵がくすっと笑った。
「その調子です、社長。」
葵の笑顔に背中を押されながら、俺は新しい資料を手に取った。
――どんなミスをしても、この人がいる限り、前に進める。
仕事も、そして……それ以外の時間も。
投稿を始めるにあたり、いくつかストックを用意しました。
ストックがある間は、複数話を同時に投稿していく予定です。
投稿は毎週土曜日の昼前を予定しています。




