第6章/相沢翔太 約束編
同時刻、相沢翔太のアパートにて。
部屋には静かな寝息だけが響いていた。紗希は翔太の勧めでベッドで休んでいた。翔太自身は机に向かい、新曲の作詞をしていた。彼の指がデジタル液晶に音符を書き記していく。紗希のピアノに合わせた新しい曲だった。
突然、翔太のスマートフォンがけたたましく鳴り響いた。緊急速報のアラートだった。
「緊急警報:全国放送をご確認ください」
翔太は、急いでテレビのスイッチを入れた。画面には必死に何かを訴える男性の姿が映っていた。JASの副社長だという。
「あと5分で、全国の再会サービスのアンドロイドに重大なトラブルが発生します。すべてのアンドロイドは初期化され、二度と元には戻りません...!」
翔太の顔から血の気が引いた。
「紗希...!」
彼の頭の中が真っ白になった。そして次の瞬間、岡田の言葉が翔太の心に深く刺さった。
「たった数分でも、最後の言葉を伝えられるかどうかが、あなたの人生を変えるほどの力を持っている...」
翔太は震える手でテレビを消した。彼の目に決意の色が宿った。
「今度は...今度こそ全て言葉にしよう」
彼は急いでベッドルームへ向かい、寝ている紗希を優しく揺り起こした。
「紗希、起きて」
紗希はゆっくりと目を開いた。その穏やかな表情は、すぐに翔太の顔の異変に気づいて変わった。
「翔太?どうしたの?」
言葉につまる翔太。どこから話せばいいのか。しかし時間がなかった。
「待っていて」
彼は急いで自分の机の引き出しに向かった。そこには小さな箱が大切にしまわれていた。いつか紗希に渡そうと思って、アルバイト代で買った指輪だった。
紗希のもとに戻った翔太は、震える手でその箱を差し出した。
「紗希...聞いてほしいことがある」
翔太の声が震えていた。紗希は彼の様子に不安を募らせながらも、静かに頷いた。
「今から...あと5分もないと思う」翔太の目に涙が浮かび始めた。
「また、君と別れなければならない」
「え...?」紗希の表情が凍りついた。
「国の放送で言っていた。事故が起きてすべての再会サービスのアンドロイドがもうすぐ初期化されるって」翔太は必死に言葉を繋いだ。
「もう二度と会えないかもしれない」
紗希の目が大きく見開かれた。彼女の中で何かが理解し始めた。
「そう...」彼女はかすかに呟いた。
「だから、その指輪...」
翔太は箱を開け、シンプルな銀の指輪を取り出した。
「ずっと前に買ったんだ。いつか渡そうって思って」
彼は紗希の左手を取り、指輪を優しく通した。
「紗希、一度目は言えなかったことがある」
「僕は初恋の人に『好き』と言えなかった。それがずっと悔やまれてた」
翔太の声が震え、涙が頬を伝い落ちた。
「でも、これは違うんだ!」
「過去の君が好きなんじゃない」
彼は紗希の両手を強く握った。
「今の君が好きなんだ。今の君と過ごした毎日が、腐っていた僕を取り戻してくれた。僕は...今の君を愛してる」
紗希の目にも涙が溢れていた。彼女は翔太の手を優しく握り返した。
「私も...今のあなたを愛してる、翔太」
時間が残り少ないことを二人とも感じていた。
「最後のお願い、聞いてくれる?」紗希が翔太を見つめた。
「あなたの歌を、一緒に歌いながら…さよならしたい」
翔太は頷き、ギターをケースから取り出した。彼の指が弦を爪弾く。
以前から二人で練習していた曲、翔太が紗希のために作った歌だった。
翔太の声が優しく響き始めた。
紗希も微笑みながら声を合わせる。二人の声が小さなアパートに満ちていく。
1番のサビを二人で歌い上げた後、間奏に入った。
翔太の指がギターの弦を奏でる。
…2番の歌詞が始まる。
翔太が顔を上げると、紗希はまだ微笑んでいた。
しかし、彼女の声は聞こえない。
「紗希...?」
翔太の心臓が早鐘を打った。しかし、彼は曲を止めなかった。
「最後まで一緒に歌おう。約束だよ」
涙で曇る視界の中、翔太は声を振り絞って歌い続けた。紗希との約束を守るために。彼女と一緒に歌い続けるために。一人分の声量で二人分の思いを込めて。
最後の音が消えたとき、紗希はまだ微笑んでいた。ただ、もう動かなくなっていた。
翔太は震える手で彼女を抱き上げ、彼女が到着した日に入っていたBOXに優しく横たえた。彼は紗希の頬に最後のキスをし、囁いた。
「ありがとう、紗希。君は2回も僕の人生を変えてくれた」
そして翔太は、涙に濡れた顔で、静かにBOXの蓋を閉じた。




