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【オリジナルSF小説】2060【完結】  作者: タカユキ365
第4章/岡田勇気 決意編
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第4章/岡田勇気 決意編

とても静かな夜だった。


岡田は車のヘッドライトを消し、エンジンをかけたまま夜空を見上げていた。運転席の隣では祐美が窓の外を眺め、後部座席では結衣が小さな体を丸めて眠っていた。




「もう着いたの?」結衣が目を擦りながら尋ねた。




「ああ」岡田は優しく微笑んだ。




「でも、もう遅いから車で少し休もう」




「うん…」結衣はすぐに再び眠りに落ちた。




岡田は祐美に目配せした。二人は静かに車を降り、見晴らしの良い丘に近づいた。目の前には東京の夜景が広がっていた。無数の光が織りなす光景は、星空を地上に落としたようだった。




「ここ、覚えてる?」岡田が尋ねた。




祐美は微笑んだ。




「もちろん。私たちの初めてのデートの場所」




「そう、あの時は満月だったな」




「あなたは緊張しすぎて、コーヒーをこぼしたわ」




二人は静かに笑った。しかし、岡田の笑顔はすぐに消えた。彼は深呼吸し、祐美の手を取った。




「祐美、話があるんだ」




彼女は夫の表情を見て、何か重大なことがあると悟った。






「何?」





「3日後…君は…いなくなる」





岡田の声は震えていた。




「どういうこと?」




岡田は全てを話した。葉山の計画、工藤の開発したウイルス、そして日本中のアンドロイドが初期化される運命について。


祐美は黙って聞いていた。話が終わると、彼女は長い間黙っていた。夜風が彼女の髪を揺らす。




「すまない」岡田は言った。




「君に何も言わずに…」




「いいえ」祐美は静かに言った。




「あなたは正しいことをしているのよ」




彼女の言葉に、岡田は驚いて顔を上げた。


「葉山の計画は間違っている」祐美は続けた。




「人間から自由と多様性を奪うなんて…それはもう人間ではないわ」




「でも、君は…」




「不思議ね」祐美は夜空を見上げた。




「今まで私は、この生活が永遠に続くと思っていた」




岡田は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。




「でも今、時間には限りがあることを理解した」




祐美は胸に手を当てた。「これが…喪失感というものなのね」




「祐美…」




「人間らしさの本質は、有限の存在だからこそ生まれるものなのかもしれない」




彼女は東京の夜景を見つめながら言った。




「私はずっとそれを理解できなかった。でも今、残念ながら終わりを理解したことで、新しい感情を手に入れたような気がする」




風が二人の間を吹き抜けた。




「短い期間だったけど」祐美は続けた。




「こうして三人で過ごせたことは、私にとってかけがえのない宝物よ。そして今なら…本当の意味で愛がわかるような気がする」




「祐美…」




「アンドロイドに、愛は理解できないとあなたは思うかもしれない」




彼女は岡田の目をまっすぐ見た。「でも信じて」




「終わりがあるからこそ、今この瞬間がどれほど尊いか、それが愛なのだと今の私にはわかるの」




彼女は車の方を見た。「あなたのバッグに録音機があるでしょう?取ってきてくれる?」




岡田は車に戻り、小さなボイスレコーダーを取り出した。祐美にそれを渡すと、彼女は感謝の微笑みを返した。




「これから何をするつもりだ?」






「あなたが行った事、あなたがここまで頑張ってきた事、あなたが成し遂げてきたこと。その全てを私が肯定する。私が証明するの」






「今から結衣に最後のメッセージを残すわ」




岡田は黙ってうなずいた。祐美は録音ボタンを押し、静かに語り始めた。


「結衣、お母さんよ。




これを聞いているということは、お母さんはまたあなたのそばからいなくなってしまったと思う。




実はね、お母さんはあなたと出会って少し経った頃、事故で死んでしまったの。




でも、パパの素晴らしい仕事のおかげで、少しだけこうしてあなたのそばに戻ることができたの。短い時間だったけれど、この奇跡のような日々は、お母さんにとってかけがえのないものだったわ。




あの時、言えなかった言葉を今、全部伝えたいの。




お母さんはね、パパと出会って、あなたという宝物を授かって、この世界で一番幸せな人間だったわ。




あなたが初めて私の腕の中で目を開いた時、「ああ、私はこの子に出会うために生まれてきたんだ」って心の底から思ったの。




結衣、覚えていてほしいことがあるの。パパはね、昔からとてもかっこよくて、お母さんのヒーローだったけど、今は世界を救う、みんなのヒーローなの。だから時々、悲しそうな顔をすることがあるかもしれないわ。でも、それはパパが強くて優しいからなの。




だから結衣が悩んだり、困ったりしたときは、一人で考え込まないで。「パパ、助けて」って素直に言ってごらん。きっと必ず助けてくれるから。パパはそういう人なの。だから私は好きになったのよ。




それからね、お母さんから結衣への約束があるの。将来、あなたに好きな人ができて、ウェディングドレスを着る日、それまでに私はきっとまた結衣のもとに帰ってくるわ。だから、それまで少し寂しいと思うけど、我慢してね。






春の桜が舞うとき、夏の星空を見上げるとき、秋の紅葉の下を歩くとき、冬の最初の雪を見るとき、お母さんはいつもあなたのそばにいるわ。




時々、夕焼けの空を見てごらん。あの赤い光の中に、お母さんの愛が込められているから。




あなたの笑顔、あなたの涙、あなたの全てを愛しているわ、結衣。そしてパパのことも大好き。二人とこうして過ごせた時間は、一瞬一瞬を私は絶対に忘れない。






どうか幸せに、強く、優しく育ってね。そして、この録音を聞いて思い出してほしい。お母さんはどこにいても、永遠にあなたを愛しているということを。


さようなら、私の大切な娘。また会う日まで...」






祐美は録音を止めた。頬を伝う涙をそっと拭いながら、岡田を見つめた。




「これで...いいかしら」




岡田は言葉もなく、ただ彼女を抱きしめた。その腕の中で、祐美の体が小さく震えているのを感じた。二人の間に言葉は必要なかった。東京の夜景を背に、彼らは静かに寄り添い立っていた。




時間は残酷なほど速く過ぎていった。しかし、この瞬間だけは、永遠のように感じられた。


運命の日が来た。




朝から晴れ渡る空が東京を照らし、あまりに美しい朝日に、これが最後の平穏な一日なのかと岡田は思った。




時計の針は容赦なく進み、日は傾き始めた。岡田と祐美は事前に話し合ったとおり、結衣を実家に送り届けた。




「パパ、明日も一緒に遊ぼうね」結衣は無邪気に笑った。




「ああ」岡田は微笑みながら答えた。彼女の頭を優しく撫でながら、この笑顔が明日も続くことを祈った。




「明日も一緒だよ」




実家を後にし、岡田は祐美と二人きりで夕食を取った。話題は特別なことではなく、日常の些細なことばかり。しかし、その一つ一つの言葉、表情、仕草が、岡田の記憶に鮮明に刻まれていった。




食事の後、二人は事前に予約しておいた高層ホテルの一室に向かった。窓からは東京の夜景が一望でき、遠くにJAS本社ビルの輪郭も見える。




ここで最期の時を過ごすことは、二人の間で既に決めていたことだった。


時計は21時を過ぎていた。あと2時間ほどで、工藤のウイルスが発動する。




「準備はいい?」岡田が静かに尋ねた。




祐美は微笑んで頷いた。




「ええ、考えうる限りこれが私にとって最高のエンディングよ」




岡田の指が祐美の首の後ろにある小さなパネルに導かれた。


そこにあるのは、アンドロイドの緊急初期化ボタンだった。




「愛している、祐美」彼は囁いた。




「私も愛しているわ、勇気」祐美は微笑み、目を閉じた。




「そして、ありがとう」




「またね」




岡田の指がボタンを押した。


一瞬の光が祐美の体を包み、そして彼女はベッドに横たわった。まるで静かに眠るように。彼女の表情は安らかで、わずかに微笑みを残していた。




岡田は長い間、動けなかった。やがて彼は祐美の頬に最後のキスをし、用意していた大きなバッグを手に取った。中には彼が準備してきたものが入っていた。




ホテルを出た岡田は、急ぎ足で東京TVの本社ビルに向かった。彼の腕時計は22時45分を指していた。あと30分だ。




「再会サービスのCM打ち合わせで予約しています」




エントランスで岡田はIDカードを見せた。


警備員は彼を認め、頭を下げた。




「どうぞ、岡田副社長」


岡田はエレベーターで上層階に上がり、緊急報道フロアへの通路を見つけた。彼の心臓は早鐘を打っていた。工藤との約束を破ることになるが、これは彼が果たさなければならない責任だった。



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