社長グレーケルの憂鬱
ミーティング室で一人、グレーケルは山積みの書類と向き合っていた。
「売上報告書、企画書、苦情の手紙…それにヌシPの損害賠償請求…」
机の上に並ぶ書類は、まるで彼女の頭痛の種を目に見える形にしたかのようだった。特に多いのは、ヌシPが全裸で街を駆け回った件に関する苦情だ。
「今月だけで裸踊り35件、不法侵入12件、器物損壊8件…」
グレーケルは胃薬のボトルを取り出し、一粒口に放り込む。
「それに今度はシルBOWの爆発実験で近隣住民から騒音苦情よ。レトリバー金には何度言っても聞かないし…」
ドアをノックする音が響く。
「グレーケル、入るよー」
ベロスが顔を覗かせた。その嗅覚で、グレーケルの憂鬱を察知したのだろう。
「お姉ちゃん、疲れてる?」
「まあ、いつものことよ。心配しないで」
グレーケルは苦笑いを浮かべる。しかしベロスは机の向かいに座り、じっとグレーケルを見つめた。
「でも、お姉ちゃんの顔、すっごく疲れてるよ?最近胃薬ばっかり飲んでるし」
「…そうね。最近は特に頭の痛いことが多くて」
グレーケルは正直に答えた。ベロスの純粋な瞳の前では、嘘をつくことができない。
「でもね、ベロス。私はこの事務所が好きなの。ヌシPの奇行も、レトリバー金の危険な実験も、シルBOWの暴走も…みんな個性的で、才能に溢れてる」
「お姉ちゃん…」
「確かに大変だけど、みんなが輝いている姿を見ていると、私も頑張れるのよ」
その時、地下から大きな爆発音が響いた。続いて警報音がけたたましく鳴り響く。
「あー、また始まった」
グレーケルは立ち上がると、慣れた様子で非常ベルを止める。
「お姉ちゃん、今度はシルBOWちゃんのせいかな?」
「多分そうね。昨日『より大きな爆発を』って言ってたから」
二人が地下に向かうと、案の定煙まみれになったレトリバー金とシルBOWがいた。
「あたしの計算では威力は適正範囲内だったんだけどなあ」
「計算に感情の込め方が足りませんでした。次はもっと情熱的に爆発します」
「はいはい、今日の実験はここまで。近所迷惑になるから」
グレーケルが割って入ると、二人は不服そうに実験を片付け始める。
事務所に戻ると、今度はヌシPが全裸で廊下を駆け回っている。
「美の追求に休息は不要です!」
「ヌシP、服を着なさい!」
「芸術に常識は通用しません!」
「でも法律は通用するの!」
グレーケルは追いかけ回しながら、またため息をついた。
それでも、彼女の表情に暗い影はない。確かに大変だが、この仲間たちと過ごす毎日が、何物にも代えがたい宝物だということを知っているから。
「はあ…今日も長い一日になりそうね」
胃薬を一粒口に含みながら、グレーケルは次の書類に向き合った。どこか誇らしげな微笑みを浮かべながら。