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調査

 課題と悪夢の謎の為に行動を開始したものの調査は難航した。なにせテーマが【過疎地域における高齢者世帯の孤立】だ。そもそも調査するにしても人自体が少ないのだ。住民からとりあえず話を聞いたりすれば良いと浅はかに考えていた自分が愚か過ぎた。

 幼少期の頃ですら人口の少ない場所だったが。あれから年月が過ぎて過疎化は更に進んでいる。とりあえず立地や環境面から過疎化に繋がる点などを拾い上げて課題の材料にしていくしかない。

 そんな事を考えながらも地道に調査を進めた。人が少ないとはいえ無人島ではない。人と出会う場面もあったので、見かけるや否や遠慮なく声を掛けさせてもらった。自分のような若い人間が珍しいのか初めは訝しげな顔をされたが、大学の課題だと言うと感心され快く協力してくれた。だが一つ妙に感じる事があった。


「十年以上前にこの地域で溺れた子供はいませんでしたか?」


 一人目の老婆は怪訝な顔を見せた。当然と言えば当然だ。風土や慣習、歴史といった話から急に物騒な話に切り替わったのだから反応としては自然だ。しかし問題はその後だ。


「あー……溺れたというか、あれはねぇ……」


 明らかに何かを知っている様子だったが、結局何も語ってはくれなかった。

 二人、三人。皆一様に何かはっきりとした記憶があるはずなのに口にしないといった反応が続いた。皆何かを隠している。隠しているというより、触れたくないといった所か。その理由の片鱗が四人目で垣間見えた。


「あの人殺しか」


 独り言のように小さな声だったが、はっきりと老人はそう口にした。


「今のどういう意味ですか?」


 驚いて慌てて問い詰めたが、以降は他の住民と同様に口を割る事はなかった。諦めてその場を去ろうとした時、


「あんた名前は?」


 老人は唐突に尋ねてきた。そういえば大学名と課題の事しか口にせず名前は伝えていなかった。


「荻原ですけど」


 答えると、老人は一瞬目を見開き驚いたような顔を見せたが、やがて険しくも何とも言えない表情に変わった。


「……さっさと帰れ」


 老人はもう話す事はないとばかりにこちらに背を向けた。

 人殺し。えらく物騒な言葉が出てきた。一体ここで何があったんだ。


 ーーなっちゃん。


 思い立ち俺はなつみの家に向かった。自然と歩みは速まった。

 二人で川で遊んだ日々を思い出す。静かで無口な夏にしか会えない少女の断片的な記憶。

 もう課題の事なんてどうでもよくなっていた。悪夢の手掛かりが殺人にまで関係しているとなれば心中は穏やかではなかった。

 まだあの家に住んでいるのだろうか。汗が身体を濡らし、息が切れるのも気にせず記憶の場所へと向かった。


 ーーあった。


 驚く事にボロ屋は当時の記憶そのまま残っていた。だが今は懐かしさより、言いようのない焦燥感と不安に満たされていた。


「何してんだ」


 ふいに後ろから声を掛けられ慌てて振り返った。

 禿げ上がって散り散りの白髪。全体的にやせ細っているのに下腹だけがぼてっと膨らんだ見るからに不健康な様。よれよれの染みだらけの白いタンクトップに短パン姿の男がじっとこちらを見ていた。

 変わり果てた姿ではあるが、紛れもなくなつみの父親だった。


「なつみさんのお父さん、ですよね?」

「だったら何だ」


 なつみの父親がこちらに近付いてくる。目の前までくると、酒と体臭の入り混じった不快な臭いが鼻を突いた。


「なつみさんはいますか?」

「は? なつみ?」


 なつみの父親は意味が分からないといった様子で聞き返してきた。もしや認知症か何かで自分の娘の事を忘れているのだろうか。


「あなたの娘さんですよ。なつみさん」

「なつみは死んだぞ」


 しんだ。言葉の意味が一瞬飲み込めなかった。しんだとはどういう意味だ。脳が理解するのを拒否しているのか、瞬間全く何を言われたのか頭の中で処理出来なかった。

 死んだ。なつみは死んだ。理解すると胃が急にずんと重くなった。しかし次の言葉は易々とその衝撃を上回った。


「だってお前が殺したんだろ。荻原んとこのよ」


 ーー俺がなつみを殺した?


 今度こそ本当に意味が分からなかった。というか、向こうも最初から俺の事を覚えていたのか。


「何だ? 今更手でも合わせに来たか?」

「え、いや……」

「いらねぇよそんなの。むしろ感謝してんだ」

「はい?」

「あいつがいるせいで俺の酒と飯の金がむしられていく。その癖てめぇで金も稼げもしねえ。とんだ金食い虫だ。むしろ助かったよ」


 こっちがまだ何も飲み込めてないのもお構いなしに、なつみの父親は信じられないぐらい勝手で不快な言葉をべらべらと捲し立てた。


「ぜぇんぶ知っとるぞ。だが誰にも言わんから安心せい。ふぇふぇふぇ」


 どんと俺に肩をぶつけながらなつみの父親は家の中へと入っていった。俺は呆然とその場に立ち尽くした。


 ーー俺は、俺は。


 じわじわと蝕むように言われた言葉が脳に染み込み、理解となって溶け込んでいく。


 ーーそうか。だから俺は。


 そこでようやく分かった。分かってしまった。


 ごぼごぼごぼ。


 水中でもがき苦しむ、繰り返す夏の悪夢。ずっとあれは自分が溺れている夢だと思っていた。

 違う、逆だ。あれは溺れさせている夢だったんだ。

 俺がなつみを溺れさせている夢。

 

”ぜぇんぶ知っとるぞ”


 俺は慌てて踵を返し駆け出した。今になれば他の住民の反応も納得出来た。だからこそ一秒でも早くこの場を去りたかった。

 揺られる電車の中で何度も胃液がせりあがった。来るんじゃなかった。悪夢の意味など知らなければ良かった。ただの悪夢ならまだ良い。悪夢どころか現実だったとしたら。


“だってお前が殺したんだろ。荻原んとこのよ”


 ーー俺は、人殺しかもしれない。


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