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悪夢



 ごぼごぼごぼ。


 口から溢れる水泡の音で聴覚が覆い尽くされる。訳も分からず手足をばたつかせるも抵抗虚しく水中から脱する事は出来ない。


 ごぼ、ごぼがぼっぼぼば。


 言葉は全て気泡に変わり頼りない音となって飲み込まれていく。


 ーー助けて。


 願いは誰にも、どこにも届かない。やがて意識は薄れ、切なる祈りを心で唱える事すら叶わなくなっていく。


『大丈夫だから』


 水中なのに耳元ではっきりと声がした。しかし薄れた意識のせいで誰の声かまでは判別出来なかった。


 ーー誰か、誰か……。





「……っはぁ……!」


 溺れ死ぬような感覚から一気に目が覚める。

 

 ーーまたか。


 現実に安堵しながら呼吸はつい先程まで酸素のない水中の苦しさから激しく呼吸は乱れている。夏の暑さだけとは違う汗が全身に滲んでいる。

 昔から定期的に見る悪夢。大学生になった今でも何の前触れもなく襲われる。何かのトラウマなのか深層心理なのか、夏になると必ず見る悪夢。

 結局その日、再び寝付く事も出来ず朝を迎えた。




「どう、キャンパスライフは?」

「うん、楽しんでるよ」

「楽しむだけじゃなくてちゃんと勉強するのよ」

「分かってるよ」


 夏の暑さを掻き消すようにクーラーが効いた実家で、母が出してくれた素麺をすする。氷でひんやりとした麺がめんつゆと絡み胃袋を冷やしながら満たしていく。

 盆休みの時期、いつも通り実家に帰ってきていた。少し離れた大学で一人暮らしを始めてから、盆と年末年始には必ず帰るようにしている。


「よし、そろそろ行ってくる」

「暑いから気を付けるのよ」

「ありがとう」

「帰ってくる時また連絡ちょうだい」


 涼しい部屋は名残惜しいが今年はやる事があるのでゆっくりもしていられない。俺は目的の為に焦げるような太陽の下に繰り出した。


【過疎地域における高齢者世帯の孤立】


 ゼミの課題として出されたレポート。今年の帰省の目的はこの為でもあった。レポートの作成に当たって必ず現地の声を載せる事が条件とされている為、普段の緩い授業や宿題のように資料やネットからの引用だけでは対応出来ないものだった。

 この課題を出された時、面倒だなと思いながらふいに一つの思いが頭を過った。


 祖父の家。 

 懐かしく瑞々しい記憶が甦る。夏になると必ず訪れていた場所。真面目で曲がったことが嫌いで豪快に笑う顔が眩しい祖父だった。記憶の中に残るのは快活な祖父だったが、俺が中学に通い出した頃に亡くなったと記憶している。


 祖父が死んで訪れる事もなくなった場所。懐かしい感情とレポート作成、両方を満たす事が出来る場所だと思い久しぶりに行ってみようと思った。

 電車に揺られながら車窓から見える景色が懐かしい。大学生活が始まってごみごみとした人混みと街並みが日常になった今、昔よりも増して広がる田んぼの緑を見て田舎の新鮮さを感じた。

 

 名取駅。電車の揺れの心地良さで眠りに落ち、気付けば目的地に着いていた。少し寂れた無人のホームに降り立ち、哀愁にしみじみと思い浸った。祖父がホームに迎えに来てくれた姿を思い出す。

 帰ってきて良かった。思いながら、その気持ちの中に墨汁のどす黒い一滴が垂らされるように広がっていく。今回の帰省のもう一つの目的こそあの悪夢だった。


 夏の悪夢。そのヒントがどうしてもこの場所にあるように思えた。

 夢の中で自分は水中にいるようだった。揺らいだ水面と溢れる水泡。抵抗も虚しく意識は遠のいていく。誰かに溺死させられるような夢。


 実際の記憶には全くない出来事だが、妙な生々しさも感じる夢だった。

 母に自分がどこかで溺れた事があるかと聞いてみた事もあったが、そんな記憶はないとの事だった。

 夏、水場、プール、海。今まで行った場所を思い返すもどれもあまりピンと来なかった。だがある時ふとこの条件に当てはまる場所を思い出した。それが祖父の住んでいた地域だった。

 もしかしたら何か分かるかもしれない。課題を聞いた時は面倒だと思ったが、悪夢の謎を解くきっかけが掴めるかもしれない。そう思い俺は早速行動を開始した。


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