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夏休み

「おう風真。よう一人で来たな」


 駅に着くと、太陽にも負けないぐらい光輝くつるつるの頭と笑顔を浮かべたしげるじいちゃんが、こちらに向かって手を振って待っていた。


「じいちゃん!」


 僕はじいちゃんに向かって勢いよく走り飛びつく。


「おうおう汗だくだなぁ。家帰ったらまず風呂だな」


 ぐしぐしとじいちゃんに頭を撫でられる。汗でずぶ濡れになってさぞ気持ち悪いだろうにじいちゃんはそんな事はまるで気にも留めない。


「あいつは大丈夫なのか?」

「母さんの事? うん、ちょっとどうしても予定が合わなそうって」

「そりゃ聞いとるんだが、身体崩してたりはしてないか?」

「うん、それは大丈夫。毎日大変そうだけど」

「そうか。一人で頑張っとるもんな。お前も大丈夫か?」

「うん、全然問題なし」

「はは、なら良かった」


 小五の夏休み。この夏僕は初めて一人でじいちゃんの家に行く事になった。これまではもちろん母さんも一緒だったが、どうしても今年は予定が合わないから諦めようなんて言うもんだから、一人でも行くと自分から志願したのだ。

 

 当然最初は心配された。でも母さんも一人で頑張ってくれてる。僕も一人で色々出来るようにならないと、そんな日々の想いもあっての決意だった。

 僕の強い意思を分かってくれたのか、「頼もしいな少年」と最終的に母さんは認めてくれた。


 今まで何度か帰った記憶と母さんからのメモを頼りに家を出た。電車で二時間。最初はちょっと緊張したが目的地である名取駅の名前が見えた瞬間、なんだこんなものかと少し拍子抜けした。これなら電車賃さえあればいつでも一人でじいちゃん家に行けそうだ。


「風真、ちゃんと宿題はやってるか?」

「後読書感想文だけやったら終わりだよ」

「えらいなぁ。真面目に頑張る奴は絶対に成功するから、変わらず頑張れよ」


 じいちゃんは気持ちよく笑った。じいちゃんは分かりやすい人だった。良い事と悪い事の判断がきっちりとしている。僕が間違った事をしそうになるとちゃんと怒るし、その分良い事をすればしっかりと褒めてくれる。母さんと一緒だ。


 民家が並ぶ中に田んぼも広がる田舎の景色を見ると、じいちゃんの家に来たんだなと感じる。雲一つない晴天の中、歩く事十五分程でじいちゃんの家に着いた。


「お邪魔します」

「よし、手洗ってうがいしたら風呂入ってこい。一人で入れるか?」

「大丈夫!」


 木製の引き戸を開き家に上がる。早くシャワーを浴びたいと思いながらもちゃんと脱いだ靴を並べる事は忘れない。こういった小さい事もちゃんとしないと怒られてしまうので疎かには出来ない。足早に風呂場に向かいさっと衣服を脱いで籠に入れる。一泊分の着替えは持ってきているが早速明日の分に着替える事になりそうだ。


 少しくすんだ白いタイル張りの風呂場に銀色の浴槽。年季は入っているが綺麗に保たれている所にじいちゃんの真面目さがまた窺える。

 早速頭からシャワーを浴び汗を洗い流す。日に焼けた肌がしみながら爽快さに思わず息が漏れる。シャワーを済ませ戻ると家の中がクーラーの冷気で心地良く満たされている。


「涼しいー」


 ごろんと畳に寝っ転がる。平屋のじいちゃんの家は全て畳の和室になっている。我が家であるマンションの部屋はフローリングなので畳のなんともいえない渋さと香りが落ち着く。


「一人でよう頑張ったな。ほら、冷たい麦茶」

「ありがとう!」

「アイスもあるけど食うか?」

「うん!」

「よしよし」


 じいちゃんは家に帰ってからも座らず動き続けている。毎度の事だが本当に元気だ。炎天下の中で汗だくで疲れ果てた僕と違って全く休む気配がない。

 あくせく動くじいちゃんの足音を聞きながら徐々に意識がまどろんでいく。疲れた身体が冷えた部屋と畳の感触に沈んでいく。


「ん?」


 はっと気付くと意識が飛んだ。身体の上には薄いタオルケットがかけられている。どうやら寝てしまったらしい。何時だと時計を見れば時間は昼の三時。二時間程寝てしまったらしい。


 ーーなっちゃん。


「じいちゃん、なっちゃんとこ行ってくる!」


 僕は慌てて家を出る。気をつけてなとじいちゃんの声が背中越しに聞こえた。ぱたぱたと走り数軒先の目的地まで走る。

 なつみの家。じいちゃんの家のような年季による劣化だけではないぼろぼろな平屋。僕は彼女を呼び出そうと家に近づいた所でがらがらと玄関の方が先に開いた。


「ん? 何だ坊主」


 よれたタンクトップに半ズボン。ぼさぼさの髪と無精ひげを生やした男は僕を見るなり一瞬怪訝な顔を見せた。


「あ、あの、なっちゃんいますか?」

「なつみ? ああ、荻原のとこの坊主か」


 どうやら思い出してくれたらしい。年に一度しか来ないのでこんな反応になるのも仕方がない。


「川遊びでもしてんじゃないか。この暑さだからな」


 額や首元の汗をぬぐいながらめんどくさそうに答える。


「ありがとうおじさん」


 僕は言われた通り近くの川に向かう事にした。

 なつみのお父さんは苦手だ。無愛想でいつも不機嫌そうな顔をしてるし、おまけにいつも酒と汗の臭いが混じった不快な臭いがして、おじさんの前ではいつもバレないように口で呼吸をしながら喋るので正直しんどい。


 おじさんに言われた通り僕はそこから少し離れた山の近くにある川に向かった。山に近付くほど木々が生い茂り、日差しが遮られ出来た影の涼しさがありがたい。さらさらと聞こえる川のせせらぎ音も心地良く、耳からも体温が少しばかり冷えていくように感じられる。


「なっちゃん」


 懐かしい後ろ姿が見え呼びかけると、彼女がこちらを振り向いた。肩まで伸びたざんばらの髪に細い眉と目元。いつもと同じくすんだ薄い水色のワンピース。服と同じぐらい乏しく薄い表情が懐かしい。


「遊ぼう」


 なつみに会う事が夏休みの一つの楽しみだった。


 


 なつみと会ったのは母さんと一緒に初めてじいちゃんの家に来た日だった。カンカン照りの日差しの中、近くに川があると言われ母さんと二人で行ってみるとそこになつみがいた。

 とにかく静かな女の子で喋りかけても名前以外はろくに答えなかった。最初は頑張って話しかけていた母さんも困り果てて、結局それでその年は終わった。


  翌年、じいちゃんに教えてもらい一人でなつみの家へ向かった。「なんかあったらすぐ呼べよ」と心配げに言われたのが気になったが、なつみの親父さんを見てじいちゃんの言葉の意味をなんとなく理解した。

 家にはいないと言われ川に行くと前の年と同じように川で遊んでいた。僕なつみに話しかけた。最初はあまり話してくれなかったが、次第にぽつりぽつりと小さな声で話してくれるようになった。自分と同い年である事、家と父親が嫌いな事。自然が好きな事。


「自然は綺麗だから好き」


 川の水を慈しむように掌で掬う様が妙に色っぽくてどきどきした。普段は無表情なのに自然に触れている瞬間だけは心がほぐれるように表情が少し和らいで見えた。

 帰り際、また会いに来てもいいかと僕が尋ねると、


「好きにすれば」


 とだけ言われた。拒否されなかった事が嬉しかった。以来、僕は帰省する度になつみと会うようになった。


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