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飛んで火に入る恋の虫  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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的外れ

 土曜の朝になってもギスギス、モヤモヤとした心は晴れず、湯山は不機嫌なまま支度をして自宅を出た。


『なんか、会いたくない、けど、約束は守らなきゃ』


 ぷくっと膨らませそうになる頬を抑えて、カフェまで黙々と歩く。

 10分ほどでたどり着いた建物の外には、私服姿の日高が立っていた。


「お待たせ、光星君。早かったね。日差しが強いし気温も高いから、暑かったでしょ。先に中に入ってても大丈夫だったのに」


「杏ちゃん! ううん。今、来たばっかりだから平気だよ。それに、俺が先に入っててさ、後から来た杏ちゃんが困ったら嫌だと思ったからさ、少しだったら待ってようかと思ったんだ。でも、やっぱり外は暑いね。早く中に入ろう!」


 ニコニコと笑う日高が湯山の手を引いて誘う。

 湯山はコクリと頷いて、大人しく店内に入っていった。


「ここ、カフェなんだけどガッツリしたメニューもあって好きなんだよね。カツ丼が置いてあるの面白くない?」


「そうだね」


「俺、朝御飯まだだし、カツ丼にしようかな。杏ちゃんはなに食べる?」


「私は……私も朝御飯食べてないけど、カツ丼はちょっと、気分じゃないな。天丼にする」


「似たようなもんじゃん。デザートはどうする?」


「ご飯食べてから、そのときの気分で決める。場合によっては食べきれないかもだし。でも、せっかくカフェに来たから、ブレンドコーヒーのアイス頼もうかな」


「いいね。俺も同じの頼むよ」


 ふわふわと嬉しそうに笑う日高が、タッチパネルを操作して二人分の注文を入れる。


 湯山は日高に礼を言うと、お冷を飲んで、ポーッと外を眺めた。


 たいして時間も経たない内に料理と飲み物が運ばれてきて、二人は会話も少ないまま黙々と食事を始めた。


『静かだな。まあ、普段、話しかけるのは私の方が多いから、当たり前か。おまけに、光星君の言葉にはそっけなく返事してたから、流石に雰囲気も悪くなるか。別に、モヤモヤして、イライラして、それで光星君に甘えたくなくなってるだけで、喧嘩したいわけじゃない』


 食後になっても、あまり会話をせず、甘い雰囲気どころか、よそよそしささえ感じる空気に元凶の湯山も焦りを感じる。


 そのため、彼女は既に数口飲んだアイスコーヒーを改めて飲むと、

「癖がなくて飲みやすいね。けっこう好きだな」

 と、感想を溢した。


 すると、気まずそうにしていた日高もパアッと表情を晴らして、コクコクと頷いた。


「俺も、このコーヒー好きだよ。なんか、食べ終わった直後はお腹いっぱいだったけど、飲み物飲んで、時間たったらお腹空いてきたね。デザートでも食べない?」


「いいね。光星君はなに食べる?」


「俺は、どうしようかな。ケーキとアイスで迷う」


「そっか。私は桃のパフェにするよ。期間限定らしいし」


 ざっとメニューを眺め、さっさとデザートを決めた湯山が、日高が見やすいようにメニューの向きを直して、頬杖をつく。


 そうして、なんとなく窓の外を眺めていると、対面で一緒にメニュー表をみていた日高が湯山のとなりに入り込んだ。


「どうしたの、急に」


 隣に座り込む日高が、逆さまのメニュー表を放置したまま自分の手をキュッと握ったから、湯山が硬い声で問う。

 そっけない彼女の態度に、日高がしょんぼりと眉を下げた。


「いや、杏ちゃん、ハグとか好きだから喜ぶかなって。でも、あんまり嬉しくない?」


「まあ」


「なんで? もしかして、今日、体調悪い?」


「別に悪くないけど、どうして?」


「いや、元気ないように見えたから。あのさ、気がつけなくてごめん。具合悪いなら、帰ろうか?」


「いや、いいよ。別に元気だし、体、どこも悪いとこないから」


 頬杖をついて、ぶすくれたまま返事をする。


 いじけた気持ちを悟られぬようにと普段らしい振る舞いを心がけていたのも事実だが、少しは拗ねた心を知って欲しいと、時折、わざと態度を悪くしたのも事実だ。


 そうして、中途半端に態度を悪化させた結果、そっけない態度は体調不良が故なのだと、日高に勘違いされ、湯山は余計にイライラとしていた。


『自分のこと察してもらえなかったとか、そんな理由で泣きたくない。困らせたくないし、引かれたくない。めんどくさいって嫌われるのは、流石に嫌だ』


 気がつけば目元まで込み上げる、複雑な感情の混ざりあった涙をこらえて、両手を握り込む。


 そうやって全身に力を込め、静かに耐えていると、小さく震える頬に、日高がポンと触れるようなキスをした。


「……何?」


 顔を真っ赤にして、期待がちに自分の顔を覗き込む日高へ、湯山が低い声で問う。

 すると、日高が、「これも嬉しくないか」と、落ち込んだように言葉を出した。


『光星君、なんのつもりだろ。私のこと、どう思ってるのか知らないけど、コレで怒りを引っ込めたりするほど、私は単純な生き物でも馬鹿でもないんだけど』


 日高には日高なりの考えがあって行動をしているのだろうが、あいにく、その全てが外れてしまって逆効果だ。


「ねえ、杏ちゃん、愛してる。好きだよ」


「そう」


「ね、ねえ、杏ちゃん、おいで? ハグして、キスしてあげる。辛いときくらい、甘えていいよ? 俺、外だけど頑張るから」


 包容力と不安の混じった日高の態度に湯山は苛立ちを覚えたが、少しだけ飲み込んで首を横に振った。


「いらない。あと、本当に体調は悪くないし、落ち込んでないし、元気ないわけでもないから」


「じゃあ、なんで、今日はずっと様子が変なの?」


「さあ。強いて言うなら、怒ってるからじゃない? 拗ねて、いじけて、怒ってるから」


 湯山は、それだけを告げると、そっぽを向いて涙腺の決壊した顔面を日高から背けた。

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