ギスギスいじけ虫
湯山と日高が恋人になってから、約一ヶ月が経過した。
二人は相変わらず、仲睦まじく過ごしていて、週末には毎回のようにデートをしていた。
今回は日高の家へ遊びに行くことになっていて、湯山はデートの日を一週間前から指折り数えて待っていた。
『明後日は光星君のお家でイチャイチャ……どうしよう。光星君のお家、ご両親いないからエチチなことになるかもしれない。そしたら、アレとかソレとか、買っといた方がいいのかな。でも、まだ、高校生には早いのかな』
ほんの少し、ませた妄想をしながら、ソワソワ、モジモジと心を揺らして日々を過ごす。
金曜の朝ともなれば、それが頂点に達して、湯山はいてもたってもいられないほどになっていた。
そのため、湯山は普段よりも無駄に早起きをして、ワクワクと日高が学校へやってくるのを待っていた。
しかし、その期待も興奮も、日高本人により裏切られることとなってしまった。
「ごめんね、杏ちゃん。明後日、急に予定が入っちゃって、デート、できなくなっちゃった」
朝一番、湯山の元へやって来た日高が申し訳なさそうに告げる。
「……なんで?」
ガンとショックを受けた湯山が、白っぽくなる頭を抱えて言葉を絞りだし、問いかけた。
日高はバツが悪そうに、重たく口を開く。
「その、中学の頃の遊び仲間で日曜に集まることになっててさ、中には他県に進学したやつもいるから……」
「だから、そっちを優先したくなったんだ」
湯山が少し冷たい声で日高の言葉を補足すると、彼はコクリと頷いた。
「ふぅん」
湯山の唇から、温度の低い相槌のような言葉が漏れる。
「あのさ、明日の約束は守れるから。一緒にカフェに行く約束」
取り繕うように、日高が言葉を出す。
しかし、湯山は少しだけ間を置くと、ふるふると首を横に振った。
「別に、いい」
「いいって何が?」
「明日のデートが。別に、いい」
「しなくていいってこと? なんで?」
「別に。ただ、付き合ってから、ずっと週末は一緒に過ごしてたし、普段も寄り道しながら一緒に帰ったり、家で通話してたりしてたから、光星君、自分の時間とれてなかったのかなって、負担になってたかなって思い至っただけ。だから、明日のデートもいいよ。たまには友達と遊んだりして、羽を伸ばしてきたら? 光星君、友達多いじゃん」
日高の負担を思って不安になったのは事実だ。
しかし、それでも、湯山の感情として大きな割合を占めているのは、日曜日のデートが急に消えたことによる喪失感と日高からの裏切られ感だった。
その関係で酷くいじけている湯山は、ぶっきらぼうに言葉を出した。
日高が慌てて首を横に振る。
「杏ちゃんが負担だなんて、俺、思ってないよ。それに、基本的には杏ちゃんを優先したいとも思ってる。杏ちゃんのこと好きだから、一緒にいたいし、恋人と離れると不安になったりするのも分かるから。だから、安心させたい。そういうのがあるから、基本的には優先したいんだけど、でもさ、日曜に他県から来る友達ってのが、中学の時、俺が苦しかった時に助けてくれた親友なんだ。だから、久々に会って、色々話したくて」
「うん。別に、日曜のやつ、駄目って言ってない。そういうのがあるなら、なおさら行ってきたらいい。ついでに、たまには土曜も友達と遊んだらって聞いただけ。私も……」
「杏ちゃんも、土曜は予定が入ったの? デート、できなくなった?」
口ごもる湯山に、日高が不安そうに問いかける。
ややあって、湯山はフルフルと首を横に振った。
「違う。まだ、予定は入ってない。入れようと思えば入れられるだけ。光星君が友達と遊ぶなら、私も、その日はお買い物とか、友達と遊んだりとかする」
硬い響きのする湯山の返事に、日高は「そっか」と頷いて、安堵の笑みを浮かべた。
「それなら、やっぱり土曜日はデートしよう。俺、土曜も杏ちゃんと会いたいから。約束通り、10時にカフェで待ち合わせね!」
日高がキラキラとした笑みを浮かべて、嬉しそうに言う。
彼から出された、「会いたい」という言葉も、その後、恥ずかしそうに絞り出された「好きだよ」という言葉も、どちらも湯山には嬉しくてたまらなかった。
だが、それでも彼女はどうしようもなく拗ねていたから、数秒だけ日高を無視して、それから、ふてくされたように「私も」と返した。
この日、湯山はずっと元気がなく、胸の中にギスギスとした何かを抱えていた。