ほっぺとくちびる
汗をかいた柔い頬に、ポンと唇が押し付けられる。
時間にすれば数秒だろうが、無味の行為が何故か甘くて、堪らなくなって、湯山は何度も日高の頬にキスを落とした。
無心で行ったが、妙に心が満たされて止まらなくなる。
『キス、けっこう好きかもしれない』
興奮して赤らむ頬をそのままに、小さな唇を唾液でほんの少し輝かせたまま、忙しい呼吸を漏らした。
日高の反応が気になって、チラリと彼の表情を盗み見る。
彼は湯山と同じような赤い顔で、恥ずかしそうにうつむいていた。
上目遣いの彼が、潤む瞳で湯山の顔を見つめ返す。
湯山の心臓がキュンと鳴って、ほんの少し持ち上がる口角がキスを繰り返すか迷う。
そうしていると、日高が湯山の唇に自身の唇を重ね、柔らかさの隙間に舌をねじ込んできた。
日高の舌が湯山の歯をつついて、中に入れてと催促をする。
急なディープキスそお誘いに驚いた湯山は、ギョッと目を丸くしたまま、トンと彼の体を押し返した。
すると、日高はアッサリ湯山から離れ、寂しそうにジッと彼女の顔を見つめた。
「唇はダメなんだ……」
瞳が、傷ついたような、悲しんだような色で揺れる。
非難された気がして、湯山はバツが悪そうに彼から目をそらした。
「だって、ほっぺはまだしも、唇はちょっと早いかなって。それに、入れようとしたでしょ」
「だって、杏ちゃん、あんまりにも俺のこと大好きってしてるように見えたから、つい、興奮して……俺のこと、嫌いになった?」
日高はしょぼんと沈んだまま、湯山の表情を伺った。
湯山がふるふると首を横に振る。
「ビックリしたけど、嫌いになったわけじゃないよ」
「本当?」
「本当だよ」
「じゃあ、またキスしてもいい? 今度は俺もほっぺにするから。だから、もう、拒否しないで」
苦しそうに言葉を出す日高に、湯山はコクリと頷くと頬を差し出した。
少し赤みの引いた頬に、日高がおそるおそる唇を近づける。
ポンと振れるようなキスは、湯山にも、誰にも邪魔されることがないまま成功して、日高はそのまま、数度、頬にキスを繰り返した。
「杏ちゃん、好きだよ。杏ちゃんは俺のこと……」
問いかける日高に、湯山はすぐ、
「好きだよ」
と、にっこり笑って返事をした。
だが、好きと返された日高は表情を曇らせている。
「多分って、つく?」
再度、問いかけてくる日高に、湯山は少し考えて首を横に振った。
「つかないよ、ほんとに好きだと思う……多分」
「結局、多分ってついてるじゃん!」
日高は少し腹を立てた様子で、ムッと唇を尖らせている。
湯山は、そんな彼の顔を、厳密には、その唇をじっと見つめた。
「ねえ、光星君」
「なに? 杏ちゃん」
「私、光星君の気持ち、ちょっと分かった。興奮して、色づいて、ポッテリとした唇が、なんでか少し濡れてて、かわいい。おいしそうで、あむってしたくなる。いい?」
日高の唇に指を沿わせて問う。
「いいけど、そしたら、俺、さっきのするよ? 杏ちゃんはいいの?」
「いいよ。さっきも驚いただけで、嫌だったわけじゃないから」
湯山の返答を聞いて、日高がそっと彼女を抱き寄せ、その唇にキスをする。
唇どうしで柔らかさを味わい合う時間は一瞬で終わり、すぐに日高の舌が湯山の口内へ潜り込んでくる。
湯山もお返しで日高の口内へ自分の舌を送り込んだ。
『甘い。さっき飲んだジュースの味がする』
彼の舌が自身の舌に触れて、思う。
湯山が初めてのキスに初々しい感想を抱いていると、既にだいぶ興奮した日高の舌が、嬉しそうに彼女の舌に絡んで、きつく擦った。
ピタリとくっつき合っていない、二人の唇の間にある空間から、湯山が甘い吐息を漏らす。
そうすると、日高はますます興奮して、さらに積極的に湯山を貪った。
『キス、難しい。されるがままだ』
よく分からないまま、甘い刺激を受け取り続ける。
数分後、ようやく解放された湯山が潤む瞳で告げたのは、
「もうちょっと……」
という、酷く甘えた催促の言葉だった。