甘え、お試し行動
日高と付き合って、約一週間が経った。
同じクラスに所属しているのもあって、日高はよく、湯山の元を訪ねてくる。
湯山も日高のことを知りたくて、積極的にかかわり合った。
メッセージアプリの履歴も彼ばかり。
画面には、いくつかの言葉と通話終了のアイコンが並んでいる。
日高は確かに、湯山の生活に入り込んでいた。
「そろそろ帰ろっか、杏ちゃん」
放課後、湯山の元へやってきた日高が笑顔で彼女へてを差し出す。
照れた彼の表情に、湯山の心臓が優しい音を鳴らした。
「うん。帰ろう」
湯山はコクリと頷き返して、彼の手をとった。
『やっぱり、とてつもなく好みだ』
自分から手を差し出してきたくせに、終始、照れた様子で、他の生徒とすれ違う度に恥ずかしそうに顔を背けたり、やわく手をほどこうとするのが愛らしくてたまらない。
逃げるか、留まるか。
迷う手をギュッと握り返して引き留め、彼の顔を見上げる湯山の表情は自然と笑顔だった。
「杏ちゃん」
「なに? 光星君」
「俺と手を繋ぐの、楽しい? その、嬉しい?」
問いかける日高は控えめな笑顔を浮かべていて、ソワソワと何かを期待しているような様子だ。
「嬉しいけど、急にどうしたの?」
問い返せば、日高は嬉しそうに破顔した後、フルフルと首を横に振った。
「いや、なんでもないよ。ただ、杏ちゃんが嬉しいと俺も嬉しくなるだけ」
「私が嬉しいと、光星君も嬉しい?」
「うん!」
日高がコクコクと頷く。
「かわいい」
湯山が思わず日高の頭を撫でると、彼は、「いやいや」と笑って、それから、
「かわいいのは杏ちゃんだよ」
と、彼女の頭を撫で返した。
大きくしっかりとした手に柔らかく頭を包まれ、撫でられるのが堪らなく心地よくて、体温がホクホクと温まる。
いてもたってもいられなくなって、湯山は日高の袖を引くと、彼の耳を自分の口元まで近づけさせた。
「ねえ、光星君。ハグしよう」
ささやくようにねだって、火照る頬を自覚しながら日高の顔を見つめる。
彼も湯山と同じように真っ赤になって、それから、わたわたと周囲を見回した。
二人は既に校門を出ており、小さな公園の近くにまで来ていた。
天気は悪くないが、辺りに遊んでいる子供もおらず、静かな雰囲気だ。
日高は、コクリと頷くと湯山の手を引き、公園の小さなベンチまで彼女をつれていった。
制服が汚れないように、座面にティッシュを引いてやって、その上に湯山を座らせる。
湯山は、「ありがとう」と、微笑むと、横並びになったまま、ピトッと彼の方へ体を密着させた。
『あったかくて、気持ちよくて、ふわふわ。いい匂いもする。落ち着く』
鼻先を彼の肩に埋め、ふすふすと嗅いだ。
ホクホクと柔らかで、何度でも嗅ぎ回したくなる匂いが、洗濯物の匂いに紛れ込んでる。
『洗剤の匂い、もうちょっと薄くていい。光星君の匂い、もっと……』
季節は夏だ。
二人は木陰に入っているが、それでも外はじんわりと暑くて、肌に汗が滲む。
だが、湯山は日高の汗も気にせずに濡れた首筋へ頬をくっつけると、それから、うなじに鼻先を埋めた。
「ねえ、杏ちゃん。さすがに臭いというか、汚くない?」
問われる言葉に、ブンブンと首を横に振って否定した。
「好き」
「匂いが? 変なの。杏ちゃん、ハグはもういいの?」
「よくない。抱っこ」
小さく呟いて、そのまま、日高の胸の中に飛び込み、彼の火照る体をギュッと抱き締める。
「俺、のぼせそう」
湯山を抱き締めながら、日高がポツリと言葉を漏らした。
顔を見上げれば、頬や鼻が大分赤くなっていて、どことなく弱った雰囲気を醸し出している。
「私も、暑い。さっき買ったジュースを飲もう」
正直、湯山はそこまで暑さを感じていなかったが、気づかないうちに熱中症になるのも、日高が体調を崩すのも嫌だったので、コクリと頷いて、脇においていた二本のペットボトルを一本、彼に差し出した。
「涼しくなった?」
ゴクゴクと喉をならして中身を飲み干し、ペットボトルの表面に残った水滴で涼む彼に問いかける。
「まあ、多少は涼しくなったかも?」
「そっか、それなら、もう一回」
湯山が甘えて両手を広げると、日高はギョッと目を丸くした。
「俺、またのぼせちゃうよ!?」
「じゃあ、もう一回、飲み物を飲もう」
「杏ちゃん、けっこう鬼畜だよね」
無表情がちなまま、フスフスと鼻息を荒くして期待する湯山に、日高は苦笑いを浮かべた。