わんこ
元々甘かった二人の関係が、例の一件以来、さらに糖度を上げる。
「引っ付くの我慢できない! くっつきたい!!」
そう言ってハグと二人きりの時間を強請る湯山は、日常的にもペタペタと日高に甘え、よく両親が不在がちな彼の家に潜り込み、イチャついた至福の時間を味わっていた。
今日も両親不在の土曜日を利用して、日高にベッタリくっつきながらゲームを楽しんでいる。
「光星君は不思議だね」
休憩中、ポテンと横になる日高の胸元を嗅いで、ポツリと呟いた。
日高は不思議そうに首をかしげている。
「不思議って、なにが?」
「私にいっぱい時間をくれるとこ。私は元々友達も少ないし、時間なんて有り余ってたけど、光星君はそうじゃないでしょ。友達と一緒に遊ぶの好きだったのに、今は私にたくさん時間をくれるから」
「あー、まあ、俺も杏ちゃんと一緒にいたいからなあ」
「大丈夫? 負担になってない?」
「大丈夫だよ。というか、優先しなきゃ拗ねる癖に、何言ってるの」
日高が呆れて笑う。
一緒にいても日高が疲れて眠ってばかりで、十分に甘えられないと拗ねてしまう湯山がそっと目を逸らした。
「だって……それはそうだけど、でも、負担になりたくないのも本当だし」
日高が望んで自分との時間を過ごしてくれていればいいのだが、流石にそれを強要することはできない。
『いくら何でも、我儘だな』
すっかり落ち込んで顔を背ける湯山を、日高は「かわいい」と言って頭を撫でたが、彼女はフルフルと首を横に振った。
「可愛いというより、ただただ面倒くさい」
湯山はしょんぼりとしたまま日高に背を向けると、モゾモゾと動いて小さく丸まった。
すると、日高は湯山の体をギュッと抱き寄せて、ポフポフと優しく頭を撫でた。
「いじけないの。甘えたいんでしょ。おいで」
耳元で穏やかに囁く。
今度は湯山もコクリと頷くと、体の向きを直し、ギュッと日高に抱き着いた。
「好き」
一言言ったら止まらなくなって、日高の胸元に顔を埋めたまま湯山に対し何度も「好き」を溢す。
「かわいい」
日高が柔らかく笑って湯山の頭を撫でると、彼女は曖昧に頷いて大人しくなり、そっと目を閉じた。
日高の胸元でぬくぬくと温まっている姿は穏やかで、幸福を溜め込んでいるようだった。
湯山の幸せそうな姿に日高も癒され、優しく笑みを溢すと彼は癖のようにのんびりと湯山の頭を撫で始めた。
「俺、割と尽くし型なんだ。甘えたな杏ちゃん、犬みたいでかわいいし、必要とされるのも好きだし、あんずちゃんが幸せだと俺も幸せに感じる。だから、負担じゃないよ。たくさん会うことも、引っ付くことも」
「私の幸せが光星君の幸せ? ちょっと不思議だけど、嬉しい。でも、私は犬じゃないよ」
「犬でしょ。表情とか態度とか分かりやすいし、すぐ俺に飛びついてくるし、待てができない犬って感じでかわいいと思うけど、嫌なの?」
「だって、待てができないって……明らかに光星君の言う犬がアホ犬なんだもん」
「実際、我慢効かないじゃん。すぐ俺に手を出そうとしてくるし、イチャつけないと拗ねるし、あと、ゲームのマップも覚えられないから永久に彷徨ってるし、キーアイテム素通りして進もうとするし、ご飯食べる時、高確率で口の周りになんかついてるし。アホ犬じゃん」
「それは、まあ、そうだけど。でも、もうちょっと賢いと思うけど」
揶揄ってくる日高に対抗して、むくれたような態度を見せる。
すると、日高は面白がって湯山の頬をつついた。
「いじけない、いじけない。かわいい、かわいい」
穏やかに笑いながら湯山の頬を弄ると、やがてフスンと間抜けな音が彼女の口から漏れて、中に溜まっていた空気も抜けた。
「まあ、アホ犬でも光星君がかわいいっていってくれるなら満更でもないけどさ、でもさ」
「どうしたの。何が不満なの」
「だって、光星君、猫派じゃん」
「いや、まあ、でも、それは昔の話ね。今は犬派だって。愛情表現とか分かりやすくて、素直で従順なわんちゃんが好きだよ」
「でも、最近ツイッターで推してたキャラ、猫耳ついてたよ」
「あ~」
「嫉妬」
むくれた湯山が再度頬に空気を貯める。
それから、彼女はあったことも無い日高の元カノに想いを馳せた。
『きっと、光星君の元カノも猫っぽい人だったんだろうな。もしも、もしもさ、私とその人が同時に存在してたら、少なくとも当時の光星君には私は選ばれなかったんだろうな』
猫を発端に、架空の人物に対して嫉妬心が大きく膨らむ。
先ほどまで以上にいじけていると、日高が湯山の体をギュッと抱いて頭を撫でた。
「かわいい、かわいい」
「ほんと?」
「本当だよ。分かりやすくてかわいい。俺のこと大好きでさ、かわいい」
「まあ、そうね」
若干いじけたままだが、湯山は日高にギュッと抱き着いて甘えた。
「光星君は、もう私のだよ。他に行っちゃ駄目ね。光星君のこと、私、誰にもあげられないからね」
軽く睨んで、離さない! とでもいうように、日高を抱き締める力を強くする。
すると、日高は「分かってるよ」と笑って、ギュッと力強く湯山を抱き返した。
二人は少しの間、穏やかな空気に身を委ね、それからどちらともなくイチャつきだして体温と室温を上げた。




