飛んで火に入る……
呼び出されたのは、なんでもない日の放課後。
無表情と言われがちな困惑顔で佇む湯山杏の前には、体調が心配になってくるほど、酷く顔を赤く染め上げた男子高校生、日高光星がギュッと両手を握りしめて立っていた。
「あの……」
好きです! と、声をかけられて以来、固まっていた時を動かすべく、湯山が声をかける。
すると、日高はビクッと肩を跳ね上げて、うつむきがちだった顔を上げ、上目遣いに湯山の顔を覗き込んだ。
「やっぱり、駄目?」
駄目もなにも、湯山は好きと告げられただけで、付き合ってほしいとまでは言われていない。
もっとも、なにも言われずとも彼の要求は察していたが、それを前提に返事をして良いものか、湯山は迷っていた。
湯山が曖昧に口を開こうとする前に、焦りを募らせた日高が口を開く。
「あの、あのさ、俺、友達からでも大丈夫。杏さん、俺のこと全然知らないと思うし、戸惑うのも当然だと思うから、だから、友達から、少しずつ好きになっていってもらうのでも平気。俺、待ってるから」
細かく汗をかき、うだる日高が熱心に、健気に言葉を述べていく。
湯山は、しばし黙考して、それからコクリと頷いた。
「それなら、これから、よろしくお願いします」
ニコリと微笑む彼女の頬も、日高の照れが移って赤く染まっている。
理想どおりではないものの、要求の八割ほどが通った日高は嬉しくなって、ギュッと湯山に抱きついた。
「杏ちゃん、俺、杏ちゃんが好きだから。声も、優しい性格も、まっすぐで素直なところも、全部! 俺、杏ちゃんの性格さ、本当に、本当に大好きだから」
「ありがとう、光星君」
「こちらこそ、あの、付き合ってくれてありがとう!」
湯山は、あくまでも、友達からとして始めるつもりだった。
そのため、気づかぬうちに日高と恋人になっていたことに気がつき、目を丸くしたが、やがて、自分の思っている関係性と彼の思い描いているソレはきっと変わらぬだろうと思い至ると、すれ違いを無視して、コクリと頷き返した。
「告白されるの、始めてだから、嬉しい」
「始めては嘘でしょ! 俺、俺以外にも杏ちゃんを好きな人知ってるよ! だから、急いで告白したわけだし」
「そうなの? でも、皆目、検討もつかない」
「杏ちゃんは気づかなくても良いし、他の男子なんか見なくても良いけどさ、でも、そうなの! 俺、どうしても俺だけのにしたくて、急いで告白したんだから!」
「な、なるほど……」
日高の圧におされて、湯山が控えめに頷く。
そうすると、彼も満足したようで、嬉しそうに頷いた。
「杏ちゃんは、かわいくて、優しくて、ピュアで、一途で、俺、杏ちゃんの内面が好きなんだ! 俺さ、わりとドライな方だから、他人のことってあんまり信用しないし、好きじゃないんだけど、杏ちゃんなら信じられる! 好きだって、すごく思えるんだ!」
弾んだ声で言葉を紡ぎ、キラキラと瞳を輝かせる。
湯山は、日高と多くの言葉を交わし、かかわり合ったわけではない。
何故、そこまで自分自身を好むようになったのか、甚だ謎である。
加えて、楽しそうに語る彼を見て、湯山は、ピュアであるのも、可愛らしいのも、一途であるのも、全て彼の方ではないかと首をかしげた。
「光星君も、かわいいよ、多分。結構好きだと思う。多分」
「多分……」
「まだ、光星君のこと、あまり知らないから。でも、今、あなたの子とがかわいいと思えたのは本当。ちょっと好きになったのも、多分」
「そっか。あのさ、少しずつでいいからね」
「うん、ありがとう」
苦笑い気味だが、それでも優しく言葉を出す日高に、湯山はコクリと頷いて、なんとなく彼の胸元に顔を埋めた。
糖分や鼻とも違う、なんとも素朴でどこか甘味のある良い香りが鼻の中で広がって、湯山はどうしようもないほどの幸福感と満足を覚えた。