第93話 魔王との一騎打ち(後編)
兄が、あの魔王と一騎打ちをすることになった。正直、俺は内心震えていた。魔王との一騎打ち………それがこんなにも早く起こるとは思ってもいなかった。兄が準備を整え、ゴーレムに乗り込む姿を見つめながら、俺はただ祈ることしかできなかった。
広大な平原に、重たい沈黙が降りた。誰もが息を呑んで、兄と魔王が相対する光景を見つめていた。
魔王の正体は、超大型のミノタウルスだった。あの巨体は、以前魔王城で対峙した時よりもさらに膨れ上がっているように見えた。筋骨隆々の体躯に纏った簡素な鎧と、両手に持つ手斧。無骨な構えが逆に彼の力を象徴していた。そして何よりも、まるで空気が重くなったかのように感じられるほどの威圧感が、遠くからでも伝わってきた。巨大な闇そのものがこちらを見下ろしているかのようだった。
対する兄は、武器を持っていない。ただ、兄には俺たちが密かに準備していた超大型のゴーレムがあった。兄しか操縦できない特別なゴーレムだ。対魔王用に特別に開発されたものであり、本来であれば、このゴーレムにドワーフに依頼していた大型の魔剣を装備させることで、魔王戦に挑む兄の希望の光となるはずだった。
戦いの幕が上がった。ゴーレムを操縦する兄は、思った以上に善戦していた。信じられないくらい機敏にゴーレムを動かし、魔王の攻撃を次々とかわしていた。魔王の巨体から繰り出される攻撃は空気を揺るがすかのような重みがあり、その速度はあの巨体からは到底考えられないほどだった。おそらく魔王は肉体強化の魔法を使用しているのだろう。斧が空を切る音はまるで雷鳴のようで、その一撃が大地を震わせる度、俺は何度も心臓が止まるような感覚に襲われた。しかし、素早さは兄のゴーレムの方が優れていた。その機動力が唯一の救いだった。
ゴーレムの機動力を駆使し、次々と魔王の攻撃を避けていく兄。だが、避けるのが精一杯で、なかなか反撃に移れない。兄のゴーレムには強力な武器が装備されていない。ゴーレムの拳や足を使って殴る、蹴るしかできないのだ。それでも、兄は必死に戦い続けた。
その光景はまさに壮絶だった。魔王の一撃一撃が重く響き、兄のゴーレムがその度に揺れる。兄の攻撃がたまに当たったとしても、魔王は平気な顔をしている。むしろ楽しんでいるようにさえ見えた。兄がどれだけ必死に戦っても、魔王は全くダメージを感じていないように見えた。
戦いは続いた。俺たちが見守る中、朝から始まった戦闘はやがて昼を越え、さらに夕方にまで及んだ。時間にして10時間以上も続いていた。正直なところ、兄がここまで戦い続けられるとは思っていなかった。魔王と10時間も戦うなんて、常識ではありえない。兄も、やはり人間離れした存在だと改めて感じた。
しかし、ついにその時が来た。長きにわたる死闘の果てに、兄は魔王の一撃を受け、ゴーレムごと地面に倒れ込んだ。あの瞬間、時間が止まったかのように感じた。空気が凍り付き、俺の喉は渇ききっていた。戦いは、決着した。
勝者は当然、魔王だった。だが、兄は死んでいなかった。奇跡のように、命をつないでいた。俺はホッと胸を撫で下ろした。もしかすると、魔王は手加減をしていたのかもしれない。兄を完全に殺すつもりはなかったのだろう。あくまで、一騎打ちを楽しみたかっただけだったのか。
戦いが終わると、魔王は満足そうに笑っていた。
「また戦おう――」
そう言い残すと、魔王はその巨体を翻し、部下たちを引き連れて帰っていった。
背後に残されたのは、兄の壊れたゴーレムと、戦いの跡だけだった。俺はその場で、ふっと息を吐いた。だが、心の中では、まだ次の戦いへの準備が必要だと痛感していた。魔王は去ったが、次はいつまた戻ってくるか分からない。そして次こそ、全力で兄やヒルトハイムを守るために、俺はさらに力をつけなければならない。
戦いは終わった――だが、俺たちの戦争は、まだ終わらない。




