第9話 兄との対話
怒号や悲鳴、鋼の響きが消えた。俺にとって初めての戦場が終わった。その日、ヒルトハイム王国軍は魔王軍を相手に圧倒的な戦果をあげていた。その中心にいたのは、間違いなく俺だった。疾風の剣技でゴブリンどもを斬り伏せ、戦場での存在感は誰よりも上だった。
砦に戻り、一息つこうと思った矢先、兵士たちが俺を囲んだ。
「お前、どうやったらあんなに速く動けるんだ?」
「昨日まであんなに鈍臭かったのに、どうして急に強くなれたんだ?」
質問攻めにあった。無理もない。つい昨日まではただのポンコツ兵士だったレオンが、今日の戦いではまるで別人のように動いていたんだから。
正直、俺も自分自身に何が起こっているのか、まだ完全には理解できていなかった。だから、彼らの質問には適当に返事をしていた。幸いにも、誰も特に深く追及してこなかった。理由は簡単だ。元々のレオンは口下手で、あまり多くを語らない性格だったからだ。周りの兵士も、口下手なレオンならしょうがないかと、勝手に納得してくれた。
しかし、本当に厄介なのはこれからだ。兄のルイス・ミュラーが、そんな曖昧な答えを許すはずがない。
ルイスは19歳で、今回の防衛戦の指揮官に抜擢されたヒルトハイム王国軍の若きエース。ミュラー家の長男で、よく鍛え上げられた体と高い魔力を誇り、剣も魔法銃も一流だ。兵士たちの信頼も厚く、誰からも将来を期待されている男。
そして、とても真面目で納得するまで諦めない性格の男だ。中途半端なごまかしは通じない。
「レオン、ちょっと話せるか?」
その声を聞いた瞬間、俺の心臓は跳ねた。ルイスは俺の兄だ。彼は俺が転生する前のレオンをよく知っているし、今日のような戦場での活躍が、彼には絶対に無理だとわかっている。
案の定、ルイスの優しくて鋭い目が、まっすぐに俺を見据えていた。
「今日の戦い、どうしてあんな動きができたんだ?」
俺はしどろもどろになった。答えられるはずがない。真実を話せるはずもないし、まともな言い訳も浮かばなかった。
その俺の様子を見て、ルイスは眉間にしわを寄せた。だが、彼はそれ以上追及しなかった。
「疲れがたまっているんだろう。今日はしっかり休んで、明日の戦闘に備えろ。…こんな活躍ができた理由は、無事に家に帰ってからゆっくり聞かせてもらうさ」
そう言って、ルイスは立ち去った。
ほっと息をついた。だが、兄の目にはまだ疑念が残っていた。あの真っ直ぐな目を、俺は覚えている。彼はきっと、俺が何かを隠していることを感じ取っているだろう。深く追求しなかったのは、兄にはそれよりも考えることがあったからだ。兄にとってなぜ俺が急に強くなったのかを考えるよりも、明日の戦いをどう乗り切るかの方が大事だった。
それでも今はまだ、俺には時間がある。時間が経てば、何かうまい言い訳も思いつくだろう。
そう自分に言い聞かせて、俺は床についた。
その夜、ベッドに横たわりながら俺は考えた。どうして自分があのような力を発揮できたのか、そして、これからどう生きていくべきなのか。問いは尽きない。だが、今はただ、生き延びることが最優先だ。