第85話 反乱の兆し
静かな夜だった。外の冷たい風が、部屋の窓を小さく叩く。そんな風の音に耳を澄ませながら、俺は書斎で1人作業をしていた。総統としての毎日は忙しない。だが忙しいというのは幸せなことでもある。国民が苦しんでいるのに何も出来なかった昔に比べれば。
そう思っていたその時、書斎の扉が控えめにノックされた。
「総統閣下。緊急の報告がございます」
いつも通りの淡々とした部下の声。しかし、感じ取れた焦りは隠せていなかった。俺はすぐに部下を部屋に招き入れ、報告を待った。
「…王とマルセルらが反乱を起こしました。彼らはあなたを『偽物の王』、そして『簒奪者』であると宣言し、国を取り戻すと叫んでいます」
実は、以前から彼らの怪しい動きが報告されていた。王都から追放し、辺境都市に幽閉していたとはいえ、彼らの力を完全に無力化できていたわけではなかった。それに、王とマルセルらには、未だ忠誠を誓う者たちがいたのだ。
「奴ら、ついに動き出したか…」
俺は静かに呟いた。王とマルセルらが反乱を起こす可能性は予想できていた。しかし、このときに問題だったのは、彼らに同調する者たちが予想以上に多かったことだ。主に旧王政で利益を得ていた貴族ども、そしてエルフの商人や金貸し連中。彼らは俺の政治改革に不満を抱いていた。彼らの権力は、俺の統治下で大きく削がれたからな。彼らにとって俺の政治は、利権を奪われるもの以外の何者でもなかった。
奴らの狙いはただ一つ、かつての栄光を取り戻すこと。
王の復権を利用して、再び貴族や特権層が牛耳る社会に戻すこと。今の俺の政治に不満を持つ者たちが、王の元に集まったのは当然の流れだった。
「マルセル軍の魔法銃兵たちは、最新式の魔法銃で武装しています。どうやら、裏で手を回していた人間がいたようです」
その言葉には、思わず眉をひそめた。ヒルトハイム国内では、魔法銃兵のほとんどはマルセル軍に所属している。その軍隊が最新式の装備を身につけているとなると、かなり厄介だ。
「奴らは、辺境都市から進軍を開始し、途中の町や村を次々と占拠しています。進軍は速く、すでに王都付近まで迫っています」
重い報告が続く中、俺はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめた。遠くの夜空は曇りがちで、月もほとんど隠れている。まるで、これから訪れる嵐を暗示しているようだ。
「戦いは避けられないか…」
俺は心の中で呟いた。俺は総統として、これにどう応えるかを今、問われている。心の奥底では、薄々感じていた。腐敗を一掃し、正義を取り戻したと思っていたが、奴らはまだ諦めていなかった。やはりクズはどこまでいってもクズだ。
だが、俺は怯まない。反逆者たちを鎮圧してみせる。それが、俺の選んだ道だから。
「準備を急げ。反乱軍を迎え撃つぞ」
俺の言葉に、部下は一礼して素早く立ち去った。この時の俺は、緊張感はあるが、不思議と恐怖感はなかった。
奴らが何を企んでいようとも、俺はこの国を、ヒルトハイムを守る。俺がこの地で築き上げたものを、何者にも奪わせはしない。




