第75話 空の支配者
西方諸国連合の会議に出発するその日、俺の目に飛び込んできたのは、巨大な影だ。空から降りてくるそれは、まるで宙に浮かぶ潜水艦のようだった。そう、飛空艇だ。ハイエルフの国だけが持っているという、空を飛ぶ船。流線形の機体が空を滑るように進む。百人ぐらいは楽に乗れそうなその大きさに、思わず一瞬息を呑んだ。これに乗って俺たちはハイエルフの国へ向かう。西方諸国連合の会議が行われるのは、毎回ハイエルフの国だ。
飛空艇に乗り込むと、中はまるで宮殿のような豪華さだった。緻密な装飾が施された壁に、柔らかな絨毯が敷かれ、どこかから心地よい風が絶えず流れていた。窓から外を見れば、雲がゆっくりと流れ、下界がどんどん小さくなっていく。
ハイエルフの国は、西の端にある孤立した島国。小さい国だが、その技術と魔力は他国を圧倒している。飛空艇を操れるのも彼らだけだし、何より彼らは長命で賢い。そんな彼らの王が、数年ぶりに各国の王たちを招集した。西方諸国連合の会議は、国際的な問題が起こったときにだけ、ハイエルフの王が各国の王たちを招集する。今回の招集理由はただ一つ、俺が他国の了解を得ずに魔王軍と勝手に停戦協定を結んだことだ。
会議の行われる場所は壮麗だった。豪華な会議室に足を踏み入れると、すでに各国の王たちが並んで座っていた。エルダンシアのハーフリングもいるし、ドワーフにケットシー、さらにはケンタウロスまで、様々な種族の王たちが集まっている。その背後には、どの王も自分のお付きの者を従えていた。
そして中央の席にはハイエルフの王が座っていた。彼の存在感は、まるでこの部屋の空気そのものを支配しているかのようだった。
ヒルトハイム王が指定の席に座ると、すぐに会議が始まった。俺はヒルトハイム王の後ろに立っていたが、緊張感で空気が張り詰めているのを肌で感じていた。マルセルも同様に、王の背後で静かに立ち尽くしている。ハイエルフの王のおつきが進行を始め、いきなり核心に迫った。
「なぜ、魔王軍と停戦したのか?」
その瞬間、ヒルトハイム王は一瞬だけ俺を睨んだ後、口を開いた。
「すべてはレオンが勝手にやったことです。私は何も知りませんでした。本当です!」
彼の言葉はとても早口で、その目は怯えていた。自分が何も知らなかったと、言い訳のように繰り返し、ハイエルフの王にへこへこと頭を下げ続ける。まるで、彼の王としての威厳など最初から存在していなかったかのようだ。
仮にも国を率いる王が、こんなにも脆弱で卑屈な存在なのか。いや、そんなことは前から分かっていた。それでも、こうして目の当たりにすると、失望は隠せなかった。俺の心に、冷たい怒りが芽生えた。しかし、今は何も言えない。会議は始まったばかりだ。この場でどう立ち回るべきか、それがこれからの鍵になる。




