第72話 魔王との停戦交渉
魔王城は、死火山の火口、その内部にそびえ立っていた。
そこに足を踏み入れると、異様な冷たさが肌にまとわりついた。俺は吸血鬼バザルとともに、暗く長い廊下を歩き続けた。城の中は、自然の地形を活かした迷路のような造りで、まるで罠に誘い込まれているかのような感覚を覚えた。どこをどう進んでいるのか、全く分からない。ただ、バザルが進む道を黙ってついていくだけだった。
廊下の先に、圧倒的な存在感を放つ空間が広がっていた。そこに、魔王がいた。俺は足が止まった。息が詰まる。魔王は巨大だった。黒いマントを羽織り、どんな魔物かすら分からない。ただ、隆々とした筋肉だけははっきりと目に入った。まるでそ山のものが生きているかのようだ。魔王は玉座に座り、頬杖をついてこちらを見下ろしていた。その眼差しは、あまりにも冷たい。
息をするのが難しい。圧倒的な魔力の存在感。まるで空気そのものが重くなったような圧力。これまで感じたことのない異様な重圧に、呼吸が浅くなる。だが、それは魔王が意図的に放っているものではない。体から自然に漏れ出ている膨大な魔力が、空間全体に押し寄せているのだ。言葉にならないほどの威圧感。俺の体はすでに完全に屈していた。この場で、自分の命運が自分の手にはないことを、痛感していた。
「で、人間。何を望む?」
魔王の声は低く、重々しい。まるで大地そのものが唸っているようだった。言葉はバザルが通訳してくれた。
俺は震えながら、声を振り絞った。
「停戦を…お願い、したい…。この戦争を、終わらせたいんです…」
言葉は途切れ途切れだったが、なんとかバザルが魔族の言葉に訳してくれた。
魔王は冷たく笑った。
「戦争を終わらせたい?ならば負けを認め、我が軍に投降すればいい。それが最も早い道だ。弱者は弱者らしく強者の下につけ。それが理だ」
その言葉に、俺の心は一瞬で砕けそうになった。だが、ここで退くわけにはいかない。ヒルトハイムの国民を守るためにも、一歩も引けない。俺は再び声を振り絞り、魔王に訴えた。
「十年……十年待ってくれ。もしその期間をくれるなら、どの魔族よりも強い人間を用意する。その人間と魔族の一騎打ちで勝敗を決めよう。もし俺たちが負けたら、ヒルトハイムは魔王軍の傘下に加わろう……」
魔王は俺をじっと見据え、そして次の瞬間、大笑いし始めた。その笑い声は城全体を揺らし、俺の体にも震動が伝わるほどだ。
「どの魔族より強い人間だと? 貴様は何を言っているのだ? ふん、面白い。いいだろう。一年だ。それなら考えてやる。そして一年後、我が自ら貴様たちの強者と一騎打ちをしてやろう」
一年。たった一年で魔王に対抗できる存在を作り出せるはずがない。俺はその場で返答に迷った。停戦を受け入れてくれたことはありがたいが、一年という期限は短すぎる。無理だ。どうすれば…
その時、吸血鬼バザルが魔王に向かって何かを話し始めた。返答に迷う俺を見かねていたのかもしれない。俺には分からない魔族の言葉で、バザルが何かを提案しているようだった。会話は短く、そして終わった。
「三年だ。」
バザルが俺に向かって言った。
「魔王様が言われた。三年なら待ってやると。それでどうだ?」
俺は安堵し、すぐに頷いた。
「三年…ありがたい。停戦条件を受け入れる。」
こうして、俺たちは三年間の停戦を手に入れた。だが、その代償として、三年後には魔王と一騎打ちが待っている。だが、少なくとも今は、時間を得ることができた。それだけでも、十分だと自分に言い聞かせた。
一騎打ちまでに、俺たちがどれほどの準備を整えられるか。これからの三年間、俺たちはその命運をかけた戦いに向けて準備を始める必要があった。




