第71話 吸血鬼との停戦交渉
魔王軍のキャンプ地に到着すると、俺はすぐに木に縛り付けられた。冷たい木の感触が背中に伝わってきて、皮膚に嫌な圧力を感じる。周りを見渡すと、ヒルトハイムの陣営とは比べ物にならないほどみすぼらしいテントが並んでいる。だが、事前に俺が想定していたよりも、魔族の数が多い。
「これは…厄介だな」と、俺は心の中で呟いた。
肉体強化魔法を使えば、今縛られている縄を引きちぎることくらい朝飯前だ。数体の魔族相手なら、素手でも逃げ出すことができる自信はある。だが、これだけの数を前にしては、その可能性も薄い。これだけの人数に囲まれては、逃げ出す前に仕留められてしまうだろう。もし交渉が決裂したら、ここで殺される可能性が高い。胸の中に恐怖が芽生え始めた。
次々と俺の前を魔族が通り過ぎていく。ゴブリン、オーガ、リザードマン…。どの魔族も俺を睨みつけたり、唸り声を上げたりしてくる。彼らの目は明らかに殺意に満ちていた。俺をここで葬ろうとする思惑を隠そうともしていない。
日が沈み、キャンプ地は闇に包まれた。気温も下がり、冷たい夜風が俺の頬を切るように吹きつける。俺は木に縛り付けられたまま、冷えた空気を吸い込みながら、ひたすら待った。
しばらくすると、魔族たちが集まり、俺の縛りを解き、一番奥にある大きなテントに連れて行かれた。テントの中は薄暗く、魔族たちの強い気配が充満していた。異様な匂いが漂う空間の中央には、一際目立つ存在がいた。
吸血鬼だ。薄暗い光の中で、その瞳が赤く光っていた。吸血鬼はバザルと名乗った。どうやら人間の言葉をしゃべれるようだった。長身で細身の体つき、冷ややかな笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。
「あなたがここへ来た理由を話しなさい」と、バザルは落ち着いた声で言った。
人間の言葉を使えることに驚きつつ、俺は深呼吸をしてから、落ち着いた声で停戦の理由を伝えた。
「俺がここに来た理由はただ一つ。お前たちと停戦を交渉するためだ。双方の無駄な犠牲をこれ以上増やさないために、戦争をやめるべきだと考えている」
バザルはしばらく黙っていた。やがて、彼は唇を僅かに歪ませ、冷笑を浮かべた。
「停戦ですか…。本当はね、私たち魔王軍も長期に渡る戦争で多大な損失を被っているんですよ。実のところ、停戦は悪くない話です。しかし、私が決めることはできません」
「どういうことだ?」俺は問いかけた。
「この戦争を始めたのは魔王様です。もしあなたが本気で停戦を望むなら、魔王様に直接交渉してください。どうせ無駄だと思いますが」
とバザルは冷たく言い放った。
俺は眉をひそめた。まさか、こんなに簡単に魔王と直接対話することになるとは思っていなかったが、これもまた運命だろう。ここで引き下がるわけにはいかない。
「分かった。魔王のもとに案内してくれ」と俺は言った。
バザルはわずかに笑みを浮かべ、「いいでしょう」とだけ言い、彼の周りにいた魔族たちも一斉に動き出した。俺の未来は、魔王との対峙に託されることとなった。




