第61話 マルセルとの取引
フランツを通じて、俺はマルセルに一つの提案を持ちかけた。それは、国王補佐官という新たな役職をつくり、その役職に就任する人物を選挙で国民が選ぶというものだ。
この世界の常識では、王国の政治は王とその側近たちがするものだ。政治を担う人物を国民が選ぶなんて考えられない。しかし、今のヒルトハイムには必要な一手だと考えた。国民に、選挙という形で自分たちの未来を少しでも選ぶ機会を与えることで、失いかけている政治への信頼を取り戻すことができるかもしれない。それが、俺の狙いだった。
「選挙で選ばれた人物が、国政の中核を担う――そう思わせるだけで、国民は今よりも希望を持つだろう。別に国王補佐官に与える権限は大きく無くても良い。広報担当程度で十分だ。なんだか重要そうな役職の、国王補佐官を国民が選んだ、という事実が重要なのだ。実際には何も変わらないが、期待感さえあれば反乱を防げるかもしれない」
俺はそうフランツに話した。彼は最初、俺の提案に驚いた顔をしていたが、しばらくしてゆっくりと頷いた。
「なるほどな……確かに、それで国民の不満を抑えられるなら、マルセル様も賛同してくれるかもしれない」
そう、マルセルも反乱軍の存在には気づいている。だが彼は、自分の理想のため、国民からできるだけ税金を搾り取ることしか頭にない。そんな彼にとっても、俺の提案は魅力的に映っただろう。国民を安心させつつ、自分の立場を脅かすことなく現状を維持できるのだから。
フランツを介して伝えられた提案に、マルセルはすぐに食いついてきた。彼は何とかして反乱を防ぎつつ、国民からの搾取を続けたいと思っていたからだ。選挙で国王補佐官を選ぶことで国民の不満を和らげ、反乱を未然に防ぐという俺のアイデアは、彼にとって渡りに船だった。
――そして、ヒルトハイム初の選挙が決定した。
俺は胸の奥で一抹の不安を抱えていた。選挙で国民に希望を与えることができればいい。しかし、これで本当にすべてが解決するのかは、正直自信がなかった。マルセルの協力を得たところで、反乱の火種は消えていない。選挙という表面的な改革が、国民の怒りをどこまで抑えられるのか……。
そんな俺の心の中を見透かしたかのように、フランツは大げさに肩をすくめながら言った。
「これで、一時的には落ち着くかもしれない。だが、根本的な問題は何一つ解決していない。ヒルトハイムは破滅へと向かっている。今からでも遅くない。マルセル様に詫びて許しを請い、部下にしてもらったらどうだ?」
フランツの言葉は痛いほど正しかった。俺は唇を噛みしめながら、目の前に広がる荒廃した国土を見つめた。復興が進んだエルダンシアと比べると、ヒルトハイムは未だに暗い影を落としている。国民の顔には疲れが浮かび、兵士たちも限界まで追い詰められている。
選挙という形で一時的な平穏を取り戻せたとしても、根本的な解決策を見つけなければ、ヒルトハイムはやがて崩壊するだろう。だが、今の俺にはそれ以上の策はなかった。ただ、できる限りのことをするしかなかったのだ。
「これで少しは持ちこたえるかもしれない。だが、次に何かが起こった時は……」
俺は自分自身に言い聞かせるように呟いた。




