第52話 完全勝利へ
街中に広がる焦臭い空気を感じながら、俺は一ノ町での戦闘を指揮していた。ハーフリングの保安兵たちは、数的優位を活かしながら、フェンリルどもを次々に撃破していく。3、4人一組で行動し、確実に一頭ずつ仕留める姿は、予想以上に頼もしい。魔法銃を手にした彼らの動きは、肉体強化魔法のおかげで軽やかだ。まるで高速移動する砲台が街中を駆け回るような光景だった。
作戦は順調だった。俺の作戦が功を奏し、保安兵たちは自信を持って戦っている。気を抜かなければ、このまま勝利は目の前だと思っていた。
「このまま終わるか…?」
俺は思わず口の中で呟いた。何かが足りない。手応えが無い。すべてが順調に進みすぎている、そんな予感がしてならなかった。
その時、奴が姿を現した。
「おい、あれを見ろ!」
ハーフリングの一人が前方を指差す。目の前の瓦礫の山の向こうに、一頭だけ他のフェンリルよりもはるかに大きな影が立っていた。そいつは、他のフェンリルとは異なる異様な存在感を放っていた。全身は筋肉で覆われ、その体躯は他のフェンリルの倍近い。だが、ただ大きいだけではなかった。奴の手には、鋭くて巨大な爪が光っていた。まるで鋼鉄でできたかのように、壁を簡単に引き裂くほどの力を持っている。
「こいつが…最初に城壁をよじ登って侵入したってわけか」
俺は鋭く目を細めた。
その大型のフェンリルは、壁に爪を突き立ててよじ登ることができる。まるで岩を登る猿のように、垂直な壁さえも軽々と登り、そのくぼみが他のフェンリルの道を作っていた。こいつがいる限り、奴らは再び同じ方法で攻めてくるだろう。
大型のフェンリルは、俺たちに向けて咆哮を上げた。二足で立ち上がったその巨体は、猛獣のように圧力を放っていた。後ろ足で立ち上がり、前足の巨大な爪を振り回しながら攻撃態勢に入る。ハーフリングの保安兵たちは一斉に魔法銃を放つ。しかし大型のフェンリルには効いていない。ヤツはニヤニヤと笑っているだけ。その圧倒的な存在感と力の差に、保安兵たちは恐怖で動けなくなった。
「下がれ」
俺は静かに命じた。
「でも…」
一人の保安兵が戸惑いの声を上げたが、俺は振り返らずに言い放つ。
「これは俺がやる。邪魔するな」
保安兵たちは俺の言葉を聞いて、ゆっくりと後退した。奴に対して普通の攻撃は通じない。俺の出番だ。フェンリルを見据えながら、ゆっくりと一歩前へ踏み出した。
大型のフェンリルは、俺を認識すると咆哮を上げ、前足を大きく振り回しながら突進してきた。その鋭い爪が空を切る音が耳をつんざくように響く。だが、そんな攻撃は俺には通じない。黒崎剛志時代、俺は警察官として柔道や逮捕術を学んできた。毛むくじゃらの獣が相手だったとしても、人間と同じ二足歩行の動きをしてくれるなら問題ない。
「ふん、そんなもんか」
俺は軽くかわし、そのまま奴の両前足をがっちりと掴んだ。
フェンリルは驚いたように目を見開いたが、俺はそのまま迷うことなく奴の身体を地面に叩きつけた。袖釣り込み腰。俺の得意技だ。
フサフサとした毛のおかげで掴みやすかったし、体の大きい相手に対して、相手の力を利用して投げるのは、柔道の基本だ。奴の巨体が空中で一回転し、頭から地面につけられる。
グワッ!という鈍い音が響き、フェンリルはその場で失神した。
俺はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。ハーフリングたちが驚いた顔をしていたが、すぐにその表情は歓喜へと変わった。失神した大型のフェンリルに向けて、彼らは一斉に魔法銃を放ち、奴の身体は魔法弾に包まれてミンチになった。
「よし、これで一段落だな」
俺は、静かにそう呟いた。
俺たちの勝利だ。街は再び俺たちの手に戻ったも同然。ハーフリングたちは歓声を上げ、互いに喜びを分かち合っている。
しかし、フェンリルの残党はまだ残っている。
俺は保安兵たちに気合を入れなおし、フェンリルどもを根絶やしにするため、次に向かった。




