第51話 市街地の戦い
冷たい朝霧が街を覆う中、俺たちはゆっくりと一ノ町へと足を踏み入れた。ハーフリングの保安兵たちが、魔法銃を抱え、静かに配置につく。総員は120名。3、4人ずつの小さな部隊に分かれ、各自が決められたルートを進んでいく。その姿を見守りながら、俺は指揮を執るべく、その中心に立っていた。
一ノ町の街並みは、かつての穏やかな雰囲気とは一変していた。家々の窓は割れ、石畳の道路には生活感が消え、静けさの中に不穏な空気が漂っている。どこかでフェンリルが潜んでいるはずだ。その獣のような鼻息と、汚らしい肉の臭いが、かすかに風に乗って感じられる。
俺は、かつての「黒崎剛志」としての記憶を呼び起こしていた。警察官として、対テロ訓練に参加したときの記憶だ。まさかあの時の経験が、この世界で生きる俺に役立つことになるとは思ってもいなかった。
市街戦で最も大事なのは、数的優位を保つこと。数の力で敵を圧倒することが基本中の基本だ。
そして、それを実行する。事前の調査で、フェンリルの数は多くても50頭程度と分かっている。こちらの総員は、その倍以上。事前調査が多少間違っていたとしても、さすがに総数で負けることはない。
さらに、彼らはこの街を知り尽くしている。市街地戦で気をつけるべきは、敵が隠れる場所。遮蔽物だ。フェンリルは獣だが、狡猾だ。攻撃のタイミングを計り、隙をついてくる。だが、どの建物がどこにあるのか、全て保安兵の頭の中に入っている。
俺たちは、石造りの家々が立ち並ぶ狭い路地を進んでいく。保安兵たちは慎重に移動しながら、周囲の物音に敏感に反応していた。ハーフリングは元々、聴覚が優れている。風に乗る微かな音、壁の裏から漏れる獣の気配、それらを敏感に察知し、敵の位置を把握する。天性の能力だ。
「各部隊、配置についたか?」俺は無線で確認をとった。
この戦いでは、簡易な魔導無線を使用した。エルダンシア共和国の最新魔導具だ。これは思った以上に役立っている。応答が一斉に返ってくると、俺は短く「よし」と呟き、さらに前へ進んだ。
最初の接触は意外にも早く訪れた。古びた家屋の裏手、瓦礫の山の向こうに、数頭のフェンリルが姿を現した。奴らの赤い目が光り、不気味な唸り声が聞こえる。だが、フェンリルたちは、まだこちらに気づいていない。
素早く保安兵の一組が奴らの正面に回り込み、魔法銃を構える。次の瞬間、銃声が響き渡り、炎の魔弾が炸裂した。
フェンリルは驚いたように飛び跳ね、あたりに散らばった。だが、奴らの逃げ場はない。もう一組が反対側から姿を現し、さらに銃撃を加えた。数の利と、街の構造を完璧に把握している我々の勝利だ。
「制圧完了」と、前線のハーフリングが無線で報告してきた。俺は短く頷き、次の命令を出す。市街地はまだまだ広い。フェンリルの群れが潜んでいる場所は他にもあるだろう。
「油断するな。次に向かうぞ」と、俺は無線に向かって静かに命じた。
再び歩みを進める。石畳の下から、遠くのほうで何かが叫ぶ声がかすかに聞こえる。これは味方のものか、それとも敵のものか。俺は瞬時にその声の方向を探る。
その時だった。路地の奥、陰になった場所から、黒い影が跳びかかってきた。フェンリルだ。すぐにその背後から、さらに二頭、三頭が現れる。
「レオン!伏せて!」無線から声が飛ぶ。
瞬時に身を翻し、地面に伏せた。次の瞬間、魔法銃が一斉に火を吹いた。耳をつんざくような銃声が響く中、保安兵たちが迅速に対応している。彼らはすでに訓練通り、速やかに数的優位を作り出している。
戦闘は短時間で終わった。フェンリルの死骸が地面に横たわり、その上には瓦礫の埃が舞い上がっていた。俺はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。保安兵たちは全員無事だ。
「いいぞ。この調子だ」
俺はハーフリングたちに合図を送り、再び前進を命じた。この街を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかりだ。




