第44話 無為な時間
宴会の翌日から、俺は何の目的もなく国中を歩き回っていた。エルダンシア共和国に来てからというもの、俺は時間を持て余していた。軍事指導特別長官という名目のもと、俺はこの国にやってきた。しかし、肝心の指導すべき軍隊が、この国には存在しない。いるのは治安維持のための保安兵だけ。彼らの仕事は城壁の内外を巡回して犯罪の取り締まりや外敵の侵入を防ぐこと。だから非常事態でもない限り、彼らに軍事指導など必要ない。結果、俺はまるで社内ニートのような存在になっていた。
だから俺は、エルダンシアに来てからというもの、ほぼ毎日、国内を巡回(散歩)して過ごしていた。
一日だけフランツに声をかけてみたが、案の定、返ってきたのは拒絶の一言。どうやら、あいつは本当に俺のスパイをする気がないらしい。まあ、こっちとしても面倒くさいだけだし、むしろ好都合だ。
ひとりで歩きながら、改めてこの国の素晴らしさを実感することができた。国の中の街々は、それぞれ立派な城壁に囲まれていて、その景色を見上げると、まるで一つの大きな砦の中にいるような気分になる。また、街の外側にも、国を大きく囲うように、またしても立派な城壁が続いている。これならば、どんな魔物でもそう簡単には侵入できないだろう。エルダンシア共和国は魔王領に接する国だが、まるで山城のような立派な防御機構が、この国を魔王軍から守っている。
それだけではない。この国のインフラ整備は驚くほど進んでいる。上下水道、道路、そのすべてが合理的に作られている。この世界でここまでのインフラを持つ国は珍しい。ハーフリングが治める国であるエルダンシア共和国が、なぜこれほどの整備を可能にしたのか――それには理由があった。
ゴーレムだ。
俺が国を歩き回る中で目にしたそれが、この国の秘密だった。
ゴーレムは石で作られた、人型の魔道具だ。高さはだいたい2メートル程度。無骨な見た目だが、その力は凄まじい。道路の修繕や資材の運搬など、あらゆる重労働をこなしているのがこのゴーレムたちだ。
ゴーレムはこの世界において「究極の魔道具」と呼ばれている。限られた魔道具技師にしか作れない代物だ。ゴーレムは事前に与えられた命令しか実行できないが、その代わり、力は計り知れない。石でできているため、非常に耐久性が高く、魔石によって動き続ける。魔石が力を供給し続ける限り、ゴーレムは動き続けることができる。
この国では、ハーフリングたちがゴーレムを利用して大規模な工事を進めてきたのだ。小柄で非力なハーフリングたちが、どうやってこれだけの国を築き上げたのか、その謎がようやく解けた。
「羨ましいもんだ…」俺はぼそりとつぶやいた。
こんなものがヒルトハイムにあれば、どれほど良いだろうかと、何度も考えた。もしも俺が指導する軍にゴーレムがいれば、あらゆる戦局を有利に進められるだろう。ヒルトハイムにいても、ゴーレムが使えればどれだけ心強いか。
そう思いながら歩いていた俺は、気づけば国の端っこまで来ていた。ここには、通常の街並みから外れた場所に、さらに大きな城壁が立っている。ふと足を止め、目の前に広がる光景に目を凝らした。何か動く影が見えた。
それは、城壁の下に群がる魔物──フェンリルだった。恐らく、外界から侵入しようとしたのだろう。大きな狼のような魔物が、群れを成しながらウロウロ動き回り唸り声をあげる様子は、どこか不気味だ。しかし、城壁がこれだけ堅固なら、フェンリルたちがどれだけ頑張っても、この壁を越えることはできないだろう。
この時はそう考えていた。




