第4話 戦う理由
目の前の現実を、どう受け止めればいいのか。俺はベッドに横たわったまま、必死に自分の状況を整理しようとした。
まず、一つ目。俺は黒崎剛志だったが、あの爆弾で確実に死んだ。それは、もう疑いようのない事実だ。二つ目、俺はこの異世界でレオン・ミュラーという17歳の少年に転生している。そして、三つ目――これが最も重大な問題だった。レオンは今、戦争の真っ只中にいる。
「戦争……か」
その言葉が、俺の頭の中で妙に冷たく響く。この状況が、子供の頃に夢中になって遊んだテレビゲームではないことは痛いほど分かっている。これは現実だ。命をかけた、避けられない戦いだ。
戦争の相手はもちろん魔王軍。この時はゴブリンとオーガの混成部隊と戦っていた。そいつらがレオンたちの住むヒルトハイム王国に侵攻してきて、レオン――いや、俺はそれを防ぐために戦わなければならない。
戦場は「キルンの砦」。ヒルトハイム王国と魔王領との境に位置する、重要な拠点。王国の盾とも呼ばれている。この砦が落ちれば、魔王軍が王国の深部へと侵入する。その砦を守るため、レオンは数日前から戦闘に参加していたのだが、その戦いで重傷を負ってしまった。俺がいた石造りの部屋は、その砦の中にある負傷者用の一室だ。
「……くそったれ」
思わず、自分に毒づく。体を少し動かそうとするだけで激痛が走り、全身が悲鳴をあげる。どう見ても、まともに戦える状態じゃない。体中に傷があり、包帯で覆われた部分からはうっすらと血が滲んでいる。痛みは尋常じゃない。だが、そんな状況でも、ここでは負傷兵も戦場に戻されるというのが常識。事実、今横にいる兄――ルイス・ミュラーが俺を見つめている理由もそれだ。
ルイスはこのヒルトハイム王国軍の指揮官であり、レオン――いや、俺の兄だ。そして、今ルイスがここに来ている理由は、明日の戦闘に俺が参加できるかどうかを確認するためだった。
「レオン、体の調子はどうだ? 明日、戦えるか?」
その問いは、一見心配しているように聞こえるが、実際はそうじゃない。明日、俺が戦場に出ることは既定路線だということを、彼は言外に伝えている。
(……どう考えても無理だろ)
心の中ではそう思っていた。だが、そんな言葉を口にする雰囲気ではなかった。戦況は、すでに最悪だった。一人でも多くの兵士が欲しい。それに、俺はただの兵士じゃない。指揮官であるルイスの弟だ。そんな俺が砦の中で寝ていては、兵団の士気に関わる。俺の戦闘参加は、ただの戦力としてではなく、『象徴』としての意味も持っていた。
「……分かってる。明日、戦うよ。」
俺はゆっくりと返事した。正直なところ、体は動かないし、こんな状態で戦いに参加したくない。だが、ここで逃げるわけにはいかない。今のレオン・ミュラーとしての立場がそれを許さない。
「そうか……ありがとな、レオン。」
ルイスの言葉は優しかったが、そこには確実に重い責任の影が潜んでいた。彼もまた、戦況の厳しさを理解しているのだろう。だが、それでも彼は俺に感謝を示した。それが、彼なりの励ましだった。
俺は大けがを負ったまま、明日の戦闘を迎えることになる。魔王軍との戦いが、もう目の前に迫っている。そして、俺の戦場でのデビューも。
「死ぬつもりはねぇぞ……」
そう心の中で呟きながら、俺は固い決意を胸に、再び石造りの天井を見つめた。これがこの世界の現実。俺はもう黒崎剛志じゃない。レオン・ミュラーという異世界の戦士になってしまった。逃げ場はない。俺には戦うしか道が残されていない。