第36話 裏切りの誘い
俺たちは近衛兵にミュラー流剣術を教え、彼らは俺たちに集団戦術を教えてくれるようになった。俺たちは毎日、ともに剣を振り、ともに汗を流し、ともに任務をこなしながら過ごしていた。はじめのころのようなわだかまりも無くなり、俺は近衛兵として充実した日々を過ごしていた。だが、そんな日々はいつまでも続かない。
その日、俺の部屋にマルセルがやってきた。王の側近であり、国政の中枢を担うマルセルが、わざわざ身分の低い俺の部屋を訪れるとは。これは何か、ただならぬ話があるとすぐに察した。
「珍しいな、マルセル。あんたがこんな所に来るなんて」
俺は部屋に彼を招き入れた。木製の粗末な椅子に腰掛ける彼は、いつものように洗練された様子だった。マルセルの顔立ちは整っている。銀髪に切れ長の青い瞳、どこか高貴な雰囲気を漂わせる男だ。その外見に相応しく、いつも優雅な言葉を使う。そしてこの日も、不気味なくらいにこやかな笑顔を浮かべていた。
「少し相談があるんだ」
彼は軽く肩をすくめながら口を開いた。
「君はこの国をどう思う? 私はこの国が崩壊への道をたどっていると確信している。国王をはじめとする上層部は政治に無関心だ。自分たちが贅沢をすることしか考えていない」
彼はにこやかな笑顔を崩さずに続けた。
「崩壊するのは避けられない。ならば、崩壊が来るまでに私腹を肥やし、崩壊の直前にこの国を脱出する方が賢い。私はそのための準備を進めている。信用できる仲間を集めてるんだ。君もぜひ、その仲間に入ってほしい」
マルセルの話に、背筋が凍った。笑顔のまま、国の崩壊を当然の未来として語るその姿に恐怖を感じた。王の側近でありながら、この国を見捨てる計画を立てているというのか。
「俺にとってこの国はどうでもいいんだ」
と、彼は言った。
「すでに知っているかもしれないが、私は移民だ。私の故郷はここじゃない。イレイユの森だ。そこはとても美しく神秘的な森だった。そこには多くのエルフが住んでいてね、エルフの楽園だった。しかし数十年前に魔王軍の侵攻にあい、今は魔王軍の領地になっている。その時の仲間も、故郷を追われ、世界中にチリジリになってしまった。私はその森を取り戻し、離ればなれになってしまった仲間を集め、もう一度、エルフの楽園をつくりあげたい。そのために、金も兵も集めているんだ。そのためなら、手段は選ばない」
マルセルの目が鋭く光った。
「もう一度言う。レオン、私の仲間になってほしい。悪いようにはしない。私に君の力を貸してくれないか?」
その目には、仲間として誘う以上の何かがあった。もし断れば、俺はどうなるのか。背中に冷たい汗が流れる。
だが、俺はゆっくりと首を横に振った。
「俺にとって、この国は大切な場所だ。仲間もいる。お前の計画に加わることはできない」
そう返すと、マルセルは一瞬だけ表情を歪めた。だが、すぐにまた不気味なくらいににこやかな笑顔に戻り立ち上がった。
「そうか。後悔するぞ」
あの笑顔から発せられたとは思えないほど冷徹な言い方でマルセルはそう言い残し、俺の部屋から出て行った。




