第2話 転生(後編)
あの夜も、いつものように仕事を終えて、俺は馴染みのバーへ向かっていた。
だが、その道の途中で、異変に気づいた。暗がりの中、全身黒ずくめの男が、両手をポケットに入れて静かに立っていた。目が合った瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。あの顔を、俺は忘れるはずがなかった。
その男の名は鬼島 玲司。数年前に俺が逮捕した男だ。ろくでもない犯罪者の典型。極左の活動家グループに属し、数々の武器を開発していた危険人物だ。表向きは大層な理想を掲げているが、実際のところはただの武器マニア。自分の作った武器で他人を傷つけ、欲求を満たすことしか頭にないやつだ。罪悪感なんて微塵も持っていない、真っ黒な人間。
数ヶ月前、奴が仮出所したことは知っていた。ずっと俺を逆恨みしていて、出所したら必ず復讐すると周りに言いふらしていたことも聞いていた。だが、俺はそれを真に受けていなかった。こういう連中は口だけだと思っていたから。
だが、やつは俺の前にやってきた。鬼島は俺を見つけると、すぐに襲いかかってきた。まっすぐに。奴の手にはナイフ。顔には、目に見えるほどの憎しみと狂気。
「黒崎!てめぇだけは…!」
奴が叫んだ瞬間、俺はすでに動いていた。鬼島の腕をつかみ、ひねり上げた。そのまま、地面にたたきつける。仮にも俺は警察官。柔道三段、剣道五段、空手四段の腕前。その辺の素人に負けるわけがない。もちろん、こいつにも。鬼島は苦痛に顔を歪めたが、俺の方は冷静そのものだった。
「残念だったな、鬼島。また刑務所に送り返してやるよ。次に会えるのは何年後だ?」
俺は鬼島を押さえつけたまま、携帯を取り出し応援を呼ぼうとした。奴を押さえ込んだことには満足していたが、少し気にはなっていた。だって妙にあっさりだったから。鬼島が本当に俺を逆恨みしているなら、こんな簡単に終わるはずがないんだ。この時にもっと慎重に行動していれば、結果は変わっていたかもしれない。
その時だった。
突然、眩い光が俺たちの周りを包んだ。思わず目を閉じた。けれど、それでも感じるほどの激しい光。そのときは何か分からなかったが、今なら分かる。爆弾だ。鬼島は以前から爆弾作りもしていたから。
「しまっ…」
言葉を最後まで言うことすらできなかった。そこから先の記憶は無い。即死だったはずだ。黒崎剛志としてはね。
目を開けた時、俺はそこにいた。俺は死んでいなかった。しかし、明らかに状況が違っていた。景色が一変していた。光の余韻がまだ残っている中、俺は見たこともない部屋の中にいた。知らない天井、石造りの暗い部屋。まるで中世の城の中のような空間。
この時から俺は、レオン・ミュラーになっていた。