来たぞ、異世界転生!!!
「過酷な労働条件、良し!」
会社のデスクに座りながら、自分の人生を皮肉まじりにチェックリストとして数え上げる。漆黒レベルのブラックな環境で、心が擦り切れそうになっている。
「うだつの上がらない人生、良し!」
ゲーム、アニメ、漫画以外に楽しみを見出せない日々。趣味といえばそれだけ。それでも、その知識だけは豊富だった。
「ゲーム、アニメ、サバイバル、ミリタリー知識、良し!」
これだけあれば、いつか訪れるかもしれない異世界転生の際には役立つはずだ。過労死か交通事故さえ起これば、きっとチャンスは訪れる。
問題は転生のタイプだ。理想を言えば、スキル選択型で能力を奪っていけるタイプ、あるいは内政無双。勇者召喚や魔王討伐はやりがいはありそうだが、現実的に考えて自分には荷が重すぎる。
最低限、ステータスが見れて鑑定ができれば、何とかなる自信はある。できれば自分の発想力で勝負できる展開がいい...そんなことを考えながら、また今日も会社へと向かう。
人生を無駄にしたという実感が染み付く年齢になって、一発逆転の術も思いつかず、後悔だけが募る。どうすれば人生を好転させられるのか、その方法すら見出せない。
親からは「やりがいのある仕事を」「生きがいを持て」と言われ続けた。決して両親が嫌いなわけではない。ただ、関わりを避けてしまう自分がいる。親孝行もろくにできない情けない息子。
何か特別な存在なのではないかと思って生きてきたのに、結局のところ極めて平凡な人間だった。異世界転生したところで、このままの自分では何も変わらないのかもしれない。
考えてみれば、最高のチートは「成長が目に見えてわかるステータスボード」と「選んでスキルを上げられるシステム」、そして何より「このままではいけない」という自覚なのだろう。それさえあれば、特別な能力がなくとも、理想の自分になれるはずだ。
派手な無双スキルより、工夫して僅差で勝利を掴む方が、ずっと面白いに決まっている。
「ホント、異世界転生してやり直してーわ」
口にした途端、虚しさが押し寄せてくる。
人生の転機は44歳と60歳にあるという。まだ自暴自棄になって人生を終わらせるほどの覚悟はない。自殺する気なんて毛頭ないが、それでもチャンスがあればやり直したい。それが人の性というものだろう。
ため息をつくと不幸になるという。でも、この状況ではもう大差ない。会社からの帰り道、大きく息を吐き出した。
信号のない横断歩道。歩行者優先とはいえ、世の中には無法者が溢れている。左側から来た車は止まってくれたが、右側から接近する車には減速する気配がない。
虚ろな目で前を見ると、横断歩道の向こうから小さな子供が走り出してくるのが見えた。
心臓が痛いほど脈打ち、曇っていた視界が一瞬にして鮮明になる。無我夢中だった。心のどこかで、これがチャンスだと邪念が過った。たとえ転生できなくても、この命を無駄に消費している自分より、未来のある子供の方が生きる価値がある。そう心の底から思った。
運動不足の膝は思うように動かない。このままでは転んでしまい、結局子供は目の前で最期を迎えてしまう。
「くそったれえええええ!」
不甲斐ない自分への怒号とともに、全身の力を振り絞って飛び出した。
真っ白な光に包まれる前、子供の体に触れた瞬間の温もりだけは鮮明に覚えている。
助けられたのだろうか...虚しさが押し寄せる。
もっと色々なことができたはずだ。後悔が募る。やらない理由ばかりを探して、結局何者にもなれなかった。人当たりの良い程度の人間にはなれたが、それ以外は欲望と刹那的な快楽に溺れるだけの人生だった。
せめて異世界転生...なんて考えていると、意識が徐々に薄れていく。
科学的に考えれば、体は分解されて原子に還るだけ。消滅して無に帰するのだろう。せめてあの子を救えたという満足感を持って消えたかった。
意識が完全に途絶えた。
...そして目が覚めた。
まだ生きているのか。家に帰ろう...と思ったが、ここはどこだ?
転生モノの鉄則、まずは天井チェック。見覚えのない天井。次に自分の手を確認。
...小さい。
心臓が高鳴り、呼吸が浅くなる。まさか...!
体が思うように動かない。これは赤ん坊...!まさに『転生したら赤ん坊だった件』だ!
そして確認しなければならない。(ステータスオープン!)
赤ん坊なので心の中で唱えてみる。すると、目の前にウィンドウが広がった!
「だうううううううう!」(よっしゃあああああああああ!)
思わず歓喜の叫びと共にガッツポーズ。赤ん坊の体で海老ぞりながら喜びを表現してしまった。
隣室で人が動く気配がするが、今はステータスの確認が先決だ。名前、種族、年齢、称号、職業、基本ステータス、スキル、加護、存在値。HPとMPの数値表示はないらしい。これは検証が難しくなりそうだ。
2ページ目にはスキルツリー。初期ボーナスと思われるスキルポイントが5P。リセットができない可能性を考えると、慎重に使う必要がある。レベルごとの必要ポイントも把握しておきたい。スキルポイントを使わずに習得できる方法があるかも調べなければ。
スキルツリーには膨大なスキルが並んでいる。これは間違いなく、やりがいのある人生になりそうだ。親の言う「やりがい」がこれだったかは定かではないが、確かに胸が高鳴る。
ステータスウィンドウを眺めていたが、赤ん坊の体力では長く続かない。瞼が重くなり、眠気が押し寄せてくる。それでも、これほどまでにワクワクしたのは人生で初めてかもしれない。