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魔女の呪い

 4日目の朝がやって来た。


 事件に繋がるであろう種はあらかた潰したのでもう学校に行く必要はないが、最後の挨拶くらいは済ませておかないといけないだろう。


「それではアイリスさん、一緒に登校しましょうか」

「はいエクセルさん」


 朝におかしな事件が起こるでもなく、ごく平穏に登校。


 講堂では他国から訪れた視察団と王子や学校関係者がレセプション的なイベントをやっているらしいが、特に大きな騒ぎはなし。


 食堂の厨房で仕込みをして昼を向かえる。


 昼休みには飯が美味くなったという噂を聞いた生徒達が押し寄せてきたが、潤沢な予算で作られた料理の前ではただの腹ペコ集団でしかない。

 腹を満たしてお帰りいただく。


 兵士達の弁当も含めて全部やっつけたあたりで昼休み……最後の仕事も終わりだ。


 このまま本当に平和な1日で終わりそうだ。

 残る一日は関係者への挨拶で気持ち良く終わらせよう。


「私は本日までです。今までありがとうございました」

「いやいや、それはこちらのセリフだよ。一番大変な時期に手伝ってくれて本当に色々と助かった」

「また機会があったら来なよ。今度は食堂の客として」

「はい、また機会が有れば」


 豆おばちゃんと芋おばちゃんに挨拶とお辞儀をした後に、勝手に拝借した通行証を元の場所へ返して厨房を後にする。


 思えばこの世界に来てからその大半をこの厨房で過ごしていたのかと思うと感慨深い。


 ……何故こうなった?


 次に学校に潜入する時があれば、もう少し暇で楽に動けるポジションを選ぼう。

 もう潜入しねえよ!


「あとは隣国の視察団か。懸念事項はもうないはずだから、何の事件も起こらないはずだけど……」


 念のために様子を確認しようと講堂の方へ歩いていくが、護衛の兵士達が入口を固めているために、部外者は中に入れないようだった。


 ただ、門番を務めている兵士は昨日早朝の地下下水道の戦闘、夕方の公爵別邸への取り調べ、どちらでも見た顔だ。

 連日勤務となると大変だろう。


「今の所は何も起こっていないですか?」

 

 見た顔だったので話しかけてみたが、返答はなかった。

 職務に忠実なのは良いことだが、無反応は少しだけ悲しい。


 この分だと他のみんなに挨拶は難しいか?

 仕方なく引き返そうとした時、学校の裏手から地鳴りのような大きな音が鳴り響いてきた。


 それを皮切りに定期的に地震のような小刻みな震動と何かを踏み潰すような音、獣の咆哮が響いてくる。


「ドラゴンだ! 逃げろ!」


 誰かが叫んだ。

 直後に校舎内から生徒や教員などが飛び出してきた。


 不安、恐怖、困惑……廊下を駆ける生徒達には様々な表現が浮かんでいた。

 ただ、これは望んでいた……手に入れたはずのハッピーエンドにそぐわないものだ。


 何を間違えた?


 相変わらず地響きと何かの声は続いているのだが、それは廊下を走る生徒達の叫び声と走る音、震動によってかき消されて何も感じられなくなった。


「生徒の皆さんは誘導に従って退避を」


 教員らしき人物の声がたまに聞こえるが、誰もそれを聞いていない。

 みんな押し合うようにして校門の方へと走っていく。


「こんな時に生徒会がいれば……」


 残念ながら生徒から信頼の厚い生徒会メンバーは全員講堂の中だ。今の事態の沈静化には動けない。


 ならば警備の兵士達はと見回すが、目の前にいる警護の兵士も含めて呆然として状況を見守っているのみだ。


 棒立ち状態から動かない。


「あなたの上官は誰ですか? まずは状況と次の行動の確認をしてください」

「そ、そうでした」


 兵士は上官のところへ確認に走っていった。

 

「さて、こちらもまずは状況確認だ」


 敵の位置は学校の裏山。


 サイズは40mほど。


 赤い皮膚。四足で長い尻尾。

 背中には大きな羽を持つトカゲ。


 これは先程誰かの声にあった通りドラゴンで間違いないだろう。


「こんな巨大な奴が今までどこに隠れていたんだ……」


 わざわざ隣国からの視察団が訪れているこのタイミングで出現したということは、ただの野生生物ではない。


 キマイラだけではなく、こちらも視察団や王子達を襲うための仕込みの一部だったのだろう。



 カメムシが大量発生したのは捕食者である鳥達が山から逃げ出したから。

 その理由は山に拘束されていたドラゴンに怯えたから。


 シンプルすぎる理由だ。



 カメムシ大量発生などのヒントは有ったのだから、裏山の方も調べておくべきだった。

 これは致命的なミスだとしか言いようがない。


「空から」状況を確認していると、目の前の講堂の扉が開いて、中から生徒会の面々、知らない中年の男達、そして殿下とその側近達が中から姿を現した。


「こちらに安全地帯がございます。皆様はそちらへ退避を」


 1人の老人が先導して、面々を誘導していく。


 王子もこちらの方を一瞬だけ見たが、他の来客の相手の方が重要なようなのでそのまま行ってしまった。

 それでいい。


「エクセル、何故ここに? 何が起こっている?」

「赤い巨大なドラゴンが裏山に出現しました」


 他のメンツは海外からの来客の応対にかかりきりだったので、手が開いていたカトレアを捕まえて簡潔に伝える。


「赤いドラゴン? レッドドラゴンか? なんでこんな町中に」

「強いんですか?」

「炎がまるで効かない。本来なら一軍で相手をして、巣に追いかえすのがやっとな奴だ」

「ここは魔法学校ですけど、それを倒せそうな魔法使いは居るんですか?」

「魔法学校だぞ。アカデミックに偏っていて戦闘系は常駐していない」

「そうですか」


 どうやら、この世界における自分に与えられた最初で最後の仕事がやってきたようだ。


 むしろ、自分でしかこの事態は解決できなかった。

 この場にいて正解だった。


 この世界の問題はこの世界の住人に任せる。

 そのつもりだったが、状況は変わった。


「そのドラゴンは私が倒します」

「倒す? 何を言っているんだ?」


 カトレアと話していると、会長も気付いたのかこちらへ走ってきた。


「カトレア、君も早く退避を。それにエクセルも」

「すみません、会長。これで皆さんとはお別れみたいです」


 これで良かったのだろう。

 みんなへの別れの挨拶の機会が思いがけずやってきた。


「何を言っているんだ?」

「そうだ。ドラゴンなんてハッタリでどうにかなる相手ではないぞ」

「そうですね。暴力で解決はやりたくなかったし、今度の相手もみんなで力を合わせて倒して貰いたかったのですが、それは無理なようなので私だけで片付けます」


 周囲を見回すと講堂の隅に掃除用の箒が置かれているのを見つけた。


 隣国から賓客が来ているというのに道具を片付けずに放置したままというのは、やはり作業員不足は解消していないのだろう。

 ただ、今回はそれがラッキーだった。


「箒よ来い!」


 手元に箒を引き寄せて、空中でキャッチ。

 片手でバトンのように何回か振り回す。


 若干しなりが大きいのが気になるが短時間ならば大丈夫だろう。


「待て、なんだその魔法は?」

「残念ながら、魔法じゃないんです」


 ワークキャップを一度脱いで、簡単に脱げないように深く被り直す。

 

「それで会長……今更ですが、お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……ダニエル」

「そうですか。覚えました。これでこの世界の心残りはありません」


「俺」は青白く光る粒子で構成された鳥を5羽喚び出す。


 この世界の法則とは全く異なる因果で喚び出される鳥の使い魔には詠唱も魔力も必要ない。

 そういうものだからだ。


「エクセル、それは? 使い魔なのか?」

「そうです。このうちの一羽を飛ばして空からずっと監視をしていました。だから、学校内で起こることは瞬時に把握できました」

「どういうことだ?」

「種明かしです。私は推理なんてしていません。空から見ていたことを悟られないように推理するフリをしていただけ。まあズルですね。今もドラゴンの動きをチェックするために常時張り付かせています」

「えっ?」


 あえて使い魔にその小さな身体に見合わない巨大な口を開けさせると、カトレアがおののいて後ずさった。


 ドラゴンがなかなか学園に来ないのはこの鳥達に周囲を飛び回らせて牽制させているからだ。

 意外と鈍重そうなドラゴンはフェイントを交えながら飛び回る鳥の速度には追い付けない。しばらくは時間を稼げる。


「今まで黙っていましたが、私は魔女です。異世界から来た通りすがりの魔女」

「異世界?」

「そうです。なるべく力を使うのはなしで今まで頑張ってきましたが、ついに限界がきたようです。今度の相手は力を使わないと勝てなさそうです」

「当たり前だ。人間独りの力なんて限度があるんだ。だから、こういうのは軍が到着するまで待て」

「それまでに犠牲者は出るでしょう。だから、その前に全部終わらせます。この魔法学校は私が守りますよ」


 出来るだけのことは一通りやった。


 さすがに、このボスっぽいドラゴンを仕留めれば、さすがにもうこの学校で大きな問題は起こらないはずだ。


 起こったら?


 さすがに自分が帰った後のことまでは責任を取れないが、みんなで力を合わせて頑張って欲しい。


 今の王子と会長ならば、なんとかなるはずだ。


「あと、多分これも隣国の連中がかかわっていると思いますので、必ず犯人の調査をお願いします」

「何を言っているんだ」


 ただ、会長は分かってくれたようだ。

 この邪悪な魔女には事態を解決する能力があること。


 そして、これが最後の別れの言葉であるということも。


「分かった。この件は兄様と協力して必ず解決させる。このようなことは二度を起こさせない」

「ありがとうございます」

「だから、君もきちんと帰ってくるんだ」


 残念ながらそれには応えられない。

 顔だけは無理矢理笑顔を作った。


「私は邪悪な魔女なので、ここで消えるのが正解です。だから、この後に私のことを聞かれたら、騙されていたと」

「……もう会えないのか?」

「ええ。会長達の演劇、見たかったです」


 大きく頭を下げてお辞儀をした。

 本当に残念だが、これが今生の別れだ。

 

「それでは皆さん、お元気で。殿下にも伝言をお願いします。良い王様になるようにと」


 会長達は他のゲストと同じく駆け出していく。


 こちらの考えが伝わったのか、誰1人として振り返ることはなかった。


 もう一度頭を下げて礼をした後に箒へ跨がり、一気に空高く舞い上がった。

 箒の穂先から虹色の光の軌跡が流れる。


 魔法学校の上空には対魔法の障壁のようなものが張られていたが、魔力0の自分に対しては何の反応も示さなかった。


 学校の裏山からカメムシが飛んできたのと同じ理屈だ。

 魔力を持たないものは何事もなくすり抜ける。

 仕様通りの効果だ。


 使い魔だけは、一応魔力の塊だからなのか障壁に遮られたが、強引に破って突破した。


 この程度の結界ならばどうということはない。


「吸い上げるのは裏山の木々で良いか。どうせ焼き払うのだから別にいいだろう」


 空からレッドドラゴンに近付くと、レッドドラゴンはこちらを一目見て、大きく叫び声を揚げた。

 ビリビリと空気が振動するが、うるさい以上の感情は湧き上がらなかった。


「今すぐに逃げるならば命までは取らない」


 一応警告の声を飛ばすが、人語を理解しないのか、それともこちらをただの矮小な生き物だと思っているのか、ドラゴンばかり全く動く気配を見せなかった。

 

「残念だ……鳥を5羽解放(リリース)

 

 箒の前に虹色に光るの球体が出現した。


 それと同時に眼下に有る裏山の木々が分解され、黒い霧となって消滅していく。


 黒い霧は空に浮かぶ虹色の球体へと吸い込まれていく。


 その音は、まるで獣の咆哮か、多くの人々の怨嗟の声のようにも聞こえた。


 同時に俺の身体の全身には虹色に光る紋様が現れていた。


 こうやって黒い霧を吸い上げている光景は学校のみんなにも見られているだろう。


 みんなはどう思うだろうか?

 少なくとも神の化身や正義の魔法使いには見えないだろう。


 実際邪神に力を与えられた存在――魔女なのだから、当然だ。


 レッドドラゴンも、こちらの力に対してようやく異常を感じたのだろう。

 逃亡なのか、それとも抗戦するつもりなのか、背中の大きな翼を広げて空へと舞い上がった。


「もう遅い……警告は済ませた」


 球体から青く光る放電(プラズマ)の触手が伸びた。


 稲妻のような電光は空気を焼きながらレッドドラゴンの翼へ巻き付き、一瞬のうちに根本から焼き焦がし、断ち切った。


 翼が失われたレッドドラゴンの巨体が空中から地面へ落下して、轟音を響かせる。


「さて、炎が効かないと触れ込みらしいが耐火性能はどれくらいだ? 1000度? 2000度? それとも5000度? 岩をも蒸発させる核反応級の熱に耐えたことは?」


 周囲に生えていた木々は全て黒い霧と化して消滅している。


 レッドドラゴンが先程失った翼の残骸も例外ではなく、木々と同じように粉々に分解されて霧と化した。


 エネルギー補充は完了した。

 

「照射!」


 虹色の球体は一度大きく膨らんだ後に真っ赤に赤熱して収縮。


 放たれた超高熱の熱線はレッドドラゴンの全身を一瞬で塵に変えて、更にその下に有る裏山の岩盤を融解、蒸発させて掘り進んでいく。


 照射が完了することには、周辺は噴煙と硫黄の臭いに包まれていた。


 裏山だった場所に出来た穴の底ではまだ予熱で解けた岩が溶岩と化して火山の火口のようになっている。


 空には爆発的な空気の圧縮で作られたキノコ雲が見えた。


 直に、舞い上げられた粉塵と水蒸気が黒い雨となって降ってくるだろう。


 マグマが冷えて固まれば後の処理も完了する。


 まだ昼過ぎだというのに噴煙で闇に包まれた中で自分だけが虹色の光を放っていた。


 魔法学校はというと、対魔法の結界とやらが有効だったようで、傷一つないようだ。

 

「今はみんなにはどう見られているのかな、悪魔か邪神……それと契約した呪いを振りまく魔女か」

 

 もう魔法学校にも寮にも戻ることはない。


 こんなことをやらかした後に戻ったところでみんなに迷惑がかかるだけだろう。


 どうせこの世界に滞在するのはあと1日だけなのだ。

 このまま消え去ってしまうのが良いだろう。


 いや、逆に考えよう。


 このまま自分が邪神教団の教祖だったことにすれば、適当にでっちあげた設定である邪教教団の説得力が増す結果になるかもしれない。


 本当の最後の仕事が決まった。

 悪は滅びて後には英雄が残る。


「魔女ってそういうものだしな。世界から拒絶されて孤独に世界を呪う存在……このまま誰も知らない場所へ消えよう」


 そのまま空の彼方へと飛び去った。


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