異世界の友人
◆ ◆ ◆
公爵の別宅から持ち出した書類の山を机の上にぶち撒けると第二王子は笑うやら呆れるやら、何とも言えない微妙な表情をしていた。
「お前はなんなんだ? さっき喧嘩別れみたいになったよな。もう来るなって言ったよな」
「残念ながら使えるものは全部使う主義です。人の話も聞かないタイプです」
「いやそういうやつだとは分かってはいたけどな……分かっていたさ」
口ではそう言っているが、拒否しているようには見えない。
むしろ歓迎されているように見える。
「それにしても今回は無茶だぞ。公爵家が怖くないのか?」
「全く」
「公爵家といえば王にも匹敵する権力を持っているのだぞ。極端な話、お前の首を取るためにこの国の軍を全て持ち出すことが出来る」
「それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかって……たった1人で軍に勝てるとでも?」
「最初から相手にしないから勝負になりません」
公爵家など怖くないとはっきりと本心を伝える。
それよりも重要なのは、このややこしい事態を解決することだ。
王子は椅子に座って書類を読み始めた。
内容を確認して机の右端、真ん中、左端へと分けていく。
これは重要度、もしくは見せたい部下ごとに書類の分けているのだろうか?
「公爵家を相手にして勝つための筋書きは? 何の算段もなくこんなことをしたわけじゃないだろう」
「公爵家とかそんなものは相手にしません。真正面から戦っても被害が広がるだけです。あくまで私達が相手にするのは邪教教団です」
「どういうことだ?」
王子は首を傾げるが当然の反応だ。話を続ける。
「怪しげな邪教集団が公爵の不在を良いことに別邸を乗っ取って拠点化していた事実を掴んだので、それを鎮圧という筋書きにします。そのシナリオでの公爵家の役目は留守中の別邸を勝手に邪教徒に使われた被害者ということになります」
「正気か?」
「もちろん。もし隣国との繋がりの文章が屋敷内から見つかっても、公爵は絶対に自分が関与していることは認めないでしょう」
「当然だな。そんなことを認めれば内乱罪だ。たとえ公爵といえども失脚と処刑は免れられない」
「それを見越して、別邸が得体のしれない邪教教団に占領されていたと広く公表します。そうすれば公爵家は当然被害を訴えることも出来ない。何故なら公爵家も邪教教団とかいうよく分からない組織の被害者だから」
「だが、調べれば邪教教団なんていないとすぐに分かるだろう。そんな証拠はない」
「でも詳しく調べると公爵が雇った連中でしたとバレるでしょう。公爵は内乱罪を回避するため、自分も被害者であり、邪教集団は確実に存在すると主張するしかない。公爵別邸を乗っ取った怪しい連中は実在するので、そいつらは何だという疑問に対する答えは必要だから」
王子は指先で額を何度かトントンと叩いて眉に皺を寄せた。
「その理屈ならば、確かにどこのメンツも潰すことはないし公爵家を敵に回すこともない」
「ならそれでいきましょう」
「だが、公爵家からの報復が……」
「忘れましたか? 明後日には私はこの世界にはもういません。公爵家は次元を越えて私の世界へ報復に来ることは出来ません。だから、怪しい部分の責任は全部私に被せてください」
「明後日……そうか、あと2日か」
「はい、あと2日です」
「2日しかないので、その間に出来るだけのことはやりますよ。それこそ殿下が一生忘れられないくらいのインパクトを残して」
「もう十分残ってるよ。こんな変なやつは私の人生において後にも先にも現れる気はしない」
王子は書類の隅を揃えて机の隅に置いた。
内容の確認は一通り済んだということだろう。
「正直、私は未熟だ。兄上がいるから自分には王位など関係ない。どこか隣国の令嬢のところへ婿養子に出されると気楽に考えて、自己鍛錬を怠ってしまった。その結果がこの惨状だよ」
「殿下はまだ若い。これから勉強をして知識を身につければ良いではないですか」
「才能の差だよ。同じ努力をしても弟の方がはるかに能力が伸びる。本当に優秀なのはあいつの方だ」
「なら、誰かに頼れば良いじゃないですか」
「なので、お前に残っていて欲しかった。参謀として、相談役として、そして愚痴を聞いてくれる友人として」
「嫁とか妾じゃないんですね」
それを聞いた王子はあからさまに嫌そうな顔をした。
本当に側室になれなどと言われても困るが、そこまで嫌そうな顔をされるのもそれはそれで気に入らない。
「だってお前だぞ。家庭にも親族にも身内にも……家の中にこんな変なのを入れたくない。出来れば今だって会いたくはない」
「なるほど、それはこちらも同感です」
「会いたくはないが、能力や仕事については評価しているし、頼りにしている」
お互い、大笑いした後に握手をした。
「お前はこの世界には友人はいないと言った。だが、私くらいは友人の1人として覚えておいて貰えると嬉しい」
「そういうことならば、友人の1人として覚えておくようにしますよ。えっと……」
「デイヴィッド」
「えっ?」
「私の名前だ。友人の名前として覚えてもらえると嬉しい」
「上戸佑。私の名前です。タスクと呼んでください」
「なるほどタスクね。どういう意味なんだ?」
「人を助ける」
「良い名前だ」
「デイヴィッドも他人から愛される人って意味らしいですよ。ヘブライ語で」
「なるほど、それは父上に感謝だな」
2人で並んで部屋から外に出る。
「それで、どういう理由で公爵の別邸に踏み込む? 別邸とはいえ、さすがに公爵の私邸だ。適当な理由では踏み込めんぞ」
「デーブは実際フードマントの集団に襲撃されたじゃないですか。王族への威嚇と傷害殺人未遂の容疑者ですよ。公爵が文句を言えると思いますか?」
「デーブ? それは良い呼び名だ。友人らしい」
「デイヴィッドをフルで呼んだ方が良いでしょうか?」
「いや、愛称で呼び合う方が友人らしい。それでタスクは友人にはどんな愛称で呼ばれていた?」
「殿下に似た友人はラビ助と呼んでいます」
「どこから湧いてきた名前なんだそれは」
◆ ◆ ◆
そこからの捕物はつつがなく執行された。
暗殺、隠密に特化したフードマント集団が、キマイラ討伐のために連れてきた精鋭の兵士達に叶うわけもなかった。
公爵別邸を塒にしていたいた隣国の工作員あらため邪教教団の教徒達は全員あっさりと捕縛。
隣国や関係者とのやり取りの書類は全て没収された。
公爵の別邸への踏み込みだが、町中に怪しげなフードマントの男達の目撃談が多数残っているため、この証言が公爵の留守中に別邸を乗っ取ったという嘘に説得力を与えている。
書類の精査には時間がかかるだろうが、いずれは、この連中とやり取りしていた学長や教授たち関係者も逮捕されるだろう。
もちろん公表できない情報は山ほど残るが、それは第二王子……将来の国王から公爵家への牽制材料となる。
次に反抗的な態度を見せたならばいつでも潰すと。
「しかし公爵の別邸への踏み込みとはねぇ」
カトレアとは公爵別邸の前で合流出来た。
あからさまに怪しい連中が町を歩いていたと聞いて1人で走ってきたが、その先が公爵の別邸ということで何も出来ずに正門前でウロウロしていたのだ。
「しかし婚約はどうするんでしょうかね、従兄弟殿は?」
「婚約?」
「そうか、エクセルは知らなかったか。従兄弟殿の婚約相手は公爵令嬢だよ」
「そうなんですか? でも海外のどこかに養子に出されるって聞きましたよ」
「第一王子が病に伏せるまではな。第一王子の健康状態がよろしくないってことで婚約相手が第一王子から従兄弟殿にスライドしてきたんだよ」
「うわぁ、それはお互いに嫌でしょう」
王子もお下がりみたいで嫌だろうし、公爵令嬢の方も貴族だからある程度覚悟していただろうが、扱いが雑すぎてNoを突きつけたくなる気持ちは分かる。
……もしかしてそれを含めて第三王子へ王位継承権を譲るつもりだったのだろうか?
「婚約解消に決まっているだろう。その件は父上にも伝えるつもりだ」
カトレアと2人で話しているところに陣頭指揮を取っていたデーブが戻ってきた。
「公爵は今回の件が明るみになっても潰すのは無理だ。だが、発言権を削ぐことは出来る。そうすれば、お飾りと化した公爵家との付き合いでしかない婚約に政治的なメリットはなくなる」
「18歳から婚約者を探し直すとか、有力貴族はどこも埋まっているから、極端に上か下かからしか見付からないけどどうするんだ?」
「それは両親に頑張ってもらおう。将来の国王になる人物に誰も名乗りをあげないなんてことはないだろう。それに公爵令嬢の方がダメージが大きいぞ。親の都合で婚約解消歴有りとかもう貴族社会だと終わりだよ。ざまぁみろ!」
デーブがやたら楽しそうにしているが、公爵令嬢とやらはそれほど嫌なやつだったのだろうか?
「公爵令嬢は会長のことが好きで、ずっと従兄弟殿をハズレ扱いしていたんだよ。もう会う度に無能無能って。近くで聞いている私がドン引きするレベルで」
「なるほど、殿下が自分を必要以上に卑下するコンプレックスはそこから」
「いや違うぞ。私は別にあんな女にちょっと悪口を言われたからどうなるような弱い心など持っていない」
「ショックだったんですね」
「そのせいで、ちょっと親切にされただけで真逆みたいなこんなのに落ちた」
カトレアはそう言うとこちらを指差した。
「いや違うぞ。さすがに私もこれはお断りだ」
「これ呼ばわりでお断りされていますけど」
「まあ従兄弟殿の気持ちも分かる」
2人から妙に辛辣な評価が飛んでくる。
「公爵令嬢は色恋沙汰以外は親と違ってそれなりに良い娘だったから、可哀想ではあるがな」
「そうなんですか?」
「年下の女子からはお姉さまだの令嬢の見本となるべき人物だの絶賛だぞ。エクセルは知らないのか?」
「いえ、私は何も」
まあ、一度も会ったこともない人物など今更別にどうでもいいことだろう。
「それなら良い解決策が有りますよ」
人差し指を立てて提案をする。
「会長と公爵令嬢を結婚させて会長を新しい公爵にすれば良いじゃないですか? 公爵家としては王族を家に招き入れることが出来てOK。殿下も公爵というポジションに優秀な弟がやって来てOK。令嬢も好きな相手と結婚できてOK。万事丸く収まります」
「おいやめろ、弟はゴミ捨て場じゃないんだぞ。ゴミを押し付けるな」
「ゴミって……公爵令嬢をゴミって……」
なんだこの国?
公爵令嬢をゴミ扱いとか本当に大丈夫か?
「そして殿下とカトレアさんが結婚すれば万事解決です」
「たとえ冗談でも止めてくれ」
「毎日こいつと顔を合わせるなんて嫌だぞ」
似たもの同士なのに流石に嫌い過ぎだろうとは思った。
「確かに合理的ではあるが人の心とかないのか?」
「そこになかったらないですね」
「やっぱりこいつ魔女ですよ」
「ああ、的確に表す言葉だな。こいつは魔女だ」
「クソッ魔女狩りかよ」
まあ、この世界の未来は自分には関係ないことだ。
後はこの世界の人達で好きに決めて欲しい。
「では、私は夕食の時間ですので帰りますね」
「ああ。また明日に学校で会おう」
「はい、学校で」
◆ ◆ ◆
なんとかアイリスと約束した夕食の時間までに寮に戻ってくることが出来た。
夕食のメニューはトマトスープの煮込み。
シンプルだがなかなかに美味い。
本当にこちらも予算が戻ってきて良かった。
「アイリスさん、学校は楽しいですか?」
「はい。友達もいっぱい出来ました。授業は難しいですが、どんどん新しいことを覚えられて楽しいです」
「それは良かった」
これでアイリスの件も安心して学校に通えるだろう。
一通りの障害は排除することが出来た。
やる気になった王子と会長が頑張ってくれるだろうし、さすがにもうおかしな事件は当分は起こらないはずだ。
あとはまだ捕まっていない学長と教授、それに使い魔を操っていた相手が未解決だが、公爵別邸で見つかった書類の数々から追求していけば、後は時間の問題のはずだ。
……何かを忘れている気がするが、まあ何とかなるだろう。
「4日目は平和に追われそうで良かった。あとはもう寝ていよう」




