猫の使い魔
噴霧器と虫取り網を返却。
カメムシを入れた瓶を廃棄した後は、とにかく全身がカメムシ臭いので運動部が使っているという部室棟のシャワーを借りて浴びることにした。
服も全てからカメムシの悪臭が漂ってきているので、一度全て洗濯する必要が有るだろう。
「カトレアさん、成果は?」
「実際に金額がどうのと直接は書かれていないが、教授が学園長と何らかの取引を行い、見返りとして機材購入の見返りを貰っていた事実はハッキリと記載されている」
「それで、私が持ち帰った細かく折りたたまれた手紙の方は?」
「なんだ、これ紙くずじゃなかったのか?」
「紙くずじゃないですよ!」
捨てられてはたまらないと慌ててシャワールームから顔を出した。
「待て待て、いい年頃の女子が裸で出てくるな!」
カトレアは顔を真っ赤にして両手をブンブン振りながら早く戻れと連呼を始めた。
なんだよこのポンコツ副会長、いちいち可愛いな。
「出ませんって。顔を出しているだけですよ。それよりも、それだけ細かく折り畳んだ痕が残っている手紙の意味は分かるでしょう」
「伝書鳩か!」
「当たり! 伝書鳩に持たせるため、無理矢理小さく折り畳んだら折り目だらけになった」
「分かった。お前が出るまでの間に読みやすいように皺を伸ばしておく」
「頼みます」
ゴミと間違えられて捨てられることはないと安心したのでシャワールームに戻る。
ちゃんと話をしておかないと下手をすると捨てられるところだった。
油断も隙もないとはこういうことだ。
「書類の内容については、一緒に吟味しましょう」
「ああ、分かった」
身体を吹いて髪の水分を切り、制服を着て外に出るとカトレアが渋い顔で座っていた。
「手紙の内容はどうでした?」
「とんでもないことが起ころうとしている」
カトレアが綺麗に折れ目やシワを伸ばした手紙には特殊な召喚術で喚んだ魔物を学内に解き放つという計画について記されていた。
現在は学校の地下に隠して飼っているが、タイミングを見計らって解き放つという。
具体的にいつ決行するのかについては明記されていないが、そう遠くはないだろう。
「これは捨て置けないな、一体何が始まろうとしているんだ?」
「学校に地下が有るんですか? 下水道ではなくて?」
まさか旧校舎の地下に古代遺跡が隠されていたりするのだろうか?
そこまでの再放送は望んでいないぞ。
「私も知らない。下水道のことだと思うのだが。生徒会の管理資料の中にもそれらしい記録が何かあるかもしれないから調べてみよう」
「私の方でも別ルートで地下施設があるのか調べてみます」
実際に地下に何があるのかは分からないが、調べてみる価値はあるだろう。
「教授と学園長との談合についてはどうしましょう?」
「この書類数枚だけだと告発するには弱いな。どの道、学園長は横領側の人間……共犯者なので、告発したところで教授を潰すことは不可能だ。握りつぶされる」
「ということは、この内容は会長にも報告できませんね」
「もちろんだ! 不正な手段で盗み出した書類など会長に見せられるか!」
ここにある書類が会長に見つかれば入手ルートについてとやかく聞かれてややこしいことになりかねない。
書類は一度自分が預かることにする。
「談合の件ですが、会長とは別に頼れる筋があります。そこで一度話をしてみましょうか?」
「会長以外の? だが、考えて動いてくれ。もし会長に危害が及ぶようならば、私はお前とて容赦をするつもりはないぞ」
「分かっています。もし私が間違っていたら、容赦なく斬りに来てください」
カトレアとは一時解散した。
次にまた何か作戦を思い付けば、協力して欲しいところだ。
◆ ◆ ◆
「地下への入口と言ってもそう簡単に見つかるはずもないな」
学校の敷地内をあてもなく歩いてみるが、ノーヒントだとさすがにどうにもならない。
こういう時は発想を変えよう。
中庭にベンチがあったので腰掛けて、脳内で今まで入手した情報の整理からやり直すことにする。
「逆に考えてみよう。既に魔物は召喚済。地下で飼っているとして、そいつは食べ物を食べるのか食べないのか? もし食べるならどうなる?」
人を食ったような話とはいえ、さすがに人間を食わせたりはしないだろう。
となると、何か餌となる食料を確保して定期的に地下へと運ぶ必要があるとする。
ここで重要なのはどこかで食料を買っているのか?
そして誰がそんな面倒な作業をするのか?
「エクセルさん」
ネックになるのは食料の調達方法。
魔物が大きければ大きいほど大量の食料が必要だと推測されるが、そんな買い物をすれば絶対に目立つ。
地下への輸送ルートもだ。
誰がどうやってそんな大きな荷物を運ぶ?
「聞こえてますかエクセルさん?」
もう少しで色々と解明できそうだが、繋がらない。
喉元まで出てきているというのに、答えが出てこない。
「もしもし、大丈夫ですか?」
「ふえっ?」
気付くと眼の前にアイリスと生徒会庶務。
そしてもう1人、初見の少女の姿があった。
考えにふけっていたので、まるで3人が近付いてきていることに気づかなかった。
「こんなところで何か考え事か?」
「何か深刻な顔をしていましたけど、何かトラブルですか?」
アイリスと庶務が顔を覗き込んできた。
「いえ、たいしたことではありません。それよりも2人は何故ここに?」
「フッドさん達に学校の中を案内してもらっています」
「昨日編入したばかりだってって聞いたからな。色々と困らないように、俺が校内を案内してやってるってわけだ」
フッドというのが庶務の名前か。
アイリスの相手をしてくれるのは助かる。
助かるのだが、手を繋ぐ必要は有るのだろうか?
お母さんはこんな喧嘩っ早い不良に憧れているけど、実は育ちが良さそうな子なんて許しませんよ。
いや、別にアイリスの選択なので良いのだが、何か納得がいかない。
「えっと、そちらの方ははじめましてでしょうか?」
2人の後ろにいた眼鏡をかけた小柄な少女に話しかける。
黒い髪を三つ編みにしており、見るからに文学少女という雰囲気だ。
「うちの書紀だよ。こう見えても書類作成と計算に関しては学校内でも最高レベルだ」
「生徒会で書紀を務めておりますロータスです。よろしく」
「そうですか。エクセルです。よろしく」
庶務がべた褒めしたからなのか、書紀は嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな紅潮した顔をしていた。
「会長が褒めていたのはあなたのことですか」
「褒めていた?」
「はい、学校にあれほどの人材がいるなど知らなかったと珍しく興奮して色々と語っていました。あんな会長を見るとは初めてです」
「まあ、確かにこんなのは他にいないもんな。オンリーワンだ」
庶務に「こんなの」呼ばわりされる謂れはないが、悪く言われているわけではないようなので、それなりに気分は良い。
「私達はまだもう少し学校を見て回りますので」
「明日の弁当、楽しみしてるぜ! 結局メニューがなになんだい?」
「明日のお楽しみです。アイリスさんに運んでいただく予定ではありますが、都合がついたら学食に直接いらしてください。温かい方が美味しいので」
「ああ、都合が付いたらな」
3人は他に用事があるのか、そのまま中庭から去っていった。
「さて、こちらもぼーっとするシンキングタイムも終わりだ。そろそろ足で稼ぐ調査を再開するか」
ベンチから立ち上がろうとして、何やら背後に青白く光る何かの存在が「居る」ことに気付いた。
さりげなく視線を動かすと、即座に死角へと移動して、決して視界に入らないように立ち回っている。
否、厳密には一瞬だけは視界の隅に入るので完全な隠密は出来ていない。
そういう術なのか、術者が未熟なのか、それともあえて姿をチラ見させてこちらのリアクションを待っているのか。
ともかく隠れているつもりで完全に隠れ切れていない。
適当に歩き回ると、物音1つ立てずにこちらの移動ルートを着実に追跡してくる。
窓ごしに校舎の中を覗き込むフリをしてガラスの反射で姿を確認すると、それは猫の姿をした青白く光る粒子の塊だった。
いくら異世界とはいえ、自然の生物ではないだろう。
魔法使いが魔術で操る使い魔としか思えない。
ここは魔法学校だ。
使い魔を操る能力を持った術者は山程存在しているだろう。
使い魔の本体を今の手持ちの情報だけで見つけるのは困難だ。
問題はいつどのタイミングで付けられたのか?
いつから監視されていたかだ。
カトレアと一緒に行動中なら、流石にカトレアが気付いているだろう。
ならば、先程ベンチで考えを整理している最中にとしている間に付けられたと考えるのが自然だ。
カトレアが術者であり、使い魔を付けた魔術師である可能性については一応ないものと考えたい。
あえて気付かないフリをするのか? それとも追い払ってしまうか?
その時、天啓的に対処法が降りてきた。
後方を振り返ることなく、まっすぐと研究棟目指して歩いていくと、猫の使い魔も適度な距離を開けながら、付いてくる。
そのまま躊躇いなく研究棟の扉を開けて施設内へと入る。
猫の使い魔も同じように付いてきて研究棟内に入ろうとして……入口に仕掛けられた魔法結界に引っかかり、そのままバチバチと放電のような音と光を出しながら、霧のようになって消えてしまった。
やや遅れて甲高い警報音が鳴り始める。
猫の使い魔という哀れな犠牲者は敵対者からの攻撃として検知されて、自動的に防衛プログラムが働いたのだろう。
「魔力がないものは魔法結界には引っかからない。だが、使い魔やこの世界の人間のような魔力を持つものは結界に阻まれ侵入出来ない。聞いていた通りだな」
出る時も同じ。
一切、結界に引っかかることなく研究棟の裏口を通って建物から出た。
今の状況から確認出来た事実が2つある。
「敵」は研究棟に魔力結界が張られていることを知らなかった。
よって「敵」は教授やこの研究棟に居る相手ではないことが分かる。
まさか、異世界人は魔力を持たないなどという結論には至らないだろう。
カメムシと同じ扱いなのは若干心外なところもあるが、今回はそれが功を奏した。
レベルを持たないとはレベル0のことではないとコンマイ語でも言うとおり、魔力を持っていない自分が結界に引っかかることはない。
そして、この使い魔を操っていた「敵」は勘違いしたに違いない。
エクセルという人物は、研究棟へ自由に出入り出来るパスを所持しており、この魔力結界に引っかからなかったと。
研究室にいる誰かの命令で使い魔を付けた相手が所属する組織への調査、妨害を行う工作員だと考えてもおかしくはない。
あの使い魔の杜撰な動きからして、おそらく、自分が付けた使い魔の存在に気付かれることなどないと思いこんでいたのだろう。
こちらが追跡に気付いていないと思い込んで何も考えずに強引な尾行を続けた結果、こんなあからさまな誘導に引っかかってしまった。
「さて、次のアクションは何だ? 再度、使い魔を付けに来るのか? それとも偵察はやめて本体が直接接触に来るのか?」




