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掃除のお婆ちゃん

 寮の部屋から持ってきた無地のシャツ、ロングパンツに着替えてワーカーキャップを被って待ち合わせの場所――ダウマン教授の部屋の真下に行くと、カトレアが既に待っていた。


 貧乏揺すりか、無駄に歩き回るかしていたようで、足元の地面がかなり踏み固められている。

 相当待たせてしまったようだ。

 

「遅いぞ。行動はもっと早く!」

「すみません、食堂の用事が立て込んでおりまして」

「言い訳はいい! それよりもこれからどうやって教授の部屋を調べるつもりなんだ? というか、なんだその服装は?」

「仕込みを実行するための方法ですよ。それでは作業員の待機室へ行きましょうか」

「えっ? そんなところに行って何になるんだ?」

「午前中に準備した仕込みを活かすんですよ」


 作業員の待機室に行くと、予定通り作業員達は全員出払っていた。


 倉庫から噴霧器と虫取り網と虫を入れる瓶を捜してきて、噴霧器の中に適当に水を入れて待っていると、1人の生徒が飛び込んできた。


「おい、急いで来てくれ。ダウマン教授の部屋だ!」


 午前中の仕込みが発動したようだ。

 作戦は大成功だ。


「何が有ったんですか? 落ち着いて話を聞かせてください」

「虫だよ! 教授の部屋の中に大量のカメムシが入り込んで這い回っているんだ!」

「ああ……この時期は窓を開けっ放しにしているとそうなりますね」

「御託はいいから早く来てくれ!」

「はいはい分かりました」

 

 布巾を巻いて顔を隠す。更には手袋もはめる。


 これで顔も体型も一切分からず、正体が何者なのか分からなくなった。

 虫取り網と噴霧器を持って待機室を出る。


「おい、ちょっと待て」


 カトレアに呼び止められた。


「午前中の仕込みというのはこのことか?」

「さあ? でも、あんな山に近いところで窓を全開にしていたら部屋が虫だらけになってもおかしくはないですよね」


 そう言ってカトレアに予備の虫取り網を渡す。


「私1人でカメムシの相手は大変なのでカトレアさんもどうぞ」

「わ、私は遠慮しておこう」


 カトレアがあからさまに嫌な顔をして断った。

 やはりカメムシの相手は嫌か。

 

「虫駆除がダメならば、せめて付き添いをお願いします」


 作業員部屋に飛び込んできた生徒に連れられて研究棟の中に入る。


 三階の角部屋の前へ行くと、神経質そうに眉の間にシワを作った細身の老人が仁王立ちしていた。


 今も小刻みにつま先で床をトントンと叩き続けている。


 この老人がダウマン教授なのだろうか?


 腰を極端に曲げて、なるべく顔を見せないようにして、老人のようにしわがれた声で喋る。

 こういう時は白い髪がありがたい。

 

「なんだ、いつものオヤジじゃないのか?」

「あたしゃ臨時で呼ばれた手伝いじゃよ。何しろ人がいなくて仕事が回らないらしくてねぇ」


 声はなるべく低く。老人らしくだ。

 

「そんなことよりカメムシだ! 早くなんとかしてくれ!」

「カメムシかえ? まあそんなもの、この噴霧器で殺虫剤をだーっと巻けば、あっという間にいなくなるよ」


 そう言いながら噴霧器を部屋の中に向けると、ダウマンが急に焦った表情をし始めた。


「おいやめろ! 室内は大切な書類と機材が山ほどあるんだ。湿気は厳禁だ!」

「ならどうしたら良いかねぇ」

「その手に持っている虫取り網でなんとかするんだよ!」

「虫取り網? というとこれのことかえ?」

「それだよ! いいから早くカメムシを何とかしてくれ!」

「なら、この部屋の扉を開けてくれんか?」

「開ける! 開けるから早く!」


 ダウマンが何やら手を複雑に動かしたあとに何やら呟くと、魔法による仕掛けでもしてあったのか、扉が独りでに開いた。


 それと同時に大量のカメムシが室内から飛び出してくる。


「ぎやああああ!」


 ダウマンは情けない叫び声を上げると、壁に張り付いてへたり込んだ。


 その顔に付いたカメムシを摘んで、持ってきた瓶の中に入れた。


「さてカトレアさん。お手伝いをお願いしますよ」

「なんというか、お前すごいな」

「それほどでもない」


 室内に入ると、机の上には山のように書類が積み上げられていた。


 窓際にはよく分からない機材がてんこ盛り。


 壁にある書架には本が隙間もないほど詰め込まれており、更にそこに入り切らない本が雑に積み上げられている。


 机の上にも書類が高層ビル街のように積みあがっている。


「書類には触るなよ! 機材にもだ! 特に機材は下手に触ると燃えたり爆発するから絶対に触るな!」

「そうは言っても、書類の上にもカメムシが入り込んでおるで。こんな風に」


 書類の上を張っていたカメムシを掴んでダウマンの顔の近くに持って行く。


「こいつらは潰すと変な汁を出して書類が汚れるので……」

「分かった。片付けるから待て!」


 ダウマンは飛んでいるカメムシを手で払い「クソっ、こいつ臭いぞ!」と言いながら書類の束を机の端に移動させていく。


「私らは手伝わなくて良いかね?」

「これは貴重な書類だ。貴様らなんぞに……うわっ」


 またもカメムシが飛んで、それを手で振り払った時にうかつに潰してしまったらしい。


 周囲に悪臭が立ち込める。


 更に、その汁が書類のどこかに付いてしまったのだろう。


 ダウマンは拳を握り締めて言葉にならないうめき声をあげた。

 他人に部屋を触られたくはないが、カメムシに触るのは嫌だという葛藤があったのだろう。


 ぎりぎりと油が切れた機械のような動きで首だけを動かしてこちらを見た。


「……書類を運ぶのを手伝ってくれ」


 無理矢理絞り出したような酷い声。


「はいはい。カトレアさんも、そこの生徒さんもお手伝いお願いしますえ。わたしゃその間にカメムシを取りますんで」

 

 カメムシを網や手で掴んでどんどんと瓶の中に入れていく。


 その間に、よほど小さく折り畳んでいたであろう、やたら折り目が付いている手紙が机の上にあるのをみつけた。


 ダウマンが他所を向いている間に文面も確認せずにポケットの中に入れた。


「だから噴霧をした方が早かったじゃろ」


 虫取り網を適当に振り回すが、カメムシの移動速度は思ったより早く、なかなか網に入ってくれない。


 その間もカメムシは室内を飛び回り続けており、減る気配がない。


「もう噴霧でいい。大事な書類と機材は外に運び込むから、その間に噴霧で全滅させてくれ!」


 OK、許可をいただきました。


「これって大事な書類なんじゃ? こんな扱いをするとなくなっても責任は取れませんで?」

「いいからやれ! この研究棟に書類を盗むやつなんていない!」

「ということです、カトレアさん」


 カトレアに目配せを送った後に、書類の山をバケツリレーの要領でどんどんと部屋の外に出して、廊下へと並べていく。


 書類と機材が廊下にずらりと並び始めたころで、他の部屋からも何事とばかりに人が次々と出てきた。


「すんません、こちらの部屋に大量にカメムシが出たらしいっちゅう話なんで、今から駆除を行いますえ。他の部屋に逃げ込むかもしれないんで、皆さん窓やドアを閉めて、決して外に出ないように」


 そう呼びかけると、野次馬たちは状況が理解出来なかったのか、ポカンと大口を開けた。


「ドアを閉じないとカメムシがそちらの部屋に行きますよ」


 分かりやすく説明すると、ようやく自分の部屋もカメムシに侵略(バイオハザード)されるかもしれないということに気付いたのだろう。 


 周りの部屋の野次馬たちは次々と自分達の部屋に戻り、ドアを閉めた。


 更に次々と周囲の部屋から窓を閉める音が聞こえてきた。

 効果てきめんだ。


「一応、中に入って噴霧にやられたらまずいものがないか確認してくれんかの?」

「ああ、分かってるよ」


 ダウマンが部屋の中に入ったのをきっかけに、カトレアが書類の山から次々に書類を抜き出し始めた。


 カトレアの行為を咎めるものどころか、もはや廊下には誰もいない。

 みんなカメムシを恐れて自分の部屋に引きこもったからだ。


 ダウマンが室内から戻ってくるまでにカトレアが書類を5枚ほどを抜き出したのは確認できた。

 

「じゃあわしはこの中で噴霧してカメムシを駆除してくるんで。100ほど数えたら扉を開けてください」

 

 そう言って1人で室内に入る。


「さて、まあカメムシの駆除は鳥さん達におまかせしましょうか」


   ◆ ◆ ◆


 100秒経ったあたりで扉が開いた。


 室内のカメムシは一通り駆除したので、もう一匹も残っていない……はずだ。


 カメムシの代わりに今度は鳥の臭いがするが、それは仕方がないだろう。


「はい片付きましたよ。なんか鳥の臭いがしていますけど、ここには頻繁に鳥が出入りしているのですかね? 鳩とか?」

「それはあんたには関係ないだろう!」

「もし、野生の鳩が巣を作っているのなら連絡くだされ。鳩を追い払いますんで」

「余計なことはしなくていい。さあ帰った帰った!」


 そう言うとダウマンは自ら廊下に積み上げられた書類の山を室内へ運び始めた。


「手伝いましょうか?」

「貴重な書類だ。お前らは触るな!」


 これは、自分達はもう帰って良いということのようだ。


 カトレアの方を見ると、こちらに親指を立てていた。

 首尾は上々のようだ。


「それでは引き上げますかね、カトレアさん」

「はい、お婆様」

「誰がお婆様ですか。24歳ですけど!」


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