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第二王子

「私だ」

「えっ、誰?」


 フードを取ったその男はさも当然のように「皆さんご存じの私です」という感じで名乗ったが、この世界に来てから半日の自分には知りようもない。


「そうか……さすがにこの服装では気付かんか。まあそれも仕方なかろう。私はこの国の第二王子」

「浪費癖として評判の?」


 本人を目の前にして、つい本音が漏れてしまった。


 浪費癖というのは本人も自覚しているのか、それでも直接言われると恥ずかしいのか、一度暗い顔をした後にうつむいた。


 繊細すぎるだろこいつ。


 しばらくして何か思い付いたのか、なぜか自信ありげな表情で顔を上げた。


「私はその王子の側近だ! そう、私は第二王子の側近。第二王子本人ではない!」


 面と向かって浪費癖とストレートに言われたことがそれなりに傷ついたのか、あからさまな嘘をつきはじめた。


 さすがに無理が有りすぎてコメントに困る。


「第二王子本人と」

「だから私は側近である!」

「本人なんですよね」

「……はい」


 どうやら目の前にいる男が第二王子本人で間違いないようだ。


 だがおかしい。


 第二王子はまだ学生のはずだが、目の前の男はもっと年上に見える。

 やはり別人なのだろうか?


「あいつらは借金取りか何かですか? 厳しい取り立てですね」

「王位継承権を持つ者を追いかける借金取りなど居るはずもなかろう。王家を敵に回すようなことなどすれば、この国内に居場所などなくなる」

「つまり、あれが隣国のスパイか諜報員ということですか」


 日中に聞いた話を総合するとそういう結論になる。


・第二王子と生徒会長こと第三王子が対立している。

・第三王子派の副会長は隣国のスパイが存在していることを知っている。

・隣国の勢力は第三王子を持ち上げている。


 ただ、隣国の勢力が第三王子を持ち上げているとなると、第二王子の対立というのも隣国勢力とやらがこの国を混乱させるために撒いているデマであるという可能性も考慮に入れた方が良さそうだ。


「それ以上は聞かない方がいい。お前はここで誰にも会わなかったし、何も見ていない。今晩のことは全て忘れて日常に戻れ」


 その約束をしたのは通用門の守衛だ。


 王子はそう言って踵を返して夜の闇に消えていこうとするが、すぐさま呼び止める。


「待ってください。この件は私にも関係があります」


 ポケットから退学通知書を取り出して王子に見せた。


「私は学校の闇に気付いてしまい、それについて調査を始めたところ、魔法学校から学籍を消されて退学に追い込まれました」

「なんだと!?」


 この説明は何度目だと思いながら王子へ退学通知書を渡すと、サインの部分とそこに刻まれたエンボスを指で触り始めた。


「確かにこれは学長のサインと浮出型(エンボス)だ。しかも、この紙も特殊なもので、学校の公式文章の中でも一部にしか使われない貴重なものだ」


 ゲームの運営何やってんの?


 退学通知書のディテールについての説明はカトレアと同じ内容だった。


 つまり、本物を知っている人間ですら本物と区別が付かないというレベルである。


 何故ただの小道具にそんな細かいところまでこだわってしまったのか?


 その癖に、何故に生徒の名前の部分へ「エクセル・ワード・パワーポイント」とかいう適当な文を突っ込んだのか?

 

 そして日本語で書かれた「テスト文章」へのツッコミは一切ない。


「学校の生徒が犯罪を犯した場合は通常ならば停学処分まで。そこから自主退学勧告などへ移行はするが、一発退学はないはずだ」

「つまり、私が知ってしまった情報は学校を揺るがすような大事件に繋がると判断されたということでしょうか」

「5日以内に退去というのもおかしい。通常は一ヶ月の猶予は出すはずだ。これは学校だけではなく、5日以内にこの国から消えなければ強制的に存在も抹消するという脅迫でもある」

「私を消す……殺すと」

「ああ」


 どうやら、運営が用意した精巧な小道具と完全なハッタリである学校の闇(笑)ではなく、本当に闇が存在しているらしい。


 思っているよりも大きな事件が発生しているようだが、この難関を5日……いや4日以内で解決できるのだろうか?


「さっきの連中を見ただろう。王位継承権を持つ私に対しても殺意を全く隠すことなく襲いかかってきた。お前が踏んだのはそんな連中の尻尾だ。口を貝のように噤んで荷物をまとめて早く国外へ逃げろ」

「だが断る!」

「なにっ」

「しゃあ!」


 この男達の目的は――せっかく何かを掴めそうなのに何故ここで降りないといけないのか。


「私がここで逃げれば他の方達にも迷惑がかかります。だから、この件は途中で降りるわけにはいきません」

「分からない奴だな!」


 王子はそう言うと腰にぶら下げていた鞘からサーベルを抜刀してこちらに突きつけてきた。


 ただの脅しとは分かっているが、ここで引くわけにはいかない。


 剣を握った右腕を左手で掴んで引っ張る。

 腱が伸びきったところ、肘の内側……肘窩(ちゅうか)へ右手で手刀を打ち込んだ。


 反射で王子が肘を曲げる。

 予め意識して神経を集中していないと耐えられない攻撃だ。


 限界まで曲がった肘を更に無理矢理内側へと折り曲げると王子は痛みからかサーベルを手放した。


「いててて……」


 王子が肘の痛みへの反射と、拘束から逃れようと後ろに逃げようとしたところに足を出して、王子のアキレス腱の裏をかかとで蹴るようにして引っかける。


 バランスを崩したところ、掴んだままの腕を軽く押すと王子は自分の力で勝手に転倒してくれる。


 合気道の応用での投げ技だが、王子の戦闘技術が未熟だからなのか、よほど油断していたのか綺麗に決まってくれた。


「いきなり暴力に訴えるのはよろしくないです。私が敵ならばあなたはここで死んでいましたよ」

「不敬な!」

「隣国のスパイがやろうとしていたのもこれじゃないんですか? 浪費癖のある王子が夜道をフラフラ泥酔して歩いていたところ、物盗りに襲われて命を落とした。国は体裁が悪いので対外的には病死と発表というシナリオで」


 顔を真っ赤にして激昂していた王子が急に悔しそうな顔へ表情を変えた。


「体術を少し扱える程度で、あの連中と戦えると思うなよ。無能な私が相手だから簡単に勝てただけだということを忘れるな!」


 不貞腐れたのか、それとも自虐なのか?

「無能な私」という言葉が気になった。


 第二王子とかいう恵まれたポジションにいる立場の人間の発言とは思えない自己評価の低さだ。


 何か理由がありそうだ。

 少し話を聞いてみるか。


「王位継承権を持つ殿下が自分のことを無能だなんて言わないでください。国民のみんなが不安になりますよ」


 王子の手を掴んで引き上げ、立ち上がらせる。


「でもお前も……みんな思っているんだろう。本当は私より弟の方が次の王に相応しいと。たまたま兄……王太子が倒れたから、予備(ストック)に出番が回って来ただけだと」


 第一王子が出てこない理由。

 そして、王子の不人気はそういうことか。


 この国の人間は……おそらく王子本人も含めて第二王子は第一王子の予備としか見ていなかったと。


 そして王になることはないだろうが、優秀で将来国を背負う人材に育つであろう第三王子に人気が集まったと。

 

「相応しいとか相応しくないとかじゃなくて国のルールで決まっているんでしょう。あなたが次の国王だって。ならその責任を貫き通してください。王子様なんでしょう」

「国王には優秀な者が就く方が良いだろう」

「なら努力して優秀になってください」

「努力で得られる能力には限度がある」


 その言葉を聞いて、こうしている今も頑張っている友人の顔が脳裏をよぎった。


 彼は自分の夢を達成するために苦手な勉強から逃げずに努力して頑張っている。


 高校最後の1年という人生の貴重な時間を全て勉強に充ててまでだ。


 その甲斐あってか、あと一歩で夢が叶うというところまでやってきている。

 無駄な努力などないのだ。

 

 だから……努力を否定するような発言は絶対に認めたくない。


「結果が出る前に諦めないでください。努力は裏切りません。すぐに成果は出なくとも、人生のどこかで必ず助けてくれる機会はあります」

「それだと遅いのだ。私はすぐに結果を出さねばならないのだ」

「ならば、せめて部下に仕事を割り振ってください。優秀な部下がいないなら集めてください。独りでは無理なことでも仲間と力を合わせれば必ず達成出来ます。人をうまく使う采配と、この人なら付いていけると思わせる人望を持つことが王の資格と言えます」


 王子はうつむき無言になった。


 この自己評価の低い王子が王になったとしても、外交で騙されてジョーカーを引かされ続けるダメ国王になるかもしれない。


 だが、未熟だというのは現状の話だ。


 王になるまで、これから頼りになる部下を集めつつ、立派に成長して貰えれば良いだろう。


 4日限定で良いなら、何度だって立ち上がらせてみせるぞ。


「念の為に確認したいのですが、殿下の浪費癖というのは嘘ですね」

「浪費癖はある。夜の町で飲み食いしたりしているのは確かだ。女遊びはしていない。庶子である弟や妹達が苦労をしているのを見ているので、私は絶対にそういう遊びはやらないと誓った」

「だけど、実際に殿下の浪費によって魔法学校の予算が削られるなどしている」

「ただの第二王子(ストック)でしかない私には、国どころか学校の予算についてすら裁量する権利はない。そもそも学校は国とは別の独立した機関。たとえ国王と云えども干渉することは出来ないはずだ。それに私の小遣い内の浪費で出て行く金額なんてたかがしれている。どんな豪遊をしていると思っているんだ」


 実際に豪遊している現場を押さえたわけではないので、そこは未確定とはしておく。


 本人の金銭感覚がおかしいだけで、実は相当な使い込みをしていて、無断で側近が学校の予算を充てている可能性は否定できないのだから。


「ということは、殿下にかこつけて予算を横領している輩がいると」

「そういう細かい積み重ねで、次期国王には第二王子より第三王子をという世論を大きくしたいのだろう。予備(ストック)など不要と」

「なら夜遊びなどやめて真っ当に生きてください。隙があるから付け込まれるんです」

「それは拒否する。私も次期国王には優秀な弟の方が向いていると思っている」


 ああ言えばこう言う奴だ。


 この世界は面倒くさいアホの子が多すぎて事態を更に混乱させているとしか思えない。


「ただし、隣国の勢力が我が国に入ることだけは阻止せねばならん。なので、私自らが囮となって奴らを一網打尽にしようと計画してみたのだが」

「逆に追い回されていたと」

「うむ」


 本人の評価は意外に正しく、無能だという話も誇張なしだと感じてきた。


 無知の知という言葉もあるが、流石にもう少し成長してもらないことにはどうしようもないだろう。


「なんで一人で囮になろうと思ったんですか? 他に仲間はいなかったんですか?」

「側近が二人いた。だが、奴らの襲撃を受けて散り散りになったので、今はどうなっているのか分からん」


 流石にこれには開いた口が塞がなかった。

 こちらが説教などしなくとも、頼れる仲間はすでにいるじゃないか。


 なぜその仲間の力を借りようとしないのか?


「こんなところでじっとしていちゃダメでしょう。早く側近と合流をしましょう。その人達も心配していると思いますよ」

「そうは言っても居場所が分からん。下手に動くとさっきの連中に見つかりかねない」


 それもそうだ。

 ここは自分が安全圏まで誘導するしかない。


「まずはこの時間でも人通りがある大通りの方へ出ましょう。追跡者達も目撃者が多い場所で堂々とは襲ってこないでしょう」


 王子の手を引っ張って歩き始める。


「無遠慮すぎるだろう。私を誰だと思っている」

「浪費癖のあるダメ人間。敬って欲しいならば、それに相応しいところを見せてください」

「そんなダメ人間でも助けてくれるのか?」

「さっきも言ったでしょう。人を助けるのに理由がいりますか?」


 そもそも名前も知らんやつが偉そうな態度をとるな。


「大通りの方で人を捜しているような動きをしている2人組がいますね。多分その人達でしょう」

「待て、何故この裏路地から大通りの状況が分かる?」


 当然の疑問だ。


 だが、この第二王子を信用しているわけではないので、種明かしをするつもりはない。


 人差し指を口に当ててこう言った。


「企業秘密です」


 裏通りから表通りに出た。


 夜はそれなりに更けてきたが、酒場などは盛況でまだそれなりの人々が歩いている。

 それらの波をかき分けて2人の成人男性がこちらに近付いてきた。


 片方は黒髪黒目の細身長身の男。もう1人は黒髪褐色で筋肉隆々とした男。

 この2人が王子の側近なのだろうか?

 

「ご無事でしたか?」

「ああ、私は無事だ。お前達こそ怪我はないか?」

「少し切られましたが些事です」


 黒髪の男がそう答えた。


「ここは往来です。どこか落ち着いて話が出来る場所に移動しましょう」

「そうだな。例の酒場で良いか。あそこは会員制で怪しい奴らは簡単には入って来られないし、気付かれる可能性も低い」


 王子と側近の2人はどこか違う場所へ移動するようだ。


 安全が確保されたようなので、その場を立ち去ろることにする。


 きびすを返して歩き始める。


「おい待てどこに行く、エクセル・ワード・パワーポイント!」


 確かにエクセルもワードもバージョンアップする度にどんどん微妙になっていくが、どこに行くのだろう。


 レイアウト枠がずれるんだよ!

 よく使うメニューを深い階層に隠すな!


 いや、その話は今は良い。


 無視して歩いていると王子に大きな声で呼び止められたので、仕方なく振り返って応える。


「お仲間と合流されたということは、これでもう安全ですよね。なので私も帰ります」

「お前がいないと話が進まないだろう」

「学校の制服を着た未成年の私を酒場へ連れ込んで何をするつもりですか? いかがわしいことですか? 脱げば良いんですか?」

「い、いや、決してそんなつもりでは……」


 王子は顔を赤らめながら手をブンブンと振って否定した。


 こいつもなんか可愛いな。


 ちょっとからかっただけでこれとか、思っているよりも真面目に見えるが、何故この王子を指して浪費だの夜遊びだのという噂が立ったのだろう?


 実際、今やっていることは夜遊びだということは忘れることにする。


「日中に行くところがないのならば、学校の食堂へいらしてください。ある程度の安全は保証されており、突然襲撃されるようなことはないと思います」

「だが、お前は退学させられて学校の敷地内にはもう入ることは出来ないのでは?」

「そこはうまくやっております。ここで酒を飲むよりは学校で安いお茶でも飲んでいる方が健全だと思いますよ」

「そうは言われてもな」

「遊べるのは今の時期だけということも理解するつもりですが、襲撃者のこともあるので、早めに帰宅してくださいね」


 それだけを告げてその場を立ち去る。

 初日にしてはなかなかの情報収集が出来た。


 全く不明だった第二王子と会長との関係、殿下の浪費の謎、学校の予算使い込みなどについて一通りの情報は手に入った。

 後は解決に向けて進んでいくだけだ。


 こうして激動の初日は終わった。


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