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最終章 マナリア=ビフォアの独白

 むかしむかしあるところに、マナリア=ビフォアという少女がいました。

 少女は、毎日街の小さなカフェテリアでガレットを焼いて暮らしていました。明るく元気で優しい少女は、みんなからマナちゃんと呼ばれ、とても慕われていました。

 そんな少女は、母親と二人で暮らしていました。父親は生まれた時からいませんでした。しかし、少女にとってそれは些細なことでした。朝に仕込み、昼に店を開き、夜は協会で祈りを捧げる。彼女の毎日はとても忙しないものでしたが、貧しいながらも毎日母親と一緒に暮らしていけることが少女にとって何よりの幸せでした。

 そんなとある日の夜の事でした。マナの家に数名の男性達が訪ねてきました。高貴な布に身を包んだ騎士様達でした。こんな貧民街に騎士様が訪ねて来ることなどそうそうなく、街の中は緊張に包まれました。

 一体なんの用件かと思っていると、騎士様はとんでもない事を口にしだしたのです。なんと、マナの父親はこの国の第二王子で、マナは王族の血を引いた娘だと言うのです。マナは驚いて母親の方を見ました。母親はとても青白い顔をしていました。

 騎士様達は、マナの事を王室へ引き渡すように命じました。しかし母親はそれを承諾しませんでした。母親にとってマナは、たった1人の大切な娘です。

「今まで散々知らんぷりされてきたというのに、今更大切な娘を引き渡すことなんて出来ません。」

 母親はぴしゃりと一言そう言うと、無理やり家の扉を閉めて騎士様達を追い払いました。しかし、騎士様達も諦めません。ゴンゴンと強く扉を叩き、扉を壊そうとして来ました。母親とマナは急いで裏口の扉から出て、走って逃げました。

 二人は近くの森の空き家で一晩を明かし、朝になって街へと戻りました。家には戻らず、二人が働くカフェテリアへと向かいました。

 マナの家に騎士様がやってきた事は、街のみんなが知っていました。昨日まではあんなに明るく接してくれていたみんなですが、今日はどことなくよそよそしい感じがしました。

 昼になり、カフェを開きました。しかし、待てども待てども客が来ません。やっとの事でやってきた二人組の青年が、テーブル席に座って何やら噂話をしていました。

「やばかったなぁ。」

「ああ。あと少し遅かったら巻き込まれていた所だった。」

 どうやら街で何かがあったようです。マナは気になって、青年達に話しかけました。

「何がやばかったの?」

「暴動だよ。街の広場で麻布のフードを被った連中が暴れていたんだ。」

「鈍器を片手に街を荒らしまくって、もうめちゃくちゃさ。誰彼問わず殴りかかって…、一歩逃げ遅れていたらどうなっていたことか。」

 青年達はそう言って、困ったように頭を抱えました。なるほど、通りで客入りが悪いわけです。マナは詳しいことはよく分かりませんでしたが、とても大規模で凄惨な事件である事は分かりました。

 しかし、それよりももっと重大な事件が起きてしまいます。

 暴動の次の日。街は騎士様達で溢れかえっていました。昨日の暴動の調査をしていたようでした。たくさんの死傷者を出した大きな暴動でしたから、それはそれは大勢の騎士様達が街に溢れかえっていました。

 そしてあろうことか、騎士様達はマナの母親がこの暴動の首謀者だと言うではありませんか。街の人々は騒然としました。人々は協力し、騎士様達の代わりに民衆でマナの母親を捉えました。街全体が敵となってしまっては為す術はありません。

 しかし、暴動が起きた時マナの母親はカフェテリアにいました。マナの母親が首謀者なはずがありません。

 マナは騎士様達に駆け寄り、母親は犯人ではないと言いました。しかし、幼い少女の言い分など誰も耳を貸しません。マナはカフェテリアの同僚の大人たちに言いました。

「暴動が起きた時、ママは一緒にカフェに居たでしょ? だからママは犯人じゃないって騎士様に言ってよ!」

 カフェテリアの同僚たちは、マナから視線を逸らしました。

「嫌よ、騎士様に楯突くなんて。私たちが捕まってしまうわ。」

 同僚たちにとってもマナの母親は大事な友人でした。しかし、自分の身の安全が第一です。誰一人マナに手を貸してくれる人はいませんでした。

 その日の夕刻の事でした。街の広場に大きな杭が立てられ、マナの母親は縄で身体を杭に縛り付けられました。マナは必死で母親の元へ駆け寄りましたが、近くにいた騎士に取り押さえられてしまいました。

「ママを離して! ママは何もやってない!」

 彼女は悲痛にそう叫びました。そんな彼女に騎士はこう返しました。

「あの女が全て認めたんだ。自分がやりましたってね。」

 きっと母親は、酷い拷問に耐えきれず無実の罪を認めてしまったのでしょう。

 そんな事を知らないマナは驚きました。何故罪を認めてしまったのか、理解することが出来ませんでした。

 罪を認めたマナの母親は、温情という名目で刺殺された後に火炙りにされました。街の人々のほとんどは、本当にマナの母親が暴動の首謀者だと思い込んでいたため、業火に焼かれる彼女を見ながら様々な罵倒を浴びせました。

 当時十一歳だった少女にとって、それはショックの大きすぎる出来事でした。

 母親がいなくなってしまったマナは、保護という名目で騎士達が連れていかれました。明るく元気だったマナですが、今回の出来事で彼女の心は深い海の底へと沈んでいってしまいました。彼女は何も考えることが出来ず、ぼーっと遠くを見つめながら騎士達に連れられるままに歩いていきました。

 マナが連れられて来た場所は王宮でした。マナは第二王子の娘です。マナが住んでいた家よりも大きな部屋を割り当てられ、豪華なコルセットドレスへ着替えさせられました。

 暖かいスープに、ふんだんに野菜が使われたキッシュ。お腹がいっぱいになるまで料理が食べられたのは、マナにとって人生で初めての経験でした。待遇はとても良かったのですが、マナに接する人々からはロボットのような冷たさを感じていました。


 次の日から、マナは王宮で教育を受けることになりました。

 この国の王家は、毎度男系と女系を交互に入れ替える双系という王位継承の手法を採用していました。そうする事で高貴な血が欠落せずに受け継がれ続けるのだと信じられていたのです。

 わざわざ田舎街からマナの事を連れ帰ったくらいですから、王家には男系の血を継ぐ女子がいないのだとマナは思いました。

 しかし、マナが教室へ入ると、そこにはすでに五人の女の子がいました。女の子たちはマナの存在に気がつくと、じっと睨みつけるようにマナの方を見つめました。歓迎されていない事は何となく分かりました。

 女の子達の間にはカーストがありました。一番高いのは、第一王子の長女・ジラです。次いでその次女のエラ、三女のミラと続きます。その次が、第一王子の愛人の子のローナ、次いで第二王子の長女のアンシ。第二王子の子であり、かつ庶民の母親を持つマナは最下層でした。

 マナはそこで、貴族としてのあらゆる教育を受けました。先生の授業はスパルタで、少しでも背筋が曲がっていれば容赦なく折檻されました。とても辛く苦しい内容でしたが、授業に集中することで母親を失った悲しみを一時的に忘れる事が出来たので、マナは一生懸命に授業に取り組みました。

 休み時間になると、ジラ、エラ、ミラ、ローナの四人は楽しそうに談笑を始めました。今日来たばかりだと言うのに、マナの事は知らんぷりです。

 マナはお手洗いに行こうと席を立ち、彼女達の横を通りました。するとマナは、何かに足をひっかけて転んでしまいました。足元を見てみると、マナが引っかかるようにジラがわざと足を伸ばしていました。

「あら、ごめんなさい? 庶民は影が薄くて気が付かなくって。」

 ジラがにやにやと意地悪く笑いながらそう言うと、周りの3人はくすくすとこちらを見て笑いました。

「いいよ。次から気をつけてね。」

 マナはすっくりと立ち上がり、彼女達にそう一言だけ返すと、トイレの方へと歩いていきました。そんなマナの態度に、ジラ達は「何よあの態度!」「生意気!」と口々にそう言いました。

 マナがトイレから帰ってくると、ジラ達は話しに夢中でマナの事に気がついていない様子でした。マナが席に着くと、1人の女の子が話しかけて来ました。

「あの、マナちゃん。私アンシ! よろしくね。」

「…私と仲良くしてると、あの子達に良くない噂されちゃうよ。」

「平気平気! 私もずっと、あの4人にハブられてるんだ。だから、マナちゃんが来てくれて私すっごく嬉しい! お友達になってくれる?」

 アンシはそう言って、マナに手を差し出しました。マナはその手を取り、アンシと握手をしました。

 アンシとマナは気が合い、あっという間に仲良くなりました。ジラ達は何かと二人に嫌がらせをしていましたが、二人一緒なら怖くありません。二人はジラ達からの嫌がらせをのらりくらりと交わしていました。いじめがいのない二人の態度に、ジラ達はじわじわとフラストレーションを募らせている様子でした。

 とある日、マナがアンシの部屋で遊んでいる時、ひとつのゲームと出会います。

「これ、なあに?」

 マナは、部屋にあったとても分厚い本を手に取りました。

「それね! 私のとっても大好きなゲームなんだ。マナちゃんにも貸してあげるよ!」

 それは、遥か東方の海の向こうから輸入されてきたゲームブックと呼ばれる物でした。

 最初のページから順番に物語を読んでいくと、途中で選択肢が出てきます。その選択肢に付随したページへと飛ばして続きを読み、物語を分岐させていくという画期的な小節でした。

 物語の中は、マナ達の住んでいる世界とはまるで違う世界でした。魔法のように充実した世界のお話しに、マナはどんどんのめり込んで行きました。

 物語の中では殺人事件が起き、読み手はその事件を推理しながら選択肢を選んでいきます。マナには少し難しい内容でしたが、バットエンドになっては何度も前のページに戻ってもう1つの選択肢を選び、全ての選択肢を網羅するように読み進めました。

 そのゲームブックを読む中で、マナは運命の出会いを果たします。物語の中に登場する、ハルトというキャラクターがいました。冴えないキャラクターでありましたが、ある時彼の過去が露になりました。

 彼は、幼い頃に父親が殺人鬼として処刑されていたのです。マナはびっくりしました。自分と似た状況の人と、空想の物語の中と言えど出会えるとは思っていませんでした。

 ハルトは、父親が殺人鬼である事を周りに知られると、元々友人であった人達からも虐められるようになってしまいます。マナには、それが他人事には思えませんでした。

 もしマナの母親が、暴動で大勢を死傷させた首謀者として処刑されていることがアンシに知られたら、彼女は今まで通りマナと仲良くしてくれるでしょうか。ハルトと同じように手のひらを返されてしまったら…。そう思うと、怖くてたまりませんでした。母親のことは誰にも知られないようにしなくてはいけないと思いました。

 そう思った矢先に事件は起きます。

 ある朝。教室へ行くと、アンシがいつも通りおはようと駆け寄って来ました。しかし、今日はいつもと違い、その後ろからジラ達もやってきたのです。何の用だろうと警戒しながらジラをの方を見ていると、彼女はとんでもないことを口にしたのです。

「貴女のお母さん、貴女の街の人々を何十人と殺した殺人鬼だって本当?」

 マナは頭が真っ白になりました。ジラは一体どこから情報を仕入れたのでしょう。マナは焦り、何も言うことが出来ませんでした。

「その反応、噂は本当なのね! あぁ怖い。殺人鬼の娘と一緒の教室にいるなんて、いつ殺されるのか怖くて授業どころじゃなくなってしまいますわ!」

 ジラがそう言うと、エラ、ミラ、ローナの三人も「こっわーい」「近寄らないで」と口々に言いました。

 マナはアンシの方を見ます。アンシだけは、マナの事を分かってくれるはず。そう信じていました。

 しかしアンシは、とても恐ろしいものを見るような目でマナの方を見てきたのです。

「え…、それ…、マナちゃん、本当なの…?」

 アンシはひどく動揺している様子でした。マナはそんなアンシの傍に寄ろうと、彼女に1歩近づきました。すると、アンシはマナを突き飛ばしました。

「あ…、ごめ…っ」

 突き飛ばした後、アンシは小さく震えながらそう言いました。しかしアンシに拒まれたショックは大きく、マナは教室から逃げ出しました。

 マナは、あのゲームブックに登場するハルトの事を思い出していました。彼と全く同じ状況になってしまいました。マナは、あの本は未来の自分を暗示しているのだとかんがえました。ハルトが苦しくなくなった事と同じことをすれば、自分もこの苦しみから解放されるようになるのだと考えるようになりました。それからマナは、今まで以上にあのゲームブックにのめり込んでいきました。

 その日マナは、体調が悪いふりをして授業を休み、部屋で例のゲームブックを読んで遊んでいました。しかし、いつまでも休みっぱなしでいるわけにはいきません。マナは重たい腰を上げ、次の日はちゃんと授業へ向かうことにしました。

 教室に着くと、そこにはまだジラしかいませんでした。マナはジラを無視して自分の席へと向かいました。するとマナは、自分の席の机がズタズタに切り裂かれていることに気がつきました。

 マナはジラの方を見ました。するとジラはこう言いました。

「それ、アンシがやったのよ。殺人鬼の娘なんて怖くて一緒に居られないって。」

 冷静に考えれば、それがジラの嘘である事が分かったでしょう。しかしマナにとって、友達のアンシに裏切られたというショックはそれはそれは大きなものでした。マナの心は深い海底へ沈み、何も考えることが出来なくなりました。

 そんな中、教室の扉が開かれる音がしました。アンシがやってきたのです。

 アンシはマナの姿を確認すると、少し気まずそうに眉を顰めました。そしてアンシは勇気を持って、マナに近づきました。

「あの、マナちゃん、昨日はごめ…」

 アンシが何か言いかけましたが、マナは彼女の言葉を最後まで待たず、アンシを突き飛ばしました。

「最低! アンシなんてもう知らない。絶交だからっ!」

 マナは机をズタズタにされた事について怒り、アンシに向かってそう言い、教室を出ていきました。アンシは教室でしばらく呆然としていました。

 マナは、自分の部屋に戻り、布団に包まりました。突然体調が悪くなったと告げ、今日も授業を休むことにしました。

 マナは布団の中で考えました。アンシはなんであんな事をしたのだろう。あの時何を言おうとしたのだろう。

 そして少し冷静になったマナは、ジラが嘘をついた可能性に気がつきました。アンシがあの時謝りかけていたことにも。そう思うと、とても良くない態度をとってしまったなと反省しました。

 明日は必ず、アンシとしっかり話そう。マナはそう心に決めました。


 次の日、マナは教室に行きました。アンシ以外の全員が揃っています。マナは他の4人は無視してアンシを待ちました。しかし、一向にアンシは来ません。

 しばらくして、先生が教室に入ってきました。アンシは休みか、とマナは思いました。しかし、先生もアンシの欠席を聞いていないとの事でした。どうしたんだろうと思っていると、教室に慌てた様子の侍女がやってきました。

「先生っ! その、アンシ様がー」

 マナには、その侍女の言葉は信じられませんでした。

 先生は、血相を変えて教室を飛び出ました。マナも先生に続いて走っていきました。

 アンシの部屋の前にたどり着きました。扉を開け、部屋を覗くと、アンシはそこにいました。

 天井の照明に括りつけたロープから首を吊るし、彼女はそこに浮いていました。彼女の傍には1枚の紙が置かれていました。そこには《マナ、ごめん。》とだけ書かれていました。マナは、アンシの亡骸の前で泣きじゃくりました。そこからのことは、よく覚えていません。


 その日の夜、マナは寂しさを紛らわすように、アンシから貰ったあのゲームブックを開きました。悲しさを感じないように、集中して物語を読み進めていくと、今まで遭遇したことの無い新しいエンディングが登場しました。

 ハルトには、とても仲のいいシュウという友人がいました。とある選択肢の分岐で、ハルトは第三者からの嘘を信じ、ハルトはシュウを殺してしまいます。ハルトはシュウの事が大切でしたが、そうせざるを得ない状況にされてしまったのです。

 その第三者からの言葉が嘘だとハルトが気づいた時、ハルトは怒り、シュウを失った悲しみと合わさって狂ってしまいます。

 マナは、アンシのことは自分が殺したようなものだと思っていました。

 だからこそ、『やっぱりハルトは、私の未来を生きている。』マナはそう思いました。

 その後そのエンディングでは、ハルトが嘘の情報を流した第三者を殺します。それから彼は、今まで自分を苦しめてきた全ての人たちを殺して回りました。いつまでも捕まることなく、永遠に。伝説の殺人鬼となった彼は、自由で、孤高で、とてもかっこよく見えました。ハルトは物語の中で、『何故もっと早くにこうしていなかったんだろう』と言いました。

 マナは、自分のやるべき事が分かった気がしました。

 次の日。マナはとっても朝早くに起きました。朝ごはんの時間よりも前に、彼女は教室に向かいました。教室では、数人の侍女が掃除をしていました。マナは侍女たちの掃除を手伝うことにしました。

 王族の娘に手伝いをさせるなど、と侍女は困惑した様子でしたが、マナが『友達を失った悲しみを、何かの作業に夢中になって忘れてしまいたいの』と言うと、侍女達はマナを憐れむような目で見て、快く手伝いを承諾してくれました。マナが掃除を手伝った部屋は、とてもぴかぴかでいい匂いになりました。

 マナは朝ごはんの時間になると、一度部屋に戻って食事をしました。その後、いつも通りの時間に教室へと向かいました。

 教室に行くと、すでに四人は教室の中に揃い、楽しそうに談笑をしていました。アンシが死んだばかりだというのに、楽しそうに騒ぐ彼女達の話し声はマナをひどくいらつかせました。

 マナは怒りに任せ、彼女達の元へと近づきました。ジラはマナの姿に気がつくと、にやりと意地の悪い笑みでマナの方を見ました。

「あら、ごきげんよう。どうかしたの?」

「私の机の傷。あれ、アンシじゃなくてジラがやったんでしょ?」

 マナはそう尋ねました。するとジラ達は、ケラケラと高い声で笑いました。

「そうよ。アンタって酷いのね。あんな言葉を信じちゃって。アンタがあんな酷いことをするからアンシは死んじゃったのよ。この、人殺し。」

 ジラがそう言うと、周りの3人は何が面白いのか、マナの事を指さしながら笑いました。

 しかし、そんなことは今のマナにとってはどうでもいい事でした。

「そう、良かった。これで遠慮なく殺せる。」

 マナはそう言い、にっこりと笑いました。そしてマナは、胸ポケットに隠していた果物ナイフを取り出すと、それをジラの胸の奥深くへと思い切り突き刺しました。ナイフを引き抜くと血が飛び散り、マナの顔を汚しました。

「ぐっ…、ぅ…っ」

 ジラは胸を抑え、その場に倒れ込みました。他の三人はジラの事は捨ておいて、教室の隅へと走って逃げていきました。

「ま…、待ってよ、マナ。私はやめようって言ったの。でもジラ姉が…、」

 エラは恥ずかしげもなくそんな言葉を口にしました。しかし最早マナの耳に彼女の言葉は届いていませんでした。

「そっちに逃げてくれて、ありがとう」

 マナはそう言って笑い、胸ポケットからもう1つ、マッチ箱を取り出しました。マッチを1本刷り、火のついたマッチを床に落としました。

 すると、あら不思議。火は一瞬のうちに教室中を包み込み、あっという間に廊下の方へと燃え広がっていきました。

 朝、マナは掃除を手伝うふりをして、床に敷いてある絨毯に大量の香油を染み込ませました。炎は香油に引火し、あっという間に屋敷中を業火で包み込んでいきました。

 エラ達がぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえます。

「ふふっ…、最高の気分です。」

 周りの人々がもがき、苦しみ、業火に焼かれていきます。マナの身体も火に包まれていきましたが、不思議と苦しみは感じませんでした。あるのは大きな達成感のみでした。

「ああ…、なんでもっと早く、こうしていなかったんだろう。」

 マナは赤い炎に包まれながら、うっとりとした表情でそう言いました。

 業火に包まれた屋敷の中からは、美しい讃美歌の歌声だけが響いていました。


◆◇◆


 夢を見た。マナリア=ビフォアという少女の追憶だ。やけにリアルな夢だった。これは、本当に夢だったんだろうか?

 俺の目が覚めた後に、遅れてスマートフォンから目覚ましのアラームが鳴り響いた。どうやらアラームよりも先に目が覚めてしまったらしい。

 にしても、夢の途中ででてきたゲーム。その中に登場した俺と同名のキャラクターは、とても聞き覚えのある過去を持っていた。もしかしたら、この夢は競日マナの前世の追憶だったのだろうか。

 昨日は、彼女のことを頭のおかしい狂った女だと思った。

 しかし、もしこれが本当に彼女の記憶なら。彼女にも彼女なりの、狂う理由があった訳だ。彼女のしでかしたことは取り返しのつかない悪いことだ。しかし、それだけで済ませてしまうには少しだけ心が痛んだ。

 …もっと、彼女とたくさん話しが出来ていられれば、こんな結末にならなかっただろうか。いつも通り、俺の隣で笑ってくれただろうか。

 ピピピピ、とアラームのスヌーズが鳴り、俺の思考を中断させた。

「…学校、行かないと。」

 俺は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


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