聖龍組伝記 ~魔導鬼大戦~ 第一話から第三話
はじめまして!麻佐由樹と申します!以前から思い描いていた物を書いて見ました。中二病満載の内容ですが、御容赦の程よろしくお願いいたします。なお、かなり長くなり、いつくか分けて投稿させていただきます。何卒よろしくお願い申し上げます。
第一章 聖龍組参上!
第一話 始まり
はるか昔、奥飛騨山中に巨大な怪獣が出現した。
怪獣は田畑を荒らし、人馬を喰らい、口から吐く炎で山野を焼き尽くした。
肉食恐竜のような姿をした巨大な怪物を人々は恐れ、山の神として崇めた。
醜悪な面構え、天を貫かんばかりの巨体、鋭い爪を持つ枯れ枝のような手足、まるで朽ち木のような突起が並ぶ背中、その怪獣を一段と恐れさせるのは、煮えたぎる溶岩のように赤く輝く眼。そして、宙を泳ぐようにのたうち回る尾。
大木のような太い足で大地を踏み締め、身の毛も弥立つ咆哮が山中に轟く。
正に地獄絵図。
その巨体たるや、地獄より出でたる魔獣が如し。
その咆哮たるや、大木をも切り裂く落雷が如し。
山中を我が物顔で歩き、咆哮を挙げる怪獣は、正にこの世の終わりを告げる破壊神であった。
怪獣を退治するべく、帝は千五百万の軍勢を送り込んだ。
怪獣に向かい、矢が放たれる。
無数の矢が雨霰の如く降り注ぐ。
だが、怪獣には通用しなかった。
無数の矢が鱗に突き刺さるが、次々と吸い込まれる。
怪獣の赤い眼が輝く。
咆哮と共に口が開くと、紅蓮の炎が吐き出された。
兵が炎に包まれる。
山野が焼かれる。
残った兵は、怯まずに刀を振りかざし、怪獣に襲い掛かった。
脚で踏み潰される者。
鋭い牙で噛み砕かれる者。
太い腕を振るい、山肌にいた兵が薙ぎ倒される。
兵達は怯まなかった。
仲間が命を落とし、喰らわれようとも刀を降り、怪獣に飛び掛かって行く。
この怪獣が生きている限り、平穏は訪れない。況してや、明日は自分達の家族や友が喰われてしまう。それだけは何としてでも避けたい。必ず勝つ。それだけが彼らの想いだった。だが、屍は増えていく。
先程まで語り合っていた仲間が死んでいく。怒りと共に絶望感が押し寄せてきた。
怪獣が軍勢に迫る様子を、巫女装束のうら若き美女達が見詰めていた。
絹の糸のようにしなやかで美しい髪の毛が風に流れ、磁器のように滑らかな肌。そして水晶のように美しい瞳が惨状を見詰めていた。
胸元には、それぞれ六色の勾玉が日を浴びて輝いていた。
彼女達は、帝直々の依頼を受けた『聖龍の巫女』と呼ばれている巫女衆だった。
普段は人里離れた山中の社に住み、占いや祈祷を生業としているが、その力は帝も敬っていた。
胸の勾玉は赤、白、緑、青、黄、紫の六色あり、それぞれを一人ずつ持っていた。
白い勾玉を持つ、莉奈が一歩前に出た。
怪獣を見詰めていた莉奈の美しい顔が曇り、絹糸のようにしなやかで美しい髪が風と遊ぶように流れる。
青の勾玉を持った幼い顔立ちが印象的な彩が、緑の勾玉を持つ一番身長が高い夢美の背中から覗き見る。
黄の勾玉の瑛子は余裕の笑みを見せ、この時代には珍しいショートカットの紫の勾玉を持つ萌絵は、一番後方で岩に腰を下ろしていた巫女に目を移した。
赤の勾玉を持つ巫女に莉奈が歩み寄り、頭を下げた。
「お嬢様、あれも魔導鬼なのでしょうか?」
お嬢様と呼ばれた巫女は怪獣を見上げると、力強く頷いた。
魔導鬼とは、凄まじい法力を持つ怪僧、樹海大僧正が産み出したと言う妖獣だ。
その中でも、よく現れるのは鎧武者の姿をした魔導鬼だ。
鎧兜姿で都を徘徊し、民を襲い、生き血を啜り、生肉を喰らうと言われ、御所にも現れたと言う。
兜から睨み付ける赤く爛々と輝く眼、歩く度にガシャリと不気味な音が鳴る鎧、そして、血脂で汚く汚れた刀。正に地獄より這い出たる悪鬼の如し。
俗に魔導鬼兵と呼ばれる悪霊のような不気味な人形を造り出したのは、京の都だけでなく、国中を恐れさせた怪僧、樹海だ。
宗派は不明だが、恐るべき法力を持つと言われ、陰陽道の術にも精通しているらしい。
大僧正の地位まで上り詰めたが、最も恐れられたのはその術だ。
人を呪う。魔物を使役する。術で人を操り悪事を犯す等は赤子の手を捻るような物。術を使わずに人を殺す事も出来るとの噂が広がっていた。
噂は帝の耳にまで入っていた。
帝は樹海を都から追放したが、その後から出現したのが魔導鬼兵だ。
樹海は、戦場で死んだ兵の死体を利用し、魔導鬼兵を造り出したと噂が流れたが、真意は謎のままだ。
魔導鬼兵を倒した武将の話では、鎧を着ていない喉元を突いたが、まるで石の山に刀を突き立てたかのような感触で、斬り倒したら内臓ではなく、歯車が出てきたと証言を聞いた。
聖龍の巫女のリーダー、未蘭は気付いていた。
胸元の赤い勾玉が、太陽の光を受けて美しく輝く。
しなやかな長い髪の毛を赤い紐でまとめ、美しいと言うより、可愛らしい顔立ちだが凛としている。
未蘭は、他の巫女よりも法力が強く、特に占いは良く当たると評判が高かった。更に、帝に無条件での謁見が許されていた。そして、気立ても良く、優しい性格で、都の子供達とも良く遊んでいた。
未蘭は、魔導鬼兵が樹海が造り出した機械人形、つまりロボットのような物だと気付いていた。
それにしても、樹海とは何者なのだろうか?
この星のこの時代の技術でロボットを作り出し、動かせる事は不可能な筈だ。ましてや、動力源が分からない。しかし、未蘭は副官の莉奈に指示して密かに魔導鬼兵の残骸を回収し、調査を行っていた。
結果、半導体やバッテリー、油圧シリンダーを確認した。この時代より数百年後の物だった。
樹海は、この時代より後に作られた部品を使って自律式ロボットを作り出したようだが、何故そのような技術を持っているのか。どこで習得したのか。まさか、自分達と同じ別の星から来た者なのか?
実は、聖龍の巫女はこの星の人間ではなかった。
巷では天より降臨した天女と噂したが、正にその通りだった。
未蘭達は宇宙人だった。
未蘭の父は著名な科学者で、しかも大企業の会長を勤める人物だった。
莉奈は、未蘭の実家の邸に勤めていたメイドで、未蘭の身の回りの世話役だった。そして、夢美、彩、瑛子、萌絵は未蘭の親友で、六人は仲が良く、いつも一緒に行動していた。
そんな平和な生活の終焉は、突然終わりを向かえた。
数年前、母星が宇宙帝国から侵略を受けて滅んだ。
凶悪な宇宙人達は彼女達の家族を、友を殺した。
科学者だった未蘭の父は、自ら開発した機動兵器を彼女達に託し、宇宙船に乗せて脱出させた。
宇宙船から、母星が敵の惑星破壊砲により破壊された瞬間、彼女達は流浪の民となった。
座標は、伝説にある美しき惑星、地球だった。
伝説によると、母星と同じ水の惑星と言われ、宇宙の宝石と例えられる美しい星だと聞いた事があった。
到着した時、息を呑んだ。
日は暖かく、風は心地よい。
木々の間を鳥が舞い、川は静かにせせらぎ、花は咲き乱れている。
母なる星も美しい星だったが、地球の美しさは彼女達を魅了した。
乗って来た宇宙船と機動兵器は遠方の山中に隠した。そして、この星で生涯を終える事を誓った。
どうやら、平穏は永続きしなかったようだ。
普段は、持ち込んだ機動兵器は都に現れた巨大妖怪を退治する為に使っていたが、あそこまで大きいのは初めてだった。
ふっ、とため息をついた未蘭は、スッと立ち上がった。
未蘭のあどけない顔立ちが引き締まる。
左袖を捲ると、タッチパネル付きのブレスレットが現れた。このブレスレットは全員持っていて、大型の腕時計くらいの大きさだが、画面はタッチパネルになっていた。
パネルは、スワイプしたり、タッチすれば操作出来る。機能は腕時計の他に、人工衛星通信システムも装備されていて、地球に来た時、専用の人工衛星も打ち上げていた。
未蘭がパネルを操作していると、余裕の笑みを見せていた瑛子が駆け寄って来た。
「未蘭ちゃん、出るの?」
「魔導鬼は間違いなく進化してる。これ以上、私達が好き勝手させない!」
「でも、何であんな物作ったのかな?」
彩と一緒に夢美が不思議そうに暴れている怪獣を見詰めると、萌絵がうんざりしたように腕を組んだ。
「そんな事、樹海大僧正を捕まえれば分かるよ。ボクが捕まえてギッタンギッタンにしてやるよ!」
萌絵が拳を突き上げながらニンマリと笑った。すると、彩が夢美の背後から怯えながら出てきた。
「あれも魔導鬼なら、樹海大僧正は何をするつもりなのかなぁ?」
「それはあれを倒してから調べてみましょう。お嬢様、お願い致します」
莉奈が頭を下げると、未蘭は微笑んでタッチパネルを操作した。瑛子もまた、思い出したように左袖を捲ってブレスレットのタッチパネルを操作した。
奥飛騨山中より、はるか南方の火山。
大平原の中に佇むその火山は、現在では休火山となっているが、煮えたぎるマグマは生きている。
そのマグマを見下ろすように、方膝を着くように巨大な人影があった。
その姿たるや、戦いに疲れ、眠りに着く戦神の如し。
姿形は、龍の鎧を纏った戦神のよう。逞しさの中に優しさも感じ取れる。
これが、未蘭達が持ち込んだ機動兵器『聖龍武神』だ。
体長65メートル、総重量1,570トンの機体は、特殊合金で造られており、溶岩程度ではビクともしない。更に、未蘭の父が造り出したオペレーションシステムにより、4人での操縦が可能であった。
武装も充実しており、ミサイルや機関砲などの他に、太刀も装備されていた。更に脹ら脛、腰、肩アーマー、背中にはブースターユニットが装備されていて、機動性も高い。更に自己修復システムも装備してあり、格闘で破損しても修復してしまう。
火山の中で静かに眠りに着いていた聖龍武神の眼に青い光が入った。
胸部内にあるコクピットの計器パネルに電源が入り、照明も点灯した。
灼熱の溶岩から発せられる熱エネルギーを吸収し、更に自然界に充満しているナチュラルエネルギーを利用しているエンジンが作動し、ジェットエンジンのような音が響く。
聖龍武神が陽炎に包み込まれ、溶け込むように消えた。
奥飛騨山中の未蘭は、ブレスレットから目を放して、空を見上げた。
青い空が陽炎のように揺らいだ。
エンジンの音が徐々に近付いてくる。
落雷のようなエネルギーが空中を走る。そして、方膝を着いた聖龍武神が姿を現した。
猛々しく、また神々しくもあるその姿は、正に戦神の如し。
聖龍武神を見上げた未蘭の背後に、莉奈、夢美、彩が近付いた。
「みんな、行くよ!」
未蘭の掛け声で、四人ともブレスレットのタッチパネルを操作した。
ブレスレットからそれぞれが持つ勾玉と同じ光の帯が身体を包み込む。そして、『操縦服』と呼ばれる勾玉と同じ色のシャツとショートパンツ、ハイソックスにブーツ姿へと変わった。その右腕と左胸には聖龍武神のワッペンが燦然と輝いている。
瑛子と萌絵も光の帯に包まれ、同じ操縦服に変わった。だが、ワッペンが『大鳳翼』となっていた。
大鳳翼とは、聖龍武神のサポートメカだ。
遠く離れた山岳地帯の火山から、巨大な鳥が飛び出した。
その姿は、鳥と言うより巨大な戦闘機だった。
全長は50メートル、翼は蛇腹状に折り畳まれ、後部には大きく張り出した二機のブースターユニットが目立つ。そのブースターユニットには、尾翼が伸びていて、翼を広げた鳳凰を象ったマークが誇らしく印されてあった。
武装は、機首の機関砲が片方に二門ずつ計四門と機体下の多目的ミサイルランチャーの他に、両翼付け根にプラズマ砲が装備されていて、聖龍武神と同じオペレーションシステムにより二人での操縦が可能となっていた。
大鳳翼には、もう1つ秘密の機能があった。
元々、大鳳翼のテストパイロットだった瑛子と萌絵は、この機能の存在は知っていたが、訓練で一度だけ使った事があり、しかも失敗していたのだ。
未蘭達の目前が陽炎のように揺めき、方膝をついた聖龍武神が姿を現した。
機械的な音が山間に響き渡る。
未蘭がブレスレットを操作すると、聖龍武神から光が伸びた。未蘭達を包み込む。
光に溶け込むように、未蘭、夢美、彩、莉奈の姿が見えなくなっていく。
大鳳翼は瑛子と萌絵の頭上でホバリングすると、光が伸びてきた。
瑛子と萌絵が消えると、大鳳翼はゆっくりと前進を開始した。
その様子を、じっと見守る僧侶の姿があった。
歳は七十くらいだろうか。法衣姿で頭巾を被ったその男の眼光は、怪しく輝く。
法衣は比較的綺麗で、首に下げた数珠も立派な物だ。頭巾も金の刺繍が施されてあり、これだけでも位の高い僧侶だと分かる。
顔立ちも穏やかな表情で髭もなく、優しさを感じさせる。
しかし、聖龍武神と大鳳翼を見詰めているその眼差しは、刃のように鋭く、また氷のように冷たい。
ゆっくりと腰を下ろした僧侶は、瓢箪を取り出すと、蓋を取って口を着けて煽った。
中の液体を飲むと、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。
「あれが例の機動兵器か。なかなか面白いじゃないか」
そう呟いた僧侶の眼が、不気味に赤く輝いた。
・
聖龍武神の胸部上部の操縦室では、未蘭、夢美、莉奈、彩がそれぞれのシートに座った。
シートは全部で4つ。背後には通路があり、そこを通ってシートに向かうようになっている。正面に3つあり、少し高い位置に1つある。
高い位置にあるシートは機長席。正面中央のシートは副操縦席、正面右側は火器管制担当、正面左側はレーダー兼機体メンテナンス担当となっている。
機長は未蘭だ。機体の操縦を担当し、格闘戦は未蘭が担当する。
副操縦士は莉奈で、操縦の補佐と格闘戦の時に機体制御を担当する。
火器管制は夢美だ。
聖龍武神には、格闘用の装備に加え、威嚇等の為にビーム砲や多目的ミサイル、更に胸部には『プラズマバスター』と呼ばれる光線兵器が装備されていて、その射撃等の操作などを夢美が担当している。
レーダー兼機体メンテナンス担当は彩だ。
聖龍武神の頭部内には、周辺の状況を即座に把握出来る高性能レーダーがされていて、更に格闘戦時に機体の破損状況等を把握出来るのだ。そして、彩にはもう1つ任務が与えられていた。それが交代要員だ。
機長、副操縦手、火器管制要員が負傷等で操縦が困難と判断される場合、彩が代わりにその席に着くのだ。言わば、彩が一番重要な位置にいるのだ。
聖龍武神最大の特徴は、格闘戦の時だ。
機長席が高い位置にあるのは、格闘戦時に特殊機能が備えられたアームを装着して操作する為だ。
機長席のシートには格闘戦用のアームが装備されていて、腕の動きと連動しているのだ。脚はペダルで操作出来る。ただし、操縦する際に体力の消耗が激しい為、時間制限が設けてある。
未蘭達がそれぞれのシートに座ると、目の前にあったゴーグル付きのヘッドセットを頭に装着し、勾玉を取り出した。
各種メーターやスイッチの並ぶ計器パネルを見ると、そこには勾玉と同じ形の溝があった。
溝に勾玉を差し込むと、各席のLEDが点灯した。そして、正面の大型モニターに外の映像が現れた。
怪獣がまだ暴れている。そして、押し寄せてきた軍勢はほぼ全滅している。
木を薙ぎ倒し、死体を踏み潰し、咆哮を上げる怪獣は、聖龍武神に気付いたのか、向き直って咆哮を上げた。
「莉奈、あれのスキャンして。夢ちゃんはプラズマバスターのエネルギーチャージ、彩ちゃんは周辺状況を報告。瑛ちゃんと萌絵ちゃんは上空から援護して」
ゴーグルの右隅のモニターには、大鳳翼のコクピットの瑛子と萌絵が映っていた。
大鳳翼のコクピットは、シートが上下にあり、下がメインパイロット、上がコパイロットとなっている。
大鳳翼のメインパイロットは瑛子だ。
元空軍のパイロットだった瑛子は、かなり優秀な成績を持っていて、軍からの強い推薦で大鳳翼のメインパイロットになった。
萌絵は未蘭の父の研究所にいた技術者で、まだ若いが大鳳翼のオペレーションシステムをたった一人で構築した。研究所では名の知れた存在だった。
メインパイロットは機体の操縦や攻撃を担当し、コパイロットはレーダーや周辺の状況をパイロットに通達したり、パイロットの代わりに攻撃を担当したりする。
メインモニターは、聖龍武神とは違い、全方位モニターになっていて、下の方も一部ではあるがモニターが設置されてあった。
パイロットの席に座った瑛子は、計器パネルの穴に勾玉を差し込むと、ヘッドセットを装着し、パネルのスイッチをいくつか操作すると、聖龍武神の未蘭から通信が入った。
『莉奈、あれのスキャンして。夢ちゃんはプラズマバスターのエネルギーチャージ、彩ちゃんは周辺状況を報告、瑛ちゃんと萌絵ちゃんは上空から援護して』
ゴーグルの右隅を見ると、未蘭の姿が見えた。
瑛子は足元から伸びるグリップを握ると、にっこり笑った。
「援護は任せてよ!」
「ボク達が未蘭ちゃんを守る!」
萌絵がガッツポーズを取ると、モニターの未蘭はにっこりと笑った。
大鳳翼が前進すると、聖龍武神がゆっくりと立ち上がった。
銀色に赤、白、青、緑のカラーリングが施された機体に太陽が反射して眩しい。
スキャンの結果、中に金属製のフレーや歯車、動力源が確認された。しかも、喰らった人間を体内で処理してエネルギー源とするシステムまであった。パイロットは一人の姿が確認された。
だが、怪獣は尾まで含めると80メートルはある。かなりの規模のオペレーションシステムがないとこの巨体を操る事は困難であろう。
未蘭は拳を握り締めた。
「よっしゃ行くよ!通常モードから格闘戦モードに移行、莉奈、機体コントロールお願い!」
未蘭が拳を合わせると、聖龍武神も拳を合わせた。
金属音と共に火花が飛び散り、関節の駆動音が山中に響き渡る。
聖龍武神が歩き出すと、怪獣が咆哮し、突進してきた。
激しく体当たりしてくる。
凄まじい体当たりだ。普通の城であれば破壊されていたであろう。
だが、聖龍武神はビクともしない。
エルボーが怪獣の首に叩き込まれ、さらに右の拳が頭に打ち込まれる。
怪獣がよろめき、後退りするが、直ぐ様体勢を立て直し、左腕に噛み付いた。
地球上には存在しない強固な特殊合金により、噛み砕かれる事はなかった。しかし、なかなか離そうとしない。
未蘭の腕には怪我はないが、がっちり固定され、動かせない。
夢美が照準を合わせ、グリップのトリガーを押す。
左肩に装備されてある多目的ミサイルが発射され、空中で個を描くように方向を変えて怪獣の頭部に命中した。
ミサイルが次々と命中していく。
上空からも大鳳翼から発射されたミサイルとプラズマ砲が降り注ぐ。
体勢を立て直した聖龍武神が怪獣の首を押さえ込む。
怪獣も力強い。必死に振りほどこうとするが、しっかりと押さえ込む。
突然、背中に衝撃が走った。
太くて長い尾が背後から迫る。その姿たるや、身をくねらせ迫る大蛇の如し。
首を離し、尾を受け止める。その隙を付くように背後から頭が迫る。右の拳が怪獣の頬に突き刺さるように叩き込まれる。
怪獣が飛び退きながら炎を吐く。更に、驚いた事に胸部からミサイルが発射された。
ミサイルが降り注ぎ、聖龍武神が後退する。
「敵ミサイル、胸部と腹部に着弾!戦力は低下してないけど、これ以上は厳しいかも!」
彩の報告を聞いた莉奈は、メインパイロットの未蘭を見上げた。
かなり疲労してきているのか、未蘭の顔には汗が滲み、息も上がっている。
格闘戦モードは未蘭の動きがそのまま聖龍武神の動きになる。つまり、未蘭が戦っている事と同じなのだ。そして、体力の消耗が激しいのだ。
未蘭の父は、格闘戦モードを長時間使う事は認めていなかった。15分使用した場合、10分以上のインターバルを設ける事を強く推奨していた。
莉奈はグリップの間にあったパネルを操作すると、格闘戦モードから砲撃戦モードに切り替えた。
「夢美さん、多目的ミサイルとプラズマキャノン準備。プラズマバスターのエネルギーチャージは?」
アームの緊張が解け、未蘭の身体が軽くなった。
「り、莉奈!?」
慌てている未蘭に、莉奈は冷静に語りかけた。
「お嬢様、すこし休まれてください。あれが魔導鬼である以上、格闘戦だけじゃなく、砲撃戦モードも使うべきです」
「で、でも・・・」
戸惑う未蘭を他所に、パネルを操作していた莉奈はゆっくりと振り向いた。まるで、幼子を見詰める母のような慈愛に満ちた優しい笑顔だ。
「お嬢様、いつも言っておりますが、一人で戦ってはなりません。私達もいます」
「まったく、何でも一人で背負おうとするんだから」
ミサイルの発射をしていた夢美も優しい笑顔だった。
『未蘭ちゃん、ボク達も忘れないでね!』
ゴーグルのモニターに、瑛子と萌絵の姿があった。
瑛子は、満面の笑みで頷いた。
彩も満面の笑みだった。
未蘭はずっと孤独を感じていた。
母星では友達も少なく、いつも一人だった。
父と母はいつも家にいなかった。
大手軍事企業の会長であり、また高名な研究者だった父は、未蘭の口座に金を振り込むだけで家には帰らなかった。
そしてある日、未蘭の身の回りの世話をする為に莉奈がやってきた。
莉奈は全力で未蘭に尽くした。
最初はうざかった。しかし、少しずつ心を開いていった。
そして、二人の絆が強くなる出来事があった。
莉奈が買い物から帰ってくると、未蘭が一人で泣いていた。
今日は未蘭の誕生日だったのだ。
毎年、未蘭の両親は帰ってくるのだが、今年は多忙で帰れなかったのだ。
意を察した莉奈は、未蘭を優しく抱き締めた。そして、未蘭は泣いた。
寂しかった。
いつも家に帰ると、誰もいない。
暗いリビングの照明を灯すのはいつも未蘭だった。
食事はカップ麺やケータリング、外食だった。
でも、莉奈が来てから生活は一変した。
家に帰ると、照明が灯ったリビングで莉奈が食事を用意して待っていてくれる。それだけでなく、話し相手になってくれる。いつしか、莉奈を心から信頼していた。そして、未蘭と莉奈が父の会社に入った時、運命の出会いがあった。夢美、彩、瑛子、萌絵だ。
六人は厳しい訓練の間、一緒にいるようになり、友達になった。
一番信頼している仲間が一緒にいると考えるだけで元気が出てくる。そして、恐い物もない。
未蘭は、意を決してアームを外した。
「莉奈、格闘戦モードから砲撃戦モードに移行。夢ちゃん、機体コントロールは任せて!」
「よっしゃ!」
夢美がガッツポーズを取ると、未蘭はにっこりと微笑んだ。
夢美が装着しているヘッドセットには、火器管制システムと照準装置が装備されていた。
夢美が握るグリップには、射撃用のトリガーだけが装備されていて、ミサイルとプラズマ砲の切り替えはゴーグルに標示されているカーソルに目線を合わせるだけのシステムが装備されていた。
プラズマ砲は両手首に装備されていて、照準を合わせると腕が自動操縦になる。
多目的ミサイルは、両方の肩に装備されていて、対空、対地、対艦攻撃に使用できる。
怪獣が咆哮をあげる。
皮膚は一部が剥がれ落ち、蛇腹状の装甲が見える。やはり、機械だ。
これが怪僧と噂される樹海大僧正が造り出した魔導鬼龍だ。
それにしても、樹海大僧正とは何者なのか?
この星でしかも古い時代でこれだけの技術があるとは思えない。しかし、目の前にあるのは間違いなくロボットだ。
夢美は照準装置のクロスラインを目線で魔導鬼龍に合わせ、トリガーを引いた。
ミサイルが轟音と共に発射され、魔導鬼龍に直進していく。
魔導鬼龍からもミサイルが発射された。
聖龍武神には、全身にミサイルの発射装置が装備されていて、まさしく雨霰のようにミサイルが降り注ぐのだ。しかも、破壊力は絶大だ。
母星でのテストでは、巡洋艦級の艦船を一発で大破させた。現代で言う対艦ミサイル級の破壊力を持たせてあるのだ。
ミサイルが魔導鬼龍に降り注ぐ。聖龍武神にもミサイルが降り注ぐ。
聖龍武神がブースターを点火させて飛び退く。
夢美のゴーグルから魔導鬼龍が消える。しかし、未蘭の巧みなコントロールですぐにロックされる。
目線を動かすと、カーソルがミサイルからプラズマキャノンに合わせた。
目線を戻すと、両腕が持ち上がり、魔導鬼龍に向けた。
手首の砲口からプラズマキャノンが発射された。
魔導鬼龍の身体に命中し、装甲が吹き飛ぶ。
その時、操縦室にアラームが響いた。見ると、夢美の前にあるモニターのゲージがフルになっている。
「プラズマバスター、発射準備完了!」
「了解!大鳳翼は退避して!」
未蘭の指示で、大鳳翼が離れていく。
魔導鬼龍は、ボロボロになりながらも咆哮を上げる。装甲の下には、幾つもの歯車やケーブルが見える。満身創痍ながらもまだ倒れる気配はない。
聖龍武神が仁王立ちで魔導鬼龍を睨み付ける。
胸部のハッチが開き、三機の砲身が姿を現した。
発射準備を整えた夢美が未蘭を見上げると、彼女はゆっくりと頷いた。
咆哮を上げた魔導鬼龍が突進してくると、未蘭はグリップのトリガーを押した。
三機の砲身に光の粒が集まり、凄まじいエネルギーが放出された。エネルギーの束は途中で集まり、光の渦となって魔導鬼龍を包み込んだ。
魔導鬼龍の腕が、頭が、装甲が吹き飛ばされていく。
凄まじい反動なのか、聖龍武神も押されるが、必死に耐える。
魔導鬼龍が最後の咆哮を上げた。そして、爆発が起こった。
魔導鬼龍の巨体がバラバラになる。腕が、脚が、頭が破片となり、周囲に飛散する。そして、木々を薙ぎ倒し、山肌を穿つ。
聖龍武神にも破片が降り注ぎ、炎が襲い掛かる。
プラズマバスターの砲身が赤く発熱している。そして、ハッチが閉じると、冷却ガスが放射された。
「魔導鬼、破壊を確認」
彩から報告を受けると、操縦室内に安堵が広がった。
操縦室から降りてくると、瑛子と萌絵もやって来た。
残骸を見ると、それはかなり高度な技術で造られている事が分かる。
金属製のシリンダーや歯車、動力ケーブル、それにコンピューターのような電子機器が散乱している。
これがこの星の技術力なのか?絶対にあり得ない!
まだ燻る残骸の中を歩いてみてもまだ信じられない。
ハイテクの集大成とも言える残骸を見ていると、完成間近で事故により墜落した聖龍武神2号機を思い出す。
2号機は、聖龍武神の固定武装や駆動系を改良、強化して、単独での飛行能力を向上させた機体だった。
未蘭達と違い、軍のパイロットがテストに参加していたのだが、飛行訓練中、エンジンに異常が発生、都市部上空で爆発し、残骸が人口密集地に墜落したのだ。
多くの死者と重軽傷者を出した。
軍と未蘭の父の会社の合同調査チームが調べた結果、軍から派遣されていた整備士がパイロットに叱られた腹いせでエンジンが暴走するように設定していたのだ。
なんと言う愚かな事を・・・
一人の自分勝手な行動により、大勢の関係のない人々が尊い命を失う結果となった。どの世界でも同じと言う事なのだろうか。
その時、彩が何か発見した。
死体だ!しかし、様子が変だ。
男と思われるその死体は、頭の損壊が激しく、判別不能。しかし、服が異様だった。
黒い戦闘服にタクティカルベスト、そしてピストルベルト、片方だけ残った足にはコンバットブーツを履いている。母星の兵士が似たような戦闘服を着用していたが、地球に来て初めて見た。
死体の傍らに腰を下ろした莉奈は、胸のポケットに手帳のような物を見付けた。
受け取った未蘭の顔に驚きが広がった。
運転免許証だ。しかも、令和7年となっている。だが、名前は掠れてよく分からない。
「い、石田・・・後は読めない」
「其奴の名は石田俊之。拙僧の手下じゃよ」
一斉に声のした方を振り向くと、何時からそこにいたのか、僧侶が切り株に腰を下ろし、握り飯を頬張っている。
身構える莉奈達を尻目に、未蘭はゆっくり近付いた。
僧侶は、聖龍武神を見上げながら膝の上の竹の皮から握り飯を取ると、また頬張った。
未蘭はすぐに彼が強大な法力を持つ噂の僧侶である事に気付いた。
「樹海大僧正、ですね?」
名を呼ばれた僧侶は、一瞬未蘭を睨み付けると、また聖龍武神に目を移した。
「如何にも、拙僧は樹海。そなたは聖龍の巫女の頭と見た」
未蘭は警戒しつつ、ゆっくり頷いた。
樹海が不気味な笑みを浮かべた。
凍り付くような笑みだ。
見掛けは人の良さそうな僧侶だが、怪僧と呼ばれた樹海大僧正と分かれば話は違う。
都に魔導鬼兵を使役し、更に凄まじい法力の持ち主と呼ばれた樹海大僧正。
元は帝に使え、新しい幕府にも強い影響力を持つと呼ばれたが、余りにも強力な法力に故に、帝から命を狙われた。それ故に帝の命を狙ったのだ。
今、目の前にその樹海大僧正がいる。部下の死体があると言うのに、のんびりと握り飯などを食べている。その神経が分からない。だが、何故か一歩も動けない。
未蘭は、周囲のざわつきに気付いた。
今まで見えなかった魑魅魍魎が脅え、慌てて逃げていく。
一匹の魍魎が樹海大僧正に襲い掛かる。しかし、弾けるように消滅した。
到底人間とは思えない。その容姿は間違いなく人間なのだが、溢れ出るような妖気は正に魔神の如し。
樹海大僧正が瓢箪を取り出すと、夢美達が周囲を取り囲んだ。
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた樹海大僧正は、瓢箪に口を付けた。
「貴方があの魔導鬼を造り出したのですか?」
莉奈が切り出すと、ギロリ、と睨んだ。
「如何にも、あれは我が法力で造り出した魔導鬼龍壱型。都を灰塵に帰す為に産み出した」
「貴方の法力で?」
「左様。魔導鬼龍など産み出すくらい造作もない事。魔導鬼兵くらいなら、一度に百体は産み出せるわい」
樹海大僧正は、そう言って無気味に笑った。
突然、怒りを抑えられなくなった萌絵が胸ぐらを掴んだ。
「あんた、自分が何してるか分かってるの!自分の手下が死んで何とも思わないの!」
萌絵の可愛らしい顔立ちが般若のような形相に変わる。だが、樹海大僧正は意も返さず、不敵な笑みを浮かべた。
「殺したのはその方達であろう。あの鉄の巨神でな!」
突然、樹海大僧正の腕が萌絵の首に伸びた。そして、軽々と持ち上げ、締め上げた。
なんと言う怪力だろうか。
七十を越えると思われる老人が女性を片手で持ち上げている。
未蘭達が引き剥がそうと樹海大僧正に飛び付く。
驚いた。
顔は老人だが、身体はまるで鋼を束ねたような鍛え抜かれた筋肉で覆われている。しかも、袖から伸びる腕が太くて逞しい。
いきなり萌絵を片手で投げ飛ばした。そして、夢美も首を掴み、持ち上げようとしたが、未蘭と莉奈が飛び付いて引き剥がした。
瑛子が木の枝で襲い掛かるが、軽く受け止められた。しかし、彩の蹴りが見事に腹に決まった。
彩は、幼い頃から格闘技を学んでいた。その実力は試合で優勝する程だ。
樹海大僧正が吹っ飛ばされる。
だが、踏ん張って耐えた。
地面に肩膝を付き、ゆっくりと顔を上げる。
「なかなか面白いじゃないか。なら、こっちも本気にならないと駄目だな」
なんと、声が嗄れた老人の声ではなく、別人のように若くなった。
ゆっくりと立ち上がった樹海大僧正は、懐から何か取り出した。なんとH&KMkー23だ!
轟音と共にスライドが後退し、真鍮の薬莢が排出され、45口径の弾丸が銃身から飛び出す。
弾丸は莉奈を掠め、山中に消えていった。予想もしなかった攻撃に、一同は身体を硬直させた。
樹海大僧正は、大型のハンドガンを構えたまま、空いていた左手で顔を覆った。
左手が退けられた時、未蘭は我が目を疑った。
若返っていた。皺だらけの顔が、四十代くらいの精悍な顔付きに変わっているではないか!
懐から眼鏡を取り出した男は、スッと掛けると、不敵な笑みを浮かべた。
「総員出てこい!戦闘配置に付け!」
若返った樹海大僧正がそう叫ぶと、木々の間から大勢の男達が飛び出してきた。
男達は全員が死体と同じ戦闘服姿で、手にはM4A1カービンやMP5A5サブマシンガンを持っている。
山間部であるが、展開が速い。全員が特殊な訓練を受けている事が素人目でも分かる。
ハンドガンを下ろした樹海大僧正は、タバコを取り出すと、火を点けた。
男達が一斉に銃口を向ける。カチャカチャと無機質な音が聞こえてくる。
未蘭達は身を寄せ会うが、その目はまだ諦めていない。
それにしても、男達な何者であろうか。どう考えても今の時代の人間には見えない。
眼光は鋭く、動きに隙がない。それに銃の扱いに手馴れている。右腕を見ると、トランプのスペードにダーツが突き刺さった形をあしらったワッペンが見える。
未蘭は、樹海大僧正を睨み付けた。
「貴方、何者なの?」
「俺はある組織の軍事部門強襲部隊、『スペードダーツ』司令官、矢神 正幸。階級は大佐。樹海大僧正とは偽名だ。それに、この時代の人間ではない」
未蘭は何を言っているのか分からなかった。
樹海大僧正とは仮の姿で、本当の姿は中年の男。しかも特殊部隊らしき部隊の指揮官?
確かに、周囲を取り囲んでいる集団からは殺気を感じる。
「目的は、何なの?」
莉奈の問いに、矢神と名乗った男はまた笑みを浮かべた。
「お前達が持っている勾玉とあのロボットを渡してもらおう」
矢神が合図を送ると、二人の部下がM4の銃口を向けながら歩み寄って来た。
未蘭は、目線を瑛子に向けると、ブレスレットを擦った。
意図を察した瑛子は、そっとブレスレットのタッチパネルを操作した。
突然、大鳳翼がエンジンの唸りを上げて飛び去った。
その場にいた全員が見上げた。
聖龍武神が陽炎に包まれ、空間に溶け込むように消えていく。
矢神が未蘭に銃口を向ける。
「小娘、何をした!」
今度は未蘭が微笑んだ。
「緊急用の離脱プログラムよ。それに、あれには私達の遺伝子がプログラムされている。私達以外の人間が乗り込むと排除するシステム付きよ!」
冷静だった矢神の顔が険しくなった。
「くそったれがぁ!撃て撃てっ!」
怒りに震える矢神が射撃命令を出した。
スペードダーツの隊員が一斉に銃を構え、トリガーを引いた。
未蘭は、両腕を胸の前で組むと、パッと拡げた。
それぞれの銃口から5.56ミリ弾と9ミリ弾が次々と発射され、雨粒のように降り注ぐ。
驚くべき事が起こった。
未蘭達に命中すると思った瞬間、波紋のような広がりと共に銃弾が地面に落ちていく。
矢神は部下から自分用のM16A3+M203グレネードランチャーを受け取ると、グレネードランチャーのトリガーに指を掛けた。
M16は長年愛用している。こいつを持って幾つもの戦場を駆け抜けてきた。それに、40ミリグレネード弾は上手く使うと、重厚な戦闘装甲車をも仕留める事ができる。
矢神は、躊躇する事なくトリガーを引いた。肩を反動が突き抜けていく。
40ミリグレネード弾が煙の尾を引きながら未蘭に向かって飛んでいく。
爆発が未蘭達を包み込む。
矢神がランチャーの砲身を前進させると、大きな薬莢が落ち、金属音が響く。僧衣の袖から40ミリグレネード弾を取り出すと、再装填し、砲身を戻してハンマーを起こした。他の隊員もタクティカルベストのマグポーチからスペアマガジンを取り出して装填する。
煙が晴れていく。
矢神は我が目を疑った。
未蘭達が無傷だったのだ。
未蘭は何事も無かったように矢神を睨み付ける。そして、莉奈達も未蘭の周りに集まった。
「どういう事だ!?」
動揺する矢神に、今度は未蘭が微笑みを見せる番だ。
「私は防御バリアーを張る事が出来るの。プラズマ砲の直撃を受けても平気よ!」
なんだと?こいつ、何を言っている?
未蘭の予想もしない言葉に、矢神は動揺を隠せない。
矢神は、確認するようにM16を構え、トリガーを引いた。
薬莢が次々と飛び出し、個を描いて落ちていく。5.56ミリ弾が未蘭に吸い込まれていく。
確かに、命中する直前で水面に石を投げ入れたが如く、波紋が発生する。
矢神は、うんざりしたようにM16を下ろした。そして、指を口に当てると、何やらぶつぶつと唱え出した。
突然、矢神の手に光が集まってきた。そして、光が白から赤くなり、まるで生き血の如き赤黒く染まった。
まるで、心臓のようにドクン、ドクンと鼓動する。
未蘭は危険を感じ、身構えた。
突然、矢神の手から光が離れ、未蘭に直進した!
防御バリアーに直撃する。しかし、弾かれずに爆発した。
さっきの40ミリグレネード弾は難なく止める事が出来た。しかし、あの赤黒い光は破壊力が違う。未蘭は無傷だったが、弾き飛ばされた衝撃で立ち木に叩き付けられてしまった。
矢神が不敵な笑みを浮かべる。そして、さっき倒した魔導鬼龍の目と同じように赤く輝いた。
樹海大僧正は奇っ怪な法力を使うと聞いていた。しかし、どう考えても人間技ではない。正に、異界より出たる魔神の如し。
奇っ怪な術に加え、この世には存在しない武器を持ち、魔導鬼と呼ばれる機動兵器を造り出す高度な技術力を持つこの矢神と言う男。いったい何者なのか?
木の下で踞る未蘭に莉奈と夢美が慌てて駆け寄り、抱き起こすと、気を失っていた。
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた矢神は、手で合図を送ると、部隊が前進を開始した。
矢神がまたタバコを取り出すと、副官の三上信吾が駆け寄ってきてオイルライターを差し出した。
三上は幾つもの戦場を共にしてきたプロの傭兵で、矢神にかなり心酔していた。
愛用のボロボロのM4A1にはレイルシステムは装備されておらず、ダットサイトなどのオプティカルサイトも装備されていない。
矢神と三上が見守る中、部隊が前進し、未蘭達に迫る。
夢美と彩が苦しがっている未蘭を抱き起こし、莉奈達がしっかりとガードするが、武器は何も持っていない。しかし、迫り来るスペードダーツは全員が自動小銃で武装している。そればかりか、レッグホルスターには信頼性が最も高いイタリア製のベレッタM92FSを持っている。
完全武装の集団が迫ってきたその時、未蘭達の背後が眩く光輝いた。そして、鳥居の形をした門のような物が現れた。
異変に気付いた三上が走り出す。しかし、矢神は動こうとしない。いや、動けない。
鳥居は朱の柱に注連縄が架かり、中央には白木で造られた立派な門が見える。
門がゆっくりと開き、眩い光が伸びてきた。
未蘭達が目を覆う。スペードダーツ隊員も目を覆う。
矢神は我が目を疑った。
未蘭達が光に溶け込むように消えていく。しかし、隊員達は消えていない。そして、光が消えていくと同時に未蘭達が姿を消していた。
隊員達は何が起こったのか分からなかった。周囲を見回しても何処にもいない。
「周囲を隈無く探せ!辺りにいるだ筈だ!」
「待て三上大尉!」
三上が振り向くと、矢神がタバコを燻らせながら近付いてきた。隊員達が一斉に姿勢を正す。
「あれは『時の門』だ。小娘達は既にこの時代にはいない。一度我々の時代に戻って装備を整える。大尉、組織のネットワークを使って情報を集めろ。あいつらが持っている勾玉とロボットを必ず手に入れるぞ!」
「イエス・サーっ!」
威勢の良い返答を受けた矢神は、タバコを投げ捨てると、空に向かって手を翳した。空間が陽炎のように揺らぎ、一線の光が縦に延びた。そして、横に広がるようにトンネルのような穴が開いた。
隊員達が次々とトンネルに飛び込んでいく。矢神はM16を肩に構え、周辺を警戒する。
三上が矢神の肩を叩いてトンネルに飛び込んだ。
矢神は、作戦の時は戦場に最初に赴き、撤収の時は最後に立ち去る事を己のルールとしていた。組織の本部は良くは思ってないが、矢神はルールを変えるつもりは無かった。理由は、戦果を確認する為だ。
今まで、世界中で作戦を実行してきた。中には己の命を脅かす作戦もあった。しかし、生きていると言う実感がある。
M16を下ろした矢神は、フッとため息をついた。
矢神は時の門に見覚えがあった。そして、造り出した者にも覚えがあった。
その時、背後から人の気配を感じた。
慌てて振り向くが、誰もいない。
目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
風が枝の間を駆け抜け、木々を揺らし、時折、鳥の囀ずりが聞こえてくる。静かな山林が広がるだけだ。
「・・・まさかな」
そう呟いた矢神は、天に向かって手を突き上げた。
魔導鬼龍の残骸が光の粒となって消えていく。
まるで無数の蛍が乱舞するかの如く様子を見た矢神は、自分が造り出したトンネルに入って行った。
トンネルが消えると、山林の中から一人の女が姿を現した。
女は矢神が立っていた辺りまでやってくると、辺りを見渡した。
誰もいない。長くてしなやかな髪の毛が風に流れる。
空を見上げると、光の粒が全て消え、変わりに鳶が飛んでいるのが見える。
ピーヒョロロ・・・、ピーヒョロロ・・・、
まるで、迷子となった我が子を探しているかのように寂しい鳶の声が聞こえてくる。
視線を下に移していた女の表情は、どこか寂しげだった。しかし、意を決したように顔を引き締めると、走り去っていった。後には、鳶の声だけが静かに響いていた。
第二話 創造と破壊を司る神
未蘭は暗闇の中に立っていた。
辺りを見回してみても何も見えない。何も聞こえない。誰もいない闇だけの寂しい空間。
その時、後ろから光が射し込んできた。
振り向くと、光の中に人影が見える。
姿は眩しくて見えない。しかし、女性である事は間違いない。だが、不思議と恐怖心はない。
ゆっくりと姿を現したその女性は、白い着物姿で朱の帯を腰に巻き、首には勾玉の着いた飾りをつけ、頭には冠のような飾りが輝いている。顔は霞が掛かったかのように見えないが、美しい女性である事は間違いない。
「・・・貴女は?」
未蘭の問いに、女性は優しく微笑んだように見えた。
「私は素性は明かせませんが、貴女方聖龍の巫女を見守る者と言っておきます」
「私達を、見守る?」
女性がゆっくりと頷くと、未蘭が持っている勾玉が輝き出した。手に取ると、まるで母の温もりのように暖かい。
「これは・・・」
「それは貴女方が持っていたのですね。その勾玉は私が危険を察知して遠き空の彼方に飛ばした物。あの巨神を動かすのに丁度良かったようですね」
未蘭は勾玉の由来を知らなかった。てっきり父が作ったと思っていた。
勾玉を見詰める未蘭の肩に、女性の手が触れた。
「矢神は貴女方を血眼になって探すでしょう。あの男の力は並外れて危険です!」
「それはどう言う事ですか?」
「あの男、矢神正幸は封印された創造と破壊を司る神、娯盧婆を復活させようと目論んでいます。あやつの狙いはゴルバ復活の鍵、二振りの魔刀です」
「ゴルバ?」
未蘭の問い掛けに答えるかのように、女性の背後に映像が現れた。
遥か太古の時代、この国をイザナギとイザナミが泥の海を掻き回して造り出した。
大陸から民や生き物が移り住み、田畑を耕し、山野を駆けて鹿などを糧としていた古き時代。
高天原の最高神、天照大御神は、民に文明を与えるべく一人の神を遣わされた。
創造と破壊を司る神、ゴルバだ。
ゴルバは、民に農耕だけでなく、鉄器などの製錬法、蒸気機関、自然界に満ち溢れるエネルギーを抽出して利用する方法を伝えた。
数十年も経たぬうちに、野原だった土地には超高層ビルが立ち並び、巨大な空中輸送船が空を飛び、動脈のように伸びた道路を車が駆けるようになった。そして、大型モニターには最新ファッションの情報が流れ、多くの若者で溢れ変える大通りには専門店が建ち並んでいた。
街にはゴルバの立像が建ち、祀る寺まで建てられた。
民は先進技術の生活を満喫し、また技術を伝えたゴルバに感謝した。
だが、ゴルバは何か企むようにほくそ笑んでいた。
ある日、繁栄を極めた都市の上空に無気味な鎧兜を身に纏い、両方の腰に帯刀したゴルバが現れた。
空中で都市を見下ろしたゴルバは、都市に向かい、両腕を差し出した。
突然、あちこちで爆発が起こった。縦横無尽に延びる道路を走っていた車が膨らむように爆発したのだ。
ゆっくり振り向いたゴルバの顔を見た未蘭は絶句した。
面を装着している為、顔は見えない。そして、その面は虚な表情をしている。まさしく、無。
その面を着けたまま、ゴルバは破壊を続けた。
時には手から光弾を放ち、時には凄まじい怪力で建物を打ち砕いた。破壊を、殺戮を続けた。
表情は分からない。しかし、ゴルバは笑っていた。
怒号と悲鳴の中、微かに笑い声が聞こえる。ゴルバがビルの上で高笑いを上げている。狂ったように笑う。逃げ惑う民に光弾を放ち、殺していく。年寄りだろうが、子供だろうが、女だろうが、男だろうが関係無くゲームのように、狩りのように次々と殺していく。
地面に降り立ったゴルバに、手に武器を持った若者達が勇敢にも立ち向かっていく。
ゴルバは、両手を軽く握り締めると、サッと開いた。その瞬間、凄まじいエネルギーが放出され、襲いかかってきた若者達の身体が一瞬で蒸発した。
別の民の群衆が現れた。今度はさっきよりも多い。
若者達は家族を、愛する者をゴルバに殺された。高度な技術を提供してくれたゴルバに殺された。
今や、ゴルバを崇高な神として崇める者は一人もいなかった。目の前にいるのは、ただの邪神。家族や恋人の仇でしかない。
ゴルバは、左腰の刀を抜いた。
なんと言う禍々しい刀であろうか。これが神の持つ刀であろうか。
刀身は片刃の細身の刃だ。色は黒いが、血のような赤い斑点が見える。その鍔は蛇が施されていて、蛇の口から刀身が延びているような形状をしている。それ以前に、全体に青白い霞のような物が漂っている。
若者達が雄叫びと共に走り出す。
愛する家族を、愛する恋人を虫けらのように無惨に殺された。中には、目の前で親を、子を殺された者もいた。
彼らがゴルバに何をしたと言うのか?ただ、毎日のように祈りを捧げ、平和な生活を送っていただけではないか。それなのに、ゴルバは虐殺を開始した。無惨な狩りを開始した。
ゴルバを許さない。ゴルバを許せない。その想いだけが彼らを突き動かしていた。
しかし、またもや惨劇が起こった。
襲い掛かる民を次々と切り捨てていく。まるで、雑草を凪ぎ払うように、まるで、枯れ木を斬り倒すように。ゴルバは次々と切り捨てる。後に残るは、切り刻まれて肉塊となった死体のみ。
ゴルバの着ていた衣装と鎧は、返り血で赤黒く染まっていた。兜からも血が滴り落ちる。だが、ゴルバは気に止めるまでもなく、まるでゲームのように次々と殺していく。そして、間違いなく笑っていた。
やがて、この都市の終焉が近付いてきた。
天高く飛び上がったゴルバは、右手に青白い光弾を発生させると、都市の中心部に向かって投げ落とした。
まるで、核爆発のような炎の塊が広がり、繁栄を極めた都市を包み込んでいく。
ビルが、道路が炎に包まれていく。生き残った民が逃げ惑う。そして、一瞬で蒸発する。ビルや道路は瓦礫すらも砂塵と化し、後には荒廃した広大な土地だけとなった。
大地に降り立ったゴルバは、辺りを見渡した。
先程まであった大都市は、もはや荒れ地となっていた。
何も残ってない土地は、元の原野に戻るには何年掛かるだろうか?また人が来て田畑ができるまでに何年掛かるだろうか?また、この土地に町ができるまで何年掛かるだろうか?
その時、背後に気配を感じた。ゆっくり振り返ると、六人の人影が見えた。
よく見ると、どこから現れたのか、巫女装束の女達だった。
巫女達はゴルバを取り囲むと、手を差し出した。
その手に握られた物を見た未蘭は、自分の目を疑った。なんとあの勾玉だ。赤、青、緑、白、黄、紫の勾玉が握られている。
勾玉から同じ色の光が伸び、ゴルバを包み込む。
ゴルバは動揺し、抵抗したが、光はしっかりと包み込んでしまった。
「あの勾玉は最高神が造り、あの巫女達に与えた物。勾玉が輝き、力が一つになった時、神をも封印する力が生まれます。ですが、ゴルバの力は強大でした」
ゴルバは激しく抵抗した。
巫女達は全身全霊を込めて力を使った。
勾玉から放たれた光は、ゴルバを包み込むが、ゴルバから発せられた黒い光の方が力が強いのか、なかなか封印できない。
その時、緑と白の勾玉を持つ巫女が、光をゴルバが持つ二降りの刀に向けた。
緑と白の光が刀を包み込み、ゴルバの腰から離れた。そして、遥彼方へと飛ばしてしまった。
途端にゴルバの力が弱まった。
ゴルバが激しく苦しみ出す。
緑の勾玉を持つ巫女が壺のような物を取り出すと、ゴルバに差し向けた。
ゴルバが引き摺り混まれるように壺に近付いていく。
ゴルバが苦し紛れに両手を付き出したその時、指から伸びた黒い光の刃が六人の巫女を貫いた。
夥しい血が大地を赤く染める。しかし巫女達は、最後の力を振り絞り、ゴルバを壺に封印する事にした。
壺の口に札を貼ると、巫女達は安堵した。そして一人、また一人と力尽きるように倒れた。
すると、壺から一粒の光が現れた。
光の粒は、次第に大きくなると、人の形を成し、男の姿に変貌した。
なんと、矢神だ。
辺りを見渡した矢神は、ゴルバが封印された壺に近付き、手を伸ばした。しかし、何らかの力により、弾かれた。その力は、矢神の手を消滅させていた。
しかし、矢神は気にする事なく土を一握り取ると、失った右手に擦り付けた。
何と、右手が再生したではないか!
恐るべき力だ。矢神は正しく魔神だったのだ。
矢神は、倒れている巫女の傍らに腰を下ろすと、勾玉に手を伸ばした。
次の瞬間、勾玉が激しく輝いた。
矢神が飛び退くと、勾玉が光に包まれ、飛び上がった。
六つの光の柱となった勾玉は、空高く舞い上がっていく。矢神は、ただ見守るしかなかった。
矢神を見詰めていた未蘭の隣に、女性がやってきた。
「恐らく矢神の正体はゴルバが放った式神と思われます。ゴルバは神々の中でも最強の力を持っています。最高神でさえも勝てないでしょう。ゴルバを封印した壺は関東平野のどこかにあります。それは確実に封印してあります」
「あの刀は何処に?」
女性はゆっくり首を横に振った。
「分かりません・・・。ですが、矢神はあの刀を探し出すつもりでしょう。あの霊刀はゴルバの力の源。二本揃ってこそ、力を最大限に発揮できます。そして、矢神があの刀を手に入れたら封印を解く事が出来ます。そうなれば、最悪にして最強の神が復活してしまいます」
「ゴルバを倒す方法はないのですか!」
女性は考えた。あれを渡していいのか?ゴルバは残忍な神だ。しかし、倒すには方法は一つだけだ。
未蘭を見ると、その目は決意したかのように輝いていた。
「一つだけ方法はあります。ですが、最高神の許可が必要です」
「それは、いったい!?」
「神々が住まう高天原に伝わる伝説の剣、神の脅威となると言う意味がある『神威』(カムイ)!」
それは、最高神が誕生するよりも昔、一人の神が一振りの剣を産み出した。それがカムイと言う剣だ。
神は不死身の肉体を持つ。ただの剣では歯が立たない。そこで産み出されたのがカムイだ。
その力たるや、神をも一撃で斬り倒す事が出来る。その為、高天原の奥地に封印されていて、最高神の許可がないと使えない。しかも、神のみが使う事が出来るのだ。つまり、人間は使う事が出来ないのだ。
頭を垂れる未蘭の肩に、女性の手が触れた。
そっと顔を上げると、女性の顔に掛かっていた霞が消え、切れ長の目に細面の美しい顔立ちの女性の顔があった。
「大丈夫です。貴女方には神が着いています。まずは、目を開けて。そして、貴女の手を握っている御仲間と風雷寺一佐、それと田崎三佐を信じてください」
怪訝そうに見詰める未蘭に、女性は優しく微笑んだ。
「貴女方は神が遣わした六人の巫女の生まれ変わり。貴女方には最高神、天照大御神の加護があります。さぁ、目を覚ます時間ですよ。傷も癒えている筈です」
そう言って、女性は白魚のように細くてしなやかな手で未蘭の顔を覆った。
フッと意識が遠くなる。そして、また光に包まれた。
未蘭が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
目の前には、消えた蛍光灯と天井が見える。
傍らには、手を取った夢美の姿があった。
夢美とは、普段からよくおしゃべりをしていた。それだけ仲が良かった。
未蘭が目を覚ました事に気付いた夢美が顔を近付けてきた。
「未蘭、大丈夫?私が分かる?」
未蘭は、微笑んでゆっくりと頷いた。
夢美は微笑んで瞼を手で押さえ、未蘭の手を握り、枕元にあったナースコールのボタンを押した。
すると、看護師と莉奈、それに彩が駆け込んできた。
看護師は未蘭の様子を確認すると、すぐに医者を呼びに出ていった。入れ替わるように莉奈と彩の顔が目前に現れた。
「お嬢様、ご無事で何よりです・・・」
「未蘭ちゃん・・・、良かった・・・、本当に、良かった・・・」
涙ぐむ彩の手を取った未蘭は、涙を必死で堪える莉奈に手を伸ばすと、莉奈はしっかりと握り返してきた。
「私は大丈夫よ。瑛ちゃんと萌絵ちゃんは?」
「二人は先程意識を回復しました。今、お医者様の診断を受けております」
未蘭は、安心して微笑んだ。そして、辺りを見回した。
どう見てもあの時代ではない。かなり近代的な造りだ。
莉奈に助けられるように起き上がると、窓の風景が目に飛び込んできた。
無機質なコンクリートの建物が見える。それに、遠くに赤いライトが点滅する超高層ビルが見える。
まるで、夢に出てきた都市のような雰囲気だ。しかし、様子が違う。
夢美は、壁にあったカレンダーを差し出した。未蘭は我が目を疑った。
『令和2年 10月』
どうやら、未来に飛ばされたようだ。しかも、時間がかなり経過したようだ。
あの時、未蘭は矢神の攻撃を受け、木に叩き付けられた。意識が遠退く直前、光に包まれたのを微かに覚えているが、後は覚えていない。
駆け付けてきた女医の診断の後、ゆっくり休むように指示を受けた未蘭は、ベッドに横になった。
病室の戻るように指示を受けた莉奈達が出て行くと、未蘭は夢の事が気になった。
あの時、女性は風雷寺一佐と田崎三佐を信じるようにと言っていた。
誰なのか分からない。本当に信じていいのか分からない。それに、矢神の事が気になる。
矢神の正体は人間ではない事は分かった。あの凄まじい法力は神に近い。それに、矢神が復活させようとしているゴルバは、一撃で都市を消滅させる力を持つ。
勝てるのか?倒せるのか?
聖龍武神を起動させるブレスレットと勾玉がない。だが、未蘭は強力な力を持つ矢神の事が気になってしかたなかった。
微かに風の音が聞こえる。
未蘭は、窓を見詰めながら、自分達の身に何が起こったのか、考えてみる事にした。
・
翌朝、朝食を終えた未蘭の元に看護師がやって来た。どうやら面会らしい。
未来には知り合いはいない筈だ。だが、誰かが美蘭達に会いに来たらしい。
車椅子に乗せられて、広い廊下を通る。
床は固いタイル、壁は白いモルタル。行き交う看護師や患者と挨拶を交わし、どこかへと連れていかれる。本当は歩けるのだが、無理は禁物と言う事で車椅子を使っている。
やって来たのは、病院の会議室だった。既に、莉奈、彩、夢美、瑛子、萌絵が揃っていた。
莉奈に未蘭を託した看護師が出て行くと、入れ替わるように二人の男がやってきた。
二人とも四十代くらいだが、同じ制帽に軍人が着用する制服姿だ。
一人が上座の席に立つと、もう一人は窓辺に立った。
「初めまして、陸上自衛隊陸上幕僚監部から来ました田崎 誠と申します。階級は三等陸佐です」
まさか!?
上座の男は、夢に出てきた名前の人物を名乗った。まさか、同じ名前の人物が現れるとは思わなかった。
窓辺の男を見ると、彼はゆっくり振り向いた。
「俺は風雷寺 空悟。階級は一等陸佐。陸上自衛隊陸上幕僚監部付特殊戦術隊指揮官。君達の事はあるお方から聞いている」
また夢で聞いた名前だ。
田崎三佐は精悍な顔立ちで、優秀な幹部だが、風雷寺一佐はどこか影がある雰囲気だ。
田崎三佐と入れ替わった風雷寺一佐は、椅子に座った。
「君達は奥飛騨山中で倒れていたところを俺の部隊が見付けた。ここは東京の陸上自衛隊三宿駐屯地。自衛隊中央病院だ」
風雷寺一佐の言葉を遮るように、瑛子が口を挟んだ。
「自衛隊って、何?」
風雷寺一佐は呆れたように頭を抱えた。
「そこからかよ・・・。まぁいい、とにかく話を聞かせてくれ。何があったのか、どうやってこの時代に来たのか、何もかも話をしてくれ」
夢美達は少し動揺したが、莉奈は落ち着いて風雷寺一佐に近付いた。
「私達はまだ貴方を信用出来ません。まずは貴方が誰から命令を受けているのか、私達に話すべきではありませんか?」
莉奈の発言に、田崎三佐が何か言おうとしたが、風雷寺一佐が制止した。
「肝っ玉座ってるじゃないか。俺達は普段は陸上幕僚長から命令を受けているが、今回の任務を命令したのは、もっと上の人物だ」
風雷寺一佐は、そう言って懐から布に包まれた物をテーブルの上に置いた。
未蘭は自分の目を疑った。
それは遥か昔、地球に来たばかりの時、帝に謁見を許された。
事情を聞いた帝は、何も言わずに屋敷を用意してくれた。また、困った時は遠慮せずに相談するようにおっしゃっていただいた。
帝と后は、我が子のように可愛がってくれた。特に后は娘がたくさん出来たようだと言って喜んでくれた。
職は未蘭と夢美の占いで生計を立て、生活は軌道に乗り始めた。
未蘭は、帝に感謝を込めて贈り物を送った。帝は大層喜び、それを至宝の一つとして収蔵する事にした。
宝物殿に納める時、未蘭は自分のハンカチでそれを包み、帝に手渡した。
風雷寺一佐が取り出した布包みは、汚れてはいるものの、まさしく自分のハンカチだった。開いてみると、写真立てだった。その写真には、帝と后、そして未蘭達が写っていた。
写真の中の帝と后は、まるで我が子に囲まれた父と母のように慈愛に満ち溢れた笑顔だった。
そっと、写真を撫でた未蘭の目から涙が零れてきた。
帝はお元気なのだろうか?この時代までご健在なのだろうか?そうでなくても、子孫の方は私達の事が解るだろうか?
未蘭の目から、涙が零れ落ちた。
写真はうっすらと汚れてはいるものの、はっきり確認出来た。
未蘭の背後から、風雷寺一佐が顔を覗かせた。
「写真だったのか。綺麗に残っているじゃないか。それはあのお方からお預かりした。君達がこの時代に来たと報告したら、これを見せてあげて欲しいと。そして、力になってあげて欲しいと。今は何も言わなくていい。話す気になったら看護師に言ってくれ。田崎三佐、駐屯地に戻るぞ!」
「待ってください!」
立ち去ろうとした風雷寺一佐は、ゆっくり振り返った。
涙を拭いた未蘭は、意を決した表情だった。
微笑んだ風雷寺一佐は、椅子に腰を下ろした。そして、田崎三佐に人数分のコーヒーを用意するように指示した。
未蘭は全て話した。聖龍武神の事、大鳳翼の事、魔導鬼龍や魔導鬼兵の事を話した。そして、矢神の事に触れた時、風雷寺一佐はコーヒーを吹き出した。
「矢神って、矢神正幸かっ!?まさか、君達はスペードダーツと戦ってたのか!」
未蘭達の話を記録していた田崎三佐も手を止めた。
未蘭が怯えながら頷くと、風雷寺一佐は頭を抱えた。そして、立ち上がって窓辺に立つと、携帯電話を取り出し、どこか電話し始めた。最初は窓辺で話していたが、人目を気にするかのように廊下へと出て行った。
田崎三佐を見ると、顔が青冷めている。
「まさか・・・」
「矢神さんを、ご存知なのですか?」
莉奈の問い掛けに、田崎三佐は力強く頷いた。
「スペードダーツは、国際手配されている凶悪テロリストグループです。我々が所属する特殊戦術隊もスペードダーツに対抗する為に創設されました」
未蘭は驚いた。彼女だけではない。莉奈は勿論、夢美、彩、瑛子、萌絵も驚いた。
まさか、矢神がこの時代にも現れているとは思ってなかった。しかも、スペードダーツがテロリストグループ?
田崎三佐は、ノートパソコンを取り出し、キーボードを叩いた。そして、それを差し出した。そのデスクトップに映し出されていたのは、間違いなく矢神だった。
矢神は世界中で破壊活動を行っていた。
要人暗殺や爆破、銃撃事件などで国際手配され、闇の特殊部隊と呼ばれるスペードダーツを指揮している。
スペードダーツは、裏社会に暗躍する組織の軍事部門であると言われている。軍需産業から供給された最新式の銃器を揃えていて、一説ではヘリコプターも所有していると言われている。更に、矢神は日本支部を任されているらしい。つまり、他国にも存在すると言う事だ。
矢神は、組織の中でもかなりの重要人物で、爆弾を使ったテロでは抜擢されるらしい。
まさに神出鬼没。爆弾を使わずに爆破したり、短時間で別の場所に移動する。それらは、矢神の能力を考えれば分かる事だ。
そこに、風雷寺一佐が慌てて戻ってきた。
「田崎三佐、駐屯地に戻るぞ!部隊に武装命令だ。この子達には護衛を付ける。預かっていた物は返そう。君達はしばらく入院しててくれ」
田崎三佐が荷物を纏めて出て行くと、風雷寺一佐は未蘭の前に腰を下ろした。
「まだ話は終わってないようだが、俺達は駐屯地に戻らないといけなくなった。ゆっくり休んで、早く元気になるんだ。君達がいた時代とは違うが、この時代も悪くない。きっと気に入るぞ」
風雷寺一佐は、そう言って優しく微笑んだ。
その笑顔を見た未蘭は、漸く笑顔を見せた。
風雷寺一佐達が帰った後、未蘭は、彩と夢美と一緒に中庭に出た。
木々は紅葉が始まっている。風は冷たくなり、秋が近くなってきている事が分かる。だが、太陽の光は心地よい。
看護師の話によると、風雷寺一佐は陸上自衛隊の若手幹部でもエリートで、四十代前半で一等陸佐は前例がないらしい。
アメリカ陸軍と海兵隊で特殊訓練を受け、空挺レンジャーと自由降下課程の資格を保有。更に、極秘に創設された特殊戦術隊の指揮官に抜擢されたらしいが、本人はあまり気にしてないらしい。
散歩をしながら、未蘭は聖龍武神の事が気になった。
あの時、緊急離脱システムを使った為、リセットが掛かっている筈だ。
緊急離脱システムは、敵に奪われる事を防ぐ目的で装備されている。このシステムを使うと、待機位置若しくは基地に戻るのだ。そして、リセットが掛かり、コクピットに行って再度立ち上げる必要があるのだ。
ベンチに座った未蘭は、返却されたブレスレットを見詰めた。聖龍武神を呼び出したが、応答がない。やはり、リセットが掛かっている。
問題は、待機位置までどうやって行くかだ。
地図を見て確認したが、地形が変わっているのか、分からなくなっていた。やはり、風雷寺一佐に相談するしかないようだ。それに、矢神の事が気になる。
みんなには、既に夢の事は話した。人間ではない矢神の力なら、現代まで来る事は容易いだろう。そして、ゴルバの事も話した。
凄まじい力を持つゴルバが復活すれば、国だけでなく世界が消滅してしまう。やはり、対抗するには聖龍武神が必要になる。しかし、勝てる確率はゼロに近い。やはり、伝説の剣『神威』を手に入れるしかないのだろうか?
ベンチで項垂れている未蘭に、缶ジュースが差し出された。見ると、夢美だ。
「どうしたのこれ?」
「田崎三佐が、帰る前にお金をくれたの。必要だろうからって」
「・・・ありがとう」
夢美が隣に座ると、売店に行っていたのか、彩がお菓子を持って帰ってきた。
「美味しそうなのあったから買ってきたよ!」
彩が未蘭の隣に座ってお菓子を差し出すと、未蘭は微笑んだ。
彩は買い物と同時に情報も集めていた。
スペードダーツの存在が確認された為、風雷寺一佐の部隊に召集が掛かった事。更に防衛省が治安維持出動への準備に入った事。そして、大規模戦闘に備えて弾薬の確保を開始したらしいが、まだ現代に現れた訳ではないので、何も出来ないらしい。しかし、備えは必要だ。自衛隊は、スペードダーツとの戦闘を想定して準備を進めるようだ。
彩が未蘭を見ると、ジュースを見詰めながら鬱ぎ混んでいるようにも見える。
「未蘭ちゃん、どうしたの?」
「・・・聖龍の事が気になるの。リセット掛けたのは私だけど、今まで繋がっていたのが普通だったから、離れているとなんだか心許なくてね」
「そっか・・・。聖龍は私達の大切な仲間だもんね」
「でもね、あれから千年近く経過してるから、機体がどうなっているのか分からないの」
先程、看護師から時代を聞いてショックを受けた。あれから千年も経過していたのだ。
千年も経過していると、機体に何らかの影響が出ていてもおかしくない。恐らく、修理ヶ所が出ている筈だ。それ以前に使えるのかも分からない。
探しに行きたいのだが、方法がない。それに、スペードダーツの事も気になる。
もどかしさと歯痒さが交差する。
なぜあの時、リセットを掛けたのか、それだけに悔いが残った。それに今動くと、スペードダーツの情報網に引っ掛かる。まだ体力は万全ではない。
その時、肩に手が乗せられた。夢美だ。
「気持ちは分かるけど、今は身体を直す事に専念して。最強兵器の聖龍武神の機長がそんな事でどうするの?まずは、体調を整えよっ!未蘭はなんでも一人で悩んじゃうから、心配してんだからね。良くなったら、みんなで行こう。私達の聖龍武神を迎えに行こう!」
その表情は真剣だった。
未蘭は微笑んでコクン、と頷いた。
夢美は、いつも未蘭の味方だった。
不良訓練生グループや教官から謂れのない苛めを受けた時もいつもそばに居てくれた。その時、夢美は莉奈と一緒に苛めの証拠を可能な限り集め、軍から派遣されていた主任教官に提出した。
烈火の如く激怒した主任教官は、未蘭を苛めていた教官を解任し、軍法会議に掛けた。そして、苛めていた訓練生グループは一人残らず訓練所から永久追放にした。
未蘭は夢美に感謝した。そして、訓練中もお互いを励まし合った。いつしか、二人は親友になっていた。そんな夢美が傍にいるだけで心強かった。
「そう言えばさぁ、風雷寺さんの雰囲気って、鳳城中佐に似てない?」
彩の一言で、未蘭と夢美は主任教官でもあった一人の男の事を思い出した。
主任教官の名は鳳城 京四郎、陸軍の若手エリートで、階級は中佐だった。
優秀な指揮官でもあり、優秀なパイロットで、聖龍武神の前に使われていた機動兵器では、多くの戦果を残していた。そして、優秀な訓練教官でもあった。
鳳城中佐は、未蘭達に目を掛けていた。そして、時には厳しく、時には兄のように優しく接してくれた。そしてあの時も、未蘭達の母なる星が最後の時を迎えた時も、未蘭達と脱出する予定だった。
宇宙帝国が襲来した時、鳳城中佐は格納庫で未蘭達が来るのを待っていた。
軍が開発した宇宙船に聖龍武神と大鳳翼の積み込みが終了し、いつでも出発出来る。
夢美に引き摺られるようにやってきた未蘭は、鳳城中佐の指示で宇宙船に乗り込んだ。
未蘭達が乗り込んだ事を確認した鳳城中佐が、プロトタイプの聖龍武神の積み込みを指示しようとしたその時、異形の機動兵器が現れた。
まるで丸太のような腕を持ち、肩からカニのハサミのような腕を持つ量産型機動兵器、プレアデスは、プラズマライフルを装備し、破壊の限りを尽くした。
宇宙船は流線型をしていて、格納庫には聖龍武神が三体、大鳳翼が三機搭載出来る。かなりの大きさで、100メートルくらいはある。しかも少人数での操縦が可能だった。
ブリッジにいた夢美と瑛子が出発をしている途中で、プレアデスがプラズマライフルを向けた。だがその時、プロトタイプが現れてプレアデスを押さえ付けた!
『何をしている!早く出ろ!』
鳳城中佐の声だ。プロトタイプに乗っているのだ。
『こいつは俺に任せろ!君達だけでも脱出させる!』
ブリッジに未蘭、莉奈、萌絵、彩もやってきた。そして、目の前に広がる光景を見て絶句した。
未蘭は無線のモニターのスイッチを入れると、プロトタイプのコクピットにいる鳳城中佐が現れた。
「鳳城さん、早く来て下さい!」
『バカヤロ、早く脱出しろっ!』
「でも、でも・・・」
『俺は軍人だ、民間人の楯になるのが仕事だ。確かに俺は君達の訓練教官だ。しかし、それ以前に俺は職業軍人だ!俺の死場所はここだ。最後は軍人として死なせてくれ』
「鳳城さん・・・、鳳城さん・・・」
『一緒に行けなくて済まない。行ってくれ。早く行ってくれ。頼む!』
突然、プロトタイプに衝撃が走った。
見ると、プレアデスの背後から槍のような爪が無数に伸び、プロトタイプを貫いていた。
プロトタイプのコクピットにアラームが鳴り響く。モニターを見ると、コクピットにも爪が貫通し、鳳城中佐の額からも夥しい血が流れていた。
「小癪なぁっ!」
プロトタイプの右拳がプレアデスの顔面に突き刺さるように決まる。しかし、ビクともしない。
プレアデスのハサミが腕を受け止めた。そして、プラズマライフルの銃口が腹部に突き付けられた。
右脇腹が吹き飛ばされる。
コクピットにも衝撃が走り、鳳城中佐がコンソールに叩き付けられる。
アラームが鳴り止まない。火花が散る。モニターにノイズが走る。
顔を上げた鳳城中佐の顔は、先程にも増して血まみれだった。
「みんな、一緒に行けなくてごめんな。君達に出逢えて良かった。その船、『鳳仙花』は新型だ。行き先は伝説の惑星、地球だ。生きてくれ、俺の分まで生きてくれ・・・」
起き上がった鳳城中佐は、グリップを握り締めた。そして、鳳仙花のブリッジにいた未蘭もグリップに手を伸ばした。
プロトタイプの背面ブースターが点火し、プレアデスを鳳仙花とは反対側にある壁に叩き付けた。そして、腕に装備されたプラズマブラスターで天井を吹き飛ばした。次々と連射して天井が大きく開いた。これなら鳳仙花でも通れるだろう。
その時、モニターで鳳城中佐を見詰めていた萌絵と瑛子が悲鳴を上げた。
鳳城中佐の背後から、剣が胸を貫いていた。
その剣の刃には見た事ない記号が彫ってあった。しかし、凶悪な宇宙帝国の物である事は明白だった。
苦しむ鳳城中佐の座るシートの裏に人影があった。
人影はフードのような物を着ていて、顔は見えない。だが、袖からは剣が伸びている。まるで、腕そのもが剣のように見える。
フードの奥の眼が不気味に光る。
「初めてお目に掛かる鳳城中佐。己の命を途してあの者達を守るとは見事。しかし、無駄だったな」
「お、お前は・・・」
「この星は間も無く消滅する。然らば、御免!」
人影が剣を引き抜くと、夥しい血が吹き出した。
鳳城中佐が、シートにぐったりと横たわる。
モニターからは、未蘭達の悲痛な呼び掛けが聞こえる。
『未蘭、莉奈、夢美、彩、萌絵、瑛子・・・、お前達に出逢えて本当に良かった。早く行ってくれ・・・』
鳳城中佐は、無線を切った。同時にプロトタイプのエンジン音が激しくなり、プレアデスを持ち上げた。
未蘭は鳳仙花のエンジンを全開にし、天井から飛び出した。
既に、周囲は多数のプレアデスや敵戦闘機で溢れていた。
街は破壊され、空は黒煙で覆われている。
格納庫を見ると、多数のプレアデスがプロトタイプに一斉射撃をした。そして、プロトタイプがプレアデスを巻き添えに大爆発を起こした。
静まり返るブリッジのモニターに、鳳城中佐からの最後のメッセージが届いた。そのメッセージを見た未蘭は、溢れてくる涙を止める事が出来なかった。
『お前達を愛している』
・
空は黒雲に覆われ、時折稲妻が宙を切り裂く。
若者の夢と希望に溢れ、夢に破れた若者の慟哭が響き渡る街、東京は様子が違っていた。
街は空襲を受けたかのように荒廃し、新宿の超高層ビル郡は半数が倒壊している。
街角には人影はない。そればかりか、生き物の姿すらない。
まるでゴーストタウンの如く廃墟が建ち並ぶこの街が繁栄を極めた東京なのだろうか?
ここは、創造と破壊を司る神、ゴルバが造り出した亜空間『魔導界』。なぜ、ゴルバが魔導界を造り出したのかは分からない。ただ、現世を光とすれば、魔導界は闇の空間であろうか。
鳥すらも飛ばない闇の空を、1機のUHー1Bが駆け抜ける。
その機体には、スペードのエースとダーツの矢をあしらったスペードダーツのマークがある。そのUHー1Bが向かっているのは、池袋にある巨大な城だ。
この城こそ、スペードダーツの本拠地、『魔導城』だ。
外見は日本の城と同じだか、規模はかなり広大だ。城内には司令部、射撃訓練場、武器格納庫、弾薬庫の他に、宿舎などの居住区もあり、ヘリポートや駐車場、滑走路まである。
城内では、隊員達が武器の整備や弾薬の準備を進めていた。
カチャカチャと金属音が響く。
M4のマガジンには、5.56ミリ弾が30発装填出来る。MP5には9ミリ弾が32発だ。スペードダーツは、MP5A5の他にコンパクトモデルのMP5Kも使用されていて、M249分隊支援火器やM60E3マシンガンなども採用されている。
その隊員達が着用している戦闘服は、アメリカの5.11社が販売しているタクティカルシャツとタクティカルパンツだ。ブーツも同じメーカーの物を使用している。襟には階級章があるが、アメリカ軍と同じ物を使っている。
被っている戦闘帽は、ファティーグキャップと呼ばれる物ではなく、アメリカ海兵隊と同じ八角帽だが、色は黒で、中心にはスペードダーツのマークがプリントされてあった。
着々と準備を進める隊員達の中に、副官の三上の姿があった。
戦いの準備を見守っていた三上は、踵を返し、エレベーターに乗って下に降りた。
ドアが開くと、目の前に重厚な木造の巨大な扉が現れた。
まるで、城の門のような木で造られた扉の向こうには、矢神がいる筈だ。
矢神は、時折瞑想の為に隠る時がある。
時には数時間、時には数日の間、瞑想している。そうやって力を回復しているのだ。
だが、今回は違った。
扉を開けて中に入ると、畳が敷かれた広間が広がっている。その奥には、矢神が祈祷に使う祭壇が設けてあった。
祭壇には護摩の火が焚かれ、その前に敷かれた座布団の上で矢神が数珠を擦り合わせながら呪文のような物を唱えている。
僧衣ではなく、隊員と同じ黒い戦闘服姿の矢神は、背後に三上の気配を感じ取り、手を止めた。
「準備は終わったのか?」
畳の上に腰を下ろした三上は、恭しく頭を下げた。
「間も無くかと。今回はロケットランチャーの他に軽機関銃も準備しました。高機動車両も準備しようかと考えております」
報告を受けた矢神は、ゆっくりと振り向いた。
「UHー1に武装させろ。コブラも出すぞ」
意外な言葉に、三上は顔を上げた。
「コブラも出動を?」
矢神は不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。魔導鬼龍壱型と弐型、魔導鬼飛龍も出す。整備班にしっかり整備させておけ。報告では小娘達はこの時代にいる。特殊戦術隊との交戦を視野に入れろ」
「風雷寺一佐の部隊でありますか?」
「そうだ。陸上自衛隊でも独自に予算が組まれている。他の部隊とは違い、好きに弾薬が使える。いいか、風雷寺一佐を地獄に招待する。歓迎の準備は怠るな!」
「イエス・サーっ!」
三上が返答し、深々と頭を下げると、矢神はタバコを取り出した。すると、扉が慌ただしく開き、軍曹の階級章を着けた隊員が入ってきた。
「矢神司令に緊急の報告でありますっ!」
矢神が珍しく怪訝そうな顔をしたのを、三上は見逃さなかった。
「本部より、偽装戦艦『オーシャンクィーン』を横浜に派遣するとの連絡でありますっ!」
矢神の顔が険しくなった。三上は軍曹から書類を受け取ると、目を通して矢神に差し出した。
書類を握り潰し、叩き付けた矢神は、拳を握り締めた。
「クソっ!オーシャンクィーンなんかどうしようってんだ!」
「一体、誰が派遣命令を・・・」
「伯爵に決まっている!オーシャンクィーンは伯爵直轄部隊だっ!いつも俺の作戦を邪魔しやがるっ!」
矢神は、拳を血が滲まんばかりに力強く握り締め、唇を噛み締めた。
伯爵と呼ばれる人物は、いつも矢神に難癖を着けたり、別の部隊を送り込み、作戦の邪魔をしてきた。矢神は伯爵の事を疎ましく思っていた。
北朝鮮での任務の時、矢神は精鋭を指揮し、核兵器貯蔵施設の爆破を成功させた。しかし、撤収の際、北朝鮮陸軍と交戦になり、矢神はヘリでの救助要請を本部に依頼した。
だが、本部は非情だった。
『我々は矢神大佐の要請を却下する』
部隊は、矢神を残して全滅した。
矢神は本部を恨んだ。本来なら矢神の力だけで施設を破壊出来た。しかし、本部は全戦力を駆使し、施設の破壊を命じた。
本部に帰還した矢神は、上層部に厳重に抗議した。そして、上層部幹部の目の前で情報担当者を殺害した。
上層部は、矢神に本部指揮下に復帰するように命令を出したが、矢神は拒否した。
大勢の部下を失った。本部が要請を却下しなければ、まだ多くの隊員が生きていただろう。矢神は、本部と完全に決別する決意をした。そして、独自のルートで武器と弾薬を調達し、魔導界に拠点を構えたのだ。
拳を握り締めた矢神は、憤怒の表情で振り向いた。
「三上大尉、部隊の装備を見直せ。魔導鬼龍弐型と参型、飛龍も準備しろ!城の警戒体制を第三から第二に引き上げ!出動の際、個人単位で無線機と暗視ゴーグルを携行させろ!小娘達と陸上自衛隊、それに本部と一戦交える!嘗められてたまるか!」
三上はゆっくりと顔を上げ、矢神を見上げた。
「イエス・サーっ!行くぞ軍曹!」
三上が軍曹を伴って出ていくと、タバコに火を点けた。
紫煙が、ゆっくりと登っていく。矢神は、不敵に笑った。
「面白くなってきた。さぁて、どうなる事やら・・・」
呟いた後、矢神はまた笑った。そして、眼鏡の奥の目が赤く不気味に光った。
第三話 激戦の秋葉原
東京都台東区、多くの家電量販店が集まり、そしてあらゆるオタク文化の聖地、秋葉原。この街にはいろいろな物が揃っている。
多くの電器店だけでなく、ゲームは勿論の事、アイドルからアニメ、コスプレ、エアーガン、おもちゃ、漫画など、何でも揃う。今や、オタクは日本を代表する文化の一つであり、それを世界に向けて発信している。しかも、世界中がそれを受け入れている。実に面白く、実に興味深い街である。
趣味にのめり込む事、大いに結構!物を大切にすると言う事は実に良い事である。しかし、のめり込み過ぎるのは禁物である。残念ながら、のめり込み過ぎた為に起こった痛ましい事件が起こっているのは事実である。何事も程々に。
秋葉原には、一風変わった喫茶店がある。メイド喫茶だ。
入店すると、メイド服姿の女性達が出迎える。そして、メイド達と一緒にゲームで遊んだり会話が出来る。
ここ、『スイートエンジェル』もそんなメイド喫茶の一つだ。
在籍しているメイドの人数は全部で26名。最近になり、新しく入った新人のメイドが人気の店だ。
今日もまた、二人の客がやって来た。
ドアのベルが店内に軽やかに響く。すぐに一人のメイドが気付いた。
「御主人様がお二人お帰りでぇす!」
すると、二人のメイドが駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ御主人様!」
なんと、一人は未蘭だ。
あれから、二ヶ月が過ぎようとしていた。
未蘭達は、現在の帝、天皇陛下に謁見が許された。
未蘭達は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の地下にある極秘施設で会う事が出来た。
同行した風雷寺一佐は、謁見している部屋の外で待機していた。彼女達に気を使ったのだ。
終了後、風雷寺一佐は陛下から直々に命令を受けた。
「あの子達を守って上げてください。よろしくお願いします」
陛下は、優しく微笑むと、一礼し、極秘通路に用意された車に乗り込んだ。風雷寺一佐は、45度の敬礼で見送った。
その後、未蘭達に新しい身分証が交付された。
名字は、全員が『鳳城』を希望した。風雷寺一佐は、何も言わず親戚同士として身分証を作った。他にも、社会保険証、携帯電話、運転免許証(無理矢理取らせた)、クレジットカード、キャッシュカードなどの生活に必要な物を交付した。
問題は仕事だ。
未蘭達は働きたいと言っていたが、スペードダーツの事も気になる。かと言って反対する訳にはいかない。
散々悩んだ末、知り合いのメイド喫茶に頼み込んだのだ。
スイートエンジェルのメイドの制服は、白と黒のオーソドックスなメイド服で、ストライプのハイソックスが未蘭に良く似合ってる。
未蘭と一緒に出迎えたのは、藤崎真由子。特殊戦術隊本部所属。階級は三等陸尉。見た目は本当に美少女だが、射撃、格闘、車両の運転技術は部隊でもトップクラス。スイートエンジェルでは人気ナンバー1のメイドだ。
なぜ、自衛官でもある真由子がメイド喫茶で働いているのか?
実は、スイートエンジェルは防衛省が極秘で経営しているのだ。
目的は情報収集で、客から聞いた情報を集め、精査するのが目的だ。
真由子の他に働いているメイド達は、全てが女性自衛官で、陸上自衛隊の他に海上自衛隊や航空自衛隊の隊員も働いている。
未蘭と真由子は、出迎えた客を見て固まった。スーツ姿の風雷寺一佐と田崎三佐だ。
風雷寺一佐は、メイド服姿の未蘭を見て、口元を押さえた。
「これは・・・。良く似合ってるじゃないか」
未蘭は真っ赤になって俯いたが、真由子がいきなりトレイで風雷寺一佐の頭を叩いた。
「コラ空悟!婚約者の前で口説くな!」
「違うっ!三等陸尉が一等陸佐をシバくなっ!」
未蘭は二人のやり取りを田崎三佐と一緒に微笑みながら見詰めていた。
二人は婚約していたりして。
風雷寺一佐は家族をテロで失っていた。テロを実行したのは、スペードダーツだ。
十年以上前、買い物途中だった妻と小学生の娘が矢神の起こした爆弾テロによって命を落とした。
冷たくなった妻と娘の葬儀の後、風雷寺一佐は復讐の鬼と化した。
可能な限りスペードダーツの情報を集めた風雷寺一佐は、対抗できる強力な戦闘部隊として特殊戦術隊を創設したのだ。
真由子との出会いはだいぶ前のようだが、馴れ初めはまだ聞き出せていない。
窓際に案内された風雷寺一佐と田崎三佐は、コーヒーを注文した。
未蘭と莉奈が座ると、萌絵がコーヒーを持ってきた。萌絵は髪の毛を金髪にしていたので、風雷寺一佐は少々面食らってしまった。
萌絵がコーヒーを置いて立ち去るのを確認した風雷寺一佐が目配せをすると、田崎三佐がファイルされた新聞の切り抜きを二人の前に置いた。
『投資家ポール・ローズウッド氏暗殺される』
ポール・ローズウッドと言えば、大物投資家として有名だが、黒い噂も聞かれている。そのローズウッド氏がアメリカ陸軍第75レンジャー連隊の護衛を受けている時に暗殺されたのだ。そのニュースはCNNによって世界中に報道されている。
「これは、昨日テレビで・・・」
「ポール・ローズウッドは著名な大物投資家だが、正体はスペードダーツ本部の大物幹部だ」
驚いた未蘭が顔を上げると、莉奈がファイルを取った。
「最近、ある組織の幹部が次々と殺されている。奴等の大本の組織は古来から存在しているらしいが、マレーシアのクアラルンプールやドイツのメルボルン、トルコのイスタンブールで銃撃戦が発生していて、正体不明の部隊が関係しているそうだ。その部隊の指揮官が・・・」
「矢神さん!?」
莉奈の言葉に、風雷寺一佐は頷いた。
「奴等、本部と厄介事を起こしたらしい。元々、スペードダーツはある組織の軍事部門だ。最高責任者の名は分からない。しかし、伯爵と呼ばれている事は分かっている」
「伯爵?」
風雷寺一佐は、ゆっくりと頷いた。
そこに、夢美と真由子がパンケーキと見た事ないくらい大きなグランドフルーツパフェを運んできて、パンケーキを田崎三佐に、パフェを風雷寺一佐の前に置いた。
にやり、と不敵な笑みを浮かべる真由子。拳をゆっくりと上げる風雷寺一佐。その手を田崎三佐が押さえた。
未蘭はファイルをじっと見詰めた。
風雷寺一佐は、コーヒーを一口飲んで話を続けた。
「幕僚長は各方面隊総監を召集して会議中。中央即応集団の団長にも召集が掛かっている。但し、陸上自衛隊が表立った作戦行動を起こすには国会の承認が必要となる。終戦後、治安維持出動以上の命令が出た事はない。しかし、総理には防衛大臣から根回し済み。万が一の時は、国会を召集予定だ」
「すぐに出動命令は出るのですか?」
未蘭の質問に、風雷寺一佐は肩を竦めた。
「さぁね。ただ、俺らは命令なしでも出動出来る。後で三島が来るから、護衛は三島と真由に任せる」
その言葉に、莉奈の表情が固まった。そしてみるみる真っ赤になっていく。
未蘭と風雷寺一佐、田崎三佐が怪訝そうに見詰めていると、莉奈はそそくさと走り去って行った。
「何でしょうか?」
「三島の奴、要警護対象者に手ぇ出してねぇだろうな!俺が怒られんだぞ・・・」
その時、ドアの鈴の音が響き渡る。
見ると、若い男性が瑛子と彩と話をしている。その男性は風雷寺一佐の顔を見るや、すぐに出ようとした。だがすぐに田崎三佐が駆け寄り、襟首を掴まれた。
「三島、隊長がお呼びだぞ」
「・・・はい」
彼の名は三島 一樹。特殊戦術隊所属。階級は二等陸尉。第一空挺団出身で、空挺レンジャーと自由降下課程を終了している。部隊でも格闘技と射撃の実力はトップクラス。風雷寺一佐がその成績を見込んで警護任務を附与したのだ。
風雷寺一佐が一樹に歩み寄ると、頭を軽く叩かれた。
「お前何やってんだよ!」
「す、すいません・・・」
「すいませんじゃねぇよ!どうしようもねぇな・・・」
莉奈を見ると、心配そうに見ている。風雷寺一佐は少し考えた。
「上には報告しない。もしバレたら俺がブッ飛ばす!真由、チクるなよ!この案件は部隊の極秘事項だ!」
それを聞いた莉奈が満面の笑みを見せた。未蘭も喜んで莉奈の肩に手を乗せた。
風雷寺一佐達が帰ると、未蘭は建物の屋上に向かった。
最近、未蘭はよく屋上に上がるようになった。
見渡す限り、コンクリートのビル群が立ち並ぶ。緑は殆ど無く、目の前には一面に無機質の人工の石の海が広がる。
夜になると、イルミネーションと言う名の偽りの星が街を照らし、道路には車のテールランプの帯が伸びる。
空を見上げても星は見えない。それに昼間のように明るい。
失った物が多過ぎる。しかし、変わらない物もある。
人の心だ。
店で働く同僚のメイドやスタッフ、それに客、住んでいるマンションの住人や近所の人々の心は温かく、優しく迎えてくれた。初めて地球に来た時も、周辺の民は温かく迎え入れてくれた。人の心はいつまでも変わらないのであろうか。風雷寺一佐は、この時代も悪くないと言っていたが、その通りなのかもしれない。それに、他のメンバーもこの時代が気に入っているようだ。
未蘭が屋上から降りてくると、一樹と莉奈が階段の下で寄り添い会っていた。未蘭の気配に気付き、パッと離れる。
未蘭がゆっくり階段を降りてくると、莉奈は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんな莉奈に、未蘭は微笑んで近付いた。
「お、お嬢様・・・、あの・・・」
「莉奈、三島さんは護衛で来てるんだから、あんまり困らせちゃダメよ。それと、仲良くね!」
未蘭のその言葉に、莉奈は更に顔を赤く染めて頷いた。
いつ戦いが始まるか分からない、つかの間の休息。だが、未蘭は莉奈に幸せになって欲しかった。
莉奈はいつも未蘭に尽くしてくれた。そして、いつも側にいてくれた。いつも感謝していた。だから幸せになって欲しかったのだ。
未蘭が裏口に手を掛けたその時、殺気を感じて振り向いた。
サバイバルナイフを振り上げた手が迫る。
一樹がその手を受け止め、莉奈の膝蹴りが襲ってきた男の腹に決まる。
黒い戦闘服、スペードダーツだ!
莉奈が未蘭を庇いながらドアに近付くが、もう一人現れた。
一樹が構えを取る。小学生の時から空手を習っている。しかも全国大会で何度も優勝した事がある。陸上自衛隊でも、徒手格闘訓練で風雷寺一佐と対等に戦えるのは一樹だけだ。
もう一人の男は、プロレスラー並みの巨漢だ。倒れて踞ってる男を睨み付けた大男は、被っていた帽子を取った。スキンヘッドの頭を撫でると、身構えた。
不敵な笑みを浮かべる。すると、耳のイヤホンに指を当てた。
「お任せください、こいつを挽き肉にしてやりますよ」
どうやら、近くに上司がいるようだ。恐らく矢神だろう。
未蘭は周囲を見回してみるが、建ち並ぶビルが邪魔をしてなかなか見当たらない。
大男が唸り声を上げて掴み掛かる。しかし、一樹の鋭い正拳突きが大男の腹に決まる。だが、大男が怯まずに一樹の首を掴み、持ち上げる。
直ぐ様一樹の蹴りが鳩尾に決まり、一樹を離してしまった。そして、一樹のが顎を蹴りが顎を蹴り上げた。大男の身体が一回転し、頭からコンクリートの地面に叩きつけられてしまった。
莉奈が慌てて駆け寄ると、一樹は不安そうな顔をしている莉奈の頭を優しく撫でた。
もう一人の男がよろよろと起き上がってベレッタを取り出し、スライドを引いたその時、未蘭がベレッタを蹴り上げ、更に顔面に廻し蹴りが決まった。男が卒倒すると、未蘭は手を差し出した。ベレッタがポン、と落ちて来る。
「二人の邪魔しないの!そこでじっとしてなさい!」
そう言った未蘭は携帯電話を取り出した。
その後、風雷寺一佐が他の隊員を引き連れてやってきて、男達を連行していった。一樹の話だと、警視庁で取り調べや事情聴取を行い、国内にある極秘収容所に送られるらしい。
休憩室に入った未蘭は、手にしたベレッタをまじまじと見詰めた。
未蘭の持つベレッタM92FSは、イタリアのピエトロ・ベレッタ社が生産販売している軍用拳銃で、アメリカ軍は現在でも採用していて、ロサンゼルス市警でも過去に採用されていた。初期のモデルではスライドの破損事故も起きたが、現行モデルでは強化されている為、報告されていない。
これはスペードダーツが持っていた物ではない。風雷寺一佐が持ってきたのだ。
自衛隊の制式拳銃はドイツに本社を置くH&K社のSFP9Mだが、ベレッタは員数外として配備されていたのを持ってきたのだ。ちなみに、風雷寺一佐はオーストリア製のグロック34,真由子はグロック19、田崎三佐はグロック17を使っていて、一樹がベレッタを使っている。つまり、一樹とマガジンを合わせる為と、緊急事態に備えて配備したらしい。他にも不測の事態に備え、ロッカールームやレジカウンターには9ミリ機関拳銃が隠してある。
使い方は一樹が教えてくれた。射撃は母星にいた時、鳳城中佐にしっかりと叩き込まれていたが、未蘭は筋がいいとよく誉められていた。
未蘭がベレッタを眺めている様子を、萌絵が見ていた。
萌絵は事ある毎に未蘭を守りたいと思っていた。
虐められていた時、何も出来なかった。助けて上げれなかった。それが悔しかった。せめて、聖龍武神のサポートをしたいと思って大鳳翼のコパイロットに志願したのだ。
不意に立ち上がった萌絵は、未蘭が持っていたベレッタを奪い取った。
きょとん、とする未蘭を尻目に、萌絵はベレッタのスライドを引き、初弾を薬室に送り込んだ。静まり返った室内に金属音だけが響く。
「未蘭ちゃんは銃なんて持たなくていい!ボクが守る!」
萌絵は意気込んでベレッタを構えた。その細い腕にベレッタの冷たい重さが伸し掛かる。眼光は研ぎ澄まされたナイフのように鋭い。
矢神と戦った時、萌絵の目の前で未蘭が吹き飛び、立木に叩き付けられた。
悔しかった。そして憎かった。未蘭を吹き飛ばし、怪我をさせた矢神が、そして何も出来なかった自分が悔しく、憎かった。
スペードダーツが現れた以上、戦闘は避けられない。だから、萌絵は未蘭を守る事を、命をかけて守る事を決心したのだ。
その後は何も起きなかった。スイートエンジェルはシフト制となっていて、交代が出勤して来ると、未蘭達はオフになった。
本来なら、それぞれバラバラに帰る。その途中でゲームセンターや中野ブロードウェイ等に繰り出すのだが、今日は風雷寺一佐の命令で一緒に帰る事になった。
こうして一緒に歩くのは久し振りだ。
みんなで買い物したり、お喋りをしながら帰るのも悪くない。何だか楽しくなってくる。
未蘭達が住んでいるのは防衛省が用意した賃貸マンションだ。
防犯カメラオートロック完備、男性は関係者以外出入り禁止など、セキュリティも万全。安心して暮らせる。しかも、真由子も同じフロアに住んでいる。
部屋割りは未蘭と莉奈、萌絵と彩、夢美と瑛子が同居する形になっていて、緊急事態に備え、風雷寺一佐直通のホットラインまで設置してある。
風雷寺一佐は市ヶ谷駐屯地近くの官舎に住んでいて、緊急事態の時には真由子が対応するように打ち合わせてある。その援護の為、一樹を半ば強制的に付近のアパートに引っ越しさせているのだ。
夕食と入浴の後、未蘭はベランダに出て外の空気に当たる事にした。
それにしても、現代はかなり便利になっている。
料理は火を使わないで作れる電磁調理器、ろうそくよりも明るいLED照明、プラズマテレビと言う情報源、インターネットが楽しめるパソコン等、母星にいた時にも似たような物はあったが、断然使いやすい。そして、面白い!
この携帯電話と言う物は何だ?離れていても仲間と話が出来る点はブレスレットとは変わらない。タッチパネルも同じだが、ネットゲームが面白くて堪らない!みんなハマってしまった。それに、マンガやアニメは瑛子と莉奈がハマり、未蘭と萌絵はゲームに夢中。彩はコスプレに興味を持ち、夢美はオタク文化を研究し始めた。つまり、オタクが誕生してしまったのだ(報告を受けた風雷寺一佐は頭を抱えた)。それに、マンションの近くにあるコンビニは便利だ。夜中でも買い物出来る。
未蘭は、ネットを利用して聖龍武神の情報を集めようとしたが、なかなか見付からない。風雷寺一佐も情報部に依頼して探しているが、まだ時間がかかるようだ。
未蘭は後悔していた。こんな事になると分かっていれば、待機位置を分かりやすくしていた。エネルギーの充填の利便性を考え、南方の火山地帯に隠したのだ。それに、乗って来た鳳仙花が聖龍武神と大鳳翼が待機している位置の間にある火山地帯に隠してあるのだ。そこから、未蘭達は帝に会う為に都に向かったのだ。
矢神が動き出した以上、魔導鬼龍を出して来る事は間違いないだろう。それに、一国の軍隊並みの戦力を持つテロ組織、スペードダーツの存在も気になる。
だが、今回は陸上自衛隊特殊戦術隊と言う強い味方がいる。それに、未蘭達に完全に協力する訳ではないが、陸、海、空の三自衛隊がいる。いくらスペードダーツでも戦力や組織力で上回る自衛隊に勝てる訳はない。しかし、並みのテロ組織ならそうなるだろうが、問題は矢神だ。
矢神の正体は創造と破壊の神、ゴルバの分身である事は間違いない。それに、問題は法力だ。
夢で見た通り、ゴルバは大都市を消滅させるくらいの力を持っていた。矢神はそこまで力はないが、防御バリヤーを張った未蘭を吹き飛ばす程の力を持っている。未蘭は、矢神との全面対決を覚悟せざるを得なかった。
その時、背後からカーディガンが肩に掛けられた。莉奈だ。
「お嬢様、外はまだ寒いですよ?」
そう言って、ホットココアも差し出してくれた。毎回、莉奈の気遣いには頭が下がる。
「莉奈、いつもありがとう」
未蘭の言葉に、莉奈は顔を赤く染めて俯いてしまった。すると、隣の部屋のベランダから夢美が顔を出してきた。
「まぁた一人で悩んでる!私達がいるんだから、相談くらいしなさいよ!」
「別に、悩んでなんかないよ!」
そう言った未蘭はそっぽを向いてココアを一口飲んだ。すると、夢美の背後から瑛子が心配そうに顔を出してきた。
「未蘭ちゃん、一人で悩んじゃダメだよ。私達だっているんだよ!」
「だから、悩んでないってば!」
未蘭は反発するが、夢美と瑛子は微笑んでいる。すると、反対側のベランダから彩と萌絵が顔を出した。
「未蘭ちゃんにはボク達がついてるんだからね!」
「そうだよ!一人はみんなの為に、みんなは一人の為に!」
みんな未蘭の事を心配しているようだが、悩んでいるつもりじゃ無かった未蘭はムスっとしてココアに口を着けた。
空を見上げると、うっすらと星が見える。辺りは街灯などで明るく、淡い星の光は見えにくいが、儚く輝いている。
未蘭の隣には、いつも側にいてくれる莉奈がいる。莉奈だけじゃない。夢美、瑛子、萌絵、彩と言う頼もしい仲間がいる。強い味方がいる。
いつしか、みんなで夜空を見上げていた。
「ずっと、一緒だよ」
瑛子がポツリ、と言った。みんな同時に頷いた。夜空を一筋の流れ星がスッと流れた。
・
翌日、風雷寺一佐は警視庁にいた。昨日捕まえたスペードダーツ隊員の取り調べの為だ。だが、予想外の事態が発生していた。
昨夜、当直をしていた警察官が、留置場から何か異様な声を聞いたので駆け付けてみると、人影が見えたので声を掛けたらスッと消えたらしい。直後に凄まじい破裂音がしたので慌てて留置場の個室を確認したところ、二人の男は死んでいたと言うのだ。
死体と言うより、肉塊と言った方が正しいのかもしれない。
死体は破裂したような状態で、個室内に肉片が飛び散り、正に血の海と化し、その中に小島の如く肉片が浮かんでいる。天井から血の雫が落ち、捜査している鑑識課員の制服を濡らす。その凄惨な状況に、死体に馴れている年配の刑事でさえ顔をしかめ、若手刑事に至っては嘔吐している。
監視カメラを確認してみると、その人影は矢神に酷似している。未蘭の話では、矢神はかなり強力な法力を使うと聞く。
喫煙室に入った風雷寺一佐は、タバコに火を点けた。
内密に調べた結果、確かに樹海大僧正と言う僧侶が存在していた。
本名は鬼巌坊樹海。オカルトマニアの中では結構有名な僧侶で、今で言うサイコキネシスや瞬間移動のような能力が使えたとの報告を受けた。
しかし、これが超能力と呼べるレベルなのか?人間を破裂させたりする呪文があるのか?況してや、手を翳しただけで妙な空間を作れるのか?光弾って、悪い冗談だろ。こいつ、本当に人間なのか?
考え事をしていた風雷寺一佐の目の前に、缶コーヒーが差し出された。見ると、真由子の叔父で親友の藤崎 辰彦警視だった。つまり、風雷寺一佐は親友の姪と付き合っているのだ。
藤崎警視は、風雷寺一佐とは同じ高校の部活の先輩と後輩だった。風雷寺一佐の家族がテロで命を落とした時も夫婦ですぐに駆け付けてくれ、妻と一緒に色々と世話をしてくれたのだ。
並んで座り、タバコを燻らす二人のエリートは、同じように天井を見詰める。
「空悟、今回のヤマ、どう思う?」
「分からん。ただ、矢神が動いている事だけは間違いない。後で警視総監や警察庁長官と話をするけど、もしかしたらスペードダーツと銃撃戦になるかも知れんな」
藤崎警視はコーヒーを吹き出した。
「冗談はよせよ!確かに上は防衛省と連携に難色を示しているが、まさか、本気で言ってるのか!?」
コーヒーを一口飲んだ風雷寺一佐は、背広の上着を捲った。ヒップホルスターに収められたグロック34が鈍い光を放つ。
「俺のチームは外出時には拳銃と身分証を持ってるから、所轄には釘差しとけよ」
「マジかよ・・・。まさか、真由子も持ってるのか!」
「持つなって言ったらぶん殴られたよ!」
「・・・すまん」
藤崎警視が頭を垂れると、風雷寺一佐は肩を叩いた。
「とにかく、矢神はかなり厄介だ。警察だ、自衛隊だと縄張り争いしてる暇はない。俺らは全力で立ち向かうつもりだ。自衛隊は戦闘機や護衛艦も待機している。新型機も待機している。裏じゃアメリカ海兵隊が動こうとして上が慌てているらしい。海軍の特殊部隊が横須賀に到着したって話もある。ロシアの北方艦隊にも怪しい動きがあるし、中国人民解放軍の動向も気になる」
藤崎警視は固唾を飲んだ。
「・・・どう言う事だ?」
風雷寺一佐が、ゆっくり顔を向けた。
「第三次大戦!」
藤崎警視は驚きを隠せなかった。
まさか、ここは日本だぞ?法治国家だぞ?この国で戦争?バカげている!しかし、こいつは陸自のトップエリートで特殊部隊の指揮官だ。伊達に一等陸佐をやっている訳じゃない事は俺が一番分かっている筈だ!だが、戦後70年以上経っている今の日本で戦争だと!?
困惑する藤崎警視の肩を叩いた風雷寺一佐は、立ち上がりながらコーヒーを飲み干した。
「そん時は任せてくれ。陸上自衛隊が奴等を叩き潰す!」
「・・・姪を、守ってやってくれ」
風雷寺一佐は親指を立て、喫煙室から出て行った。
藤崎警視は、今回の事件が只では終わらない事を悟った。スペードダーツは並みのテロ組織とは違う。警察の特殊部隊が役に立つとは思えない。
上は自衛隊を押さえ込み、矢神を逮捕すると意気込んでいたが、到底無理な話だ。いくら警察の特殊部隊が精鋭部隊と言えども、世界を相手に戦うテロリストグループに勝てるとは到底思えない。現に、マレーシアの治安当局は陸軍に出動要請をしていたし、ローズウッド氏暗殺事件の時にはアメリカ陸軍のレンジャー部隊が護衛したらしい。
まったく上の頭の固い連中と来たら何も分かっちゃいない!自衛隊に先を越されてたまるかと言わんばかりに特殊部隊に激を飛ばしやがる。完全武装のプロのテロ集団に勝てるか?リボルバーしか待たない制服警官が自動小銃持った連中に勝てるか?
藤崎警視は、イラついたようにタバコを灰皿に押し込むと、喫煙室を出て行った。
その後、風雷寺一佐は防衛省で防衛大臣と警察庁長官、警視総監との会談に望んだ。
警察関係は、特命を受けているとは言えども陸上自衛隊の部隊が表立って行動する事に難色を示した。国会の承認を得ずに出動する事は不可能である為、警察の特殊部隊と同じ装備をする事で妥協した。風雷寺一佐は頭を抱えてしまった。
風雷寺一佐が疲れてスイートエンジェルにやって来たのは閉店直前だった。
カウンターでは、未蘭達と一樹、真由子が心配して待っていた。
「真由、ラストオーダー過ぎてるのは分かってる。コーヒーくれ」
真由子が奥に消えると、一樹が向き直った。
「隊長、会談はどうでした?」
「警察の幹部は頭ガッチガチだぞ。完全に見下してやがったから、大臣が総理に報告するそうだ」
真由子がコーヒーを置くと、両肘を着いた。
「それで、どうするの?」
「まだ命令は出ていないが、未蘭ちゃん達の聖龍武神捜索にも同行してくれ」
未蘭は風雷寺一佐の一言に気付いた。
「それって、どう言う事ですか!?」
「情報部からの報告で、場所が分かりそうなんだ。恐らく、九州地方だ。もう少しで突き止められる」
それを聞いた未蘭の顔が一瞬で明るい笑顔になった。未蘭だけではない。莉奈、夢美、彩、萌絵、瑛子の顔にも笑顔が広がった。真由子も、一樹も一緒になって我が事のように喜んだ。
まさかこんなにも早く見付かるとは思ってなかった。風雷寺一佐が約束を守ってくれた事が嬉しかった。思わず泣いてしまった。
真由子が手を叩きながら風雷寺一佐を見ると、彼はコーヒーカップを片手にしたまま出入り口の方を睨み付けている。
ベルが鳴り響き、ドアが開いた。そして、数人の戦闘服姿の男達が雪崩れ込んで来た。
奥の事務室から、店長の福田 真実が飛び出してきたが、風雷寺一佐が制した。
カップを置いた風雷寺一佐は、ゆっくりと向き直った。
「お客さん方、もう閉店ですよ?」
そう言って不敵に笑みを浮かべ、ゆったりと足を組む。
次の瞬間、目を疑った。
目の前が陽炎のように揺らぎ、なんと空間から沸き出るように矢神が姿を現したではないか!
真由子はカウンター裏に隠してある9ミリ機関拳銃に手を伸ばし、福田店長も奥の事務室に駆け込み、機関拳銃を取り出し、マガジンを確認してコックレバーを引いた。
矢神は風雷寺一佐を見ると、不敵な笑みを浮かべた。
「これはこれは風雷寺一佐。奇遇ですな」
「矢神大佐か。貴様自ら出てくるとは思わなかったぜ。太ったんじゃないのか?」
矢神はせせら笑いを浮かべたまま、怯えている未蘭を睨んだ。眼鏡がキラリ、と光る。
「まさか、小娘達がこの時代に飛ばされているとはね。運が尽きたか?」
未蘭は唇を噛み締めた。
あの憎い男が目の前にいる。あの矢神が目の前にいる。掴み掛かりたいが、風雷寺一佐が制した。
矢神はカウンターに座ると、眼鏡を外した。
「俺は君に用事があって来た訳じゃない。そこの小娘達が持っている勾玉を貰いに来た。大人しく渡せば即時撤収する。渡さないなら、実力行使だ!」
それを聞いた風雷寺一佐は、やれやれと言わんばかりにゆっくり首を横に振った。
「真由、コーヒーをお代わり。それと、大事なお客さんにもコーヒーをお出ししてみんなを奥へ。三島、福田一尉に特殊戦術隊出動と伝えてくれ」
一樹が全員を連れて奥に行った後、真由子は震える手で矢神にコーヒーを差し出し、風雷寺一佐のカップのコーヒーを注ぐと、慌てて奥に駆け込んで行った。後を追跡しようとした部下を手で制した矢神は、カップを手に取った。
「君は利口なのか、愚か者なのか分からんよ。風雷寺一佐」
「それは御互い様だろ?だから俺の部隊が到着するまでの時間稼ぎだ。お前達をぶっ潰す」
矢神はまた不敵な笑みを浮かべ、コーヒーを一口飲んだ。
「ブルーマウンテンか。いい豆だな?このコーヒーが次に飲めなくて非常に残念だよ」
その言葉を聞いた風雷寺一佐は、カップをカウンターに置いた。
奥にいた夢美達もベレッタを構える。
未蘭の前にいた萌絵は、ベレッタを二挺持ち、カーテンの隙間から様子を伺っていると、背後から手が伸びてきて一挺が未蘭の手に戻った。
「み、未蘭ちゃん!?」
「これがないと、萌絵ちゃんを守れないでしょ?」
そう言って微笑む未蘭に萌絵が何か言い返そうとしたその時、二人が動いた!
風雷寺一佐と矢神の右手が同時に動き、グロックとMkー23の銃口がお互いの眼前に向けられた。後ろに居た隊員達もベレッタを抜き、更に奥から未蘭達も飛び出してきた。
未蘭、萌絵、夢美の銃口が矢神に突き付けられ、更に一樹、真由子、莉奈、瑛子、彩も風雷寺一佐に合流し、矢神を大人数で包囲する形となった。
普通なら未蘭に有利な状況だが、油断出来ない。何せ、相手は最凶にして最悪のテロリストと呼ばれた矢神正幸なのだ。その証拠に、矢神は堂々としている。
次の瞬間、矢神の姿が掻き消えた。そして、瞬く間に隊員達の目前に姿を現した矢神は、Mkー23をレッグホルスターに収めると、口に指を当て、何やらブツブツと唱え出した。それを合図に、隊員達がベレッタをホルスターに収めた。矢神の目が見開かれ、両手を広げたその時、隊員達の手にM4A1が現れた!
全員がチャージングハンドルを引き、セーフティを解除する。レシーバーが灯りを鈍く反射する。矢神もM16を構える。
一樹が閉店の為に下ろしていたブラインドの隅から外を見ると、街行く人々の間に、大きなバッグを持った戦闘服姿の男達が見えた。どうやら取り囲まれたようだ。
「隊長、囲まれたようです」
「だろうな!お前、車は?」
「この先のコインパーキングです!」
「奇遇だな。俺もだよ!」
「どうします?」
その時、一樹の隣で震える手でベレッタを構えていた莉奈が、風雷寺一佐が窓を見上げている事に気付いた。それに瑛子と彩も気付いた。
「真由、この窓は防弾ガラスか?」
その言葉に、真由子と莉奈、一樹は意図を察した。それに矢神も気付いた。
風雷寺一佐と三人が窓に向き直り、銃口を向けた。そして、風雷寺一佐が叫んだ。
「通行人に当たんなよっ!」
銃声と共に大きな窓ガラスが割れ、破片が路面に散乱する。
通行人が何事かと駆け付けてくる。割れた窓から、まず未蘭達が飛び出してきた。そして、福田店長が飛び出してきて、最後に風雷寺一佐が店長から受け取った機関拳銃を乱射しながら飛び出してきた。
「何人かに別れろ!後で落ち合おう!」
その一言で、萌絵がいきなり未蘭の手を取って走り出した。その後を追うように夢美も走り出す。
この時間は遅い時間なのだが、明日は祝日と言う事もあり、まだ人が多い。
店から矢神達も飛び出してきた。周囲に展開していた部隊が合流すると、矢神の命令で別れて捜索を開始した。
「三上大尉、奴等が逃げた!風雷寺も一緒だ、見付け次第殺せ!『ハウンド隊』出動!」
無線機に向かって叫ぶ矢神の周囲に、付近を彷徨いていた不良達が睨みを利かせながら近付いてきた。最近、秋葉原でカツアゲ事件が横行しており、その犯人が手を付けられない程の不良だと言われていて、被害者は報復を恐れ、誰も警察に通報しなかった。今正に矢神に近付いているのが、その噂の男だった。
男は、白地に龍の刺繍が施されたスエットのポケットから大型の折り畳みナイフを取り出した。外灯の光に照らし出され、刃が鈍く光る。
相手が普通の会社員や学生なら恐れたのかも知れない。だが、相手が史上最凶にして最悪のテロリスト、矢神正幸だった事が、彼の不幸だった。
男が矢神に近付くと、取り巻き達が声援を奥って煽ってくる。
矢神は、背後から近付いてくる男に気が付かないのか、耳に填めたイヤホンから聞こえる報告を聞いている。
男が矢神に手を伸ばしたその時、黒い光の刃が伸び、男の身体を貫いた!
男は、自分の身に何が起こったのか分からない。
目は虚ろになり、白いスエットが赤く染まっていく。ナイフを落とし、力が抜けていく。取り巻き達は唖然としていたが、慌てて逃げ出していく。
光の刃は、矢神の指先から伸びていた。
その刃を引き抜くと、矢神はようやく男に目を移した。
「おいおい、俺の仕事の邪魔するなよ。若造が!」
矢神は死体を足蹴にしたその時、無線が慌ただしくなった。
未蘭と萌絵、夢美は裏路地に逃げ込んでいた。
息を整えた未蘭は、ブレスレットに気付いた。ブレスレットには、聖龍武神を呼び出す機能の他に無線機も備わってる。他にも操縦服に着替える事も出来る。
未蘭は無線機能を使う事も考えたが、隠れていた場合を想定し、まずは息を整える事にした。運動が苦手な夢美は、肩で息をしていて、運動神経抜群の萌絵は心配して背中を擦っている。萌絵は見た目はボーイッシュで他の女の子からもモテていたが、本当は繊細で心優しい娘なで、未蘭ばかり心配しているように見えるが、実はチームの事を一番心配しているのだ。
息を整えた夢美は、萌絵に礼を言うと、ゆっくり立ち上がった。
「未蘭ちゃん、これからどうするの?」
「まずは、みんなを探さないと・・・」
「でも、みんな何処に逃げたか分からないよ?」
「多分、お店近くのコインパーキングだと思う。風雷寺さんと一樹さんが車で来てるって言ってたし、そこしかないと思う」
その時、未蘭のブレスレットからアラーム音が響いた。
『お嬢様、聞こえますか?お嬢様!』
「莉奈、大丈夫なの!」
『私と一樹さんが一緒です!風雷寺さん達や他のみんなが分かりません!』
「私は萌絵ちゃんと夢ちゃんと一緒にいる。これは一斉通信だから、瑛ちゃんや彩ちゃんも聞いてる筈よ!みんな、操縦服に着替えて!」
未蘭の指示で、夢美、萌絵、一樹と一緒にいた莉奈、一緒に逃げていた瑛子と彩がブレスレットのタッチパネルを操作した。
未蘭と夢美、萌絵の身体を光の帯が包み込み、メイド服から操縦服に変わった。
久し振りに着替えると、身が引き締まる。
本来なら、聖龍武神を操縦する時に着用するのだが、戦闘服としても使えるようにデザインされている。
「よし、行こう!」
未蘭達が走り出そうとしたその時、どす黒くておぞましいオーラを感じ取り、足が止まった。
な、何このオーラは!?近くに何が居るの!
その妖怪のようなおぞましいオーラがどんどん近付いてくる。
街中に巣食う魑魅魍魎共が逃げていくのが見える。
慌てて隠れると、角から不気味なオーラを纏った主が姿を現した。
矢神だ!
矢神は耳のイヤホンに指を当て、無線から流れてくる報告を聞いているだけなのだが、漂っている雰囲気が全く違う。やはり、矢神は人間ではない。創造と破壊を司る神、ゴルバが放った魔神だ!闇に巣食い、地獄を支配する魔神だ!
二人の隊員が矢神と合流し、何か報告をしているが、その間にもオーラが矢神だけでなく、二人を包み込んでいる。しかし、二人には見えていないようだ。
未蘭と夢美は身を潜めるが、萌絵は矢神を睨み付けている。
あいつが、あいつが大切な未蘭ちゃんを虐める!未蘭ちゃんがあんたに何したの?何か悪い事したの!?
耐えきれなくなった萌絵は、未蘭が停めるのも聞かずに飛び出した!
矢神が気付き、隊員達も気付く。一斉にM16とM4を構える。だが、それよりも早く萌絵が持つベレッタが吼えた。
9ミリ弾が矢神や隊員達に襲い掛かる。
隊員はなすすべもなく銃弾を浴び、倒れていくが、矢神には通用しない。何故か仁王立ちのまま銃弾を受けている。そして、倒れる隊員からM4を取り上げた矢神は、片手で持ったままトリガーを引いた。
9ミリ弾よりも5.56ミリ弾の方が命中精度も貫通力も遥かに高い。しかも、ハンドガンと自動小銃では射程距離も雲泥の差だ。最大の違いは、フルオート機能の存在だろう。
700ー900発/分の発射速度と新型弾薬のMkー262の組合せは最強だ。アメリカ海軍の特殊部隊SEALsでも使っている弾丸だ。最近では、アメリカ全軍に配備されたようだ。
5.56ミリ弾が萌絵に襲い掛かろうとしたその時、萌絵の周囲に波紋のような波動が出現し、銃弾が空中で停まり、ポトポトと落ちていく。未蘭の防御バリヤーだ!
矢神がM4を捨て、M16を置くと、物陰から未蘭と夢美が現れた。
未蘭と夢美は、萌絵を庇うように立つと、矢神を睨み付けた。
「萌絵ちゃん、大丈夫?」
「ありがとう。未蘭ちゃんが守ってくれたから、平気だよ」
その言葉と笑顔に、未蘭は微笑みで返した。そして、夢美も笑顔を見せた。そして、矢神と向かい合った。
矢神は、いつもは見下したかのような不敵な笑みを浮かべるが、今は何か意図があるか如くじっと見据えている。
無線からは、部下達の情報が流れてくる。どうやら警察と警察の特殊部隊が到着したらしい。
舌打ちをした矢神は、右手の人差し指を口に当て、何やら呪文のような物を唱え出した。はっきりとは聞こえない。だが、周りの空気が一変した事は分かった。
呪文が終わったと同時に矢神がゆっくり手を差し伸べたその時、足元の地面がグラリと揺れた。
「この地に眠りし魂よ、我の呼び掛けに答えて目覚めよ!」
その言葉と同時に、アスファルトの地面にヒビが走る。そして、いくつか盛り上がってきたではないか!
地面から現れたのは、ぼろ布を身に付けた白骨達だった。旧日本軍の軍服やモンペに防空頭巾姿の白骨達は、穴だけとなった眼で睨んでいるようにも見える。
未蘭はネットで調べた日本の歴史の中で、この街に起きた悲劇を思い出した。
昭和19年 第二次世界大戦末期、東京は大規模な空襲に見舞われた。東京大空襲だ。
サイパンから出動したBー29の編隊は、3月10日未明よりM69焼夷弾を大量投下。実に10万人以上の尊い命を奪った。史上最大の虐殺とも言われている。
Bー29の独特なエンジン音は、人々の恐怖の対象となっていた。
銀色の翼を広げ、群れなす渡り鳥の如く飛来したBー29は、大量のM69焼夷弾と言う死の雨を降らせ、大勢の人間に恐怖を与え、死を与えた。
その紅蓮の炎は、住み慣れた家屋を焼き払い、逃げ惑う人々を獲物を喰らう大蛇の如く呑み込んだ。そして、暗雲の如く黒煙の影響で、一酸化炭素中毒によって命を落とした者も居たと言う。どうやら、目前に現れた白骨達は、東京大空襲の犠牲者達のようだ。
「こいつらは『骸兵』だ。俺は忙しいのでお前達の相手をしてもらう。じゃあな」
矢神が腕を振ると、闇に溶け込むように消えて行った。
骸兵が近付いてくる。がしゃり、がしゃりと不気味な音を立てて近付いてくる。ただの穴となった眼で睨み、棒のような腕や手を伸ばし、よろけながらも近付いてくる。
矢神は何故召喚したのであろうか。空襲で命を落としたとは言え、安らかに眠っていただろうに・・・。
もはや、魂だけは天に召され、脱け殻となった骸だけが残っていたのだろう。矢神に召喚され、戦う為の道具として利用されるのだろう。
骸兵が襲い掛かってきた!
未蘭と萌絵が軽やかに交わすが、夢美は首を掴まれた!ただの骨の腕だが、物凄い力だ。
運動が苦手とは言え、夢美も今は亡き鳳城中佐から格闘訓練を受けている。他のメンバー程ではないが、かなりの腕前だ。
腕を掴み、広げていく。
まるで木の棒を掴んでいるような感触だが、物凄い力だ。どこからこんな力が出るのか分からない。
その時、萌絵が助けにきた。
膝蹴りが骸兵の腹部に決まるが、感触がない。廻し蹴りを叩き込むと、背骨が折れて崩れ落ちてしまった。
「な、何これ!?」
「この人達は力があるけど、身体の強度はない。矢神さんは時間稼ぎの為に召喚したんだと思う!」
萌絵と夢美は感心した。
未蘭は骸兵と戦いながらも矢神の考えを冷静に分析していたのだ。同時に、強い怒りを感じていた。
1945年の大規模空襲の際、この者達は激動の時代の翻弄され、命を落としてしまった。
死体となり、ようやく落ち着きと取り戻し、安らかに眠っていたのであろう。しかし、あの矢神に召喚され、時間稼ぎの為に召喚された。許しがたい暴挙だ。
矢神は人間を何だと思っているのだろうか?死体までも自分の手先として利用している。絶対に倒さなくてはならない!
だが、骸兵は予想以上に脆かった。
力は強いが正拳突きや蹴りだけでいとも簡単に崩れ落ちる。やはり、時間稼ぎだけのようだ。
萌絵と夢美が最後の一体を蹴り倒すと、残骸はスッと消えて行った。
息を整えた未蘭は、思い出したようにブレスレットを口元に近付けた。
「みんな気を付けてっ!矢神さんが近くにいるっ!」
未蘭からの連絡が、秋葉原中を逃げ回っていた仲間達に伝わっていた。
莉奈と一樹は、大通りで彩と瑛子と合流し、日本最大のアイドルグループの劇場前で二人の隊員を叩きのめした風雷寺一佐と真由子に出会ったところだった。
風雷寺一佐はM4を取り上げると、一樹に隊員達からタクティカルベストを奪い取るように指示した。タクティカルベストはアメリカの一流メーカーの製品で、レッグホルスターも一流品だ。M4マガジンポーチには、フルロードのマガジンが納められていて、ピストルマガジンポーチにはベレッタのスペアマガジンがあった。
M4は第一空挺団にある特殊部隊、特殊作戦群でも採用されていて、風雷寺一佐と一樹も使って訓練をした経験がある。
風雷寺一佐は、M4のチャージングハンドルを少し引いて薬室を確認すると、戻して周囲を警戒しつつ莉奈と一樹に近付いた。
「三島、周囲の警戒を怠るな!スペードダーツが本腰を上げてきたな!」
「部隊はまだ到着しないようですね?」
舌打ちをした風雷寺一佐は、携帯を真由子に手渡した。
「駐屯地に連絡して、部隊の状況を聞いてくれ。三島、この子達はお前が守れ!」
「えっ!俺がッスか!?」
「田崎三佐が来る筈だから、合流したら奴らを叩くぞ!それと、その子達から離れる事は許さん!こいつは命令だ。逆らったり離れたりしたら懲罰を与える!」
一樹は、心配そうに見詰める莉奈の頭に手を乗せると、優しく撫でた。そして、風雷寺一佐に向かい、力強く頷いた。
「よし行くぞ!後方は俺、先頭は真由、頼むぞ!」
真由子は驚いた。
「わ、私!?け、拳銃だけだよ!?」
狼狽える真由子。しかし、心配は無用。
風雷寺一佐がM4を振り上げ、ストックで背後から迫ってきた敵兵の顔面を打ち、更に頬に強烈な右フックを叩き込んだ。
卒倒した隊員からMP5A5を奪い取ると、真由子に手渡した。
「三島、こいつから装備を奪え。真由、急げよ」
一樹は、気絶した隊員からタクティカルベストを奪い取り、真由子に手渡した。
メイド服の上からタクティカルベストを装着した真由子は、MP5のコックレバーを引いた。
しばらく進むと、とあるライブハウス前で三上のグループと出くわしてしまった。
直ぐ様路地に隠れるが、猛烈な一斉射撃を受けてしまった。
相手は十数人居て、全員がサブマシンガンやカービンを持っている。しかも、M60E3軽機関銃まである。一方の風雷寺一佐達は、M4が二挺とMP5が一挺のみ。状況は明らかに不利だ。しかも、隠れるところは狭い路地だけだ。
その時、真由子の装備から声が聞こえてきた。莉奈と一緒に探って見ると、小型無線機が出てきた。
海外のメーカーの製品で、アメリカ軍の特殊部隊も使っている高性能無線機だ。
『三上大尉より矢神司令へ、風雷寺達を補足!』
『了解した!絶対に逃がすな!ハウンド隊はどうした!』
『ハウンド隊朝倉中佐より矢神大佐へ、車両部隊は自衛隊特殊部隊と交戦中だ!そう急かすな!』
風雷寺一佐は聞き覚えのある声に驚きの色を隠せなかった。
ハウンド隊とは、スペードダーツ日本支部のみに存在する車両や航空機の操縦の専門部隊で、スペードダーツが特殊部隊であるならば、ハウンド隊は特殊部隊を支援する特殊部隊のような物だ。
指揮官の朝倉 誠は、元陸上自衛隊の天才的ヘリコプターパイロットで、かなり高度な操縦技術を持っている優秀なパイロットだ。だが、数年前の災害派遣出動命令が発令された時、出頭命令を拒否し、家族を殺害して行方不明となっていた。
風雷寺一佐も朝倉の事は知っていた。空挺レンジャーの時、朝倉が操縦するUHー1からリぺリング降下した事があり、優秀なパイロットであったと記憶している。
風雷寺一佐は、信じられないように呆然としている真由子から無線機を奪い取り、トーンスイッチを押した。
「朝倉二佐!どうしてスペードダーツにいるんですか!?」
『おぉ風雷寺か、君が一等陸佐に昇任するとはなぁ』
「あいさつなんかどうでもいい!なぜテロ組織なんかに!」
朝倉は、魔導界の秋葉原上空でホバリングしているUHー1の機内にいた。
至って普通の優男で、とてもテロリストとは思えない。だが、ヘルメットのゴーグルの奥に輝く眼は、研ぎ清まされた刃の如く鋭い。
「勘違いしてもらっては困る。俺は元からスペードダーツのメンバーだ。陸上自衛隊にいたのも、ヘリの操縦技術を取得する為だ。矢神から帰還命令が出たので部隊に復帰したまでの事。まぁ、家族には悪い事をしたがな」
そう言って笑う朝倉。
風雷寺一佐は、無線機を地面に叩き付けて破壊してしまった。
真由子は、風雷寺一佐がここまで怒りを見せるとは思いにもよらなかった。
風雷寺一佐は、陸上自衛隊の若手幹部の中でもエリート中のエリートで、上層部の信頼も厚かった。
普段の風雷寺一佐は、優しくて思いやりがあり、滅多に怒る事はなかった。婚約者の真由子でさえ、物を叩き付けて壊す程に怒りを見せた風雷寺一佐を見た事はなかった。
朝倉は、風雷寺一佐の防衛大学校の先輩でもあった。
厳しい防大の中では、上級生の厳しい扱きがあり、風雷寺一佐も朝倉に指導を受けていたが、時々一緒に食事を取ったり、遊びに行ったりもした。
卒業後、朝倉は航空隊の操縦訓練をする明野学校に進み、風雷寺一佐は幹部学校に進んだ。
月日は流れ、空挺部隊の検閲演習の時、朝倉と再会した。
既に凄腕パイロットとして名の知れ渡っていた朝倉は、エリートとなっていた風雷寺一佐を見て素直に喜んでくれた。だからこそ、愛していた家族を惨殺して逃走した時には信用しなかった。
怒りを露にしている風雷寺一佐にそっと近付いた莉奈は、肩に手を置いた。
「落ち着いてください風雷寺さん。お知り合いが敵にいた事で取り乱しているお心はお察し致します。ですが、今はこの状況を何とかしませんと、私達は全滅してしまいます!」
風雷寺一佐はまた驚いた。
莉奈は未蘭の身の回りの世話をしていたとは聞いていたが、ここまで他人の気遣いが出来る者はいないだろう。それに、物事を冷静に判断している。未蘭が部隊の指揮官なら、莉奈は指揮官のサポートに徹する副官なのだろう。
眼を閉じた風雷寺一佐は、深呼吸した。
しっかりしろ空悟!朝倉二佐がテロリストに寝返っていたのは知っていた筈だろ!
眼を開いた風雷寺一佐は、M4のチャージングハンドルを引いて顔を少し出した。
路上駐車の4WDが見える。その向こう側に横一列になった敵部隊が見える。
風雷寺一佐は意を決した。
「三島、前に出るから援護しろ!真由、田崎三佐に到着を急がせろ!」
一樹がM4を乱射すると、風雷寺一佐もM4を乱射しながら前進を開始した。
三上が路地に逃げ込むが、三人が銃弾を受けてしまった。
路上駐車していた車の背後に到着した風雷寺一佐に、隊員の一人が迫る。
M4を置くと同時にグロックを抜き、銃弾を撃ち込む。
9ミリ弾を撃ち込まれた隊員が倒れると、M203付きのM4を持っていたので、持ち変えて様子を伺う事にした。その時、倒れた隊員から無線が聞こえてきた。
『三上大尉、そこに大勢はいらない。半分は残りの小娘を探し出して始末しろ。そっちには俺が行く!』
『了解しました。では、奴らに置き土産を残して行きます』
嫌な予感がした。
見ると、隊員達が何か持ち出してきた。それを見た風雷寺一佐の顔が強張った。
「みんな逃げろっ!」
一樹が物陰から顔を出すと同時に、RPGー7ロケットランチャーを構える姿が眼に飛び込んできた。
風雷寺一佐が走り出す。ロケット弾が発射される。
4WDに命中する。爆音とともに大破し、爆風によって風雷寺一佐が吹き飛ばされた。
一樹と真由子が慌てて駆け付けるが、風雷寺一佐が脇腹を押さえながら立ち上がって走り出した。
「再装填急げっ!」
三上の命令が風雷寺一佐の耳に入る。
RPGー7の再装填が終わり、グリップ根元にあるハンマーを起こす。
風雷寺一佐がM4を構えようとするが、脇腹の痛みが激しくて落としてしまう。
そのM4を拾う者が居た。真由子だ!
M4を拾った真由子は、躊躇いもなくM203のトリガーを引いた。
危険を感じた三上が退避を命じると同時に爆発し、数人が吹き飛ばされた。
「あたしの空悟に何すんのよ!」
真由子がM4を下ろしたその時、物陰から三上と二人の隊員が飛び出してきてM4を乱射する。
真由子の背後から銃声がした。同時に三上が仰け反る。
見ると、瑛子がMP5を構えて立っていた。
「私だって軍事訓練を受けてるんだから!ナメるな!」
瑛子がMP5を乱射する。
MP5は9ミリ弾を使用する為、フルオートのコントロールは容易だ。
三上が肩を押さえながら物陰に隠れる。
「三上大尉から矢神司令へ!緊急事態発生!敵から反撃を受け、負傷者が出ております!」
『なんだと?まともな戦闘員は風雷寺と若造くらいの筈だろ!』
「小娘の一人がサブマシンガンで攻撃中!」
『畜生っ!ハウンド隊は今、自衛隊と交戦中だ!三上大尉、部隊を立て直す!魔導門は開けておく、そこに残っている者を指揮し、魔導界に撤退せよ!後は任せろ!』
「大佐殿、今回は自分の責任であります。処罰は後程」
『今は撤退に集中せよ!各部隊に命令する。総員撤退せよ!待機部隊は撤退を援護せよっ!』
矢神との交信が終わると、三上の背後の空間が歪み、穴が開いた。
穴から武装した隊員が飛び出してきた。
瑛子がサブマシンガンを乱射しながら後退するが、相手の方が数が多すぎる。
三上の命令で部隊が穴に入っていく。その間、M60E3が撤退を援護する。
M4を持った莉奈も瑛子の援護を開始する。しかし、弾幕が激しすぎる。
M60E3は初速は550発/分以下と遅いが、射程距離1500メートルは侮れない。しかも7.62ミリNATO弾と言う強力な弾丸を使う。M4の5.56ミリ弾やMP5の9ミリ弾よりも射程距離や貫通力は上だ。
ようやく覆面パトカーが駆け付けてきた。しかし、無駄だったようだ。
瞬く間に蜂の巣になっていく。
タイヤも破裂し、フロントガラスが血飛沫に染まる。
真新しい覆面パトカーをスクラップにしたところで、撤退を支援していた部隊が前進し、援護射撃を繰り返す。
一瞬、弾幕が止んだ。
建物の陰にいた瑛子が飛び出す。迂闊だ!
目の前には、隊員二人がいる。
瑛子がMP5のトリガーを引くが、弾が出ない。弾切れだった事に気付いていなかったのだ。
マガジンを交換しようとするが、隊員がM4を構える方が早い!
真由子が助けようとして飛び出すが、隊員達がトリガーを引く方が早かった。
M4のボルトが前後し、紫煙と同時に薄汚れた真鍮の薬莢を排出する。マズルからフラッシュと共に5.56ミリ弾の弾頭が回転しながら飛び出し、瑛子に襲い掛かる。しかし、空間に波紋が広がり、弾丸が空中に止まってポトリと落ちる。
瑛子がゆっくりと振り向くと、未蘭だ。未蘭が夢美と萌絵と一緒に来てくれたのだ。
M60E3が唸り、弾丸を吐き出す。
100発のベルトリンクが吸い込まれ、薬莢とリンクの乾いた金属音が響く。
未蘭が両手を広げ、防御バリアーを強くする。
次々と波紋が広がる。そして、弾丸が落ちていく。さすがの歴戦を経験した猛者共も動揺を隠せない。
『何をしている!無駄弾を使うな!撤退しろ!』
無線からの矢神の指示で、支援部隊も撤退していく。
未蘭は、瑛子の肩をポン、と叩いた。
「遅れて御免ね。大丈夫?」
「平気だよ!未蘭ちゃんが来てくれるって信じてたから!それより、風雷寺さんが!」
急いで駆け付けると、風雷寺一佐はぐったりとしていて、真由子が泣きながら脇腹を押さえている。
さっきのRPGー7の攻撃で負傷した事は明白だ。脇腹を見ると、夥しい出血だ。ワイシャツと共に、真由子の細くてしなやかな指までもが赤く染まっている。
あの元気だった風雷寺一佐の変わり果てた様子を見た未蘭は、呆然としている莉奈の手を握った。
「莉奈、貴女の特殊能力を使って、風雷寺さんを助けてあげて!」
未蘭の真剣な表情を見詰めた莉奈は、一瞬躊躇した。しかし、事態は急を要する。
「・・・分かりました。やってみます!真由ちゃん、風雷寺さんの手をしっかり握ってて!」
苦しむ風雷寺一佐の脇に腰を下ろした莉奈は、両手を合わせ、空を見上げた。
夜空に瞬く星達は、息も絶え絶えになった風雷寺一佐を幼児を見守る母の如く優しい輝きで見守っている。
その宝石を散りばめたような星空を見上げた莉奈は、そっと目を閉じた。
「天に輝く星の神々よ、我の求めに応じ、この者の傷に癒しを、この者の心に安らぎを与えたまえ」
驚くべき事が起こった。
空に瞬いていた星の光が大きくなったと思いきや、天空から光の粒が降りてきたではないか。
まるで光のシャワーのように降り注いだ粒は、莉奈の広げた手の中に集まっていく。
莉奈の手の中に集まった光の粒は、それ自体が星のように光輝き、またキラキラと瞬いて見る者の心を魅了する。
その手に集まった光の粒を風雷寺一佐に振り掛けると、莉奈は両手を神に祈りを捧げるように握り締めた。
光の粒が風雷寺一佐の脇腹の怪我を治療していく。
痛みが消えていく。無くなるのではない。消えていくのだ。
恐怖感は無い。不思議な安心感がある。それに、温もりを感じる。
莉奈の特殊能力は、治癒の力。重傷だけでなく、あらゆる毒物にも有効であり、消費した体力も回復してしまう。だが、死体には効かないらしい。
未蘭の話では、生まれ育った母星でも不老不死は不可能だったらしい。
死はごく自然な事であり、誰も逆らう事は出来ない。怪我の治癒も自然な事であり、誰も逆らう事は出来ない。もし、風雷寺一佐が寿命を迎えていた場合、治癒は出来ないそうだ。
目を開けた風雷寺一佐は、脇腹の怪我が全く無くなっている事に気付いた。そればかりか、疲れも無くなっているではないか。
ゆっくりと起き上がると、真由子が泣きながら抱き着いてきた。余程心配していたのか、幼児のように泣きじゃくった。風雷寺一佐は、真由子の頭を優しく撫でた。
「ありがとう、助かったよ」
風雷寺一佐の笑顔を見た莉奈は、笑顔で大きく頷いた。
今まで、戦で傷付いた者にも治癒の力を使った事があった。
致命傷に近い怪我を負った者が多く詰め掛けた。
多くの者が快復したが、快復せず、還らなかった者もいた。中には、莉奈を家臣にしたいと申し出た武将もいた。そして、未蘭に大金を手渡し、莉奈を買い取りたいと言い出した富豪も現れた。
困り果てた莉奈は、未蘭を交えて帝に相談し、特殊能力を封印したのだ。そして、帝も御触れを出して、未蘭達に占い以外で近付く事を禁止したのだ。
だが、今回は違った。
風雷寺一佐の心からの礼を聞いた莉奈は、治癒の力を持っていた事を漸く神に感謝する事が出来た。
真由子と一樹の手を借りて立ち上がった風雷寺一佐は、未蘭が差し出したM4を受け取ると、チャージングハンドルを引いた。
未蘭が落ちていたベレッタに手を伸ばしたその時、また感じた。あの、不気味なオーラを。
ゆっくりと路地から通りに出ると、ディアステージの前にあの男が居た。矢神が両の拳を握り締め、仁王立ちで睨んでいる。
腰の後ろに右手を回すと、大型のナイフを取り出した。
アメリカのオレゴン州ポートランドに本社を置くガーバー社が製造販売しているアルティメットサバイバルナイフに形は似ているが、それよりも刃が長い。
そのナイフを左手に乗せた矢神は、右手の人差し指を口に当て、呪文を唱えた。
ナイフに恐るべき変化が起きた。
頑丈な刃が伸びて太刀の刃の如し。グリップも伸びて太刀の柄の如し。だが、美しい刃を持つ日本刀とは違い、刀身は墨を流したが如くどす黒い。そして、異常に禍々しい妖気が漂っている。
「これは我が愛刀、銘は『煉獄』。小娘、中々の手練れとお見受けする。名乗られよ。刀を持っているならば手に取るがいい」
古めかしい口調で煉獄と銘打った刀を構えた矢神。
矢神と静態した未蘭は、ブレスレットを操作した。
パネルに『山茶花』の文字が現れた。未蘭は、意を決してその文字を押した。
操縦服のベルトから光の帯が伸びた。その帯に手を差し出すと、徐々に形を成した。
現れたのは刀だった。
矢神の持つ煉獄とは違い、見るからに美しい刀身を持つ刀ではないか。
刃の形状といい、刀身の紋といい、柄の拵えもまた見事だ。それに、見る者の心を魅了する程に美しい。
柄には山茶花の拵えがあるが、それも見事な物だ。しかし、普通の刀とは違い、刀身には山茶花の花びらが施されているが、それもまた美しい。
「我は聖龍の巫女が頭、鳳城未蘭!矢神正幸、我が愛刀『山茶花』の錆にしてくれる!」
「小賢しい小娘よ・・・。特殊強襲部隊スペードダーツ司令官矢神正幸、御相手仕る!」
矢神が斬りかかる。
未蘭が受け止める。同時に激しい金属音が響く。
ディアステージに所属しているアイドル達も窓から顔を覗かせる。
矢神も去ることながら、未蘭の剣の実力は見る者を圧倒する。は 前後に進みながら剣を繰り出す矢神、しかし、未蘭は山茶花で受け止め、弾き、斬りかかるが受け返される。だが、直ぐに剣を繰り出す。
矢神が渾身の力を込めて降り下ろす。凄まじい金属音と共に、山茶花の刀身が真っ二つに折れてしまった。
驚くべき事が起こった。
折れた刀身が一瞬の内に山茶花の花と花弁へと変化したのだ。
山茶花の花と花弁が舞い上がり、未蘭を包み込む。その姿たるや、花吹雪の中に立つ天女の如し。
花弁が刀身を包み込むと、あろうことか、未蘭の刀が元の美しい姿に戻ったではないか。心なしか、美しさが際立って見える。
矢神は思わぬ事態に驚きを隠せなかった。
「・・・解せぬ。何故?」
未蘭は不敵な微笑みを見せた。
「我が愛刀、山茶花には自己再生能力がある。一度折れてもたちどころに再生される。そして、切れ味が増すのだ!矢神正幸、その首貰い受ける!」
矢神の表情が険しくなった。
「小生意気な小娘風情が戯れ言を申すなっ!拙僧が切り刻んでくれるわっ!」
矢神が空いていた手を翳すと、太刀が沸き出るように姿を現したではないか!
形こそ同じであれど、刃は鈍い光を放つ銀色だ。
今度は矢神が不敵な笑みを見せた。
「これは我が愛刀『天道』。我が愛刀は二振りで一つ。煉獄が闇であるなら天道は光。この二振りが抜かれたなら、血を見ぬ限り鞘に収まらぬわっ!」
右手に煉獄、左手に天道を持った矢神は、右手を下げて煉獄の鋒を地面に付け、左手を真後ろに伸ばし、足を踏ん張った。
未蘭は、山茶花の峰に手を添え、そのまま頭上に構えた。
矢神の身体が疾風の如き速さで迫る。天道の刃が街灯の灯りを反射し、迅雷の如く振り下ろされる。
山茶花で受け止める。同時に下から煉獄が迫る。
鋒が未蘭の顎を掠める。
矢神が両の刀を頭上に構えると、下から未蘭の爪先が迫る。
爪先が矢神の顎を捕らえ、仰け反ると同時に、未蘭が側転して地面に降り立つ。
辛うじて踏ん張った矢神は、煉獄を降り下ろす。
未蘭が山茶花で受け止めるが、同時に天道が振り下ろされる。
凄まじい金属音と共に、別の刀が伸びている。萌絵だ。
「矢神正幸、我が愛刀『菖蒲』で切り刻んでやる!」
萌絵の愛刀は菖蒲。
刀身には紫の花弁が鮮やかな菖蒲が施されてあり、刀自体も山茶花同様、業物だ。
美しくも儚い菖蒲とは裏腹に、萌絵の菖蒲は天下一の剛刀と呼ばれる長曾根虎徹をも凌駕する剛刀なのだ。
萌絵が弾く。そして、未蘭と同時に斬りかかる。
矢神が後退しつつ両の刀で受け、弾く。
矢神の背後から彩が飛び掛かる。その手には、二本の小刀が握られている。
銘は『露草』。
露草のように小さく可憐な刀であるが、特殊能力はない。彩のたぐいまれな身体能力による連続攻撃で敵を翻弄し、莉奈の特殊装備の出番となる。
矢神が彩の立て続けの攻撃を受けた後、両の刀で横に払う。
彩が仰け反るように交わしたその時、莉奈が見た事の無い巨大なハンドガンを構えている姿が目に飛び込んできた。
ハンドガンと呼べるのか疑問になる程の大きな銃で、本体には百合があしらわれてある。更に、銃身下部にはバヨネットナイフが折り畳まれてある。
銘は『白百合』。
聖龍武神のエネルギーでもある大気に充満しているナチュラルエネルギーを撃ち出し、その光弾は莉奈の意思で自由に操る事が出来る。
トリガーを引くと、白色の光弾が撃ち出され、矢神を襲う。
矢神は両の刀で弾くのが精一杯になった。
次々と撃ち出される光弾を弾き飛ばしている隙を付き、未蘭が斬りかかる。
矢神が煉獄で山茶花を弾き飛ばす。
山茶花を落とした未蘭を助けようと彩と萌絵が駆け寄ろうとするが、矢神が天道を降り下ろすのが早かった。だが、その手に紐のような物が巻き付いた。見ると、槍の刃先のような分銅が着いたロープが巻き付いているではないか。
「私の未蘭に何すんのよ!」
そう言って紐を締め上げる。
夢美の特殊装備は『柳』。
ただの紐に分銅を着けただけに見えるが、凄まじく頑丈な繊維を使用している為、萌絵の菖蒲や未蘭の山茶花をもってしても切断する事は出来ない。更に、反対側の柄には小刀まで仕込まれてあった。
矢神が煉獄で柳に斬り付ける。煉獄は装甲車の分厚い装甲をも切り裂く。これでマレーシア陸軍の装甲車を乗員と共に真っ二つにした。
だが、柳は違った。いくら斬り付けても切れない!
煉獄を地面に突き立てた矢神は、柳を掴むと、手繰り寄せ始めた。
じわりじわりと近付く夢美の背後から、莉奈が白百合を射撃しながら接近し、銃身下部にあるバヨネットナイフを展開して斬り付けてきた。
矢神は天道を逆手に持ち替え、白百合のバヨネットナイフを受け止める。
莉奈の攻撃を交わしたと同時に彩と萌絵が斬り掛かる。
天道で受け止めるが、空かさず瑛子が駆け寄り、ハルバートのような武器で矢神に襲い掛かる。
銘は『向日葵』。
長い柄に文字通りヒマワリをあしらった刃が先端に装着されていて、一番の大物だ。
さすがの矢神も突き立てた煉獄を抜き、両の刀で受け止めるしかなかった。
両膝を曲げ、衝撃に耐えうるが、彩と萌絵の水平蹴りが腹部に決まり、吹っ飛ばされて背中からディアステージの壁に叩き付けられ、よろめきながら立ち上がったところに未蘭と莉奈の蹴りにより正面ドアを突き破って店内に転がり込んでしまった。
店内から出て来ると、未蘭達だけでなく、風雷寺一佐達やスペードダーツとは違う黒い戦闘服に89式小銃を持った部隊が集結していた。陸上自衛隊特殊戦術隊だ。
全員がレンジャー以上の資格を保有し、アメリカ陸軍のデルタフォースやアメリカ海兵隊で特殊訓練を受け、凶悪テロに対する最後の手段として編成されたのが、陸上自衛隊陸上幕僚監部付特殊戦術隊なのだ。
周囲を見渡し、状況を判断した矢神は、両の刀を消した。
「今日のところは引き揚げる。鳳城未蘭!次は勾玉とその首を貰い受ける!」
そう言って腕を振ると、矢神は姿を消した。
その後、警察の大規模な現場検証が行われた。
大通りでは、警察の特殊部隊とスペードダーツ車輛部隊の間で前代未聞の大銃撃戦が発生し、死者は出なかったものの、双方に重傷を含む負傷者が出たらしい。だが、警察の特殊部隊と報道されたが、実際には特殊戦術隊だったのだ。
未蘭達は藤咲警視から事情聴取を受けた後、帰宅を許された。
マンションに着いたのは、明け方近くだった。
ベッドに上半身をを起こした未蘭は、白み行く空を見詰めていた。
隣のベッドでは、莉奈が静かに寝息を立てている。その寝顔は、天使のように安らかだった。
未蘭の脳裏には、矢神の言った一言が繰り返されていた。
何故あんな事を言ったのか、未蘭は薄々ではあるが、分かってきたような気がする。それは、矢神の正体だ。
ふっと溜め息を付いた未蘭はベッドに横になり、目を綴じた。そして、ゆっくりと休む事にした。




