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映画を観に行った話

作者: 江葉

エッセイでははじめまして。



 大好きな漫画が映画になったので観に行くことにした。

 漫画の段階で大泣きした話であるからして、入念な準備が必要である。


 わりとドライな友人がすでに観ていて「ちょっと泣いた」と言うからには、号泣を覚悟しなければならない。自分の涙腺の弱さを侮らないことだ。とにかく私はよく泣く。さすがに映画泥棒で涙腺が緩むことはないが、上映前の予告編でうっかりすると泣いたりするので油断はできない。

 まず、ハンカチは二枚用意することにする。

 しかし二枚で足りるのか? 私の持っているハンカチとはいわゆるハンドタオルというやつだが、サイズがいささか心もとない。かといってフェイスタオルは持ち運ぶにはちょっとかさばる。困ったことにほどよい大きさのタオルが手持ちになかった。そして泣くことはわかっているが、どれくらい泣くのか自分でも予測がつかなかった。

 さらにこの時期である。名前を言うのも恐ろしい黄色い粒々が空を飛び目と鼻を攻撃してくる。外に出るだけでもう涙目だ。

 そんな、刺激されまくった私の目と鼻に、さらに映画という強敵が待ち受ける。とてもハンカチ二枚では足りるまい。

 そこで思い出したのは手ぬぐいだった。長さはフェイスタオルほどもありながらほどよい薄さ、さらに肌触りが良い。夏場のライドで大活躍していた手ぬぐいだが、去年あまりの暑さに水で濡らして使うクールネックチーフに出番を奪われてすっかりお茶を挽いていた。手ぬぐいさんがあったではないか。こいつを使おう。


 泣く準備が整ったところで次の用意に入る。それは、原作を読み返さないことだ。

 原作を知っているとどうしても予習復習をしたくなる。このシーンはあるかな、このセリフをどう表現してくれるのだろう。期待に胸が膨らみついつい読みふけってしまう。危険な罠だ。

 映画というのは時間が限られている。時間の都合上、どうしてもカットされるシーンがでてくるのだ。

 それが風景やモブシーンならまだ良い。問題は、好きなシーンをカットされた場合だ。


 以前、やはり大好きな小説が原作の映画を見に行き、一番好きなシーンがなかったことがある。主人公のセリフがワンシーンまるごとなかった。私はそこで泣いただけに許せず、以来その映画は二度と観ていない。いやもう一度観たいなとは思ったのだが「でもあのシーンないんだよな……」と思うと観る気が失せるのだ。小説を読み返しても、なぜこのセリフがカットされたのかわからず、もやもやが残る。


 このように映画を見る前に原作を読み返すのはとても危険な行為なのである。部屋に収まりきらない本の山の中から漫画一冊発掘するのが非常に面倒くさいというのもあるが、うっかり「うわ、これそうだったのか!」「このキャラのこれがあそこに繋がってた……?」などの新たな発見をしてしまうとやはりカットされていた時のがっかり感が大きくなるので止めておくのが正解だろう。

 なお、今回は件の友人が「○○のシーンがなかった」とネタバレしてくれたので、心構えができている。こういうネタバレは有り派だ。


 さて、たった二つだが大切な準備が整ったところでいよいよ映画館へ行くわけだが、私の場合、映画館までが遠い。

 物理的に遠いというのもあるが、心理的に。そもそもこの季節、できる限り外出したくないのだ。目に見えない空飛ぶヤツは誰かれ構わず襲ってくる。およそ容赦というものがない。

 ライドはまだ良い。自転車に乗っているときに他人を気にしている人は滅多にいない。どうしてもの時は降りて鼻をかめばいいだけだし、案外そういう人はいっぱいいる。

 しかしバスと電車を乗り継いでの外出となると他人の目が気になる。ワクチン接種は済ませているし発熱もないが、このご時世、近くで鼻をぐすぐすいわせて時にくしゃみする人の近くには寄りたくなかろう。花粉症です、といちいち言うわけにもいかない。そもそも誰に対しての言い訳なのだ。

 さらに私は乗り物酔いしやすい体質だ。バスで酔い、電車で酔う。新幹線でも酔う。遊園地なんて乗り物酔いに行くようなものだ。なんなら自分で運転してる車でも酔う。昔、ジムの体験に行った時、ランニングマシンで酔った時は自分でも引いた。

 この寒い中、風も強くヤツが飛び交っている外に出て、バスと電車で酔い、それでも映画を観に行く気になるか……? そもそも私はよほど楽しみにしていないと遠出しない引きこもりだ。コロナ禍でそれが加速した。荒川サイクリングロードがせいぜいである。


 家を出る直前までどうしよっかな~と迷い、いいや、行っちゃえ、と吹っ切れた。バスまでは徒歩なので防寒対策をして着ぶくれ、マスクにはウィルスとヤツをガードしてくれるスプレーを吹きかける。鞄に財布と手ぬぐいをしっかりと入れた。


 バスと電車で案の定酔い、映画館に着く。ぎりぎりまで迷っていたせいで放映時間間近だった。

 幸い予告編に泣けるものはなかったのだが、私の涙腺は伊達ではない。タイトルが出てきたところでもう涙が出てきた。

 私の大好きな作品が、音声と音楽と色を伴って眼前に広がる。世界がそこにあるのが嬉しくて、幸せだった。


 手ぬぐいは大活躍した。


観に行った映画は「金の国 水の国」です。とても素敵な話なのでたくさんの人に観てもらいたいです。

一番好きなシーンではBGMではなく挿入歌でさらに泣けました。声を出さずに泣いたので喉が痛いし、終わった後は瞼が重くて大変でした。

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― 新着の感想 ―
泣くのを前提にした念入りな準備と覚悟がすごい。原作への思い入れがあると演出の都合で原作改変やカットが出てくるの気が気じゃない。 映画じゃないが自分はライトノベルの小市民シリーズ、トロピカルパフェ終盤の…
[一言] ああ、こ、これも、お伝えしたい!!! 「金の国 水の国」は、漫画とアニメは見ましたが、まさか小説があるとは!!良いことを教えて下さりありがとうございます! アレは泣けます。 号泣後には赤く腫…
[良い点] ああ?! 連続の投稿失礼致します! す、すごい、人生の後半でエッセイまで面白くさらに、共感部分が多すぎる… さ、流石江葉様だ…文章力が半端ない、これが「パネェ!」ということでは?! 書…
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