王家の残念な婚約者
教育機関の入学まで残り三日ほどになった。
相変わらず俺はミレーちゃんとラブラブ……とは言えない、主従関係として接しながら過ごしていた。
そんなある日、扉がコンコン、とノックされる。
「ミレー、どうぞ」
ノックの仕方で他の使用人さんなのか、両親なのか、それともミレーちゃんなのかの判別がつくようになってきた。案の定彼女が入ってくると、少し困ったような顔で話しかけてきた。
「すみませんリーシュ様。アイバルト・クレイ様がお見えになられました」
(アイバルト・クレイ……?いや、待て。確かリーシュの記憶では……)
アイバルト家。この国の王家である。
アイバルト王も王妃も賢王として知られ、様々な法案を出していると聞く。
しかしそんな王家の人が、俺になんの用だろうか。
思い出せ、確かリーシュの記憶では……。
「……あ、もしかして私の婚約者である、アイバルト家第三王子であらせられるクレイ様……?」
「……はい。リーシュ様は数日後、名門の学園に通うことになるのはご存知だと思いますが、どうしてもお会いしたいと……」
会いたくない、というのが正直な気持ちだ。そんな時間を割くのであればミレーちゃんとお昼寝をしたい。
だが、断れない理由があった。
それは、エドモンズ・リーシュとアイバルト・クレイは、『婚約関係にある』という事だ。
正確にはまだ結婚していないのだが、結婚を取り付けられている。
(……婚約破棄したい。俺はミレーちゃんと暮らすんだ!)
そんな気持ちをグッと抑えつつ、ミレーちゃんに優しく語る。
「分かりました。すみませんが、お茶会の準備をお願いします。私も着替え次第向かいますので、お先にクレイ様をお通ししてください」
「分かりました。それでは後ほど」
パタン、と静かに閉じられて一人になった部屋で、盛大にため息をつく。
アイバルト・クレイは一言で表すのであればナルシストだ。
確かに顔は良いし、自信家ではある。ただ度を超えているのだ。
けれど、それは元のリーシュと相性が良く、結婚を取り付けられてしまったのだ。
(……ここで考えても仕方ない。さっさと着替えるか)
クローゼットを開いて、他行きの清楚な服に着替えると部屋を出た。
お茶会の部屋に着くと、クレイは既に待っていた。
「嗚呼!待っていたよリーシュ嬢!今日も君は美しい!そして!僕も美しい!まるで二つの太陽が重なったかのようだね!」
「ええ、そうでございますね」
声をなるべく可愛くするために高音で褒める。それに気を良くしたのか、クレイはまだまだ語る。
「それにしても、最近僕のイケメン度合いにも磨きがかかってしまっていてね!あと数日に迫った学園生活でも、皆の視線を集めること間違いなしだろう!君もそう思うだろう?リーシュ嬢!」
「そうですね。様々な視線を集めると思いますわ」
少しオブラートに包んで、変な視線も飛んでくるぞと嫌味を言ってみる。
「ああ!男女問わず、僕の美しいオーラにみんな虜になってしまうだろう!けれど安心したまえ!僕の結婚相手はリーシュ嬢!君だけなのだから!」
「……」
なんだろう、悪い人ではない。だが好きになれるかと言われると否である。
話題を変えるべく、お菓子に目をつける。
「そういえばこのお菓子ですが、中々珍しい甘味を使用しているようでして。宜しければ紅茶と一緒に如何ですか?」
「おお!それは良いことを聞いた!早速頂くとしよう」
そう言ってクッキーを手に取って食べるクレイ王子。流石に王家の息子、食べる姿も気品がある。
私も同じようにクッキーを手に取り、一口食べてみる。
サクリ、と柔らかな音を立てて口に入ったクッキーはほのかな甘みが紅茶とマッチしていてとても美味しい。
そんな中、とんでもない事をクレイ王子が言い出した。
「そうだ!リーシュ嬢!お互いに食べさせ合うのはどうかね?」
「え?」
まさか、あーんしろと?
「お互い、一口食べたクッキーがここにある!それを相手に差し出して食べさせ合うのさ!そうすれば、もっとお互いが好きになるに違いない!」
(凄く嫌だ!)
ナルシスト、とリーシュの記憶にはあったが寧ろ思い込みが激しいタイプなのかもしれない。
どうにか、どうにか断らなければ。そんな事が出来るのは両親とミレーちゃんだけだ。
「せっかくのお誘いですが、心だけ受け取っておきますわ」
「何故だい?僕達は婚約者同士じゃないか!恥ずかしがることなんてない!」
逸らす話題、逸らす話題……そう考えていると、意外な助け舟が飛んできた。
「クレイ様、申し訳ございません。お嬢様は数日前に高熱で寝込まれていまして。風邪とは決まっていませんが、風邪の場合まだ細菌が残っている可能性がある為、今は控えた方が宜しいかと……」
ミレーちゃんだった。確かに、可能性がゼロではないし、王家の人が食べさせ合いっこした結果、風邪を引きましたなんて笑い話にもならない。
「なんと……そうだったのか!それならば仕方があるまい。また今度の機会にするとしよう。
ところでリーシュ嬢はアドミナ学園に入学すると聞いたが、支障はないか?」
「そちらの方に支障はないと思いますわ。お気遣い、ありがとうございます」
アドミナ学園。俺が入学する学園であり、王家、名門貴族といったカースト上位の子供が入る学園だ。
無論男女共学である。
「そうか!では数日後が楽しみだな!……おっと、もうこんな時間であったか。今日は楽しかった!またお互いの魅力を語り合おうではないか!」
「ええ、機会があれば」
そう言って他の使用人にクレイを送らせると、ミレーちゃんが近寄ってきた。
「お嬢様、変わりましたね」
「ふぇ?」
唐突なミレーちゃんの言葉に間抜けな声を出してしまった。
「今までのお茶会は、自慢大会のようなものでしたが……今日のお嬢様は、謙遜と話術で回避しているように見えました」
「……ミレーにはお見通しだったのね。正直な話、風邪の案は助かったわ。ありがとう」
いえいえ、と一礼するミレーちゃんを見て、ひとつ課題が増えた。
婚約の解消方法だ。なんとしても、見つけなくてはならない。
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