序曲
とある馬車から人が降り、周りを警戒する。
「前方13時より反乱軍多数!リーシュ様をお守りせよ!」
無論、この馬車にリーシュは乗っていない。もぬけの殻だ。だが七番馬車に聖女が乗っている事を悟らせないために、わざと止まる。
「……オデ、ィモ」
「……何をブツブツと!」
私はただの騎士だ。エドモンズに仕える騎士だ。簡単に言えば、貴族だ。
故に、ただの農民である平民を簡単に切れない。
まずは肘を腹に打ち込む。それだけで農民は倒れる。
(まずは1人……)
そう思って男が手に持っていた剣を足でへし折って粉々にすると、周りを見渡す。
(……エドモンズ領内でこんなにも大きな反逆が……)
私や同じ目的の護衛騎士が見渡す限り、そこには農民、平民、物売り……様々な平民が剣や鍬を持っていた。
「……ェトァル……」
「なんだ、この奇妙なうめき声は……?」
またその内の数人がうめき声を上げて突進してくる。
足払い、蹴り。肘付き、時には対応が間に合わなくなり剣を振るって。
数人の亡骸を踏まないように越えて、問いかける。
「答えよ!貴様らの目的は何だ!」
「……セイジョ……エドモンズ、ノ……セイジョヲ……」
……テニイレル。
「……貴様らにあの御方はやれんッ!行くぞッ!」
聖女、つまりリーシュ様を手に入れようとした。
それは明確な反逆であり、最早聞く耳を持たない彼らに慈悲は必要無かった。
「魔法師団、構えッ!」
そう号令を発すると、周りの魔法師達が魔法陣を空中に描く。
叩き込むのはエドモンズが得意とする風属性の魔法、ウィンドカッター。風の刃を飛ばし、相手を明確に傷つけるための魔法である。
「放てッ!」
そう言った後、魔法が一斉に放たれる。
(何故だ、何故武器を取って反乱したのだ……)
そう思って反乱軍の方に近づいていくと、ふと気になるものがあった。
「……ベル?それもこんなに小さい……」
よく見ると、何らかの魔法陣がその中には描き込まれている。
(……これは、もしや)
後ろに声をかける。
「何かベルの音を鳴らせなくなるような綿のような物を持ってきてくれ!」
その直後に、嫌な予感を感じてベルを鳴らさないように後ろに飛び退く。
今居た位置を、業火が焼き払った。反乱軍となった農民達の死体は、灰となった。
「誰だッ!」
後ろから綿を持ってきた兵士にベルを鳴らさないようにエドモンズ家に届けるように伝えると、私は先程の業火の後を追う。
森が所々焼け焦げているが、森林火災にはなっていない。恐らく周囲の魔法師団が鎮火にあたったのだろう。
(……いや、それは無い)
ふと考えて、その可能性に思い至った。
横には草木があり、それを業火が焼き払った。
ならばその瞬間には森林火災の元はこちらにあり、遠い魔法師団には火事の事は伝わっていない。
ならば、鎮火したのは少なくとも魔法師団ではない。寧ろ……。
「元から燃えていない。そうは考えられないかね?」
後ろから囁くように声をかけられ、飛び退くとウィンドカッターを放つ。
「おや、手強い歓迎だ。私は悲しいよ」
フードを被った男性が拍手をしながら、悲しさの欠けらも無く言う。
「……誰だ」
「ふむ、名乗る時はまず自分からでは無いのかね?貴族社会であればそう習うはずだが」
「反乱軍に教える名などないッ!」
剣に手をかけると、ふむふむと頷いた顔でその男は言った。
「成程。確かにその通りだ。ならば手土産に聞かせておこう」
その言葉の後、私は一瞬にして意識を刈り取られた。
間際に聞こえた単語は、どうしてもリック様やスーリャ様、そしてリーシュ様に伝えておきたかった。
「……コーラス。それが私の名であり、証だ」




