机上のテーブルマナー
学食に行くと、フィナが先に座っていた。
「リーシュさん、ミレイヌさん〜!こちら、空いてますよ〜!」
にこやかに手を振るご令嬢。傍にはメイドであるミルヤさんがいる。
「ではお言葉に甘えて。ミレイヌさん」
「はひっ!ええと、ええと……」
机は横長なので、どこに座るか悩んでいるようだ。それを察したミルヤさんが、フィナの横の椅子をそっと下げる。
「ミレイヌ様。こちらへ……」
彼女が優しく声をかけると、ミレイヌが座る。俺はミレーちゃんが下げてくれた椅子に座る。
「それでは今から御三方の夕食をお持ちします。少々お待ちください」
そう言ってメイド二人組はお辞儀して離れていった。
その間に、俺は周りを観察する。
その視線はやはり心良く思わないものが多いように見えた。これが乙女ゲームであれば、恐らく俺が食事中イチャモンを付ける立場なのだろう。
だが悲しいかな、トレイスと取引してミレイヌを幸せにすると言った以上それは訪れない。そして、名門四大貴族の二人に挟まりながらたどたどしく話しているミレイヌには安易に近づけない。
食事に何かしようとしても、傍にはメイド二人。鉄壁だ。完璧だ。
「お持ちしました」
「わぁぁ……!」
これは、と俺もゴクリと喉を鳴らす。
野菜のソテー、ポタージュ、パン、そして肉。デザートは高級感溢れるアイスクリーム。
「こ、これ……私食べていいんですか!?」
手を伸ばしたいが、伸ばせない。そんなミレイヌにフィナが優しく言う。
「もちろん!ミレイヌさんはこの寮の生徒だもの!食べちゃダメなんてことは無いのよ」
きっと、ここでリーシュこと俺が『いいえ!』と突きつける……予定だったのだろうが、俺は同調する。
「ええ。それに、一人より皆で食べた方が美味しいですからね。冷めないうちに頂きましょう」
そう言って俺は言う。
「いただきます」
「あ、それお兄ちゃんも言っていました!いただきます」
「神よ、此度の糧に感謝致します……」
フィナだけ違う、というよりも……。
(そうか、忘れていた)
いただきます、というのは日本文化だ。食糧を取ってきてくれる韋駄天様に感謝して、それが派生したのがいただきますだと聞いたことがある。
「その、いただきます……というのはどういう意味ですの?」
「フィナさんと同じような意味です。食糧を運んできてくれた神様に感謝を、という意味合いがあります」
「へええ……!知りませんでした!」
そして優雅に食べるフィナ、頑張って優雅さを演出する俺、どうやって食べたらいいか分からずに手を出せないミレイヌ。
「ミレイヌさん。今はテーブルマナーをあまり気にしなくて良いですよ」
「わ、わかりました……リーシュさんが言うなら……!」
そう言うと、豪快に肉にかぶりつく。それを見て、俺は思わず笑顔になる。
貴族の食事は堅苦しい。食べる時は静かに、テーブルマナーを守って、正しく。
けれど、ミレイヌは平民だ。だからこそ、元普通の高校生だった俺は笑顔になれる。
「はふ、はふ……」
「ミレー。ミレイヌの世話をお願い」
「分かりました。……ミレイヌ様、お口の横、汚れていますよ。少し失礼しますね」
そう言って横の肉汁を拭き取るミレーちゃん。ミレイヌは恥ずかしそうにしている。
「……私はね、ミレイヌの食べ方、好きよ」
「え?……ふ、ふぇぇ!?な、なんでですかぁ!」
ついポロッと出た言葉に反応して赤面してしまう彼女。やはりヒロイン力が高い。
「私もそう思いますわ〜。私やリーシュさんは立場上、そのような事は出来ないのですが、領地の視察に行くと分かるのです。
屋台で、その場で焼いてもらった串焼きをそのままかぶりついて笑う領民の姿が。果実屋でリンゴを買ってそのまま齧って、美味しい、美味しいと言いながら口横を濡らしながらも笑顔になる姿が。愛おしいのですよ」
言いたいことを全て言ってくれた。そう、夏祭りの屋台で串焼き肉を買ってそのまま食ったような何も気にしない豪快な食べ方は、とても好きなのだ。
「あ、あうぅ……恥ずかしいですよ……」
「ふふ、テーブルマナーは後から覚えればいいわ。今は沢山食べていいのよ。ミレー、おかわりは……」
「自由でございます、リーシュお嬢様。ただし肉だけは制限があるかと」
それを聞いてミレイヌに微笑むと、恥ずかしそうにしながらも喜びの顔を見せる。
「じ、じゃあ私ポタージュと肉を持ってきま……」
「ミルヤ」
「はい。ミレイヌ様、少々お待ちを」
立ち上がろうとした所をフィナが抑える。メイドの力とは凄いのだ。
「うぅ、慣れないです……。御二方とも、ありがとうございます」
「仕方ないですわ。だって、今まで傍付きなんていなかったでしょう?でも、その感謝の気持ちを忘れてはいけませんよ」
やってくれるのは無償でも、それが当然だとは思わないこと。これは誰でも大事だ。
それを直感で知っているのか、教えられたのか。ミレイヌはやはりおかわりをしたが、メイドの二人にもペコペコお礼をしていた。
ミルヤさんも、ミレーちゃんも、笑顔だった。
(そう、俺はミレーちゃんが笑ってくれれば、それでいい)
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