バークマン侯爵視点
屋敷に戻り、執務室の椅子に深く腰掛ける。
「はぁ……」
シャーロット・フォン・チェリッシュ……。チェリッシュ公爵の一人娘。規格外にも程がある。我が子と同い年と言う事もあり、まだ幼い息子と重ね、父を突然亡くした心細さを想像し、陛下と共に早く助けなければと思っていた。
初めて会ったシャーロット嬢は天使の様な可愛らしさだった。黄金色の髪をハーフアップにして、ピンク色のドレスも年相応で可愛らしい。
彼女の話と領地を見て回ったチェスター、そして自分が見てきた事を総合すると、チェリッシュ公爵の報告はほぼ嘘で、ご令嬢に病弱さは見られず、領地も荒れ放題で領民がいなかった。領地の収入は全てご令嬢が賄っていた。そしてそれよりも、実際にシャーロット嬢に会い、その規格外さの方に驚いた。
シャドーゴーレムの制御技術。ワイバーンを苦なく倒せるだけの強さ。屋敷を覆い尽くせるほどの魔力。経済に関する知識。暗算による算術の速さ。その上で、口走ったエリクサーの存在と王国への返済計画。思わず陛下の方に視線を向け、陛下から返ってきたのは苦笑い。
王城に向かい陛下から直接伺った。『いやはや、逸材に喜ぶべきか、規格外さに頭を悩ませるべきか』と苦笑いでおっしゃった。確かにあれはどちらを選ぶべきか悩む。エリクサーを作るのに必要な錬金術も使えるのだ。つまり量産が可能だ。しかも全属性魔法を行使でき、少なくとも氷魔法は最高位魔法【コキュートス】まで行使できる。しかもSランクのダンジョンをクリアしており、ボスを討伐し最深部の鉱脈からオリハルコンとミスリルを採掘しているそうだ。それを使ってゴーレムを製作し、偵察や警護までさせていた。それだけの技術があれば返済は困らないだろう。しかし返済計画の時に悩んでいる様子から、恐らく素材の価値などは知らないのだろう。こちらから代官を派遣して手伝ってやるとするか。
「あとは婿探しか……」
我が息子と、とも思うが、あれでは荷が重すぎる。しかし、公爵令嬢の婿となれば最低でも伯爵家。同じくらいの年頃となると息子しかいない。他家にも男はいるが、どいつもこいつも齢40を超えていて既に嫁はもらっていたはず。性格も金遣いも評判が悪い。その上、公爵令嬢を第1夫人以下にしてしまうのは体裁が悪い。他にも年下なら数名いるが、下手な貴族の子息と結婚させるとな……
「失礼します。ご主人様、紅茶をお持ちしました。お酒はどうしましょう?」
「……そうだな。ブランデーを入れてくれ」
「かしこまりました」
いろいろ疲れた。少し酒を飲んで一息つこう。
「失礼します、父上!」
ブランデー入りの紅茶を飲んでいると、息子が入ってきた。
「クリフ。良い子にしていたか?」
「はい!」
元気な返事を聞いて、思わず頬が緩む。平均的な10歳とはやはりこのくらいだろう。まだ親に走り寄ってきて、膝の上に座りたがる。今日あった事を嬉々として報告してくれる。あんなに落ち着いて大人と渡り歩ける10歳は普通ではない。父に無視され、使用人には逃げられ、1人で広い屋敷の中でゴーレム達と過ごしていた。少し発語に難がある様だが、それがむしろどれだけ長い間1人でいたかを実感させられる。
「……父上?どうしたんですか?」
「いや、今日会ったご令嬢の事を考えていたんだ」
「ご令嬢ですか?」
「公爵家のご令嬢だ。病弱で領地で静養している言う話だったが、今日の昼頃に王都に到着した」
「身体は大丈夫なのですか?」
親の贔屓目を抜きにしても、我が息子は出来た子だと思う。この位の子供だと公爵令嬢と聞いて先ず問うのは容姿だろう。クリフは最初に病弱と聞くご令嬢の身体を心配した。自分の教育は間違っていなかったと実感する瞬間だ。
「どうやらそこまで病弱ではなかった様だな。だが、使用人が領地にいなかったらしい。読み書き算術などの基本教養は問題ないが世情には疎い。周囲に大人も友人もいなかったせいか、喋りに多少の難がある様だ」
「1人で寂しかったでしょうね」
「うむ。彼女は魔法に適性はある様だが、控え目に言っても規格外の能力を持っている。全属性の魔法を使え、魔力も陛下お抱えの冒険者に引けを取らない」
「そんなに!?」
「お前も魔力やその制御練度はすごいと思うが、彼女は平均の遥か上を行っている。今度のお披露目会で紹介しよう。今の彼女に必要なのは対等な友人だからな」
運がいいのか、2週間後に10歳になる貴族の子供達を世間に紹介するお披露目会が国王主催で行われる。シャーロット嬢もそれに急遽出席する事になった。そこでクリフを紹介しよう。婿の話はこの際脇に置いておく。世の中を知らない世間知らずの権化とも言えるご令嬢には、婿の前に友人が必要だ。世間を知る良いきっかけにもなるかもしれない。
「わかりました!」
クリフは少し嬉しそうに言う。自慢の様になるかもしれないが、クリフは世間の10歳と比べると抜きん出て魔力操作が上手い。支援魔法に関して言えば天才的だ。如何せん優しい性格が災いしてか攻撃魔法には向いていないが。だからこそ、シャーロット嬢から何か刺激を受ける事ができるかもしれない。これからが楽しみだ。
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