エピローグ〜吟遊詩人の話〜
海の国で邪神が復活した。その力は創造神さえ恐れ慄き、なす術がなかった。そこに立ち向かったのは『影の支配者』と『影を操る者』、そして海神と魔王だった。暗雲立ち込める中、彼らは邪神の圧倒的な力に臆する事なく対峙した。その姿に心打たれた創造神が雷をもって邪神に神の鉄槌を食らわす。そして最後に『影の支配者』が放った聖なる炎で邪神を滅した。
しかし邪神の脅威はまだ終わってはいなかった。突然真っ黒な雲が上空を覆い、そこに黒い甲冑の邪神族が現れた。そんな危機的状況の中で民は互いを憎み合い、掴み合いの喧嘩を始め、殺し合いが始まった。
絶望の中、突如として雲を引き裂いて光が差し込んだ。そこに現れたのは伝説のヴァルキリーだった。ヴァルキリーはペガサスに乗って邪神族を次々と討伐して行った。邪神族が全て討伐されると、天の光は民を包み、死んだ者もたちどころに息を吹き返した。その光は優しく暖かで、誰もがその光に祈りを捧げた。役目を終えたヴァルキリー達は光の中に帰って行き、黒い雲はすっかり消えて行ったのだった。
「創造神の御心さえ救った『影の支配者』達は神の祝福の元、また平和な生活に戻って行ったのだった」
吟遊詩人はそう言って締めた。
「面白かったねー!」
「知ってるか?『影の支配者』様ってこの領地の領主様だったんだぜ?」
「そうなの!?」
子供達は目を丸くして吟遊詩人を見る。
「そうだよ。このお話の『影の支配者』様は現在の領主様エドウィン・フォン・チェリッシュ様の母君だ」
「そうなんだ!」
「今はどこにいらっしゃるの?」
「さぁねぇ。領主の座を息子に譲ってから長年付き添った夫と執事と共に何処かに隠居しているという話だがなぁ」
「そっかぁ」
子供達は目を輝かせている。吟遊詩人が唄っているお話の主人公が治めた領地に自分もいるというだけで、物語の中にいる様な感覚になるのだろう。
「って事はブライアンのお婆様ってことじゃん!」
「そうだね」
「ねえねえ!どんな方なの!?」
「うーん……生まれてすぐに隠居しちゃったから分からないや」
「そっか」
ブライアン・フォン・チェリッシ、現チェリッシュ公爵エドウィン・フォン・チェリッシュの長男だ。彼は祖母の事をあまり知らない。もちろん物語でその偉業はよく知っているが、生まれてすぐに隠居したものだから覚えていないのだ。
「ただいま〜」
「あら、お帰りなさい」
「お母様」
穏やかな笑顔で母が出迎えてくれる。母は現在の国王の長女で、父様にベタ惚れだ。
「今日は吟遊詩人が来ていたのではないですか?」
「はい。お婆様の邪神討伐のお話でした」
「まあ!」
「お母様もあの時は現場にいらっしゃったんですよね?」
使用人から少しだけ聞いていた。邪神討伐の時、王女でありお父様と冒険者パーティを組んでいたお母様も海の国にいたと。
「確かにいましたけど、私は邪神の影響を受けてしまった神官達の治療を行っていただけですもの。邪神の討伐には関わっていませんわ」
「いや、ヴィーも大活躍だったぞ?」
「お父様!」
「あなた」
お父様がニコニコと笑って来た。
「神官達の症状は重かった。それを光属性の回復魔法で救ったのはヴィーだろう?」
「それはそうですけど……」
「私のために難しい光魔法の回復魔法を習得してくれていたヴィーのおかげで被害が最小限で済んだんだ。ありがとう」
そう言ってお父様はお母様のおでこにキスをする。お母様は顔を真っ赤にした。
「ちょっと!皆様の前ですわよ!」
「駄目か?私の愛するヴィーにキスをして何が問題なのだ?」
「っ……」
またやってるよ、この2人。いつまでも仲の良い夫婦だ。使用人達は生暖かい目で見ている。いつもの光景である。まあ、もう一人魔王の娘という人が第2夫人としているらしいが、僕は会ったことがない。どうやら今はお婆様の所にいるらしい。王国が一応一夫一妻制であることから、子供はできたがその子供と一緒にお婆様の所で暮らす事にしたそうだ。
「おっと。そうだ、ブライアン」
「はい」
「手紙だぞ」
「手紙ですか?誰から……」
「開ければわかる」
僕は首を傾げながら手紙を受け取り読む。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
愛する我が孫、ブライアンへ
5歳のお誕生日、おめでとう。日が経つのは本当に早いものです。ついこの間生まれたと思った子がもう5歳のお披露目を迎える年になりました。
お披露目を迎えれば貴方は次期公爵として見られることも多くなるでしょう。貴方はチェリッシュ家の血をしっかりと受け継いでいます。ですから闇魔法の素質があります。不愉快な思いをする事もあるでしょう。悲しい思いをする事もあるでしょう。しかし心配はありません。貴方にはお父様もお母様もいる。私もお爺様もいます。そして創造神も見ていらっしゃいます。周囲をよく見て、頼る所はちゃんと頼って、正しい知識を身につけなさい。
そしてその知識や能力、身分に奢らず、弛まない努力をし続けなさい。そして立派な男になってください。貴方が私の所に会いに来てくれる日を心待ちにしています。
シャーロット・フォン・チェリッシュ
クリフ・フォン・チェリッシュ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
手紙を読み終わり、思わずお父様を見た。お父様は笑顔でコクッとうなづいた。
「今度、お婆様のところに行こうか」
「本当ですか!?」
「ああ。私とヴィーとハリーで行こう」
「はい!」
記憶にないお婆様の話を聞くたびに会いたいと思っていた。ずっと『いつかね』と言われていた。やっと会えるのだ。
「お婆様がいらっしゃるのは危険な場所の最奥ですわ。貴方の護衛に近衛騎士も連れて行きますから、いう事をちゃんと聞くのですよ?」
「はい!」
打てば響く様な返事にお父様とお母様は笑っている。僕は手紙を抱きしめて部屋に向かう。今日は僕のお披露目会だ。そして婚約者候補と初めて顔を合わせる。相手はチェリッシュ家と仲の良いバカラ男爵家のご令嬢らしい。メイド達も気合が入っている。そちらも楽しみだが、やはりお婆様にお会いできるのも楽しみだ。
「まさかチェリッシュ領の最難関ダンジョンの最深部に隠居するとは思いませんでしたわ……」
「流石は母様だよ」
「そんな簡単に会いに行けないのが残念ですわ」
「まあ、そんな簡単に頼ってくるなって事だろうけどな」
隠居しても無自重は変わらないのであった。
最終回です。新作はもう少しかかりそうですが、これからもよろしくお願いします。
予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします




