邪神討伐
アクアゴーレムが維持している【聖結界】。その中では邪神が憎々しげに結界を見上げている。
「創造神の犬め……ふざけおって……」
聖属性の結界など聞いた事がない。流石は創造神の使いと言った所だろう。しかし、ここは海の中。聖魔法の多くは炎か雷の魔法だ。おいそれと使う事は出来ないはず。
「ふふふ……悪足掻きも良い所……」
ここで邪神はハッとして回避行動を取る。しかし邪神はまだ目覚めたばかり。本調子ではなく、三叉の鉾が背中から刺さってしまう。
「お目覚めは如何かな?邪神よ」
「海の王か……勝ったつもりか?この様な攻撃、私には効かぬぞ」
「ああ、知ってるさ。当たればそれで良い」
陛下はそう言って鉾を掴み結界を突き抜けた。物凄い速さで海面に向かって泳いでいく。
「馬鹿め!」
邪神は陛下の背中に攻撃を仕掛けるが、結界に弾かれた。邪神の振り返った先にはエドウィンがいた。
「やらせねぇぞ?」
「チッ!」
邪神を引きずって陛下は海面に出る。空はドス黒い雲で覆われている。
「うぉりゃぁぁぁぁぁ!」
「「「「飛んだぁぁ!?」」」」
陛下は文字通り宙を飛んだ。海の水を思い切り吹き上げてその勢いで上空に飛び上がったのだ。その勢いのまま、鉾を天に向かって振り上げる。
「今だ!」
「な、何を!?」
「【神の鉄槌】!」
青白い雷が邪神に向かって落とされる。
「グアぁぁぁぁぁぁ!!!」
邪神には効果抜群。陛下は……
「馬鹿野郎!無茶すんな!」
「おう、一国の王に向かって『馬鹿野郎』とは何だ」
「こっちも魔王だ!いくら海神とはいえ、海面に叩きつけられたら無事じゃいられねーぞ!」
「だからお前に頼んだんじゃないか」
「俺は救護班じゃねー!!」
陛下も雷の攻撃を受ける形になったが、この魔法は聖魔法だ。『神に愛された者』の称号を持つ者は攻撃の効果が無効なのだ。とはいえ、その攻撃で邪神から鉾が抜けた。鉾を握っていただけの陛下は海に向かって落ちていく。そこで海の上で待機した魔王カーティスが陛下をキャッチする手筈になっていた。ただカーティスもシャーロットも詳しい説明を受けていなかった。ここまで危険な作戦をよもや一国の国王がやるとは思っておらず、カーティスは激怒した。
「身を挺して自国領域から追い出すその御心は素晴らしいと思います。しかし……」
シャーロットは邪神の方を見る。邪神は憎々しげにシャーロットを睨む。
「やはり一撃では無理ですか……」
「ふん。たかが雷程度で滅びるわけがないだろう」
「まあ、そうですよね。腐っても神ですか」
「闇堕ち神、強いですね」
「一応、元は創造神の神族だ。元より一撃は期待していない」
エドウィンがシャーロットの側に来て言う。カーティスも陛下を安全な場所に避難させて来る。民を救護しているハリーとヴァイオレットのサポートに行ったのだ。
「はははっ!創造神も必死だな!己の使いを4人も召喚とはな!」
「それは俺も思うが、原因はオメーだよ」
「ですね。貴方のせいでこちらは大変なのですよ?」
「オンディーナ王国とトゥールーズ合衆国の国交断絶。そのためにトゥールーズ合衆国の王女様が亡くなり、オンディーナ王国の国王も死んだ。当時の王国騎士の中で異常な行動を取っていた者は死んだ様だし、今でもお前を封印していた神殿の神官は衰弱死している。どんだけ殺せば気が済むんだよ」
「はっ!人間がなんぼ死んだって私には関係ない!むしろ創造神の力を奪えて良い!」
実際そうなのだ。邪神の影響を受けて死んだ人間は創造神の庇護にある民だ。それが死ぬと言う事は創造神の力を削ぐ事になる。邪神にとっては願ったり叶ったりかもしれない。
「まあ、邪神に命乞いなんてしようとは思わないけどね。とりあえず滅びてもらいましょうか」
シャーロットが言うと、周囲に結界が展開される。
「なっ!」
「貴方、おしゃべりしてると注意力が散漫になるのね。貴方が壊せない程度の結界を作るのに魔力を溜めるの、結構簡単だったわ」
もっと苦労するかと思っていたのだが、どうやら2つの事を同時にできないタイプらしく、魔力集めが容易だった。
「邪神討伐用の特設会場よ」
「に、人間風情が……!」
「オラ!背後がお留守じゃ!」
「むっ!」
邪神の背後から魔王が攻撃をする。洒落にならない勢いの刃が邪神の首を狙うが、既のところで邪神は避けた。
「こっちも!」
「くっ!」
エドウィンは大量の【ファイアーアロ^】を放つ。しかも裏モリオン でだ。
「よっと!」
「チッ!」
「【アイスアロー】!」
「貴様らぁぁ!!」
邪神の魔力が吹き出す。高火力の炎が結界に当たる。そしてその炎が瞬く間に周囲に回っていく。
「おおっと!何だこりゃ!?」
「これって!?」
「お前達の世界ではフラッシュオーバーって言うんだったか?やはりお前達の世界の知識は役に立つなぁ!」
フラッシュオーバー。局所的に起きた火事の炎によって放出された放射熱が他の場所に火をつけ、その放射熱によってさらに火種が増えてしまう現象だ。当然この世界にはない知識である。
「どうしてそれを知っている!?お前は転生者ではないだろう!」
「ああ、俺はな。だが、お前達を創造神が召喚できて、私が召喚できないとでも?」
「……!まさか……!」
「私も召喚したんだよ!お前達の世界からな!そしてその魂に肉体をやらず、私が取り込んだのだ!」
つまり、邪神は自分で召喚した地球の人間の魂を取り込む事で地球の卓越した知識を得たと言う事だ。当然だが、その魂の人間は無事ではないだろう。
「キサマ……!」
「ゲスもいい所だ。通りで創造神が俺達を大量召喚したわけだ」
「くはは!無駄だ!何人揃おうが地球人の知識を得た邪神に敵うわけが……」
「時間稼ぎだから問題はない!」
「は?」
「そうだ。俺達の魔法をしのぐのに必死で、もう1人、攻撃に参加していない奴がいるのを忘れてないか?」
「あ」
「準備できたわ!」
そう、邪神は気がついていなかった。この場にいるはずのシャーロットが攻撃に参加していなかった事を。
「食いなさい!【最後の審判】」
シャーロットは取り囲んでいた結界を解除する。邪神の炎はあっという間に霧散した。そしてシャーロットの放った青白い炎が邪神を包む。
【最後の審判】とは聖魔法で使える最大火力の攻撃魔法で、しかも『神に愛された者』の称号がなければ使えない魔法だ。エドウィンも使えるかもしれないが、魔力が足りない。カーティスもアーロン陛下も無理。必然的にシャーロットが撃つことになる。
「グアァァァァ!!」
「……いくら知識を得ても器がこれじゃあね。借りた力に奢って試し撃ちも訓練も試行錯誤もしなかったんでしょう」
所詮借りた力であり、己の力ではないのだ。それでは意味がない。
「召喚した魂を神族にして配下に収めていたら、確かに不味かったかもしれないわね。まあ、召喚された人がよっぽど強欲でない限りは邪神の思い通りには動かなかったでしょうけど」
「邪神の神族が反乱軍を作ったかもしれませんね」
「それはそれでおもしれぇな!」
邪神は炎の中で絶命していた。炎が消えると、そこにはもう何もなかった。
「……終わったわね」
「お疲れ様でした、母様」
「見事だったな!」
「流石に疲れたわ。帰って紅茶でも……」
そう言いかけて振り返った先のアーロン陛下の様子に眉根を寄せる。慌てた様子で何処かを指差している。その指の指す先を見て、顔が引きつった。
「王国が!」
「邪神の神族だ!」
「このタイミングで……!」
神族達が王国を襲撃していた。これはまずい。流石のシャーロットもあの数を捌くのは……と思っているとドス黒い雲が覆っていた王都の空から光が溢れる。
「あれは!」
「創造神……」
「創造神様の神族もいますね」
大量の騎士の姿をした者が翼をもった白馬に跨って降りて来た。
「なるほど。創造神様の神族はヴァルキリーか」
「これは大丈夫そうですね」
「良かったわ……」
恐らくだが、邪神の神族は問題なかったのだろう。問題は地球の知識を取り込んでしまった邪神だったのだ。いかな創造神とはいえ、てこずっていたのだろう。
地上に降り、陛下にも状況を説明する。
「つまり邪神さえどうにかなれば邪神族は問題なかった、と」
「そう言うことでしょうね。決して攻撃を仕掛ける事はせず、人間の数を減らす事で創造神の力を削ぎに行ったのでしょう」
「小賢しい奴だ。しかし創造神も言ってくれたら良かったのにな」
「まあ、神から直接話すのは難しかったのではないですか?」
そんな話をしていると、空から光がさし、シャーロット達を包み込む。そして頭の中に直接語りかける様な静かな声が響いた。
『感謝する』
「……今のって……」
「創造神様……」
「初めて声を聞いたな……」
「って!それが出来るんなら状況説明も出来るだろーが!報・連・相!しっかりしやがれ!」
「「「おまいう!!!」」」
陛下が空に向かって叫ぶが、まさに『おまいう』とはこのためにある言葉だ。
兎にも角にも、邪神騒動はこれで終結したのである。
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