謁見と邪神復活
「よく参られた。オンディーナ王国の公爵、シャーロット・フォン・チェリッシュよ。噂は予々聞いているぞ」
「恐れ入ります、陛下」
母様は和やかに返事をする。トゥールーズ合衆国の国王はまだ若い。最近国王になったばかりだ。それ故に美しい母様にデレデレしている。その姿はまさに『薔薇の舞姫』と呼ばれるに相応しい姿だった。中身は色々アレだが。
「道中、自分の船に乗り換えたと聞いたが?」
「はい。合衆国の船が沈んでしまったので」
「沈んだ?」
「はい」
恐らく都合の良い報告しかされていないのだろう。しかし、どんな報告を受けたら、あんな意図的な浸水を納得させられるのだろうか。若いから舐められてるのかな?
「『海の民』の方々は問題ないでしょうが、流石に我々は海に沈んでは無事でいられませんので」
「余が聞いた報告では、『こんなオンボロ客船になんて乗っていられない!』と言って乗り換えたと聞いているが?」
「むしろ身に余る豪華客船でございました。王家の客船ではないかと思うほど設えが豪華でした」
陛下は少し考えている。確かに、あれは来賓用の船とは思えないほど豪華な造りだった。王家専用の船だったなら寧ろ納得だ。周囲の騎士達は知らぬ存ぜぬでやり過ごそうとしている。まあ、俺達への嫌がらせのために国王の船を沈めたとなれば処分は免れない。
「……うむ、確認した。確かに船は転覆しておる。そしてその転覆の原因である浸水は意図的なもの。“ 厳正に ” 調査した上で処分をしよう」
「ありがたき幸せ」
“ 厳正な ” の所で少し瞳の光が消えた。騎士達が震え上がる。あぁ、舐めてかかったら痛い目に遭う典型だな。
「我が国ではそちらの国に敵意を持っている者が多い。そのせいで危険な目に遭わせてしまって申し訳ないな。余も末の妹があの様に命を奪われた事は看過できる話ではない。とはいえ、先代に罪はあれど民に罪はない。暴君と化した兄を止めようと手を尽くしていた現国王には感謝すらしておる。しかし民が受け入れるにはまだ日が浅過ぎるのだ。鋭意、努力はしているのだがな」
「いいえ。当然の事だと思います。オンディーナ国王も先代が申し訳ないことをしたと申しておりました」
「うむ。親書にも書かれていた。先代は余もよく知っている。それだけに一体何が起きたのかと思っていた。もちろん第一王子の病は知っていたが、我らの肉を食べて病を治すなどという世迷言を聞かれたことすらなかったがな」
やはり突然の豹変だった様だ。誰もが『どうしてあの方が……』となっている様だ。
「その事で『海の民』に協力を要請したいと思っております。皆様においても無関係とは言えないと思います」
「ほぉ。親書でも軽く触れられていた。『この世界の存亡に関わる危機が迫っている』とな」
「では、端的に申し上げます。このトゥールーズ合衆国の周辺に邪神が封じられています」
その場が静まり返った。
「状況を考えると、邪神の封印は既に解けかけているのではないかと。恐らく先代の国王は邪神の影響を受けたものと推察します。そしてこの国との外交を断絶させるためにあの様な事件を起こしたと思われます」
「ふむ……その話の正確さはどれ程かな?」
「私は邪神の作った世界『裏の世界』で暮らす魔王と契約を結んでいます。それだけでは確証になりませんか?」
国王は真っ直ぐと母様を見る。そしてフゥとため息を吐いて椅子に体を埋める。
「まさか、本当に邪神が復活するとはな……」
「国王は知っていたのですね?」
「余は【神託】を持っているからな」
「聖職者ではない方が【神託】ですか……」
「『同郷だ』と言ったらわかるか?」
「まあ、そうですよね」
うわぁ……また転生者だよ……創造神様は余程あの邪神をどうにかして欲しいんだな。
「魔王の事も聞いている。彼もまた『同郷』なのだろう?」
「はい」
「うむ。では情報の正確さに疑う余地はないな」
「こちらの予定としては、私と陛下の会議の間に我が息子エドウィンとその仲間で封印場所を特定しに行く予定だったのですが……」
「少しでも早い方が良かろう。うちの王子を一人帯同させて探索すると良いだろう。海の中は地上暮しの者は迷子になってしまうのでな。……まあ、その子息なら心配はなさそうだがな」
「もったいないお言葉です、陛下」
俺は頭を下げる。とりあえず、俺達は城の周辺にある王都を見て回った。と言ってもそこは海底。生身では難しい。そこで母様が教えてくれた魔法の出番だ。水魔法と風魔法の合成魔法【バブル】だ。大きな気泡の中に入れば濡れる事もなく息をする事もできる。しかも魔導具化してある。魔力はほとんど消費しない。便利である。
どうして引き篭りの母様がこの魔法を必要としたのか。それはチェリッシュ領の森に深い湖があり、そこにいる魚が美味しいから。【バブル】を使って中に水を貯めれば即席の水槽になる。それを使って魚を生きたまま捕まえていたそうだ。ちなみにその美味しい魚とは前世で言うニジマス。サーモンと呼ばれている魚だ。母様はそれが大好きだそうで、ワイバーンの肉は飽きたが、その魚だけは何度出てきても良いと言っていた。確かに脂がノリまくった全身大トロ状態の魚だから美味しい。今ではチェリッシュ領の名物だ。
「もうすぐ王都の中心部ですよ」
そう言ってくれたのは、第三王子ジョエル・トゥールーズだ。エド達と同じくらいの年頃だ。俺達の案内をしてくれている。そこで第二王子ではない辺り、やはり信用はされていないのだろう。まあ、迷子にさえならなければ良い。
「うーん……この辺りなんだけどな……」
「どんな感じなんだ?」
「闇魔法が通らなくて、ぽっかり空いた空洞みたいな感じ?」
「空洞ねぇ」
ハリーの質問に俺は素直に答える。何しろ邪神は闇魔法が通らない。そこはぽっかりと空洞になる。ちなみにアルヴィンの時は母様も違和感はあったそうだ。何しろ本人を捕縛しようとしたら、奴の足元の影にシャドーを送れなかったらしい。まあ、森の中である事が幸いで近くの影からシャドーを送って捕縛したが。しかし影の中に何故か送還できず、近くにいた騎士に捕縛させたという経緯もあった。如何せん初めてのケースで母様も動揺したらしい。
「この辺りは丁度『海の宝珠』が近くにありますね」
「『海の宝珠』?」
「はい。真っ白で二枚貝の中に時折生まれる宝石のひとつです。それの巨大版と言った所でしょうか?」
「もしかしてパールの事か?」
恐らくそうだろう。パールは今では王国でも手に入らず、昔に輸入されたパールで作られたアクセサリーがかなりの高値で取引されている。トゥールーズ合衆国との貿易が再開されればその値段も多少は落ち着くだろうが。
「それは何処に?」
「この辺の下にある地底の遺跡に奉納されています」
「行けますか?」
「ご案内します」
俺達はジョエル王子の案内で神殿に向かう。神殿は海底にポッカリと開いた空洞にあった。空洞と言っても海水がしっかりと満たされている。両脇には青白く発光する光源が配置され、とても幻想的だ。しかしそんな周囲の様子を見ている場合ではない。えげつない雰囲気が奥から漏れていた。
「……おい、エド」
「気がついたか?」
「ああ。とんでもねぇな」
「え、エドウィン様……!これ……行くのですか?」
「……どうしましょうね?」
場所はわかった。しかも闇魔法を使わずともわかるほど、とんでもない魔力を放っている。恐らく封印が解ける寸前なのだろう。しかし、もっと問題なのは、この異常な魔力にジョエル王子が気がついていない所だ。
「あの……皆様、何かございましたか?」
「何かって……あのとんでもない魔力が分かりませんの!?」
「魔力?」
「トゥールーズ合衆国の方々は魔力がありませんからね……」
「僕達は分かっても、王子は分からないかも知れませんね」
王子はキョトンとしている。魔獣の魔力とは違うし、邪神の魔力は特殊だから難しいのだろう。
「ここって、神官さんとかは出入りしてますか?」
「ええ、神殿ですので」
「では神官さんはまず確認した方が良いでしょうね。最近、神官さんが急死したりはしてませんか?」
「……」
王子は黙って俺を見る。何故知っていると言った顔だ。
「この先にある『海の宝珠』に邪神が封印されています。その封印が解ける寸前です。そんな場所に立ち入っている神官さんはまず影響を受けているでしょう。生身の生き物が邪神の影響を受けて無事でいれる訳がない。うちの王国の先代国王の様に突然死していても不思議ではないです」
「……それを信じろと?」
「陛下はもうご存知ですし、真実であるという事も確認済みです」
父が既に確認済みの事実である事を知り、王子はため息を吐く。
「父上は報告が下手なのですよね……」
「ああ、天才型ですか」
「そうですね。周知徹底を知らないので、執事が大変なのです」
「なるほど」
自分だけ納得して周りを置いてきぼりにするタイプか。……母様に似ている。
「母様もそのタイプです。最近はマシになりましたけどね。……お互い、苦労しますね」
「ですね」
なんとなく同盟が組まれた瞬間である。
「エド。これ、どうするんだ?」
「ああ、そうだな。ぶっちゃけ、これは僕でも厳しいからね。一度撤退だな。母様に場所の情報を提供して指示を仰ごう」
「分かった」
俺達は神殿から出た。少し離れた所で、背後から物凄い圧力を感じた。慌てて振り返ると、神殿のあった場所がドス黒いオーラに包まれた。
「……っ!ハリー!殿下と王子を頼む!」
あれを放置するのは危険過ぎる。俺は【バブル】の魔導具をハリーに投げ渡し、海に飛び込む。風魔法を使って空気の薄い膜を作る。俺が作った魔法だ。母様と違って湖に直接潜って泳いでいた俺は潜水用に作った魔法だ。
懐からモリオン を取り出す。『裏の世界』で採掘されたモリオンの中でも最高品質で大きなモリオンだ。このモリオン、闇魔法の効果以外に『裏の世界』で取れたモリオン限定の効果がある。それは『邪神に効かない魔法が効く様になる』という効果だ。『裏の世界』で採掘されたからこその効果なのだろう。
俺はそれを使ってアクアゴーレムを生み出した。シャドーゴーレムを介して属性魔法を放つ事ができるのは実証済み。ならばアクアゴーレムだって……!
「【聖結界】!」
アクアゴーレムは聖魔法の結界を展開した。結界には属性を付ける事ができる。正確には『付ける事ができる事を発見した』である。……俺が。聖魔法や光魔法は魔族には効果が高いのだが、邪神相手に効くかどうかは分からなかった。だから念には念を入れて『裏の世界』のモリオン でゴーレムを独立召喚して【聖結界】を展開したのだ。
「アクアゴーレム!そのまま結界を維持してくれ!」
俺はそう言ってハリー達を追いかけた。【バブル】の中でヴァイオレットが涙目でこちらを見ていた。
「戻りました。……殿下。どうしたんですか?」
「『どうしたんですか?』ではありませんわ!どうして貴方はそう呑気なんですか!」
怒られちゃった。どうして?
「1人で邪神の所に残る気だと思ってな。殿下がパニックになってしまったんだ」
「俺だって流石に邪神と単独で対峙なんて無謀な事はしないぞ?」
「いやまあ、『普通は』そうなんだがな……」
「邪神の復活を前にして結界を張るためとはいえ、1人で現場に残る者の行動を『普通』とは言えませんわ!」
ああ、そういう事か。ご心配をかけてしまったんだな。
「ご心配をおかけしました」
「本当ですわ!貴方は少し私の婚約者である自覚を持って下さい!」
「はい」
無茶をした自覚はある。お叱りは甘んじて受ける。俺はヴァイオレットの手を握って目尻に軽くキスをする。
「泣いてる顔も怒っている顔もとても可愛いですが、やはりヴィーは笑顔が一番可愛いですね」
「っ……ご、誤魔化さないでください!」
ヴァイオレットは真っ赤になる。お叱りは甘んじて受けるが、誤魔化さないとは言わない。実際、これでヴァイオレットの怒りは冷めた。
「……ハリー殿。エドウィン殿はいつもこういった発言を?」
「考えたら負けですよ、ジョエル王子。彼はこういう男です」
「……なるほど」
ジョエル王子は察した様で、もう何も言わなかった。
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