失念していた事
数日後、トゥールーズ合衆国と連絡をとる事が出来、シャーロット達は王国唯一の海に面した領地に向かう。
「交渉は向こうの城で行うそうよ」
「海の中ですか?」
「海の上に出てくるらしいわ。外交を行う時だけ浮上するそうよ」
「へぇ。海の上の城とか、ロマンがありますね」
「確かにね。でも、その外交が恐ろしく繊細なものだから……」
「頑張ってください、母様」
「他人事だと思って……」
「今回ばかりは他人事です。まあ、今後は自分にも関わってきますけどね」
今回の交渉は俺がする訳ではない、もちろん、結んだ協定の維持は俺の仕事だけどね。何となく今回は他国への旅行気分だ。しかもハリーとヴァイオレットも一緒だ。嬉しくないわけがない。
「お前、楽しそうだな……」
「殿下とハリーと一緒に遠出なんてそうないからさ!」
「貴方、私達の役割をご存知?」
「はい。外交を行う母様に帯同してトゥールーズ合衆国を巡って邪神が封じられていそうな場所を探す事、ですよね?」
「ど う し て !そんなに楽しそうなんですの!」
あまりに脳天気な回答にヴァイオレットは思わず怒る。エドウィンは苦笑いをする。
「そんなこと言っても、どうせ邪神を見つけても今の僕達にはどうしようもありませんよ?」
「当たり前ですわよ!」
「そんなに力が入っていては要らぬミスを生みますよ?」
「それはそうですけど……!」
「母様が交渉するのですから、問題はないでしょう。ならば、僕達がする事は、国交が再開された時に何を輸入するか。そしてあの国が何を必要としているか。そしてついでに邪神の封印場所が何処なのか、です」
「最重要課題が『ついで』になってますわ!」
「そのくらいでないと身も心も保ちませんよ。大切なのは心は熱く、頭は冷静に、ですよ」
「はぁ……」
ヴァイオレットは呆れてソファに背中を埋める。
「エドがいつにも増して適当なのですが……」
「まあ、おかげでヴァイオレット様の方の力が抜けて良かったかしらね」
「……もしかしてそれが目的で?」
「あの子の最優先は殿下だから」
何しろ称号にまで出るほどヴァイオレットを大切にしているエドウィン。彼女の些細な違いも見抜き、対応するのが自分の役目だと思っている。まあ、闇魔法を使えるから些細な機微も分かるのだが。
「今から力が入り過ぎても疲れるだけだから、ハリーも休みなさいね」
「……その書類の山を処理しながら言うと説得力がありませんね」
「闇魔法を使えると、出先でも公務が出来てしまうのがネックよね」
そう、なまじ闇魔法でセバスチャンと繋がっているから領地に溜まっている書類整理もできてしまうのだ。まあ、大半はクリフに任せてきてはいるが、それにしたって出来てしまうものまで全て任せる事はしない。
「そういえば昨日祖父から聞いたのですが、先代国王は例の騒動まではとても良い方でとても暴君になりそうもない方だったそうですよ?」
「聞いたわ。セバスチャンも、『あの様に人の話に耳を貸さない方では決してありませんでした』と言っていたわ。国王を継ぐまでは市井によく足を運んで民の話を聞いたり、自ら剣を振るって魔獣を討伐していたと聞くしね」
「息子を失った事が人格を変えてしまうほどショックだったのでしょうか?」
「んー……人魚の肉を、っていう発想の辺りから色々と怪しいけどね」
「確かにただの伝説ですもんね」
俺は母様とハリーの話を聞いて言う。人魚の肉は不老不死の力があるという話は確かに子供の絵本に描いてあった。異世界でもそんな話はあるんだと思った記憶がある。しかしそれはあくまで御伽噺での事。事実だとは思えない。
「まあ、事実無根とも言えないんだけどね」
「え、そうなんですか!?」
「人魚の血には万病に効く成分が含まれているそうよ。不老不死まではいかないけど、多少の若返りの効果と、不知の病に効く薬になるらしいわね」
「それが伝わる間に不老不死になってしまったと……」
「でしょうね。その人魚のお姫様も毒を持つという体質さえなければ王子様の病を治せたかもしれないけど、肉まではいらなかったわよね。血だけで効果はあるんだもの」
「殺す必要はなかった、と」
「バークマン公爵から、当時の話を報告書にして教えてもらったわ。お姫様は拐われた、と言うよりも王子様の容態を聞いて協力しようとしていたらしいわ。本人は『とりあえずご容態を見て、父上と相談の上で血をお分けします』と言っていたらしいけど、その時の騎士達は『血なんていらない。人魚の肉で不老不死を!そして王子だけでなく陛下にも食べていただいて永遠の繁栄を!』となっていたらしいわ」
そうしてどのタイミングかは分からないが、姫様は殺されその肉を王子に提供された。モノがモノだっただけに毒味もできないし、まさかその身に毒を持っているなんて誰も思っていなかったのだろう。
「陛下の前で捌かれて、陛下の前で王子に食べさせたらしいわ。だから皆びっくりしたらしいわね。ちなみにバークマン侯爵も同席していたらしいけど、人魚の顔を見た時に『あれ?』と思って陛下に進言したらしいけど、無視されたみたいよ」
「侯爵は姫だと気がついたんですか?」
「何度かお会いしていたんだって。聡明で優しい方だったそうよ。騙されたのだろうと言われたら理解できる程度にはお人好しだったみたい」
「その優しさに漬け込んで拐ったんですわね……」
同じ姫という立場上、思うところがあるのだろう。ヴァイオレットは少し考えている。
「……母様」
「うん?」
「もしかして、その先代国王って、邪神の影響を受けていたとかはありませんかね?」
邪神が封じられているのは『海の民』の国。邪神ともなれば王国や帝国が協力しても手も足も出ないだろうが、邪神側からしたらそれでも面倒な事になる。復活だって阻止されるかもしれない。それなら王国との外交を遮断してしまえば王国が気がつくのも遅れる。復活までの時間稼ぎが出来る。少なくとも『海の民』単独では気が付かないと思われているのだろう。
「僕も王都の図書館で調べましたが、『海の民』は魔法の素質がある者が珍しいらしいですね」
「そう聞くわね」
「魔法に素質がなければ邪神に気が付くことも難しいですし、そもそも気が付いたとしても封印をする方法も持っていません」
「そうでしょうね」
「そうすると、封印は王国か帝国の力を借りなければいけない。邪神としても王国との外交協力を破綻させればいいと思っていたところに姫が生まれた」
聞くところによると、その姫は『海の民』に珍しく魔法に適性があり、魔力も破格の量だったそうだ。そんなのがいては例え外交を崩壊させても何かしらの対応ができてしまう。そもそも魔法を使えてもそんな簡単に悟られないが、不安因子を取り除いておきたいのが邪神側の考えだろう。そこで王国に姫を殺させて外交を遮断することで一石二鳥を測ったのかもしれない。
「有り得るわね。魔王の話によると、魔族との外交もある日突然止まってしまったらしいし、邪神の影響を受けた者は無事ではいられないそうだから」
「もしかして、先代国王の突然死って……」
「邪神のせい、でしょうね」
全て辻褄が合う。密かに邪神がその影響を広げていたのだ。己の復活のために。
「あの……」
「はい、殿下」
「創造神様の所には『神族』という神々がいらっしゃるのですわよね?」
「そうですね。その神々が創造神様の指示によって我々を守ってくださっています」
「邪神の所にも『神族』はいるのでしょう?」
「はい。アルヴィンに憑いていたのが邪神の神族だったそうですので」
「ということは、一連の行動は邪神の命令で邪神の『神族』が行っていること、ということですわよね?」
「そう考えるのが自然かもしれません」
「それって、私達が邪神の相手をしている間も王国が危険ということなのでは……」
「まあ……そう、なりますよね……」
母様は少し考えている。いや、邪神の対策を王国に残していない訳ではないし、時間稼ぎ程度ではあるが魔導具も置いてきている。ただ母様は忘れていた。自分の闇魔法をもってしても邪神の気配を察知出来なかったことを。いや、一応王国で闇魔法が通らなくなったら邪神の影響が出始めているという事で、それはそれで分かりやすいが……
「ノア達をしばらく影から待避させておいた方がいいかしらね」
「そうですね。闇魔法が通らなくなった時の影響が分かりませんから」
「荷物も一時的に外に出しておきましょうか。最低限にしておきましょう」
盲点だった。俺もそうだが、母様さえ気が付いていなかったらしい。王国でなにか起きたら転移用ゴーレム改で戻ればいいと思っていたが、そういえば邪神の気配さえ分からなかったのに、もし王国で邪神の神族が暴れていたら闇魔法の魔導具が上手く作動しないことだって有り得るのだ。
「殿下、素晴らしいご意見でした」
「それほどでも……」
「母様も僕も気が付いていませんでした。凄いことですよ」
「幸い置いてきた魔導具は闇魔法の類ではありませんが、転移用ゴーレムが使えない可能性があるというのは盲点でした。感謝致します」
こうして移動中に領地の領主館の敷地内に併設された騎士用の寮にセバスチャン達の荷物を移動させたのだった。ついでにシャーロットの荷物は宝物庫に収納し、宝物庫をパンクさせそうになるというトラブルが密かに騎士達の間で話題になった。
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