デクスター視点
シャーロット嬢の案内で外に行くと、屋敷の前には討伐されたワイバーンがいた。シャドーゴーレムが解体し、シャドードール達が素材の整理・回収をしている。
「もしかして身の回りの事は全部この子達がしてるの?」
「……使用人……私……放置……シャドードール……メイド代わり……シャドーゴーレム……執事代わり……護衛代わり……」
「そうだったの……」
キャシーは思わずシャーロット嬢の頭を優しく撫でている。気持ちは分かる。闇魔法を使って身の回りの世話をしてくれる存在を作った。このご令嬢は知らないのだろう。闇魔法使いが忌み嫌われている事を。規格外なご令嬢なためにシャドーゴーレムやシャドードールが器用過ぎて頻繁に使っていたのだろう。それを見て怯えた結果として使用人達が逃げたのか、それともただこの領地と領主を見限って夜逃げしたのか。もはや確認のしようはないが、彼女は1人でここで暮らしていたのだ。シャドーゴーレムもシャドードールも流石にしゃべる事は出来ない。誰とも話す事なく生きていたのだからそりゃあ喋り方もたどたどしいはずだ。
「しかし、どうやって倒したのだ?」
「……【サンダーアロー】……【シャドーランス】……頭……撃ち抜いた……」
なるほど。ワイバーンは翼を狙い落として地上戦に持ち込むのが楽だが、翼は高値で売れる。傷を付けないで討伐出来るのが望ましいが、ワイバーン相手にそれは難しいのだ。
「こんなに簡単に倒せるとは……。君は強いな」
「……?……ワイバーン……弱い……?」
「いや、ワイバーンを単機で討伐出来る者はそういない。騎士団長でも無理だろう。こんな幼い子供が討伐出来る魔獣ではないんだ」
「……最近……いっぱい……出る……いっぱい……討伐……」
「どのくらい討伐してる?」
「……10……討伐……その後……数えてない……」
「マジか……」
エイベルが呆れるのは当たり前だ。少なくとも10頭は討伐している。もう、このご令嬢に常識は通用しない様だ。
「強いに越した事はないのですが……」
「これは世間一般的な『常識』を教える必要はありそうだな」
バークマン侯爵とチェスターは後ろで話している。確かにこのまま貴族社会に出す訳にはいかないな。
あっという間にシャドードール達がワイバーンを解体した。そして影の中に引き込まれていく。コイツら、解体魔法使ってないか?
「……今日……夕ご飯……ワイバーン……」
「ワイバーンの肉は美味しいからな。嬉しいが、良いのか?」
「食材……ある……自給自足……問題ない……」
「そうか」
確かに餓えている感じはない。食事はちゃんと取っていたのだろう。屋敷に戻ると、シャドー達が出迎えてくれた。
「君のシャドーゴーレムは属性魔法を使えるんだな」
「……全属性……使える……珍しい……?」
「普通はありえないんだよ」
やはりそうだったのか。シャドーゴーレムは闇属性の魔法を放つ事は出来ても、他の属性魔法を使えるなんて聞いた事がない。
「どうやって使える様になった?」
「……本……読んだ……全属性……読んで……私……使える様に……なった……そしたら……」
そんな簡単なのか?主人が使える魔法は全て使えるという事だろうか。聞いた事はないが、目の前でそれが証明された以上は否定もする必要はない。
「……宿泊……部屋……用意……した……全員分……」
「すまぬのぉ」
「もうすぐ……夕食……着替え……?」
「うむ。そうしよう」
部屋は2階に用意されていた。廊下を通って陛下の部屋は突き当たり。その脇にバークマン侯爵、チェスター、エイベル達の部屋が用意されていた。部屋の中は綺麗に整えられていて、陛下のお抱えとはいえ冒険者に用意される部屋には少し豪華すぎる。
ドアがノックされる。開けると執事姿のシャドーゴーレムが頭を下げた。夕食の準備が出来た様だ。すでに出てきていたエイベルが陛下の部屋のドアをノックする。
「陛下。夕食のお時間です」
「うむ。良いぞ」
ドアが開きチェスターが出迎えてくれる。すでに着替え終えた陛下がいた。この国王はメイドがいなくても着替えを自分で出来るところが良い。大体の王族や貴族は出来ない事だ。
シャドーゴーレムの案内で食堂に向かう。夕食用にセッティングされたテーブルは美しい。薔薇の模様をあしらったワイングラス。薔薇の模様の皿。どれを取っても女性らしい可愛らしいデザインだ。
赤ワインがグラスに注がれる。シャドー執事はチェスターと陛下にワインのラベルを見せる。かなり高級なワインだった。しかも陛下のお好きな銘柄だ。恐らく、ワインセラーに入っていたのだろう。まだお酒の飲めないシャーロットにはジュースが注がれている様だ。シャーロットはグラスを持ち上げる。
「……乾杯……」
「「「「乾杯」」」」
ワインを一口飲む。高級なだけあって美味しいワインだ。シャーロットは陛下の方を見ている。
「美味いワインだな」
陛下の答えを聞いてホッとするシャーロット。……ああ、そうか。ワインは自分では分からないから美味しいか気になったのか。バークマン侯爵も美味しそうに飲んでいるから問題ないだろう。
最初に出てきたのはアミューズ。
「……野菜……庭で栽培……朝、収穫……魚……森の川……美味しい……」
一生懸命伝えようとしてくれるシャーロット。陛下も頷いて一口。
「うむ!美味いな!」
俺達も食べる。野菜は甘みがあり、シャキッとしている。魚も川魚の臭みがない。
「これはシャドーゴーレムが作ったのか?」
シャーロットは頷く。ここのシャドーゴーレムは料理人のスキルでも持っているのか?
二品目は前菜。
「……ブラックベアー……燻製……煮込み……木苺ソース……」
ブラックベアーを使った3種のオードブルの様だ。ベアーは臭いが強い上に肉質も硬い。しかし燻製にする事でその臭いも気にならない。肉はよく煮込まれほろほろと柔らかく、焼いたものも木苺のソースがよく合う。
三品目のスープはポテトのスープ。四品目は川魚のポワレ。口直しのレモのソルベが出てきた後はいよいよ肉料理だ。
「……ワイバーン……塩釜焼き……薬味……少し辛い……気を付けて……」
先程討伐したワイバーンの肉だ。塩釜焼き、というのはよく分からないが塩で焼いたということか?薬味は辛いから量に注意か。
「……うむ!薬味もよく合うのぉ!ソースがかかっていないが、肉にしっかり味が付いていて良い!」
「初めて見る薬味ですが、とても合いますね」
「うむ!これは是非城でも使わせたい所だ!」
陛下とバークマン侯爵は気に入った様だ。鼻にツンとくる薬味だ。食べた事のない辛みだが、ワイバーンによく合う。この周辺は薬草や香辛料などが自生していると聞く。きっとその類だろう。ワイバーンの肉は経験はあるが、記憶にあるよりもずっと柔らかい。陛下の言う通り、塩味がしっかり付いているのもあり、ソースなどがなくても美味しい。
次に出てきたのはサラダだ。
「……ラディッシュ……自家製……ドレッシング……薔薇の……」
「薔薇のドレッシング?」
食用の薔薇は聞いた事はあるが、それをドレッシングにするとは聞いたことがない。陛下は一口食べて驚いている。食べると、上品な薔薇の香りとラディッシュのシャキシャキ感がたまらない。
チーズも自家製だそうで、錬金術で作ったそうだ。使い方を間違えているようにも感じたが、まあ美味しいから良いだろう。甘味としてアイス、自家製のフルーツと来て、最後にコーヒーと小さな焼き菓子が出てきた。完全なフルコースだ。子供一人の屋敷でここまで出てくるとは思わなかった。最初こそ【鑑定】を使ったが、途中から意味がないなとやめた。チェスターが一応最後まで【鑑定】していた。
「……さて。美味しい夕食を頂いて腹も満たされた所で、少々気になったことを聞いても良いか?」
バークマン侯爵がそう切り出し、シャーロットは首を傾げている。
「君は読み書き算術は出来るかの?」
「……基礎教養……問題ない……マナーも……恐らく……」
「うむ。マナーは食事の様子を見ていても分かる。しっかりと身に付けているようだな」
確かにカトラリーの使い方も10歳にしてはちゃんと使えている。喋りさえ何とかなれば、読み書き算術も大丈夫なのだろう。
「貴族の子息は王都の学園に通うのが基本だが、免除される者もいる。君の様に学園で学ぶ事がない者は行かずとも構わない。しかし問題は喋りだ」
「……お話し……喉……疲れる……」
ずっと喋ってないとそうなるよな……。シャーロットの喉を鑑定すると、疲労状態になっている。
「こればかりは馴れるしかないであろう。……エイベル。パーティで面倒を見てやってくれんか」
「俺達がですか?」
「彼女は冒険者としての素質がある。この実力者を放っては置けない」
陛下に言われる。確かにそうだ。これを野放しは危険すぎる。いくら強くたって不測の事態も起こりうる。
「彼女は一度王都に行かないといけない。王都の屋敷で暫く過ごし、冒険者登録をさせてやるとよかろう。しばらく行動を共にしていれば、喋りも落ち着くだろうからの」
「承知致しました」
エイベルは頭を下げる。冒険者として活動するかどうかはともかく、スキルなどの鑑定も必要だ。
「今すぐではないが、他の貴族達が納得した時を見計らい、シャーロットを公爵にしよう。それまでは保留じゃ」
どうやって納得させる気だろうか。冒険者としての実績だろうか。そんな簡単に行くだろうか……まあ、バークマン侯爵がどうにかするのだろう。今もどうやって貴族達を納得させようか考えている様だ。簡単な事ではないだろうな。
「……領地……どうする……?」
「一応、国が預かる。今までの報告を確認する必要もある。ワイバーンの問題さえ解決したら調査員を派遣出来るのだが……」
ここの調査をするのに騎士達を派遣すると、王都の警備が手薄になってしまう。出来たらワイバーンがいなければいいのだが……
「……殲滅する……?」
シャーロットはそう言うと、側にいたシャドー執事は頭を下げて影に消えた。どうするつもりなのだろうか。
「どうするつもりだ?」
「……領地内……ワイバーン……駆逐……?」
「まあ、出来たら一番良いが……」
遠くからいくつかの地響きがする。何が起きているんだ?
「……まさか、ワイバーンを倒しているのか?」
「……ワイバーン……巣がある……襲ってくる……だけ……討伐してた……」
「最低限の討伐に抑えていたということ?」
シャーロットはコクッと頷く。嘘だろ?ワイバーンの巣を見つけて駆逐してなかった?
「いつからあったのじゃ?」
「……ここ半年……ワイバーン……子供……」
「繁殖をしているのには気がついていたと?」
「……子作り……邪魔する……野暮……」
「う、うむ……」
10歳の子供の意見か?兄弟のいない令嬢だから、その辺の事は無知でも仕方がないと思う。それが……
「……殲滅……完了……卵……」
「卵が残ってたの?」
「……飼う……?」
「い、いえ……私は従魔契約できないから……」
キャシーは狼狽る。従魔契約は特殊だ。そんな簡単ではない。というか、ワイバーンの契約は高位の魔法使いでないと出来ない。
「……産まれる……」
「「「「え?」」」」
影が蠢き、そこから大きな卵が現れた。その卵は確かに殻が破れている。
「ほ、本当に産まれるのか!?」
「……まだ赤ちゃん……襲わない……」
「いや!そうだが……!」
卵の殻が落ち、中から小さなワイバーンが現れた。赤い鱗に覆われたワイバーンの赤子。しかも双頭。突然変異種だ。シャーロットはワイバーンの下に魔法陣を出す。魔法陣から光が放たれ、光はワイバーンに吸い込まれた。ヒョイとシャーロットはワイバーンを抱き上げる。
『ギュゥ』
「……可愛い……」
シャーロット嬢の笑顔に国王は苦笑いをする。齢10の子供がワイバーンの子供をテイムした。史上初の事だ。しかし、そんな偉業を成し遂げた状況だとは思えない空気だ。
「……いいのですか?」
「従魔にしてしまった以上は仕方がなかろう」
バークマン侯爵の問いに陛下は諦めた様に笑って答える。確かに従魔であれば問題はない。ないのだが……。ワイバーンはそのままシャーロット嬢の膝の上で眠ってしまった。暴れもしないし、シャーロット嬢も嬉しそうだし……まあ良いか。
とりあえず明日は準備という事で、王都へは明後日に向かう事となった。
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