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高い壁

森は阿鼻叫喚だった。主にたった一人の狂人のせいで。


「あーっはっはっはっはっ!」

「おい!聞こえねーのか!?」

「クソッ!火の回りが早い!とにかく王都への延焼を抑えろ!」

「【アクアゴーレム】!」


王都側の森は水のゴーレムが延焼を抑えてくれた。


「エドウィン様!」

「こちら側は任されます!皆様は奥を!」

「助かる!」


冒険者達は森の奥の方に向かった。シャーロットはシャドーゴーレムしか使っていないが、エドウィンは全属性のゴーレムを使っている。そして今回は意思を持っているという事を利用し、冒険者達の援護をさせるために【アクアゴーレム】を使用した。


「【シャドーゴーレム】森の中にいる怪我人を救出してくれ!アラーナ!怪我人をギルドへ!シャドーサーペント!シャドーインセクト達の陣頭指揮を取れ!地下にいるゴブリンの討伐を頼む!」


シャドーサーペントは影の中に入っていった。従魔にした虫達の中には戦いを得意とする奴らも多い。奴らならゴブリン程度なら遅れを取らないだろう。


「エドウィン様!ご無理はなさらず!」

「大丈夫!大きな魔石を一つだけ持ってきていますからね!」


最悪、魔石一個分は魔力を補給できる。母様なら必要も無いだろうが、さすがの俺は魔力切れを起こす。


「確かに数は減っていますが、ゴブリンはまだ多く残っています!」

「ああ!?全滅したんじゃなかったのかよ!?」

「あの程度では無理です!地下にまだ残ってますし、地上にも残っている。加えて奥の前線が魔導具の爆発によって壊滅!ゴブリンが奥に逃げる形で広がってしまっています!」

「なんてこった……!」


魔導具の爆風によって奥の方にいた冒険者達が巻き込まれて怪我人が続出した。それだけなら『もう少し考えて使え!』と言われるだけなのだが、ゴブリンはそれだけでは壊滅せず決壊した冒険者の壁からゴブリンが溢れ出す事態に陥っていた。アルヴィンは『全滅した!』と主張したのだが、そんな訳がない。これでは冒険者が何人いても足りない。


「もう少しで母様が来ます!それまで耐えてください!」

「あの公爵が来るのか!そりゃありがてー!」

「よぉし!何としても抑えるぞ!」


やはり母様の影響力は凄い。一気に冒険者達の士気が上がった。いつか俺もこの立場にならなければいけない……。


「高い壁だなぁ」


俺は思わず零す。これに並ぶ公爵は大変だぞ……。精進しないと駄目だな。


「とりあえず、奥の方は僕の【シャドー】で壁を作ります!皆さんはこちらからお願いします!」

「悪いな!しんどいとは思うが耐えてくれ!」


母様よりも魔力が少ないのは分かっている。そして今、魔力を魔石から補給している。魔石内の魔力はあと2回分。つまり、あと2周分の魔力で母様が来るまでしのがなければいけないのだ。冒険者達も、このギルド登録してまだ日の浅いこの少年が必死で王都を守ろうとしているのを見て士気が上がっている。大人である自分達が逃げるわけにいかないのだ。


数時間に及ぶ攻防戦。火事は収まったが爆発で地形は変わり足元が悪い。加えて怪我人続出のため冒険者の人手も足りない。すぐに騎士の動員を国に求めた。そのため前線には騎士も加わり大騒動になっていた。それでも正直言ってゴブリンが多い。何とか王都への進行は食い止めているものの、一進一退の攻防になっている。やはり奥に広げてしまったのが痛かった。俺の魔石も魔力が尽きた。そして俺自身の魔力も半分を切っている。


「結構……厳しいな……」

「エドウィン様!無理するな!奥にも騎士がいる!大丈夫だ!」


応援に来ていたエイベルは言う。そうは言ったが、奥も今シャドーがいなくなると厳しい。それは分かっているから、エドウィンもきばっている。母様も言っていたが、シャドーを介して魔法を使うと魔力の消耗が激しい。それを考慮して、騎士が来てからは数を減らして前衛ではなく支援に徹していた。なんだかんだ言って支援魔法は冒険者も騎士もありがたいのだ。しかし、それでも魔力の消耗は激しい。今にも魔力が切れそうだ。


すると突然、ものすごい魔力を感じる。足元から冷たい水が流し込まれた様な、血の気が引く様な、そんな魔力。それが何なのかはすぐに分かった。


「【シャドー】」


流れる様な静かな声と共に、とんでもない量のシャドーが触手を伸ばし、途方もない力の魔法が乱れ飛ぶ。そして前衛代わりの触手はゴブリンを捕らえ地面に叩きつけ、触手をムチの様にして振るう。


「皆さん、ご無事ですか?」

「母様!」


シャーロットが来た。その姿を見た瞬間、俺は安堵から力が抜けて足元から崩れた。


「エドウィン様!」

「エド、大丈夫?」

「は、はい……魔力が……」

「ああ、もう限界なのね。お疲れ様」


俺の事を抱き上げ、ポンポンと背中を叩いてくれた。それだけで体の力が抜けて涙が出てくる。少し魔力が戻ってくる。恐らく母様が補ってくれているのだろう。

後ろにレックスがいるのに気が付いた。学園やギルドでの任務をやっている間は王都の屋敷にいる事になっていたが、この状況に来てくれたのだろう。


「レックス……」

「お疲れ様でした。あとは私にお任せ下さい」


そう言ってレックスは前に出た。


「さあ、雑魚ども。よくも我が主に手を出したな。後悔させてやる!」


レックスはそう言って突っ込んで行った。ザクザクとゴブリンを切り裂いていく。騎士団に引けを取らない、というよりも圧倒的に強い。問答無用で効率的に討伐を行っている辺り、流石はチェリッシュ領のダンジョンを周回アタックしているだけの事はある。向かう先は洞窟の方だ。


「洞窟の中はシャドーに任せるから外だけお願いね!」

「かしこまりました!」


今の地下に入るのは危険だ。何しろ魔導具のせいで脆くなっている。そこはシャドーに任せる方が安全なのだ。これでもう大丈夫だ。そう思ったのを最後に意識を手放した。

次に目を覚ました時にはセバスチャンの腕の中にいた。俺が目を開けると、セバスチャンが気がついて微笑む。


「おはようございます。具合はいかがですか?」

「ん。大丈夫……」


まだ寝ぼけていて頭が回らない。目を擦っていると、少し面白そうな声が聞こえた。


「エドウィン様、おはようございますわ」

「む。起きたか、エドウィンよ」

「あ……」


周りを見ると、そこはお城だった。しかも陛下がいらっしゃる。ヤッバ!


「し、失礼しました……!」


慌ててセバスチャンから降りて最敬礼をする。


「良い良い。頑張っていたと聞いたからの」

「公爵が到着するまで前線を守っていたと聞きましたわ。素晴らしいと思いますわ!」

「ありがとうございます……」


褒められるのは嬉しいが気恥しさもある。すると、近くにいた母様がクスクスと笑う。


「あんなに小さかった子が、前線で冒険者さん達を守ったんだからね。よく頑張ったわ」

「うむ。ギルドマスターのアルフィーからも軽く報告を受けた。エドウィンのおかげで犠牲も最小限じゃ」


それを聞いて俺は少し俯いた。『最小限』という事は、少なくとも犠牲者は出たという事だ。


「犠牲の多くは無策に使われた魔導具のせいじゃ。そなたが前線に出てからは死人は出ていない。使った本人は公爵が捕縛し地下牢に入れているが、相応の処分を受けることになるだろう」

「エドウィン様が責任を感じる事はございませんわ!」

「ありがとうございます」


俺が前線に出てからは怪我人は回復魔法で治していた。エイベル達がきてからは回復魔法は任せていたが、重傷者が近くで出たら治していた。そうか。彼らは無事だったか。良かった……


「あの……アルヴィンはどうなるんでしょうか……?」

「魔導具だけなら犯罪奴隷で済ませるのだがな……」

「今回の騒動、ことの発端を作ったのがアルヴィンらしいのよ」


どうやら今回のゴブリンを繁殖して氾濫させたのはアルヴィン自身だったらしい。


「どうしてそんな……」

「自分の開発した魔導具で家族を見返そうと思っていたらしい」

「ゴブリンを氾濫させて魔導具で討伐する事で、自分の研究の正当性を主張したかったそううよ」


奴の研究は『スタンピード対策の魔導具』だ。スタンピードの多くはダンジョンで起きる。しかしそれを待っていたらいつになるかわからない。そこで誰も気に留めていない森の地下洞窟を使ってゴブリンを繁殖して擬似的なスタンピードを起こそうと考えたそうだ。そこまでは良かったのだが、彼はゴブリンの繁殖力をなめていた。ちょっと目を離した隙に地下洞窟で大繁殖をしていたらしい。それでも彼は想定が甘かった。思ったよりも早くスタンピードを起こせると思い、地下洞窟の入り口を壊してゴブリンを溢れさせたそうだ。


「奴の予想ではゴブリンは数千だと思っていたそうじゃ。それが結果的に5万の大群になっておった。到底見過ごす事はできぬ話じゃ」

「ごっ!?」


そこまで多かったのか!途中で数の把握を諦めて位置や討伐を優先していた。まさかそこまで多かったのか……


「尋問はすでに行ったわ。情状酌量の余地はないし、貴方に暴言を吐いたという話もあるし、まあ極刑よね」

「最後が私情!」

「私も怒ってるけど、周囲にいた人間がかなり怒ってるのよねー。それを無視できないわ」

「……本音は?」

「うちの可愛い息子を馬鹿にされて許せる母親はいない!」

「……」


いや、別に良いんだけどさ。私情で極刑を望む公爵っていうのもどうなの?


「はっはっは!実際、内容も許される問題じゃないからのぉ。私情を抜きにしても極刑は免れぬ。問題はないじゃろう」

「当たり前ですわ!あんな騒動を起こして!もしかしたら冒険者以外に犠牲者が出たかもしれませんわ!そんなの許されません!」

「うむ。ゴブリンだけで村や領地が一つ滅びたなんて話もあるからの。王都とて冗談ではなかった可能性もある。エドウィンや公爵がいなければ、冒険者にもっと犠牲も出たじゃろう。騎士とて例外ではない。公爵が到着するまでの間、エドウィンが守っていたことを考えれば、その活躍は一目瞭然。そんな英雄に暴言を吐いたなど、民が許すはずもなかろう」


ヴァイオレットは怒っていた。ギルドに運ばれた怪我人の中には既に手遅れの者もいた。死んだ人は1箇所にまとめて収容される。犠牲となった人の遺族が遺体と対面して縋り付いて泣いている姿を見たヴァイオレットは、初めて見たその惨劇に心を痛めていた。急遽現場に向かったエドウィンにもしもの事があったら……そう思うと気が気ではなかった。シャーロットに抱えられてギルドに戻ってきたエドウィンに一瞬ヒヤリとした。ただ魔力が切れただけだと分かった時には心からホッとした。そしてその穏やかな寝顔に、思わず笑顔になった。『ああ、私はこの人が好きなんですわね……』そう思った。


「処刑は公開。絞首刑で行う。奴が犯した罪を考えると妥当じゃろう」


極刑には色々な方法がある。まず『断頭刑』か『絞首刑』。『断頭刑』は主に貴族の当主や子弟が処分される時に行われる。ある意味名誉を維持する処刑方法なのだ。一方の『絞首刑』は貴族以外の犯罪者が処分される方法だ。

そして『公開処刑』か『即日処刑』か『団体処刑』だ。『公開処刑』はその罪が及ぼした影響があまりにも広範囲だった場合、民にも処刑をされた事を公に知らしめるために行われる。『即日処刑』はその罪状が決定的で尋問するまでもない場合、そして王族に危害を加えた場合に行われる。6年前、ヴァイオレット王女がチェリッシュ領の喫茶店で襲われた時の冒険者達はこの刑が執行された。そして『団体処刑』は年に一回、極刑を言い渡された罪人を一度に処刑する方法だ。多くの場合はこの処刑方法が取られる。

今回はアルヴィンが起こした騒動と、それが及ぼした影響などを考慮し、そして貴族の子息ではあるものの、既に家を出され平民になっている事から『絞首刑』の『公開処刑』という事になった。

王都の広場に処刑台が置かれた。階段で処刑台に上がり、首に縄をかけて床が抜けるという仕組み。アルヴィンは処刑用の服を着せられ階段を上がる。その顔には微笑みが浮かんでいる。民衆からは罵詈雑言が浴びせられるのだが、その表情は変わらない。首に縄がかけられる。


「最後に何か言う事はあるか?」


執行人に言われてアルヴィンはゆっくりと口を開く。


「愚民どもに語ってやる事は何もない。私の崇高な思想も研究も、何一つ理解できないだろうからな」


最後までクズである。民衆から怒号が鳴り響くが、アルヴィンはどこ吹く風。狂ったような笑い声を上げる。床がバンッと音を立てて抜ける。アルヴィンの姿が一瞬にして消えた。

事切れたアルヴィン。しかし、その笑い声がいつまでも人々の耳に残っていた。


予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします

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