学園入学
6年が経過した。父様クリフと母様シャーロットは無事に結婚し、俺には妹が出来た。名前はルーシャ。歳の離れた妹という事もあり、可愛くて仕方がない。5歳のお披露目を迎えると、御転婆娘に成長し、お姉さん風を吹かせたい盛りのヴァイオレット王女とよく遊んでいる。俺もよく遊んでいるが、年齢の割に体力もあり相手をするのも楽ではない。
この6年の間に色々な事があった。俺のお披露目会の時に起きた魔族襲撃事件は、結局魔族と繋がっていた召喚師は死んでいるため向こうとのコンタクトも取れず、『裏の世界』との出入り口を監視しておく……はずだったのだが、魔王2人による戦争が起き貿易推進派の魔王が圧倒的勝利。こちらにコンタクトを取ってきたため交渉を重ねて貿易をする事になった。
貿易交渉は母様が行ったが、母様曰く『どうしてこんなに転生者が揃ったのかしら……』と頭を抱えていた。そう、魔王は転生者だった。俺としてはこの世界の神々が『表の世界』と『裏の世界』を繋げたかったのではないかと思っている。前世での魔王というのは神に匹敵する『邪神』の様な存在だったが、この世界ではあくまで種族の一つだ。つまり『裏の世界』も神々の管理する世界なのだろう。そこが分断されていては色々と不都合もあったのではないだろうか。
魔王はカーティス・バユーと言い、1000年前に転生してきたそうだ。前魔王であった父は『表の世界』の侵略を計画。実行するも一人の少女に5人の魔王軍幹部がやられた。その事実を受け入れられない前魔王が全軍出撃を計画し、軍が反発。理由は『人間のガキ如きに全軍出撃なんて恥晒しなことはしない!』だった。結果、全軍が魔王に出撃し前魔王は失脚。血で血を洗うO☆HA☆NA☆SHIにより、前魔王の32番目の息子であるカーティス・バユーが魔王になった。あとは報告書通り。魔族は食に対する欲は薄いものの、カーティスは元人間の記憶があるためその辺の欲は顕著に残っているらしい。農作物どころか緑すら存在せず、食は魔獣の肉のみ。それはそれで魔族の健康を維持するのには問題ないらしい。しかし肉ばかりで飽きたのも事実。という事で、『裏の世界』で大量に産出される属性付きの魔石を輸出する事を思いついたそうだ。『平和的に友好関係を築けるなら』と、陛下は魔王との平和条約を締結。こちらからは安全に貿易を行うための拠点制作と穀物や野菜などの技術提供を行い、拠点にて生産・輸出を行う。魔王側は属性魔石と香辛料の輸出を行う。こちらの世界では生産されない香辛料もあるため、それも輸出する事にしたらしい。それに加えて『互いの世界への侵攻をしない』『人間と魔族の間での召喚・契約は国への申請を出す』『チェリッシュ公爵とカーティス・バユー魔王が闇魔法で契約をする』以上の事を盛り込んだ。魔族と人間が闇魔法による契約をすると、魔族の寿命が尽きるまで人間は死なない。魔王の寿命は1万年と言われている。つまり魔王と契約したシャーロット母様はそれくらいの寿命を得た訳で……。本人は『エドが20歳になったら現役は退くわよ』と言っていた。その後は引き篭もりスローライフを楽しむそうだ。ちなみに寿命まで魔王をやり遂げた魔王はいないらしい。でもカーティスならできるかもしれない。娘が今後生まれたら俺の嫁にするってさ。国王も特例として重婚を公認したらしい。マジかよ……
ドライヴァーの教会で保護された元帝国男爵家の子女であるアナがメイドの勉強をしてルーシャの側付きメイドになった。昨今珍しい闇魔法使いである事もあり、シャーロットが魔法の手ほどきをするらしい。こちらもとても可愛い子に育ち、どうやらハリーがアタックしている様だ。ところがアナはすっかりメイド精神が身についているらしく、『命の恩人であるエドウィン様の妹様ルーシャ様に誠心誠意仕える所存です!』という状態。しょっちゅうアタックスルーされている。そして凹んでいるのを俺達で励ましている。……頑張れ、ハリー。
俺の側付きメイドは正式にアラーナとなった。母様は悩んでいたが他に候補もいないし仕方がない。その代わり『くれぐれも自重してね』と言われている。『どの口がいうのか……』とクリフ父様は苦笑いをしていた。無自重の権化の様な母様だもんね……
あれから王家と色々と話し合った結果、ヴァイオレット 王女と同級生になるために俺の入学を1年遅らせる事にした。一年くらいならよくある事らしい。そして入学前に2人の婚約を正式に公表し、入学する事になった。すっかり俺に夢中となったヴァイオレットはそれはそれは喜んでいたそうだ。ハリーも俺と同じ学年になれるということで喜んでいた。
学園に通う間は王都の屋敷で過ごす事になっている。アラーナとレックスを帯同して王都の屋敷に向かうと、流石は王都の屋敷だけあり優秀な使用人が集まっていた。俺の周りの事はアラーナがやっている。しかし貴族会議の日や陛下からの呼び出しがない限りは王都にくることもない母様。そんな王都屋敷をここまでしっかり綺麗に保っているのは流石だと思う。これは母様が提案した平民限定の学園が始動した事が大きいらしい。今うちの屋敷で働いている見習いの使用人達は皆、その学園の卒業生だそうだ。うちで見習いを経て城の使用人になる者もいるだろう。キャリアアップとでも言うのだろうか。いくら学園で学んだとはいえ、ちゃんと現場を経験しておかなければ城仕えは厳しい。貴族の家で見習いを経て、見出された者が貴族から推薦状を貰い城に入るのだ。特に公爵家であるチェリッシュ家の推薦となればアドバンテージも大きいだろう。我が家に面接に来る人は多いらしい。
母様が雇う使用人は基本的に人格重視。基礎は学園で学んでいる者だし、チェリッシュ家で鍛えられればすぐに腕は上がる。しかし人格だけはどうしようもない人間が沢山いる。何しろ貴族がチェリッシュ家と懇意にしたいが為に子息や子女を執事やメイドにして送り込もうとしていたりもする。その中にはどうしようもないクズがいたりもする。後から聞いた話だが、俺の側付きを狙って何人もの貴族の子女が送り込まれていたらしい。母様だってそれを否定する気はない。何しろそれが貴族というものだ。しかし俺の嫁や妾になる事目当てで送り込まれているから『女子力』はあっても性格に難がある子女が多かったりする。そういうのは徹底的に弾いている母様。だから俺の側付きが、自分の手で育てたアラーナになったわけだ。
ちなみに執事候補はいるらしい。王都の屋敷で執事を任されているクリストファーだ。セバスチャンの親戚だそう。城で執事をしようとしていたらしいが、うちで執事を募集していると知り応募したらしい。単純に倍率が違うから。もちろん公爵家だし母様の審査があるから倍率は他の貴族家に比べて高いが、それでもそこをクリア出来なければ城に仕えるなど不可能だ。キャリアアップ目的でうちに応募して晴れて執事になったのだが、待遇が何より良かった。福利厚生が行き届いている為、使用人の表情が生き生きしている。クリストファーも公爵家で働いている内に、ここで骨を埋めるのも良いかもしれないと思う様になったそうだ。そこで俺が王都にくる事が決まり、クリストファーに側付き執事の辞令が入った。いずれ公爵になる俺の側付きだ。暗に執事長の候補として名前が上がっていると言われているのと同じだ。それを受けたという事は、彼も覚悟を決めたのだろう。執事として腕は良いからありがたい。
実はうちの使用人募集に応募してくる人は闇魔法使いが多い。まあ、母様も俺も闇魔法を使えるからそれが理由でもあるのだろう。母様の時程ではないものの、今でも闇魔法使いに対する偏見は大きい。母様は教会と協力してその偏見を取り除く活動をしているそうだが、人の心とはそう簡単ではない。『時間はかかるだろう』と母様も言っていた。その偏見を取り除く活動の一つとしてうちの使用人を、という話でもある。うちで雇われなかったものの見所がある闇魔法使いの使用人候補は、バカラ男爵家や冒険者ギルドに推薦状を書いているそうだ。冒険者ギルドでは諜報員も募集している。そちらに向いている人間もいるから、そちらで才能を開花させる者も多いらしい。ギルドも腕の良い諜報員が入ってくるのはありがたいと喜んでいるそうだ。
閑話休題
入学には試験が必要で、試験の結果によってクラス分けがされる。クラスは基本的に座学で決まり、魔法使いは魔法と武術を、魔法を使えない者は武術のみを習う事になる。その他にも基本的な読み書き算術や国の歴史、貴族学と称して政治経済、女子限定で子女学を学ぶ。
クラスは上がS、一番下がFだ。正確には『去年までは』そうだった。それが変更になったのは俺達のせい。俺の筆記試験は何と満点。前例がないらしい。魔法の試験でも一応自重して炎魔法を使い魔力も相当絞っていたが、それでも威力がおかしく演習場の壁をぶち抜いてしまった。到底Sクラスではレベルが違い過ぎであるため、急遽SSクラスを新設し、首席としてそこに入った。魔法使いとして素質があるため魔法と武術、そしてチェリッシュ領を継ぐために貴族学を学ぶ事になっている。母様の恥にならない様に勉強にも精を出して正解だった。
ハリーは惜しくも満点には届かず次席。それでも俺と剣術訓練をしていたせいか、剣術試験では試験官の剣を弾き飛ばすという実力だったためSSクラスだ。ちなみに俺は剣を折ってしまった。魔法は使えないため剣術を中心に貴族学を学ぶ。
ヴァイオレットはハリーに次ぐ三席に入った。SSクラスに入り、魔法の素質があるため魔法と武術、そして貴族学と子女学を習う事になっている。俺の妻になるために、領地運営について学ぶらしい。これも王女としての努めだ。
学園では王女殿下が首席ではない事を問題視した教師陣が便宜を図ろうとしたのだが、国王が『チェリッシュ公爵の子息とバークマン侯爵家の子息なら仕方があるまい。王女の嫁ぎ先が賢いのは良い事だ』と言った事から俺が首席となった。何よりヴァイオレット 本人が『私がエドウィン様やハリー様より上なわけがないではありませんか!』と言っていた。本人も自覚するほど2人は一線を画しているのだ。手紙で母様に報告すると、アラーナ曰く頭を抱えて『やっぱり……』と言っていたらしい。父様は『お前の弟、もとい息子だから仕方がないさ』と諦めていたそうだ。自重はしたんだけどなー……
担任は王弟陛下の長男クリフトン・フォン・オンディーナ殿下となった。現在の学園教師では荷が重過ぎたため、王家から人材を派遣する事になったらしい。王女だけならともかく、『影の支配者』の後継者と『光の軍師』の孫までいては担任辞退が続出したそうだ。
ちなみに『光の軍師』とはバークマン侯爵の事。元から軍事に関しては秀でた才能の持ち主だった。その上、母様の協力で光魔法の練度が上がったため、最近になってその様な二つ名が付いたらしい。父親に恵まれなかった『影の支配者』シャーロット嬢と父親の代わりとして側に寄り添い続けた『光の軍師』バークマン侯爵の話は吟遊詩人の歌ですっかり有名になっている。かなり脚色している箇所も多いらしく、2人共それはそれは微妙な顔をしていた。実際の所は見ていないため、子供である俺達からしたら孤独な人生を歩んでいた公爵令嬢の『闇』を『光』で包み癒していく話などは実に夢のある話ではある。父様も光魔法使いとしてはかなりの力を持っている。そして吟遊詩人によると『全てを飲み込むシャーロット嬢の闇を卓越した光魔法で打ち消し、その心を開いていった』らしい。それだって『当時の俺はそこまで光魔法は強くなかった』と言っていたから誇張なのだろう。まあ面白いからどっちでもいいけど。
「クリフトン・フォン・オンディーナです。今日から5年間、よろしくお願いするね」
優男の典型ともいえるクリフトン先生は笑顔で言う。
「さて!君達は学ぶと言っても座学以外は特別学習と言う事になっているんだ」
「特別学習?」
「うん。ヴァイオレット王女はともかく、エドウィンは教える事なんてないんだよ。魔力制御は公爵から教わっているだろう?」
「闇魔法が暴走したら大変だから、と」
「そうだね。そして事前の情報によると、練度はもう少し上げる必要はあるけど、魔法そのものは公爵と同じものを使えるそうだね?」
「一通りは使えます。こっちでは自重して【シャドードール】と【シャドー】、【シャドーボックス】【シャドーシェア】だけにしておく事になってますけど」
「その自重、とりあえずしなくて良くなったよ。まあ、あまりに暴れられると僕も押さえ切れないからその辺は常識的にお願いしたいけどね」
「へ?」
どうやらクリフトン先生が担任になった時に色々と対策を講じたらしい。そこで先生に光魔法の魔導具を常備させる事で闇魔法の暴走を止められる様にする事を条件に使える魔法は使って良いと言う事になった。それはありがたいけど、早く言って欲しかったな。
「剣術だって教えるも何も、試験官だった先生が教えるんだから意味ないよね」
「それもそうですね」
「だから実技に関しては自習ということになったよ。ま、座学は通常通りだけど、それにしたって試験が満点と9割8分と9割9分だったら、教える事も少ないんだけどね」
「ただ、貴族学は流石に教えられてませんから……」
「そうだね。その辺は受けてもらうよ。ただ、歴史とかは家で習ってるだろう?それはいらないよね。魔獣の事とかだって、チェリッシュ領にいたら自然に身につくだろうし」
「確かにランクとか素材の価値とか、マイク兄さんから教えられたなー」
「うちの母様が最初それで大変だったから教えてもらいなさいって言ってたからね」
「私は本で読んだ程度ですわ……」
「まあ、殿下はしょうがないよね。でもエドウィンやハリーは育った環境があれだからね。すでに知ってる事を座学で教えられたってつまんないでしょ?」
「ですね」
「だから領地運営に必要な政治経済は受けてもらわないと駄目だけど、それ以外は自習って事になってるよ。殿下も2人と一緒にいたら自ずと強くなるから貴族学と子女学以外は自習でいいと言われてるよ」
「分かりましたわ」
俺でもこれだもんなぁ。母様だったら本格的に学園の意味がないよな。
「とりあえず殿下はまず魔力制御ですね。制御の練習をしている間は僕とハリーで剣術訓練しようか」
「そうだな」
「お願いしますわ」
自習とはいえ遊んでいるわけにもいかない。殿下に基本的な魔力制御を教えて、それをやっている間はハリーと模擬戦だ。まあ、殿下がいる以外は割りと領地にいた時と変わらない。……あれ、これって学園に通う意味ってある?あ、貴族学か。でもそれだけなら父様や母様に教えてもらえば良いだけなんだけどなぁ。……ま、いっか!
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